学位論文要旨



No 215818
著者(漢字) 藤井,和子
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,カズコ
標題(和) オルガノトリアルコキシシランを用いた層状無機/有機複合体の合成
標題(洋) Syntheses of layered inorganic/organic hybrids with using organotrialkoxysilanes
報告番号 215818
報告番号 乙15818
学位授与日 2003.11.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15818号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,隆
 東京大学 教授 山岸,晧彦
 東京大学 助教授 杉山,和正
 東京大学 助教授 小暮,敏博
 物質・材料研究機構 主席研究員 井伊,伸夫
内容要旨 要旨を表示する

序論

生命の粘土鉱物起源説があるように粘土などのケイ素化合物は有機物と相互作用をする代表的な無機物質であり、粘土鉱物を用いたアミノ酸のD,L体の分離研究などがなされている。また、珪藻類をはじめ様々な生物中にケイ素が含まれていることが知られており、イネなどの植物は土壌からケイ酸をとりこんでいると考えられている。

粘土鉱物の一種であるスメクタイトは2:1型構造、すなわち、陽イオン八面体シートを両側から2枚のSi四面体シートが挟みこんでいる構造であり、層間の陽イオンが交換性を有する、有機物と複合体を作る、膨潤能を有するなどの特徴がある。

有機物との複合化は、無機、有機単独では実現できない新しい物質が得られる可能性があることや、二次元場に有機物を配列させることの興味深さなどから多数の研究がなされており、光に応答する複合体など機能を発現する複合体も多数報告されている。

層状ケイ素化合物を用いて共有結合による有機/無機複合化を行った報告も既にあるが、表面にシラノール基がない多くの粘土鉱物には応用できないなど制約がある。

これらの知見から無機塩や有機分子を用いて、無機/有機複合化と層状無機物の生成を同時あるいは連続的に行わせれば共有結合を介した層状無機/有機複合体が得られるのではないかとの考えに至った。無機塩とオルガノトリアルコキシランから層状無機/有機複合体を合成した研究は既に報告されており、修飾電極への応用などの報告も既にあるが、これらの複合体の無機部分は陽イオン八面体とCSiO3からなっている。

本研究は、有機物質と無機物質の反応素過程を合成的手法で探求し、地球生命圏における無機物質と有機物質の相互作用のナノメートルレベルでの解明に資することを目的に行われた。具体的には、特に無機/有機界面の共有結合に着目し、SiO4四面体を構造中に含む粘土鉱物により近い構造を持つ層状ケイ酸塩と有機物の複合体の合成方法を検討し、合成試料の構造を分析結果に基づき検証した。さらに複合体中での無機/有機相互作用を調べた。

評価方法

本章では、元素分析、X線回折(XRD)、透過型電子顕微鏡(TEM)、固体高分解能核磁気共鳴(NMR)など、試料の評価方法を述べる。

層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム複合体

本章では、複合体の新しい合成方法の検討と構造の解明を目的とした。

モデル化合物として、無機部分には3八面体型スメクタイト類似の構造を、有機物には各種層間化合物の合成が報告されているアルキルアンモニウムを選び、無機/有機界面が共有結合であり、かつ無機部分にSiO4種が含まれる粘土鉱物に類似の構造をもつ複合体の合成を目指した。

オクタデシルジメチル-(3-トリメトキシシリルプロピル)アンモニウム クロライド(以下、ODAC)及びシリカゾルをシリカ源として用いた。出発試薬のモル比は([ODAC]+[シリカゾル]):Mg(OH)2:LiF=1:0.66:0.13とし、全Siに対する[ODAC]のモル比(以下x)は0〜0.91とした。耐圧容器中で、反応温度200〜400℃、反応時間1〜10日の条件で水熱反応させた。

実験の結果、反応温度200℃以下、反応時間3日以上、xが0.04および0.5の条件で目的の複合体が得られることがわかった。合成された試料の組成式はR0.12Li0.49Mg2.24Si4O10(OH)2およびR0.43Li0.02Mg3.0Si3.2O10(OH)2と与えられた(Rは長鎖アルキルアンモニウム基)。

得られた試料の構造は以下のように検証した。先ず、スメクタイトと同様のXRDパターンや、層状構造を示唆するTEM像などから、試料の無機部分はスメクタイト類似の層状構造であることが示された。次に、有機部分の構造および、有機部分が層状の無機部分の層間に存在することは、固体高分解能13C NMRなどから確認した。さらに、固体高分解能29Si NMRで-53ppm付近にSi-C結合を持つSi種のシグナルが見られたことなどから、無機/有機の界面はSi-C共有結合を介して複合化していることが示された。

