学位論文要旨



No 215811
著者(漢字) 益田,剛
著者(英字)
著者(カナ) マスダ,タケシ
標題(和) 新規インフルエンザ・シアリダーゼ阻害剤の合成と生物活性
標題(洋)
報告番号 215811
報告番号 乙15811
学位授与日 2003.11.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15811号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

インフルエンザウイルス表面に存在するシアリダーゼは、感染細胞(ヒトにおいては上気道粘膜)のシアル酸(Neu5Ac)を切断する酵素であり、複製されたウイルス粒子の出芽と以後の感染に重要な役割を果たしている。本酵素の阻害剤であるザナミビル(Biota/GSK、吸入投与)及びリン酸オセルタミビル(Gilead/Roche、経口投与)は、抗インフルエンザ治療薬として既に世界的に上市されている。これら2剤は、安全性が高く、耐性ウイルスが出現しにくいので、優れた治療剤であるが、問題点として、発症後48時間以内の投薬が必要であること、また、体内半減期が短いため、予防投与は頻回服用しつづけなければ効果がないことが挙げられる。そこで本研究は上記の問題点を克服すべく、ザナミビルをリード化合物とした新規な抗インフルエンザ薬(吸入剤及び経口剤)の創製を行った。

吸入剤の創製

吸入剤については、ザナミビルに比べより少ない投与回数での治療及び予防効果が期待できる薬剤の合成を目標とした。はじめに、呼吸器(活性部位)からの消失が早いことが問題であるザナミビルに対し、体内に吸収されずに呼吸器に長期貯留すべく修飾できれば問題が解決できると考えた。その手段として、シアリダーゼ阻害剤が適切な密度でポリマー支持体に共有結合したポリマー型シアリダーゼ阻害剤(1)をデザインした。そこで問題になるのは、シアリダーゼ阻害剤の活性を保持しつつ、そのどの位置で高分子と共有結合させるかである。Itzsteinらの酵素とザナミビルの複合体のX線結晶解析の結果より、グリセロール部の7位水酸基は酵素の外側を向いて配置しており、酵素と直接水素結合していないことが報告されている。これを参考にしてザナミビルの7位と高分子がリンカーを介して結合するのが適切と考えた。そこでまずグリセロール側鎖部の7位水酸基を修飾した一連のザナミビル誘導体を合成し、その構造活性相関から、ポリマーとどの結合様式が適当かを検討した。

7位修飾ザナミビルの合成と生物活性

当初シアル酸の7位の修飾については、小倉らが報告しているシアル酸保護誘導体(5)の7位アシル化の例を除いては直接修飾した報告は無かった。筆者もザナミビル中間体7(R2=H)の7位水酸基の修飾を種々検討したが、目的物を得ることはできず、シアル酸7位水酸基は立体的に混んでいるために修飾が難しいと判断した。そこで化学的な直接修飾ではなく、4位修飾N-アセチルマンノサミン(2)を基質とするシアル酸アルドラーゼを用いる酵素法により7位修飾シアル酸(3)を得る合成法を検討した。その結果R1=F, N3, OMe, OEtなどの2を基質として酵素反応により収率良く対応する7位修飾シアル酸を得た。あとは常法に従い各種7位修飾ザナミビル(4)に導いた(Scheme 1)。得られた4のウイルス増殖阻害活性を評価した結果、7位フッ素体4a、アジド体4b、メトキシ体4e、エトキシ体4fがザナミビルと比べてより高い阻害活性を有していることが判明した(Table 1)。次により長鎖のアルキルエーテル体の活性に興味を抱いたが、当化合物は酵素法では合成困難であったため、再度シアル酸の7位アルキル化について検討した。その結果、基質5を用いた場合にのみ7位水酸基のアルキル化が進行することを見出した。対応する7位長鎖アルキルエーテル誘導体6を得、引き続き4に導いた(Scheme 2)。

アルキルエーテル体4e-4hはいずれもザナミビルと同等以上の酵素阻害活性を有していた。さらに、これらの誘導体のウイルス増殖阻害活性は、ザナミビルに比べて2倍から10倍向上した(Table 1)。

