学位論文要旨



No 215819
著者(漢字) 浦野,明
著者(英字)
著者(カナ) ウラノ,アキラ
標題(和) 都市・建築スケールの熱環境改善計画に関する予測および評価の研究
標題(洋)
報告番号 215819
報告番号 乙15819
学位授与日 2003.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15819号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 大岡,龍三
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 講師 荒巻,俊也
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、実際の都市・街区の熱環境を緩和することを目的とした環境共生計画に対する、定量的な評価を可能にするシステムを開発することを目標に、3次元的に複雑な形態を有する都市・市街地空間の都市気候の状況を予測することを目的とした研究をまとめたものである。

第1章では、都市気候および都市気候緩和策のレビューと本論文の全体構成を示した。

地球温暖化防止京都会議で定められたわが国の二酸化炭素排出量削減目標を受けた都市・建築計画の面での課題として、わが国の民生用電力エネルギーの相当部分を占めている建築物の省エネルギーをいっそう進めることが挙げられる。さらに、単体の建築のみならず、複数の建築物からなる都市の環境負荷を考慮し、環境負荷の小さな都市システムを実現するための取り組みが近年始まり、都市の熱環境を緩和し周辺の自然環境と調和した地域環境を創造しようとする試みがなされている。このような都市の熱環境の緩和が謳われる背景として、「ヒートアイランド現象」をはじめとする都市特有の都市気候の形成が近年大きく注目されている。

新たな環境を創造する、換言すれば環境を改変する可能性のある建設行為を行なう上では、新たに計画される構造物の周辺屋外環境に対する効果・影響を事前に予測し、さらには建築物を通じた屋内環境と屋外環境の物理要素の交換・相互作用を模擬できる数値シミュレーションないし模型実験の技術が必要とされるのは論をまたない。

現在建設行為が行なわれる際に一般的な数100 m以下の空間スケール(マイクロスケール)と、東京周辺でヒートアイランド現象が認められる100 km以上に及ぶ空間スケール(メソスケール)との間には、様々なスケールの熱のバランス・大気の循環が存在する。

メソスケールは、都市全体として容積の配分や建蔽率、緑被率やエネルギーの使い方を制御することが可能であるが、個別の建物の形状を明確に規定できないスケールである。このため本論文では、気温や風を全体の傾向をみるような方法でシミュレーション技術を開発し、ケーススタディとして都市の立体的な再配置の影響を検討した。

一方、マイクロスケールは、街区、建築計画レベルの空間スケールであり、建物や街路の配置やそれらを構成する素材とその配置までも制御可能である。このため、日射・照り返しや表面温度による長波放射の影響が、気温の分布に比べて非常に大きいことを前提にシミュレーション技術を開発し、ケーススタディとして外壁のアルベド、街路樹の影響を検討した。

第2章では、都市のヒートアイランド現象および温熱環境の実態を把握するため、メソスケールおよびマイクロスケールのそれぞれの空間スケールで観測を実施した。メソスケールは、東京を横断する航空機による移動観測をおこない、マイクロスケールは、超音波風速計を中心とした定点観測を実施した。

メソスケールの観測では、約12 kmの距離がある品川と中野の間の300 m〜600 m の高度において約1 ℃の温度上昇が測定された。一方、地上からの加熱によるサーマルの発生のためと思われる上昇・下降流および温度の変動が見られた。

また、マイクロスケールの観測では、住宅地の存在による風速の減衰・乱れの増加のほか、水平方向の拡散による顕熱フラックスの減少効果が確認された。また、4象限解析により、ejectionによる地表面からの暖かい空気塊の上昇は、地表面による熱的影響が比較的強い観測点で顕著に発達し、一方sweepは建物による運動量への影響が比較的強い観測点で発達する結果が得られた。

第3章では大都市全体の規模の環境緩和計画の効果を定量化する手法を開発した。ケーススタディとして、現状の「都市活動総量」を変化させずに都市の再配置を行った場合の熱環境制御効果を解析することを目的としていくつかの解析を行い、次の結論を得た。

ヒートアイランドの原因を大きく二分した場合、人工排熱の影響は夜間に大きく、地表面被覆の影響は日中に大きい。また、東京都区部を対象に都市活動の立体的再配置を行ったところ、集中型において気温が低下し、分散型では上昇する。これは、高層化に伴って人工熱が上空に排出されるようになり、地表面付近への影響が少なくなるためである。さらに、地区内の建物の平均階高、床面積の合計が同一であれば、規模の小さな建物が多いほど運動量に対するドラッグ効果の影響で風速低減、気温上昇の可能性がある。

第4章では、境界に存在する障害物の影響を考慮したネスティング手法により、広域の風環境の解析結果を狭域の境界条件として用いる方法を示した。本手法によりマルチグリッドシステムを構築することにより、メソスケールの現象と、建設活動が行われる際に一般的な数100 m 以下のマイクロスケールの現象の間の空間スケールの差異を埋めることことができる。さらに、両方のスケールの現象が複合した現象の解析への対応が可能になると考えられる。

第5章では、マイクロスケールの環境緩和計画として、複雑形状を有する街区における環境改善効果を解析するシステムを提示した。ケーススタディとして、壁面の放射吸収率の変化および街路樹の有無が環境に与える影響の定量化を試みた。

壁面の短波放射吸収率を低くした場合は、空調の消費エネルギーが1平方メートル当り最大8 W低下する一方、屋外の温熱環境指標が1度以上高くなるというトレードオフの関係を示すことが分かった。一方、街路樹の効果は、SET*が日中で最大3.5 度程度低下する結果が示された。

