学位論文要旨



No 215821
著者(漢字) 松本,眞明
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,マサアキ
標題(和) 磁気ディスク装置用スライダの狭スペーシング化に関する研究
標題(洋)
報告番号 215821
報告番号 乙15821
学位授与日 2003.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15821号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 講師 鈴木,健司
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、コンピュータシステムの外部記憶装置である、磁気ディスク装置のスライダを対象としている。磁気記録を原理方式として用いる磁気ディスク装置の高記録密度化のためには、磁気ヘッドと磁気ディスクとのすきま(スペーシング)を小さくしていくことが必須である。本研究では、従来から用いられてきたストレートレール型スライダの低浮上化限界を打破し、スペーシング100nm以下の実現を狙って、磁気ディスク装置用スライダの各種設計パラメータがスライダの性能に与える影響を理論的、実験的に解明して、100nm以下の狭スペーシング化を実現する高性能スライダの設計指針を確立すること、を目的とし、次に述べる結論を得た。

実機内でのスペーシング変動要因解析と低減指針

磁気ディスク装置の設計スペーシングは、さまざまな要因によりスペーシングが変動しても、スライダがディスク表面と接触しないような大きさに決められる。従ってスペーシングを100nm以下にまで小さくするためには、スペーシング変動要因を正しく分析、定量化し、これを低減する設計を行うことが必要である。これまで計測と解析が不十分であった、実際の装置の中でのスペーシング変動を計測する技術を開発し、測定結果に基づいてスペーシング変動要因を体系化し、変動要因に理論的解析を加えて関連する設計パラメータを明確化し、スペーシング変動を低減するためのスライダ設計指針を明らかにした。

スライダに複数の微小な電極を形成し、ディスクとスライダの間の静電容量を検出することにより、実機内でのスペーシング変動を計測した結果、スペーシング変動要因は次の4種類に分類できた。

(1) スライダ周辺の空気流の乱れによる変動

(2) アクセス速度により、スライダへの空気流入方向が変化することによる変動

(3) アクセス時の加速、減速の衝撃(加速度変動)によるサスペンション振動による変動

(4) アクセス加速度により発生するスライダの慣性力と、スライダ重心とスライダへのサスペンション取りつけ位置の不一致による、ローリング方向の回転モーメントによる変動

単純化した力学モデルと気体潤滑計算による解析により、これらを低減するためのスライダ設計指針として次の4項目が有効であることを示した。

(1) 空気流によるスペーシング変動の低減指針

空気流による外力を低減(周速の低減、スライダ・サスペンションの受風面積の低減)、ならびにスライダ空気膜剛性を増大させる。

(2) アクセス速度によるスペーシング変動の低減指針

末広がりの三角形状を一部に有するレールを組み合わせてスライダのレールを形成し、空気流入方向が変化してもスペーシングが変化しにくくする。

(3) アクセス動作の衝撃(加速度変動)によるスペーシング変動の低減指針

アクセス加速度の立上がり振幅を低減、ならびにスライダの空気膜剛性を増大させる。

(4) アクセス動作時の加速度によるスペーシング変動の低減指針

スライダの質量を低減、サスペンションからの力の作用点(支点)とスライダ重心との距離を低減、スライダ中心からレールまでの距離を低減、及びスライダ下の空気膜のロール方向剛性を増大させる。

スペーシングの絶対値計測精度の向上

スペーシングを100nm以下とするためには、スペーシングの絶対値測定の精度もそれに合わせて高精度化する必要がある。設計スペーシングの少なくとも5%以下、すなわち5nm以下の測定精度を目指し、従来の干渉光輝度法では不十分であった測定再現性を改善することを目的に、2周波直交偏光干渉法により、微小すきま測定へのヘテロダイン干渉の適用を実現した。横ゼ−マンレ−ザからの,約400kHzの光周波数差をもつs及びp偏光を,ガラスディスクにブリュ−スタ角で入射し,スライダ表面およびガラスディスク表面からの反射干渉光強度に現われる光ビ−ト信号の位相と振幅を解析して測定した。スペーシング変化に対し、光ビ−ト信号の位相と振幅は、一方が極値となって変化しない時はもう一方が大きく変化するというように、交互に変化して、双方ともスペーシングに対して変化しない領域がなく、従来の干渉光輝度法にある不感帯が解消された。ヘテロダイン干渉の適用により、ビート周波数である400kHz付近以外の周波数領域の信号は、バンドパスフィルタで除去することが可能となり、さまざまなノイズ成分が除かれ、測定再現性が従来の±0.004μmから±0.002μmに向上した。さらに、スライダ表面の光反射に際する光の位相変化の、スペーシング測定値への影響を定量化した結果、通常スライダ材料として用いられるAl2O3-TiC材料の場合、従来スペーシングが実際より12nm大きく計測されていた。この補正を導入することにより100nm以下のスペーシング領域では、12%以上の絶対精度向上となった。

