学位論文要旨



No 215808
著者(漢字) 中根,偕夫
著者(英字)
著者(カナ) ナカネ,トモオ
標題(和) 強力音場中の放電の特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215808
報告番号 乙15808
学位授与日 2003.11.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15808号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 教授 桂井,誠
 東京大学 教授 仁田,旦三
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 助教授 小野,靖
内容要旨 要旨を表示する

気相中の音を利用または応用した設備や装置は, 現在のところ見当たらない.すなわち人間が聞くことを目的としない音(超音波と言う)の工業的な利用は,現在のところまだないと言える.

この強力空中超音波の応用性は高いと考えられ,今までに多くの研究が試みられてはいる.

その一例として著者は,粉体工学的な面から空中の粒子の凝集を試みた.すなわち音波凝集の過程を調べ, 音波による大気中浮遊微粒子の集塵に利用できないかと研究を進めた. また,他には音波乾燥,音波浮揚,前例のないことでは音による羽根車の回転などの各種の新しい音の作用を試みてきた.これらの音の作用, すなわち気相中の強力超音波の応用への可能性は高く, ここに本論文で論じる「放電への音の影響」についても超音波の応用の基礎実験と位置づけている.

すなわち,情報伝達のメディアとしての音ではなく, その応用範囲としては強力な音場内では交番圧力の変化,音の粒子速度,あるいは高い周波数などによって通常の状態とは異なる種々の現象が観られることがあり,今後の研究に期待される.

また, 大気中で放電が発生するおり, 例えばコロナ放電,スパーク放電,落雷などの際には音を伴うが,音が放電に何らかの作用を与えるか否かに関しての報告の例は,著者が研究するまではない.

そこで, 音波照射を大気中の放電に行ったところ,音が放電に影響を与えるという新しい現象が見られたので,この現象を実験的に検証した.すなわち,この現象の特徴を明らかにすると共に, 機構解明のための資料を得る目的で実験研究を試み一応の結論に達したのでここにその結果をまとめた.

この報告では,強力空中音場として音響管中の定在波を利用したものに限定した.これは音の性質を音圧と音の粒子速度に分けることができ,このことにより放電が音圧または粒子速度のいずれに依存するかを調べることができる.その結果,放電が音の粒子速度の影響を顕著に受けることを見出した.そこで,放電の条件としては,放電のための電極を正極として針, 負極( アース極)を平板の構造とした.また, 印加電圧としては主に直流を用いた. なお,音の条件としては,温度湿度が一定の定在波音場とし,静圧としては大気圧を主として用いた.

またこのテーマと関連して他の雰囲気ガス中での放電現象,音の周波数20kHzでの放電への超音波の影響などを調べ,またその応用の例として,オゾン発生の促進,スイッチ接点間のスパーク消去,また電気集塵機の集塵効率の高効率化などの新しい利用法も示した.以下これらの内容について各章ごとに記述する.

第1章は緒論を述べたもので,本研究を行うに至った経緯およびその概要と背景について記述した.

第2章では,波動方程式の導出から本研究に用いた定在波音場の性質までを述べ,この音場を発生させるために用いた音響管について記した.さらにこの音響管内の音圧分布,粒子速度分布などにおける互いの関係も示した. すなわち, この音圧と粒子速度の両分布は位置的に1/4波長の位相差をもつことを示した.また周波数660Hz,定在波比100以上での管内の最大音圧の実効値が3170Paの定在波音場を得ることができたことを記述した.なお,このような高音場中での音のエネルギーを利用した応用実験の例として,気体中浮遊粒子の凝集,微小粒子肥大化による音波集塵,などの実験結果を本論の付録として記した.章の後半には,音場中での放電の発光部の挙動について載げ,その音の影響の機構について論じた.

第3章では, 定在波音場内の払子コロナ放電,間欠スパーク放電, 高気圧グロー放電の挙動について検討した.先ず払子コロナ放電を針対平板電極間に発生させたところ,その発光部が音波照射なしの状態では電極間を細く棒状に橋絡したが,音波を照射すると管軸方向外側へ扇子状に広がる傾向が見られた. 払子コロナ放電の発光部は音の粒子速度の大きいほど広く拡がる.すなわち電極の位置を移動した実験では,粒子速度分布の腹の位置で最も広がった.反面, 粒子速度分布の節の位置( 音圧分布最大)では音の影響はほとんど見られなかった.このことから放電は,音圧による作用と粒子速度による作用を比較した場合, 粒子速度の方が大きく影響を受けることを実験的に明らかにした.