また、複合化により層状ケイ酸塩の網目状ネットワークに欠陥が生じ、複合体中の有機/無機の比が大きいほど増加することが示された。

層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム/シロキサン複合体

本章では、層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム/シロキサン複合体の合成と構造について述べる。

xを0.50とし第3章と同様の方法で複合体を得た。

分析結果から、スメクタイト類似の構造とオクタデシルジメチル(3-シリルプロピル)アンモニウム基 (C18H37N+(CH3)2C3H6Si-) の存在が認められた。さらに、アルコール洗浄前後の試料の変化などから、ODACの縮合重合体も存在することがわかった。

これらの結果から、アルキルアンモニウムとスメクタイト類似構造が共有結合により複合化した部分と、ODACのオリゴマー部分が組織化した構造モデルを提案した。2つの異なる部分の長鎖アルキル鎖は互い違いに並び、規則性の高い一分子層を形成していると考えられた。この疎水性会合が、異なる2つの部分が組織化された要因であると考えられた。

層状ケイ酸塩の官能基化

本章では、モデル化合物の合成方法を応用し、官能基を持つ有機物と層状ケイ酸塩の複合体を合成し、さらに、複合化による機能の変化から層状ケイ酸塩と有機物との相互作用を調べることを目的とした。

有機部分には、4-メチルクマリン、プロピルトリメチルアンモニウム、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピル、ピリジン、イソシアナート基を選び、第2章で明らかにした方法を応用して合成を試みた。

4-メチルクマリン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルなどを用いた系で層状構造の生成が示唆された。電子供与性の基を持つ有機物の方が層状ケイ酸塩との共有結合を介した複合化が容易である傾向が見られた。

さらに、層状ケイ酸塩/クマリン複合体の蛍光特性はクマリン単体と比較して変化が見られた。即ち、電気的に中性な化学種のみならず陽性な化学種に起因する蛍光発光が観察され、蛍光発光極大波長が長波長側にシフトした。これらの変化は層状ケイ酸塩とクマリン発色団の相互作用によるものであると解釈された。

融点を示す層状アルキルシロキサン

第4章の結果から溶融可能な層状アルキルシロキサンの構造が推測されたので、本章では融点を持つ層状アルキルシロキサンの合成を目的とした。

第4章で述べた複合体は70℃付近でアルキル鎖の配列の崩壊に伴うと考えられる吸熱を示したが溶融しなかった。そこで、無機部分をSi-O-Si架橋が比較的成長していないシロキサンシートに置き換えれば、温度上昇に伴う長鎖アルキル鎖の運動により複合体全体の構造が崩壊し溶融するのではないかと考えた。

このような層状アルキルシロキサンを合成するために、アンモニア触媒を用い、長鎖アルキルトリアルコキシシランを150℃で1日間反応させた。

合成試料は分析結果から目的の構造を持つことが示された。さらに、熱分析や顕微鏡観察から層状アルキルシロキサンが溶融し、溶融は可逆であることが示された。また、予測通り、溶融はアルキル鎖の規則的な配列の崩壊に起因することが確認された。

層状アルキルアンモニウムシロキサン

本章では、層状アルキルアンモニウムシロキサンの合成と評価を目的とした。

ODACのメタノール溶液を減圧下で縮合重合させ、試料を得た。合成試料は、XRD、TEM、等の分析結果から目的の層状アルキルシロキサンであることが示された。

第3、4、5章および本章の結果から、層状ケイ素化合物/有機物複合体中で、長鎖アルキル鎖の規則性が高くinterdigitatedな配列が形成される条件が明らかになった。合成温度が比較的高いとき、または立体障害があるとき、一分子層が形成され、さらに、無機部分に比較的高い密度で有機物が結合した場合に規則性が高いinterdigitatedな配列が形成されることが示された。

総括

本研究では、まずモデル化合物を用いて合成方法を検討し、層状ケイ酸塩/有機複合体の新しい合成方法を示した。合成温度は200℃以下、合成時間3日以上、オルガノトリアルコキシランとSiの比は、0.04、0.5で合成が可能であることが示された。

