学位論文要旨



No 215820
著者(漢字) 橋本,成仁
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,セイジ
標題(和) 住宅地における面的交通静穏化施策に関する研究 : コミュニティ・ゾーンを中心として
標題(洋)
報告番号 215820
報告番号 乙15820
学位授与日 2003.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15820号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 北澤,猛
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

20世紀に進展したモータリゼーションにより、人々の移動速度、移動距離は飛躍的に引き上げられた。これにより、都市圏として考えられる範囲は時間的・空間的に大きく拡大することとなり、結果として都市及びその周辺地域における産業の集積・発展や、職を求めての人口の都市への集中という現象が見られる。21世紀に入った現在、わが国を含めた先進国では都市圏の面的広がり、都市構造などは自動車交通を前提とした形態に変化しており、自動車交通は不可欠なものとなっている。

現代の社会において不可欠な存在となった自動車交通ではあるが、その特徴として利便性と同時に環境問題をはじめとする様々な負の側面も持ち合わせていることがあげられる。

特に大きな問題のーつとして挙げられるのが交通安全に関する問題である。わが国では2002年の道路交通法改正による罰則強化により、交通事故による死者数は昨年23年ぶりに1979年当時の死者数を下回る水準になったということが、大きく報道されているが、それでも1年間に8300人以上の死者と105万人以上の負傷者を出しているという事実は厳然として残っており、無視できない状態にある。

しかも、この交通事故に関する問題は、交通機能を受け持つ幹線道路のみで発生している問題ではなく、住民の生活空間である住宅地・商業地域の生活道路においても発生している。このような本来最も安心して居られるべき空間における交通事故の危険性は、騒音、振動など他の生活環境に関連する諸問題ととも早急に対策をすべき重大な課題である。

以上のような生活空間における交通安全と生活環境の向上を促進する概念として、交通静穏化と呼ばれる概念が世界中に広がっている。この概念は、ヨーロッパで誕生し、各国・各都市で試行錯誤を繰り返しながら各地の実情にあった形態に変化しつつ普及している。その基本概念は、面的な広がりを持つ地区を対象として、速度規制に代表される交通規制とハンプ、狭さく等に代表される速度抑制手法を利用した道路改良を組み合わせて対象地区全体で設定された規制速度の遵守を担保し、安全で快適な空間を創造するというものである。

このような概念に沿った施策はわが国でもコミュニティ・ゾーン形成事業として既に導入されているが、残念ながら充分な普及促進が図られておらず、また、必ずしも効果的な整備が進められているわけではない状況である。

普及促進が遅れている原因として、自治体の財源不足以外にも、自治体担当者がこれまでに経験してこなかった住民参加型の計画作りが求められていること、それにより従来の事業と比較して事業期間が長くなることなども一因とされている。また、これまでの円滑な自動車交通の実現という思想とは逆の思想を基にしていることもあり、自治体担当者の理解が遅れているという面も見受けられる。

必ずしも効果的な整備が進められていないという点については、コミュニティ・ゾーンという施策が、我が国の住宅地の実情にあっていない、充分に我が国の実情にあった形態に変化できていないという面も考えられる。そもそもこの事業は欧州で行われているZONE20という施策を基に検討・策定された事業であるが、住宅地内においても歩道の設置が充分に行われている欧州の状況と、街路の主たる構成要素が歩道の整備されていない単断面の街路である我が国の住宅地の状況では、基本的な部分で異なっている。即ち、我が国で導入すべき交通静穏化事業は、歩道のない道路空間における静穏化の計画論及びそこで利用される交通静穏化手法の検討を経たものである必要があり、その点で欧州の交通静穏化事業とは若干異なったものとなる必要であると考えられる。

そこで、本論文ではすでに整備されているコミュニティ・ゾーンについての効果検証を行い、歩道のない道路空間における静穏化の計画論及びそこで利用される交通静穏化手法の検討を行うことを目的とする。交通静穏化手法の検討においては、東京都葛飾区における住民参加・社会実験による狭幅員道路での整備、愛知県豊田市をフィールドとした地区内幹線道路における整備手法についての実証的検討を行った。

