学位論文要旨



No 215817
著者(漢字) 及川,聡洋
著者(英字)
著者(カナ) オイカワ,トシヒロ
標題(和) JT-60U における高エネルギー中性粒子ビーム入射による非誘導電流駆動の研究
標題(洋) Study of Non-inductive Current Drive Using High Energy Neutral Beam Injection on JT-60U
報告番号 215817
報告番号 乙15817
学位授与日 2003.11.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15817号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 佐野,雅己
 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 助教授 半場,藤弘
内容要旨 要旨を表示する

トカマク型核融合炉の定常運転のためには電磁誘導に寄らないプラズマ電流維持すなわち非誘導電流駆動が必要となり、中性粒子ビーム(NB)による電流駆動はその有力な方法である。従来の核融合実験装置で使用されている正イオンを元にしたNB(P-NB)のビームエネルギーは100keV程度であるが、国際熱核融合炉(ITER)では高密度において加熱・電流駆動を行うために1MeVのNBが必要となる。正イオンビームは100keVを超えると中性化効率が大きく減少するために、中性化効率の高い負イオンビームを使う必要がある。従来とはエネルギー領域が大きく異なるNBの電流駆動特性を検証するために、JT-60Uトカマクでは負イオンを元にした最大ビームエネルギー500keVを持つ中性粒子ビーム(N-NB)を開発、設置した。プラズマ平衡の時間発展を解くことによりプラズマ中の電場分布を求め、プラズマ中に流れる電流密度分布の誘導及び非誘導成分を同定することが出来る。この手法では高精度の平衡再構築が必要となるため、動的Stark効果を利用したプラズマ内部磁場計測(MSE)を導入した。高精度の電流分布計測を実現するためにMSE計測システムを3系統に増設し、光学系及び較正方法の改良を行った。

上記方法により360keVのN-NBによる非誘導駆動電流分布を初めて測定した(図1)。新古典効果を取り入れた二次元フォッカープランク方程式から求めたN-NB高速イオン速度分布関数により評価した駆動電流分布と良い一致を示している。また、ビーム粒子の電離モデルとしては多段階電離を支持している。ビーム電流駆動の理論モデルは電子温度上昇と共に電流駆動性能の改善を予測しており、これに基づいて20keV以上の電子温度をもつITERのNB設計及びプラズマ性能予測が行われている。これを実験的に検証するために高周波加熱を使って中心電子温度を10keVまで上昇させたプラズマにおいてN-NB電流駆動の計測を行い、高電子温度領域においてもN-NB駆動電流分布が理論予測と一致し、電流駆動性能が改善することを確認した(図2)。中心電子温度10keVにおいては、NBによる電流駆動として最大の1MAの電流駆動に成功した。また、N-NB入射により高閉じ込めと高圧力を両立したHモードプラズマにおいて完全電流駆動状態を実現し、N-NB入射がNB電流駆動効率の最高値1.55×1019Am-2W-1を達成していることを電流分布の時間発展の計測と非定常輸送コードによる解析から明らかにした。