また間欠スパーク放電, 高気圧グロー放電の場合にも払子コロナ放電と同様に,発光部が音によって扇子状に広がる傾向があることを実験的に確認した.さらに音圧の影響で払子コロナ放電から間欠スパーク放電に,あるいは間欠スパーク放電から高気圧グロー放電に移行する境界での印加電圧の値が変わる現象も見出した.

以上のように,音の影響が各種の放電に影響があることを視覚的および定性的にとらえて,その音の影響の傾向について述べた.

第4章では,間欠スパーク放電を対象にし,強力定在波音場が放電の発光部に及ぼす影響の程度を媒質の変位振幅から検討し,その大きさを数学的に示した. その結果,媒質の振動する幅を音の粒子変位振幅とし,放電の発光部の幅をピークピーク値で求めたところ,発光部は音の媒質の振幅の1.7倍の振幅が得られることを示した.なお,ここでは針対針電極の場合も示し,その結果としては1.3倍の変位振幅を得ていることも併記してある.以上,この第4章での結論としては,発光部の広がりは音の粒子速度に比例するのではなく, 粒子速度による粒子変位に依存していることを実験的に明らかにしたことを述べた.

第5章では,高気圧グロー放電を対象にし,強力定在波音場が放電の諸特性に及ぼす影響を定性的に調べた. 先ず, 高気圧グロー放電の電流波形に及ぼす音の影響を観測し,音の大きさを大きくすると電流波形から間欠スパーク放電へ放電形式が後退することを確認した. 次に, 高気圧グロー放電のV-I特性を測定した. 電極間電圧を一定とするならばその電流の値を音で上昇させることができたので,その定量的なデータを記した.なおここでは,音の周波数による影響についても述べた.

第6章では,音が放電へ及ぼす効果について,媒質との関係を定性的実験として示した. 実験に用いた媒質ガスは空気,N2, O2, He, Arである. その結果, 音の効果は空気のみの特有な現象ではなく, いずれのガス質でも起こりうる普遍的な作用であることを実験的に証明した.なお,これらの各種ガスの場合も第5章と比較の意味でV-I特性も示した.また,その作用の現れ方とその大きさは,ガス質ごとで異なるという結果も得た.以上より放電への音の影響の物理的意味,放電の発生機構の解明に新たな知見を得た結果をまとめたものである.

第7章では,定在波音場中の放電現象を利用した応用について記述してある.その結果, スイッチ接点間の放電の消滅に効果が認められ, 遮断機への応用の可能性を示唆した. また, 同様にオゾンの生成量が促進される結果も見られたので,工業的な面でも利用できる可能性を示した.さらに音が放電に及ぼす影響の応用例として,電気集塵装置の放電電極間を高音場にさらすことにより, 集塵効率が向上することを見出した.すなわち,音の微粒子凝集作用も含めて,電気集塵装置への音の併用効果が高いことが見とめられたので, これらについても応用の一例として述べた.

第8章では,以上の各章で得られた結果を要約し総括的に結論を述べ,併せて将来の研究に残された諸問題について記述した.

以上,本研究によって,気相中の強力な音波が放電に及ぼす影響に関して, これまでに知られていない種々の諸現象を新たに発見し,その概要を紹介することができたと考えられる.

放電を制御し得る要因の一つとして,新たに強力な音波があることを明らかにすると共に,この現象の利用法も示唆した. これらの結果は,電気工学の特に音響工学の内の超音波工学に,また静電気工学の内の高電圧工学の放電の分野に少なからず貢献すると確信する.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「強力音場中の放電の特性に関する研究」と題し、音場を音として聞く以外の応用の可能性を検討したものである。具体的には、その主対象として気相中の直流放電に与える音場の影響を詳細に検討した結果をまとめたものであり、全体で8章から構成されている。

第1章は、「緒論」と題し、本研究の背景、従来の研究状況などをまとめ、さらに本研究の概要をまとめたものである。

第2章は、「強力定在波音場と音響管及び音場中の放電の挙動とその機構について」の表題が付けられており、本研究で重要な役割を果たす音場の基礎である波動方程式の導出に始まり、気体中での音の伝搬を数式化し、音響管内部での音場の挙動を紹介し、本研究で用いられた音場発生装置とその基礎的な特性を放電実験装置、その基礎特性などを含めて記述してある。管内各部での音圧、粒子速度を共振周波数である660Hzで検討し、実効値3170Paの音場を得ている。この圧力の直接的な応用としては、浮遊している微粒子の凝集、凝集微粒子の捕集(集塵)などがあること、後者の応用実験(電気集塵装置への音場の応用)についての詳細は付録に記されている。また、放電発光の音場による影響についても記述されている。