本論文は6章で構成されており、各章の概要は以下のようなものである。

第1章では、交通静穏化が何故必要なのか交通事故のデータを示しつつ住宅地・商業地などの生活道路において交通安全対策が必要であることを述べた。実際、歩行者が交通事故死した場所の自宅からの距離に着目すると、小学生以下の年齢の場合、自宅から50m以下という非常に近いまさに玄関のすぐそばで20%の事故が発生している。また、東京都における自転車の交通事故では、生活道路において全体の半数以上の事故が発生している。生活道路は比較的自動車交通が少なく安全な空間のように見えるが、このように意外にも危険な空間であり、何らかの交通安全対策が必要であることがわかる。

第2章では、交通静穏化への取り組みとしてコミュニティ道路の状況やドイツ、イギリス、オランダなどそれぞれの事情において異なった施策を実施している海外の交通静穏化事業について概観し、我が国で検討すべき交通静穏化の計画論について検討した。特に、対策を実施する地区内のネットワーク論について論じているが、この計画論についての検討は、本論文の中心的な位置づけを占めており、ここで論じたネットワーク論の実現の必要性を示し、実現のために必要な交通静穏化手法の検討を以下の章で行っている。この交通静穏化手法については欧州諸国ではほとんど考えられていない部分であり、我が国独自の手法の開発あるいは我が国の状況に合わせた導入方法の検討が求められている重要な課題である。

第3章では、コミュニティ・ゾーン形成事業について計画段階も含めこれまでに導入された地区の特性や、整備が完了した地区の整備効果について検証した。この事業の最大の目標は交通事故の削減であり、多くの整備事例で、交通事故発生件数が大幅に減少している。しかし、ネットワークとしての整備が十分に整備が行われておらず、整備効果が見られない地区が存在することを示した。

第4章はモデル地区として全国で最初に導入された東京都三鷹市の三鷹市コミュニティ・ゾーンについて交通事故データ、居住者へのアンケート調査などを行い、効果的であった手法と今後改善が必要な問題点を検討した。この地区は歩道のない単断面街路が多くを占めている地区であるが、地区内の補助幹線道路における歩道の連続化と中央線を廃止し路側帯を拡幅したという手法が非常に大きな効果を発揮している。歩道の連続化は各地ですでに導入されているが、路側帯の方はこれまでほとんど行われてこなかった手法である。この手法については第5章で検討を行った。また、この地区で課題として浮かび上がったのは幅員が6m以下の細街路における交通安全対策である。三鷹市コミュニティ・ゾーンは地区全体としては事前事後で総交通事故件数が半減したが、残念ながら細街路に限って集計すると交通事故件数が変化していないという結果が明らかになった。このような細街路での対策も次章で検討した。

第5章では東京都葛飾区において住民参加型の計画作りで検討中の青戸コミュニティ・ゾーンを対象に、細街路での交通安全施策の検討を行った。ここでは、ハンプ、狭さく、シケインの3種類の交通静穏化手法を利用した社会実験を行い、効果的な手法として狭さくを選択した。狭さくの形状を決めるため現地での狭さく走行状況調査、実験場での歩行者・自転車・自動車の錯綜状況の実験、さらに現地での狭さくの本施工後のアンケート調査等を行い、我が国の住宅地内の街路の特徴である単断面狭幅員道路における交通静穏化手法としての狭さくの可能性について検討した。さらに中央線を廃止し路側帯を拡幅する施策について愛知県豊田市内の道路を対象に効果分析を行った。愛知県、特に豊田市内はこの施策が2000年以降積極的に導入されており13路線の整備実績がある。本論文では、新たに2路線を整備し、ここについてこの施策を実施する前後での自動車の交通量・走行速度等に関する調査をおこなった。結果として、この道路周辺の居住者は路側帯の歩行空間が改善したことを高く評価していることと、この施策が自動車の走行速度を低下させることには役立っていないということがわかった。ただし、大型車の混入率が大幅に低下し、交通事故の発生危険度が下ることが期待できることが明らかになった。

第6章では、本論文のまとめとして交通静穏化施策の促進のために今後必要と思われてことを述べている。

わが国で本格的な交通静穏化施策であるコミュニティ・ゾーン形成事業が導入されてから、まだ7年である。7年は長い様にも考えられるが、ほとんどそのような概念がなかったところでからスタートした制度であることを考えると、これからが日本の都市の常識を転換いていく上で重要な時期となると考えられる。本論文の成果がそのような場で活用されることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