NB電流駆動の理論モデルが高ビームエネルギー、高電子温度領域で検証され、核融合炉設計における外挿性の信頼が高まったが、NB電流駆動を理解する上でもう一つの重要な要素はプラズマ中のMHD(Magnetohydrodynamic)不安定性による影響である。非誘導電流を担うNB由来の高エネルギーイオンがMHD不安定性により輸送され、電流駆動性能にどの程度影響するかを実験的に検証した。低電子密度プラズマにN-NB入射を行うと、ビーム圧力の高いプラズマ中心部においてN-NB高速イオンが駆動する不安定性が突発的に発生する。この不安定性によりN-NB高エネルギー粒子がプラズマ中心部よりはき出され、非誘導駆動電流が減少することを初めて観測した(図3)。また、高プラズマ圧力を維持した時に発生する新古典テアリングモード(NTM)によるN-NB高速イオンへの影響も調べた。NB高速イオンの核融合反応により発生する中性子発生割合が熱核融合反応による割合より十分に高いプラズマにおいては、中性子発生率の計測値と輸送コードによる計算値の違いはNB高速イオンの損失を意味する。中性子発生率の計測値と計算値の比較から、NTMにより高エネルギーイオンが輸送されることを明らかにした(図4)。P-NB(〜85keV)入射時に比べてエネルギーの高いN-NB(360keV)入射時には計測値と計算値の相違が大きくなり、高速イオンの損失が大きいことを示唆している。また、NTMによる揺動が大きいほど高速イオン損失が大きいことも示している。NTMによる高速イオン損失のビームエネルギー依存性は初めて明らかにされたものである。また、高速イオン圧力分布の計測値(平衡解析から同定)と輸送コードによる計算値を比較した結果からも、NTM発生中はP-NB入射に比べてN-NB入射の方が高速イオン損失が大きいこと、NTMが消滅すると高速イオン損失がほとんど見られなくなることを明らかにした(図5)。計測された高速イオン圧力分布からN-NB駆動電流分布を評価し、NTMにより最大でN-NB駆動電流の71%が失われていることが分かった。NTMでは平衡磁場とは異なる径方向の揺動磁場が発生し、磁気島構造が成長する。この径方向揺動磁場が高速イオン軌道に影響を与え、径方向の輸送を引き起こしていると考えられる。

本研究では、高エネルギーNBの電流駆動特性が理論予測通りの性能を持つことを実験的に検証したが、同時に、NTMによる高速イオン損失による加熱電流駆動性能が許容できないほど劣化する可能性があることを明らかにした。従って、NTMの抑制方法の確立は必須の物理課題である。磁気島領域に電子サイクロトロン波を使った局所電流駆動を行うことによりNTMを消滅させられることが理論的に予言され、実験でも実証されている。

N-NB駆動電流密度分布の計測と理論予測の比較。計測値(Exp.):実線。影部分は計測誤差を示す。ACCOMEコードによる計算:多段階電離モデル(太破線)、単一段階電離モデル(細破線)。

N-NB駆動電流の計算値INNB(calc.)(横軸)と計測値INNB(exp.)(縦軸)の比較。電子温度上昇によりN-NB駆動電流量が0.1MAから1MAまで変化している広い範囲で計測値と理論値が一致。

ビーム駆動不安定性が発生する直前(細線)と発生した直後(太線)におけるN-NB駆動電流密度分布の比較。規格化小半径γ/αが0.3よりも内側の領域で駆動電流密度が減少。

中性子発生率の計測値SMeas.nと計算値Scalcnの比較。NTM無し(白丸○)、m/n=2/1有り(黒丸●)、m/n=3/2有り(黒四角■)の場合を示す。

NB高速イオン圧力分布の計測値PEQ(fast)(太線)と計算値PTOPICS(fast)(細線)の比較。左から、t=3.95s(P-NB入射、モード有)、t=4.90s(P-NB及びN-NB入射、モード有)、t=5.85s(P-NB及びN-NB入射、モード無し)を示す。

審査要旨 要旨を表示する

トカマク型装置は熱核融合を目指す高温プラズマの磁気閉じ込め方式のうち、最有力候補の1つである。しかし閉じ込めに必要なプラズマ電流を、変圧器による誘導電場で生成する限り、定常運転ができない。この欠点を克服する方法の1つが、申請者のテーマ「中性ビーム入射による非誘導電流駆動」である。これはイオンを高エネルギーに加速し、それをガス中の荷電交換により、閉じ込め磁場を突破できる中性粒子ビームに変え、トーラス状プラズマに接線方向から打ち込むもので、中性粒子はプラズマ中で再電離し、プラズマ中の電子やイオンとクーロン散乱しつつ減速する。この過程でビームはプラズマを加熱するとともに、トーラスの大周方向に大きな電流を作るので、準定常的にプラズマ電流が維持される。論文の第1章では、こうした概念が説明される。