第6章では各章の内容を総括し、残された問題点や今後の展開について触れることで、全体の結論とした。

本研究の今後の展開として、最近進展がある各種緑化材料や燃料電池などの分散型の電熱供給システムの熱特性のモデル化によるモデルの改良をすすめることが挙げられる。

さらに、開発された各スケールの解析手法を実際の建築・都市計画へ適用していくことが必要であると考える。

個別の建築・街区の計画では、モデルの出力となる環境負荷を最小限にするような与条件を検討し最適な計画案を検討していくことにより、マイクロスケールの成果の展開が可能になると考えられる。

また第5章の解析では、壁面における発生顕熱の街区への放出がマイクロスケールにおける気温の空間分布に与える影響を無視した。第3章のメソスケールの解析で示したように、街区における熱収支の変化が水平方向に連続して広範囲に分布した場合、メソスケールの気温・風速に与える影響は大きいと考えている。

個別の建築に取り入れられた環境緩和策を首都全体に展開した場合の影響評価が行われれば、マイクロ・メソスケールの解析の有機的な統合によって、建物の省エネルギーと都市気候の緩和の双方が同時に評価することが可能になる。このように、マイクロスケールの街区計画の改良による顕熱発生量の抑制によりメソスケールの気候を改善する方策の効果を定量的に把握していく技術の開発は、今後の課題に残されている。

審査要旨 要旨を表示する

今日、都市の熱環境の改善の問題が都市計画あるいは環境計画上大きく取り上げられるようになった。人為的な地表面の改変、建築物の建設、人工排熱の排出によって人間活動の影響を受け、都市部の気温が周辺に比較して上昇するヒートアイランドの形成はその典型的な現象である。これは夏季の空調用のエネルギー消費の増大をもたらし、地球環境に対する都市の負荷を増大する結果となる。また、局所的に見れば街路を人間が歩行する際の快適性が損なわれる。このような熱環境問題を改善していくためのさまざまな方策が、都市の規模あるいは建築物の規模でおこなわれつつある。しかしながら、実際の効果の有効性については十分に事前に予測されておらず、そのために大胆な対策が導入できない状況にある。

本論文はこのような問題意識の元に行われたもので、「都市・建築スケールの熱環境改善計画に関する予測および評価の研究」と題し、6章からなる。

第1章は「序論」であり、研究の背景を示すと共にさまざまな規模の熱環境問題に関する既往の研究をまとめている。

第2章は「観測による都市熱環境の実態把握」である。現実の熱環境の観測は、複雑な熱環境問題を解析する際に不可欠である。本研究では2種類の観測を行っている。第一は航空機を用いた東京の都心部の縦断的な観測であり、これはメソスケールの規模での温度上昇を把握するための観測である。この観測により品川から中野に至る間の経路の上空300-600メートルの位置で夏季の昼間には約1℃の温度上昇があることを見いだしている。もう一つは郊外の戸建住宅団地における観測である。この観測では、住宅地の存在による風速の減少と乱れの増加が見られたほか、顕熱フラックスにも変化が生じるなど、当初予想したよりも複雑な現象が起きていることを見出している。

第3章は「メソスケールのシミュレーションによる都市ヒートアイランドの緩和効果」である。この章では都市全体を扱うためにメソスケールの規模のモデルを用いた解析をしている。対象として東京を取り上げ、モデルを用いた現状の熱環境の再現を行った後、都市の活動総量を変えずに都市の再配置を行った場合の効果を評価した。都市を構成する建物を高層化し都心に集中させた場合、人工排熱が上空に排出されるため地表付近の温度上昇が抑えられることをシミュレーションで示した。このような都市の再構成は現実には困難ではあるが、都市を変容させていく場合の方向性を決定する際の重要な知見になるであろう。一方、都心の機能を分散させた場合、都市全体の熱環境としては必ずしも得策ではないことも示された。

第4章は「ネスティングによる都市の複雑形態を考慮した風環境シミュレーション」である。実際の都市では、都市全体の構造を変えることは困難であるが、時間的、空間的にも独立に行われる再開発の際に熱環境の配慮を行っていく戦略が重要である。この章では、広域の風環境の解析結果を狭域の解析に用いる際のネスティングの手法について解析している。ここで提案した方法を用いれば、都市全体の風環境を考慮に入れた上で、都市の再開発規模での現象を予測することが可能になる。

第5章は「マイクロスケールのシミュレーションによる都市熱環境の改善効果の解析」である。建物群によって構成される街区を歩行者にとって快適なものにし、また建物のエネルギー消費を減らすことが今日求められている。この章ではその解析のためのミクロスケールのモデルを開発し、それを仮想的な街区に適用している。このモデルの特徴は建物内外の熱の交換をモデルに組み込んでいる点にあり、それによって建物への蓄熱の効果を評価する事が出来る。このモデルでいくつかの対策を評価した結果、壁面材料を変更することによって建物のエネルギー消費を削減できる反面、建物周辺の街路の快適性が低下すること、街路樹による快適性向上の効果があることを、いずれも定量的に示している。これらの結果は定性的にはある程度予想されるものであるが、それを定量的に示している点が成果として重要である。

第6章は「まとめ」である。

もともと建築の周辺の熱環境については建築の分野で解析が進められてきた。一方、都市全体の熱環境については、都市よりもはるかに大きい規模の現象を扱う気象学の分野からスケールダウンしてきた。しかし、この両者のアプローチの間にはさまざまな相違がある。実際の都市計画においてはこれら両者の解析を併せて行うことが求められ、本研究はそれを目指したものである。本研究では、解析対象の目的と規模に応じたモデルを用いることによって、結果的に建築規模から都市規模にわたる解析を行う手法を提案したものとしてその成果が評価される。

以上、都市の熱環境の解析に焦点を当てた本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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