ポリマー型シアリダーゼ阻害剤の合成と生物活性

上記7位修飾ザナミビルの構造活性相関より、結合様式としては最も活性が保持されるアルキルエーテル体を選択し、8のアルキルエーテル末端アミンとWSC、HOBtで活性化したポリ-L-グルタミン酸と縮合した後、透析により精製を行いポリマー誘導体(9)を得た(Scheme 3)。これらのポリマー誘導体は、側鎖(アルキル鎖)の長さ及びザナミビルの配置密度によらず、ザナミビルに比べウイルス増殖阻害活性が約100倍向上し、シアリダーゼ阻害剤を高分子化とすることで単分子では望めない高いin vitro活性を示した(Table 2)。

さらにマウス/インフルエンザ感染系で、9c及びザナミビルを感染2日後に一回経鼻投与し、感染20日間後の延命率で薬効を評価した結果、ザナミビル投与群が全数死亡したのに対して、9c投与群は全数生存、治癒した(Table 3)。

また予防効果を評価するため感染7日前に9cを経鼻投与した場合も薬効が保持された。

投与5日後の9c投与群の肺洗浄液は、シアリダーゼ阻害活性を示したことから、ポリマー誘導体が呼吸器へ貯留していることが示唆され、以上に示した薬効の向上はポリマーの呼吸器への長期貯留に基づくと考えている。

経口剤の創製−環状側鎖を有するザナミビル誘導体の合成と生物活性

リン酸オセルタミビルは経口投与可能であるが、ザナミビルはその極性の高さゆえ消化管で吸収されず、経口投与では薬効がない。この2剤は2000年に同時に上市されたが、当初から簡便に内服できるリン酸オセルタミビルが抗インフルエンザ治療剤市場を優先している。この現状をふまえて筆者は経口投与可能なシアリダーゼ阻害剤の創製を行った。

ザナミビルの1-カルボン酸、4-グアニジノ基、5-アセトアミド基はいずれも活性発現に必須であると考え、グリセロール部に脂溶性が向上すべく修飾を行った。しかし7位アルキルエーテル誘導体(10)、および8,9-ジデオキシアルキルエーテル誘導体(11)は、ザナミビルよりも脂溶性が高いが、経口投与によるマウス/インフルエンザ感染系で薬効を評価した結果、リン酸オセルタミビルには及ばなかった。そこでアルキルエーテルの末端と9位を結合した環状側鎖を有する化合物(12)をデザインした。

合成はオレフィン末端を有する7位アルキルエーテルシアル酸誘導体13の8,9位の水酸基をオレフィンに還元した14を閉環メタセシス後、オスミン酸でジオール化し15を得、引き続き各種二環性化合物(16)に導いた(Scheme 4)。これはメタセシス反応を用いて、グリセロール側鎖部を修飾し、新規シアリダーゼ阻害剤を合成した初めての例である。

得られた化合物16の酵素阻害活性およびウイルス増殖阻害活性を評価した(Table 4)。その結果、6員環の側鎖を有する16bがザナミビルの2倍のウイルス増殖阻害活性を有していた。さらにマウス/インフルエンザ感染系で、16b及びリン酸オセルタミビルを感染後一日二回5日間経口投与し、評価した結果、リン酸オセルタミビルと同等の薬効を示した。

結論

今まで修飾困難だったシアル酸グリセロール側鎖部の7位水酸基のアルキルエーテル化する方法を見出し、一連のザナミビル誘導体を合成した。続いてザナミビルの7位アルキルエーテル体を共有結合したポリ-L-グルタミンを合成し、そのin vitroおよびin vivoにおける薬効は既存薬をはるかに凌駕するものであった。また、シアル酸にメタセシス反応を用いることで環状側鎖を有するザナミビル誘導体を新規に合成し、経口投与が可能となった。化合物9c及び16bは医薬としての可能性に更なる検討が加えられている。

Sialidase inhibitory and virus growth inhibitory activities of 4

Sialidase inhibitory and virus growth inhibitory activities of compounds 9

Survival rales of infected mice dosed with 0.17 mg/kg of compound 9c or zanamivir at 2 days after infection

Sialidase inhibitory and virus growth inhibitory activites of bicyclic sialidase inhibitors 16