第2章では、実験の舞台となる原子力研究所の大型トカマク JT-60Uの構造、動作、診断方法などが説明される。電流駆動にはエネルギー約500keVの重水素ビームが、世界で初めて中性化の容易な負イオン状態を経て作られ、プラズマに打ち込まれる。以下これをN-NBと略す。多彩な診断システムのうち、本研究にとって重要なものは運動シュタルク効果 (MSE) 分光計で、これはN-NBからのイオンが磁場中を高速で走る際、ローレンツ電場を感じることで、そのイオンの発する可視輝線の波長が分裂する効果を用いる。分裂は、輝線光子の電場がローレンツ電場と平行なとき最大になるので、MSE分光計を用いると局所的な磁場の向きを精密に測定できる。著者はMSE分光計の較正に貢献しており、結果は2.2節に詳述される。

JT-60Uではパルス放電ごとに、MSE分光計を含む診断装置群から、大量の計測データが得られる。第3章ではそれら計測データから、プラズマの磁気配置、ポロイダル断面における電流密度・圧力・温度の分布、非誘導電流の大きさなどを求める解析手法が説明される。プラズマの磁気流体的な平衡を求めるには、測定した磁場情報やプラズマ電流などを境界条件として、平衡を理論的に記述するGrad-Shafranov方程式を解く必要があり、それにはACCOMEコード呼ばれる数値計算コードが援用される。他にプラズマ中における高速イオンの軌跡を、単一荷電粒子の立場から計算するOFMCコードなども用いられ、それらのコードの内容が説明されている。

第4章からは、実際の実験とその結果が詳述される。4.1節では、トロイダル磁場3.5T、プラズマ電流が百万アンペア (1 MA)、放電継続時間が十数秒という典型的なパルス運転の途中で、2秒間N-NBを入射し、プラズマの応答を調べた。その結果、中心での電子温度は2.7keVから4.1keVへと上昇したが、電子密度やイオン温度は影響を受けず、またプラズマ電流の6割がN-NBによって駆動されることが確認された。これらの結果は、ビームとプラズマの相互作用の素過程などから理論的に予測されるものと良く一致し、N-NBによる非誘導的な電流駆動がJT-60Uで実証された。

プラズマの電子温度が上がると、ビームと電子の相互作用が減り、散乱電子の作る逆向き電流が減るので、N-NBによる電流維持の効率が高まると期待される。そこで第4.2節では、電子サイクロトロン加熱で電子温度を10keVに高めた状態でN-NB入射が行われ、1MAのプラズマ電流の大部分を1秒強の間、N-NBで維持することに成功した。さらに第4.3節では、プラズマ圧が高い状態におけるN-NBの有効性が確認された。以上の実験結果は、高温・高圧の核融合実証炉において、N-NBを用いた準定常的な運転に明るい見通しを開くものである。

以上でN-NBによる非誘導電流駆動の有効性が確認されたが、ビーム入射によりプラズマが不安定になったり、各種の磁気流体的な不安定性がN-NBの効率を悪くする心配が残る。そこで第5章では、N-NB入射とプラズマの磁気流体的な不安定性の関係が実験的に調べられた。第5.1節では、低密度の放電のさい、N-NBの入射によりプラズマの中心部に磁気流体的な速い(数十kHz)揺動が引き起こされ、それにより電流を担う高速イオンが外側へ吐き出される現象が確認されたが、イオンの損失は約7%に留まっている。第5.2節ではプラズマ中に、磁気島を伴う強いテアリング不安定性が発生している状況でN-NB入射を行った。その結果、N-NBで打ち込んだ高速イオンがプラズマの中心から表面へと強く輸送され、2/3近くが失われてしまうことが判明した。よってN-NB入射は、こうした不安定性を抑制した状況で実行すべきである。

以上の成果は、核融合を目指すプラズマの磁気閉じ込め技術、高温プラズマの診断手法、イオンビームとプラズマの相互作用の物理などに、新しい知見をもたらすものであり、博士(理学)の学位を授与するに値することを、審査員の全員一致により確認した。なお本研究の一部は、鎌田裕氏および諌山明彦氏との共同研究であるが、その中で申請者は中心的な役割を果たしており、両氏からの同意承諾書も完備している。

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