次に、分析結果から複合体の構造を明らかにした。

また、新しい合成方法を用いて複数の層状ケイ酸塩/有機複合体の合成を試みた。

さらに、複合化により無機部分の構造に変化が見られ、蛍光発光特性の変化からも層状ケイ酸塩部分と有機部分の相互作用が示された。

加えて、有機部分の会合により、異なる複数の部分が組織化する可能性や、複合体全体の特性が左右される可能性も示された。

これら本研究で明らかになった知見は、地球生命圏における粘土鉱物と有機物の共有結合を介した相互作用を理解する一助となると思われる。

無機/有機複合ナノシートへの展開など将来展望についても本章で述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は8章からなり、第1章は序論、第2章は評価方法、第3章は層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム複合体、第4章は層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム/シロキサン複合体、第5章は層状ケイ酸塩の官能基化、第6章は融点を示す層状アルキルシロキサン、第7章は層状アルキルアンモニウムシロキサン、第8章は総括、について述べられている。

第3章では、層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム複合体の新しい合成方法の検討と構造の解明を記述している。オクタデシルジメチル-(3-トリメトキシシリルプロピル)アンモニウムクロライド(以下、ODAC)に対し、Si、 Mg、 Liを混合し、複合体形成に必要な温度、時間組成比を決定した。X線回折法及び電子顕微鏡法により、合成された試料の試料の無機部分はスメクタイト類似の層状構造であることが示された。次に、固体高分解能NMRにより、有機部分(オクタデシルジメチルアンモニウム基)及び、無機部分の層間での有機部分の存在、さらに、Si-C結合の存在を確認した。この結果、Si-C共有結合を介して、無機/有機が複合化していること、複合化により層状ケイ酸塩の網目状ネットワークに欠陥が生じていることが示された。

第4章では、層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム/シロキサン複合体の合成と構造について述べている。合成方法は、組成比を除き、第4章で述べた方法と同様である。解析結果から、複合体はアルキルアンモニウムとスメクタイト類似構造が共有結合により複合化した部分と、ODACのオリゴマー部分から成っていた。2つの異なる部分の長鎖アルキル鎖は互い違いに並び、規則性の高い一分子層を形成していた。この疎水性会合が、異なる2つの部分が組織化された要因であると考えられた。

第5章では、第3章での合成方法を応用して、官能基を持ついくつかの有機物(4-メチルクマリン、プロピルトリメチルアンモニウム、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピル、ピリジン、イソシアナート基)と層状ケイ酸塩の複合体を合成し、さらに、複合化による機能の変化から層状ケイ酸塩と有機物との相互作用を調べた。4-メチルクマリン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルを用いた系で層状構造が生成された。電子供与性の基を持つ有機物の方が層状ケイ酸塩との共有結合を介した複合化が容易である傾向が見られた。また、層状ケイ酸塩とクマリン発色団の相互作用により、電気的に中性な化学種のみならず陽性な化学種に起因する蛍光発光が観察された。

第6章では、融点を示す層状アルキルシロキサンの合成について述べている。アンモニア触媒を用い、長鎖アルキルトリアルコキシシランを150℃で1日間反応させ、層状アルキルシロキサンを合成した。この層状アルキルシロキサンは溶融し、溶融は可逆であることが示した。この結果、層状珪酸塩層状ケイ酸塩/アルキルアンモニウム複合体の無機部分をSi-O-Si架橋が比較的成長していないシロキサンシートに置き換えることにより、温度上昇に伴う長鎖アルキル鎖の運動により複合体全体の構造が崩壊し溶融することを実証した。

第7章では、層状アルキルアンモニウムシロキサンの合成と評価について述べている。第3、4、5章および本章の結果から、層状ケイ素化合物/有機物複合体では、合成温度が比較的高いとき、または立体障害があるとき、一分子層が形成され、さらに、無機部分に比較的高い密度で有機物が結合した場合に規則性が高いinterdigitatedな配列が形成されることを示した。

本学位論文は、無機/有機複合体の合成方法、無機ー有機相互反応及び界面構造に関し、新たな知見を示している。これらは地球生命圏における粘土鉱物と有機物の相互作用の理解など、今後の関連分野の研究に寄与するところが大であると認められる。この点において、本論文は高く評価され、審査委員全員で、博士(理学)の学位を授与するにふさわしいと判断された。

なお、本論文は、第3章の一部は林繁信氏との、第4章の一部は林繁信、小玉博志氏との、第5章の一部は林繁信氏との、第6章の一部は藤田武敏、井伊伸夫、小玉博志、北村健二、林繁信、山岸晧彦氏との、第7章の一部は林繁信氏との、それぞれ共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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