モータリゼーションの進展に伴い道路交通事故の増加、生活環境の悪化などの弊害が発生しているが、本論文は日常生活の場である居住地周辺における道路交通安全対策について検討したものである。 現在、わが国で進められている生活空間での地区レベルでの代表的な交通安全対策である交通静穏化事業に焦点を当てて、その現状と課題を明らかにしてわが国の現状に合った対応について検討している。すなわち、本論文の目的は、面的な交通静穏化事業としてのコミュニティ・ゾーンについて、海外の計画の考え方と適用事例を参考にしながら、わが国の適用事例についてその内容・効果などを分析して、その課題を明らかにするとともに、細街路が多く幹線街路の整備が遅れているわが国の状況を踏まえた計画論およびそれを実現する静穏化手法について検討することである。

本論文は全体で6章で構成されており、その主要な研究成果を論文構成に従って以下に要約する。

第1章は、研究の背景と目的を述べたもので、生活道路での交通事故の発生状況から交通静穏化の必要性を示すとともに、関連研究のレビューを行い本研究の意義を明らかにしている。

第2章は、住宅地での交通安全対策としての面的交通静穏化に関して、ドイツ,イギリス,オランダなど海外での考え方と手法の適用状況をレビューした上で、巾員が狭く歩道整備率が低く、道路整備が遅れている日本の市街地の現状を踏まえた計画論を展開している。具体的には、交通安全確保の緊急性からみた現実的な対象地区の設定が重要であるとして、街路網の整備状況に応じた段階的整備パターンと地区内のネットワークについて歩行者・自転車優先道路によるネットワーク形成を提案している。

第3章は、日本における交通静穏化事業の評価であり、現在進められている全国のコミュニティ・ゾーン形成事業について対象地区の特性,適用手法,整備効果について分析している。その結果、対象地区は比較的に小さい面積のものが多く、土地利用として住宅系だけでなく商業系の地区が半数近くあること、手法としては歩車共存道路,コミュニティ道路が多く適用されていること、整備効果については交通量・歩行速度・交通事故ともに一定の効果が現れているが、一部歩道のない街路等で効果が見られない地区があることなど興味深い知見を示している。

第4章は、代表的事例として全国で最初に導入された三鷹市コミュニティ・ゾーンを対象として独自のアンケート調査を行い詳細な整備効果分析を行ったものである。その結果、地区内ネットワークに関して自転車交通の需要が大きいこと、交通事故に関して自動車同士の事故削減に効果が大きいもの自転車の事故,狭幅員道路での事故の削減率が低いこと、適用手法の中で補助幹線道路での歩道の連続化と中央線を廃止し路側帯を拡幅する手法の効果が大きいこと、を明らかにしている。

第5章は前章までの分析を通してわが国の交通静穏化事業について、歩道のない幅員の狭い道路での有効な手法がないなど対象地区・道路に「空白域」が存在するとして、各種の社会実験を行ない具体的な対応手法について多面的な検討を行っている。住民参加型で進行中の青戸コミニティ・ゾーン(東京都葛飾区)事業の中で、ハンプ,狭窄,シケインを細街路に適用して自動車走行状況,車と歩行者・自転車の交通錯綜状況,アンケート調査などを行ない、狭窄の有効性を示唆している。更に、中央線廃止と路側帯拡幅の効果について、愛知県豊田市について既存事例の分析に加えて新たな2路線の整備に関与して、効果分析を行ない、自動車の走行速度の低下はみられなかったものの歩行者,ドライバー双方から路側帯拡幅による安心感の向上について評価が高いこと、また交通流に占める大型車の構成比が大幅に低下したことなど興味深い知見が示されている。

最後の第6章は、以上の結論を総括し、交通静穏化施策の促進に向けた事項を指摘している。

以上のように、本論文は狭幅員の細街路が多く街路網の体系的整備が遅れているわが国の市街地の現状を踏まえて、居住地周辺の交通安全改善に向けた面的交通静穏化について、その計画の考え方、適応手法について内外の事例分析、そして社会実験を含む実証的個別的事例研究により都市計画,交通計画上有用な知見を示したものと評価できる。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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