異物に対するスライダの過渡的接触力の定量化と接触力低減指針

スペーシングの低減のためには、スペーシングの変動を極力低減して、スライダとディスクが接触しないようにすることが第一であるが、一方、部品のばらつきを完全に除去、選別できないこと、広いディスク上の欠陥部分(微小な突起等)や、装置内の塵埃、汚れ等がスライダとディスク間に進入することが皆無にできないことなどを考えると、100nm以下という未知の領域にまでスペーシングを低減する際には、スライダとディスクの接触、あるいはスライダとディスクの間に何かが介在しての接触を考慮し、接触力を極力低減し、接触が発生しても壊滅的な損傷を引き起こさないように設計しておくことが次善の策として必須である。従来、力の単位で測定する手段がなく、設計に十分反映できる設計指針が得られていなかった、浮上中の過渡的な接触力を計測できるようにし、これを基に、接触力を低減するためのスライダ設計指針を明らかにした。

スライダに超小型ピエゾ素子を搭載し、複数のピエゾ素子に到達する弾性波の到達時間差から接触位置を検出することと、スライダがディスク上の突起に接触する際に発生するピエゾ素子出力を原波形解析することにより、接触力を、その大きさと波形まで測定する技術を開発した。また簡易接触モデルによる計算を行い、上記接触力測定結果と照らし合わせることから、実測結果の傾向を説明し、接触力を決定するパラメータの効き方を示した。この結果、

(1) 長さ4mm のスライダの、塗布型ディスク突起への接触力として、2つのタイプの接触が観測され、タイプAが接触力20mN、接触時間5μs、タイプBが接触力4mN、接触時間22μsであった。

(2) タイプAの接触力はディスクの周速度と共に増加し、タイプBの接触力はディスクの周速度と共に減少した。

(3) 接触波形、簡易モデル計算による解析から、タイプAの接触力はスライダの空気膜剛性より硬い突起への接触であり、タイプBの接触は空気膜剛性より柔らかい突起への接触と推定される。

(4) 簡易モデル計算による解析から、スライダの浮上中の接触力を低減するには、浮上角度、周速度、スライダ質量、突起剛性、空気膜剛性、接触開始から通過までの突起押込み量(圧縮長)を低減して行くことが有効である。

スペーシング変動と対異物接触力を低減する新型スライダの設計と検証

以上の項で示した、実機内でのスペーシング変動低減指針と、浮上中の過渡的異物接触力低減指針を実際にスライダ設計に適用し、スペーシング変動の低減ならびにスペーシング100nm以下の実現を確認することを目的とし、次の7項目の設計コンセプトを盛り込んだ新型のパラソルスライダを設計、試作、評価した。

(1) 従来の長さ4mm、幅3.2mm、厚さ0.8mmのストレートレールスライダに対し、長さ2mm、幅1.6mm、厚さ0.4mmに小型化。

(2) センターヘッド方式でヘッド素子搭載面積確保とローリング安定性確保。

(3) 斜形状レール方式で対ヨー角安定性を高め、アクセス安定性を確保。

(4) 負圧利用方式で実質荷重を高め空気膜剛性を向上させるとともに,内外周にわたる一定浮上性を確保。

(5) 有効サイドレール方式でローリング安定性確保。

(6) サイドレールリアカット方式でローリング時の浮上量ロス防止。

(7) センターテーパ/くさび形状方式で異物排除機能を実現。

このスライダの試作評価の結果、最小と最大の浮上量比は、リニアアクチュエータ装置で109%、ロータリアクチュエータ装置で106%、1.5m/sのアクセス速度に対する浮上量ロスは3nm、50Gのアクセス加速度に対しては1.5nmに低減できた。また、微小なセルロース粉を付着させたディスク上で浮上させた際の、スライダ浮上面へのセルロース粉の移着度を調べた結果、従来型のスライダに比べ、本試作スライダはセルロース粉の付着が少なく、スライダ/ディスク間への粒子進入防止機能を確認できた。