第3章は、「定在波音場内での払子コロナ放電の発光部の挙動」と題し、定在波音場内部における各種放電モード、すなわち、払子コロナ放電、間欠スパーク放電、高気圧グロー放電の挙動を検討した結果について記述されている。針対平板電極間の払子コロナでは、音波を照射すると細く電極間を橋絡していた数本のストリーマが針を要として扇状に広がること、その広がり具合は、粒子速度の速い腹の部分で最大となっていること、一方、音圧の変化の大きい粒子速度分布が節の部分では、放電の変化はほとんど認められないことを明かにしている。この傾向は、他の間欠スパーク放電やグロー放電においても同様であって、いずれの場合にも音によって発光部が広がることが確認されている。また、音圧の影響で払子コロナから間欠スパークへ、また、間欠スパーク放電からグロー放電に移行する条件も確認されている。

間欠スパーク放電への音場の影響をより詳細に検討したのが第4章で「定在波音場内での間欠スパーク放電の発光部での挙動−変位振幅からの検討−」と題する。音による発光部の広がりは、針対平板の場合、音の媒質の振幅と比較して1.7倍となること、針対針の場合には、この発光部の広がりは1.3倍となること、いずれの実験結果においても、この広がりは、粒子速度の大きさによる粒子変位に依存していることを明らかにしている。

第5章は、「媒質を各種ガス質に変えた場合の放電への音の影響とその諸特性」と題し、媒質ガスを空気以外に窒素、ヘリウム、アルゴン、二酸化炭素に変えて比較検討した実験結果について記述してある。音響管では、音速の変化から共振周波数は変わるが節と腹とは当然不変である。粒子速度と放電電源電圧の画面上で放電モードの変化する場所を示すと、媒質ごとに大きな変化が認められること、単原子分子であるアルゴンとヘリウムでは、音場による放電モードの変化が少ないことを明らかにしている。特に、高気圧グロー放電の電圧−電流特性などに注目すると媒質気体がアルゴンとヘリウムでは粒子速度依存性が少ないのに対し、空気、窒素、二酸化炭素では影響を受けやすいことを数値的に示している。すなわち、電流波形から判断すると、音を引加すると間欠スパーク放電に移行すること、電圧一定下での電圧電流特性の変化を検討した結果では、音を加えると一般に電流値が増加することを明らかにし、また、音の周波数依存性についても検討を行っている。音による発光部の大幅な広がりが、空気、窒素、二酸化炭素では、観測されること、放電特性にヒステリシスがみられること、放電後の生成物が音場を加えることによって変化することなどを明らかにしている。

「定在波音場内での高気圧グロー放電の発光部の挙動とその諸特性」と名付けられた第6章では、放電に対する音場の効果を、5章に引き続き更に詳細に検討している。すなわち、高気圧グロー放電の電圧電流特性をより詳細に計測し、発光部の挙動観測を参考にしながら粒子速度の影響をまとめてある。

第7章は、「応用へのアプローチ」と題し、定在波音場中での放電を利用した応用技術のいくつかを紹介したものである。具体的には、スイッチ接点間に音を加えることによる放電アーク消滅効果、払子コロナによるオゾン生成量の増加が実験結果が報告され、更に、音場による粒子凝集効果を利用した電気集塵装置への応用の可能性についても言及している。この音場を電気集塵装置に応用した研究の詳細は、付録に記されている。

第8章は、まとめであって、これまでの各章での結果を要約し総括的にまとめてあり、今後の課題についても言及している。

以上これを要するに、本研究は、定在波音場が大気圧力下における直流放電に与える影響について、音の粒子速度、音圧等をパラメータとして音場の節、腹等の位置関係、音の周波数依存性、気体媒質による違いなどで整理して詳細に実験的検討を行い、放電の広がり、放電モードの変化などを世界で初めて明らかにしており、また、音場重畳による放電への変化を利用した様々な応用の可能性について検討した結果までを含めてまとめたものであって、電気工学、特に、放電工学上貢献するところが少なくない。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51199