審査要旨 要旨を表示する

インフルエンザウイルス表面に存在するシアリダーゼは、感染細胞(ヒトにおいては上気道粘膜)のシアル酸(Neu5Ac)を切断する酵素であり、複製されたウイルス粒子の出芽と以後の感染に重要な役割を果たしている。本酵素の阻害剤であるザナミビル(Biota/GSK、吸入投与)及びリン酸オセルタミビル(Gilead/Roche、経口投与)は、抗インフルエンザ治療薬として既に世界的に上市されている。これらは安全性が高く、耐性ウイルスが出現しにくい、優れた治療剤であるが、問題点として、発症後48時間以内の投薬が必要であること、また、体内半減期が短いため予防投与は頻回服用しつづけなければ効果がないことが挙げられる。そこで本研究は上記の問題点を克服すべく、ザナミビルをリード化合物とした新規な抗インフルエンザ薬(吸入剤及び経口剤)の創製を行った。

吸入剤の創製−7位修飾ザナミビル及びポリマー型シアリダーゼ阻害剤の合成と生物活性

吸入剤については、ザナミビルに比べより少ない投与回数での治療及び予防効果が期待できる薬剤の合成を目標とし、シアリダーゼ阻害剤が適切な密度でポリマー支持体に共有結合したポリマー型シアリダーゼ阻害剤1をデザインした。

益田剛は、4位修飾N-アセチルマンノサミン2を基質とするシアル酸アルドラーゼを用いる酵素法により7位修飾シアル酸3を得る合成法を検討した。その結果R1=F, N3, OMe, OEtの2を基質として酵素反応により収率良く対応する7位修飾シアル酸を得た。あとは常法に従い各種7位修飾ザナミビル4に導いた(Scheme 1)。得られた4のウイルス増殖阻害活性を評価した結果、4a-4dがザナミビルと比べてより高い阻害活性を有していることが判明した(Table 1)。次により長鎖のアルキルエーテル体の活性に興味を抱き、基質5を用いた場合にのみ7位水酸基のアルキル化が進行することを見出した。対応する7位長鎖アルキルエーテル誘導体6を合成することに成功し、引き続き4に導いた(Scheme 2)。

アルキルエーテル体4c-4fはいずれもザナミビルと同等以上の酵素阻害活性を有し、さらに、ウイルス増殖阻害活性はザナミビルに比べて2倍から10倍向上した(Table 1)。

上記7位修飾ザナミビルの構造活性相関より、ポリマー誘導体9を得た(Scheme 3)。これらのポリマー誘導体は、側鎖(アルキル鎖)の長さ及びザナミビルの配置密度によらず、ザナミビルに比べウイルス増殖阻害活性が約100倍向上し、シアリダーゼ阻害剤を高分子化とすることで単分子では望めない高いin vitro活性を示した(Table 2)。

さらにマウス/インフルエンザ感染系で、9c及びザナミビルを感染2日後に一回経鼻投与し、感染20日間後の延命率で薬効を評価した結果、ザナミビル投与群が全数死亡したのに対して、9c投与群は全数生存、治癒した。

また予防効果を評価するため9cを感染7日前に経鼻投与した場合も薬効が保持された。

投与5日後の9c投与群の肺洗浄液は、シアリダーゼ阻害活性を示したことから、ポリマー誘導体が呼吸器へ貯留していることが示唆され、以上に示した薬効の向上はポリマーの呼吸器への長期貯留に基づくと考えている。

経口剤の創製−環状側鎖を有するザナミビル誘導体の合成と生物活性

リン酸オセルタミビルは経口投与可能であるが、ザナミビルはその極性の高さゆえ消化管で吸収されず、経口投与では薬効がない。簡便に内服できるリン酸オセルタミビルが現在は抗インフルエンザ治療剤市場を優先している。この現状をふまえて益田剛は経口投与可能なシアリダーゼ阻害剤の創製を行い、二環性化合物12をデザインした。

合成はオレフィン末端を有する7位アルキルエーテルシアル酸誘導体10の8,9位の水酸基をオレフィンに還元した11を閉環メタセシス後、オスミン酸でジオール化し12を得、引き続き各種二環性化合物13に導いた(Scheme 4)。

13bはザナミビルの2倍のウイルス増殖阻害活性を有していた(Table 3)。さらにマウス/インフルエンザ感染系で、13b及びリン酸オセルタミビルを感染後一日二回5日間経口投与し、評価した結果、リン酸オセルタミビルと同等の薬効を示した。

以上の研究成果は今後の医薬開発に重要な貢献をすると考えられ、博士(薬学)の業績として十分であると判断した。

Sialidase inhibitory and virus growth inhibitory activities of 4

Sialidase inhibitory and virus growth inhibitory activities of compounds 9

Sialidase inhibitory and virus grwoth inhibitory activities of bicyclic sialidase inhibitors 13

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