直近の従来ストレートレールスライダでのスペーシング変動量の合計が86nm以上であり、設計浮上量が115nmであったのに対し、本パラソルスライダでは、浮上量一定性で140%以上から109%に改善(20nm以上の改善)、アクセス時の浮上量変化で10nm以上改善され、スペーシング変動量の合計を50nm以下とでき、浮上量100nm以下の領域の実現が可能であることを検証した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「磁気ディスク装置用スライダの狭スペーシング化に関する研究」と題し,100nm以下の狭スペーシング化を実現できる高性能スライダの設計指針の確立を目的として,磁気ディスク装置用スライダの各種設計パラメータがスライダの性能に与える影響を理論的,実験的に解明し,その知見に基づく設計手法の構築を行ったもので,全6章より構成されている.

第1章は,「序論」であり,本研究の目的,従来の技術,本研究の着眼点,本論文の構成に関して説明している.本研究では,まず,従来明らかにされていなかった,実機でのスペーシング変動の計測とその要因分析を行い,スペーシング変動低減に向けての設計指針の提案を行っている.つぎに,浮上量が100nm以下のスライダでは,異物への接触が起こる可能性があるため,浮上時の異物への接触に関する実験的,理論的検討を行い,異物接触時の接触力低減に向けた設計指針を提案している.そして,最終的には,本論文中で提案された新設計指針に基づいたスライダを実際に設計製作し,スペーシング変動量や異物侵入に対する改良度を従来の設計指針に基づくスライダのものと比較している.

第2章は,「実機内でのスペーシング変動要因解析と低減指針」と題し,測定方法,測定結果,変動要因の解析方法と解析結果について詳細に記述している.スペーシング変動量の測定は,スライダに4個の微小な電極を取り付けて,ディスクとスライダ間の静電容量の変化を検出することによって行われている.測定結果に基づく変動要因分析の結果から,スライダ周辺の空気流の乱れ,アクセス時に発生するスライダへの空気の流入方向の変化,アクセス時の加速,減速に起因するサスペンション振動とローリング振動の4つの要因が明らかにされている.これらの結果を踏まえて,スペーシング変動の少ないスライダを設計するためには,小型化,薄型化による受圧面積の低減,サスペンションから受ける力の作用点とスライダ重心間の距離の低減,スライダ中心からレールまでの距離の低減,空気の流入方向の変化に対するスペーシング変化の感度低減,空気膜剛性の向上が有効であることが提案されている.

第3章は,「スペーシングの絶対値計測精度の向上」と題し,本研究で開発した,従来の方法よりも高い精度で測定することが可能な計測方法の原理,測定装置,測定結果について記述している.スペーシングを100nm以下にするためには,スペーシングの絶対値測定精度もそれに合わせて高精度化する必要がある.本論文では,2周波直交偏光干渉法によるヘテロダイン干渉を微小すきま計測へ適用することによって測定精度の向上を実現している.

第4章は,「異物に対するスライダの過渡的接触力の定量化と接触力低減指針」と題し,異物との接触に関する従来の計測技術,本研究で提案した測定方法の詳細,測定結果,簡易モデルによる接触力の解析とこれにもとづく接触力低減指針の提案について記述している.100nm以下にスペーシングを低減する際には,スライダとディスクとの接触,異物とスライダとの接触が発生したとしても致命的な損傷が発生しないような設計にしておくことが望まれる.本研究では,接触有無の検知,接触力の定量化,接触力低減を狙ったサスペンションの設計,接触が発生した状況下でのスライダおよびディスクの耐久力確保の立場から実験的,理論的検討が加えられており,得られた知見に基づいた接触力低減指針が提案されている.

第5章は,「スペーシング変動と対異物接触力を低減する新型スライダの設計と検証」と題し,新たな設計指針と従来技術に関するまとめを行った後,新たな設計指針によって設計された新型スライダの諸元とその特徴および性能測定結果に関して記述し,新型スライダでは,スペーシング変動量を100nm以下に抑制することに成功したことを述べている.

第6章は,結論で,本研究によって明らかになった知見を纏めている.

以上のように,本論文は,磁気ディスク装置用スライダのスペーシング変動の発生機構を明らかにし,新しく提案したスペーシング変動量低減設計手法によって磁気ディスク装置用スライダの狭スペーシング化が実現できることを実証したものであって,機械工学,特にトライボロジー、振動工学および関連する工業技術の発展に寄与するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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