No | 215824 | |
著者(漢字) | 松田,晃一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツダ,コウイチ | |
標題(和) | パーソナルエージェント指向仮想社会の設計と評価 | |
標題(洋) | Design and Evaluations of Personal Agent-oriented Virtual Society | |
報告番号 | 215824 | |
報告番号 | 乙15824 | |
学位授与日 | 2003.12.12 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第15824号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電気工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 最近のコンピュータ技術とネットワーク技術の進歩により、サイバースペースを実現するための基盤が整ってきた。このような環境の中、三次元(3D)のマルチユーザ参加型共有仮想環境の実用化研究がなされ、参加したユーザが同じ仮想環境内で同じ体験を共有できるメディアとして様々な研究機関や企業で実現されてきた。このような共有仮想環境は、世界や街などの3Dのメタファを導入することにより、ユーザが滞在可能な新しい社会環境を作り出すことができる。しかしながら、これまで行われてきた共有仮想環境に関する研究の多くは、仮想環境のシステムアーキテクチャや、それを実現するプロトコル、ユーザインターフェース、アウェアネスの管理などに関するものが中心であった。これらの研究は、仮想社会を構築する上で不可欠なものであるが、それだけでは、大規模な仮想社会を作り出すことはできない。「社会」は、ユーザがその世界で社会活動をする上で必要な様々な社会的・環境的インフラストラクチャが十分に整って初めて実現できるものである。仮想社会の研究はまだ発展途上の分野であり、その様々な要素について実験、評価していく必要がある。仮想社会を研究する上で重要なのは、対象とする仮想環境を多くのユーザがアクセスし使い、社会システムとして機能している状態で評価することである。このような仮想環境が構築できる実験できる環境として、インターネットは非常に有効である。このため本研究では、次のようなアプローチをとる。インターネット上で多人数を収容できる共有仮想環境構築システムを開発する。このシステムを用い、多人数のアクセスを促す社会性を持つ共有仮想環境を構築する。本環境をインターネットに公開し、多くのユーザが使えるようにし、その環境をベースに実験を行い評価する。 最初に、インターネット上で3Dのマルチユーザ参加型共有仮想環境を実現するシステムのフレームワークを提案し、その実装であるCommunityPlaceシステムについて述べる。CommunityPlaceは、VRMLとJavaをベースとしたサーバクライアント型とpeer-to-peerシステムの特徴を持つ分散システムであり、WWWシステム上に3Dの共有仮想環境の構築を可能にする。CommunityPlaceは、(1)3Dの仮想環境を表示しナビゲーションする機能を提供するブラウザ、(2)共有仮想環境内のメッセージの配信・再配信を管理するサーバ、(3)共有仮想環境内のアプリケーションの実行環境であるアプリケーションオブジェクトの3つからなる。メッセージ配信を行うサーバシステムとアプリケーションの実行環境を分離することにより、環境内の変化をサーバ外のアプリケーションとブラウザ内のスクリプトの実行で実現可能にした。これに加えて、Auraモデルをベースにした少人数のメンバーのグループ内でだけ一貫性を保証することにより、システム全体のメッセージの配信量を減らし、システムにスケーラビリティを持たせている。また、アプリケーションの実行環境をサーバから分離することで、CPU負荷の高いアプリケーションをサーバと別のシステムで動かすことを可能とし、サーバが稼動するシステムの負荷を下げることができる。本システムを共有仮想環境内のユーザの振る舞いをシミュレートするプログラムを用いて性能を評価し、1000人のユーザが同時にアクセスできることを示した。 次に、本研究の基盤となる社会性を持つ共有仮想環境を提案し、その設計方針とCommunityPlace上の実装であるPAW^2(Personal Agent World)システム及びその評価について述べる。 PAW^2は、仮想社会を研究する基盤システムとして、数百人の同時アクセス、数千人の延べアクセスを目標として設計された。このため、(1)ユーザがPAW^2に長い時間滞在するようにする、(2)ユーザがPAW^2に再訪しやすくする、(3)社会的なアクティビティを行いやすくする、という観点から、次の4つの設計方針を立てた。(1)パーソナルエージェントの導入、(2)社会的・環境的インフラストラクチャの導入、(3)一人遊びの導入、(4) 平和な景観の導入である。パーソナルエージェントとは、仮想社会に参加するユーザを個別に支援する自律的なアプリケーションである。PAW^2では、これまでの擬人化エージェントとは異なり、ユーザに過度な期待を持たせずにユーザが容易に接することができるように、エージェントを犬型の親しみ易い形状とし、あまり知的な機能を持たせないことにした。このためPAW^2は、これまでのアバタとテキストベースの仮想環境とは異なり、各ユーザを個別に支援するパーソナルエージェントに加え、社会的・環境的インフラストラクチャを持つ共有仮想環境として実現された。本システムをインターネットで公開し、評価を行った結果、8ヶ月で32,000人の登録ユーザ、523人の同時アクセス、5〜6,000人の延べアクセスを達し、所期の目標を達したことを示した。また、同時に行ったPAW^2の機能に関するアンケートやデータベースの解析結果より、パーソナルエージェントの有用性、設計方針の妥当性を得ることができた。 次に、PAW^2内部でユーザが行っているアクティビティという観点からフィールドスタディを行った。これは、統計的な手法によるユーザアクティビティの分析と観察による社会的なアクティビティの分析の二つからなる。前者は、PAW^2内で行われているユーザアクティビティを統計的に調査・分析するものである。 PAW^2で行われるユーザのアクティビティは、コミュニケーション、パーソナルエージェント、イベント、アイテムに関連するアクティビティからなる。本研究では、そのカテゴリに属する26種類のアクティビティのログを1ヶ月間収集し、得られた5,170人のデータをもとにPAW^2へのアクセスを目的変数、ユーザアクティビティを説明変数として回帰分析を行った。この結果、パーソナルエージェントが初期のユーザのアクセスに大きく寄与していることが分かった。後者の社会的なアクティビティの分析では、観察結果から、コミュニティの発生・増加、結婚式などのユーザイベントの開催、PAW^2の情報誌の発行、独自のルールの発生など様々なアクティビティが行われ、一定の文化が形成されていることが分かった。本結果を他の社会性を持つ共有仮想環境アプリケーションと比較し、いくつかの類似性があることを示した。また、このようなアクティビティに加え、同時に反社会的行為も観察され、一種の社会問題が起きていることが分かった。PAW^2では、システムの機能を社会的に受容可能なものにすることで解決を行った。 次に、仮想社会をE-Commerceという観点から拡張を行い,評価を行った。まず、仮想社会をベースにしたビジネスモデルを提案し、それをもとにPAW^2システムに行った拡張と評価について述べる。本ビジネスモデルは、仮想社会をマーケットプレイスとして使用し、その仮想社会内に存在するオブジェクトを販売するというものであり、他の仮想社会にも柔軟に適応可能なものである。本ビジネスモデルに基づき、PAW^2システムを拡張し、既存の課金システムとPAW^2システムをリンクしWebページ上で仮想オブジェクトの販売を可能にした。本システムをもとに、仮想オブジェクトに意味づけし販売する実験を2ヶ月間行った。この結果、期間中で1回以上アクセスしたユーザ8,005人のうちの約10%、また、課金システムをすぐに使用できるユーザの29.4%が仮想オブジェクトの購入を行ったことが分かった。この要因として、パーソナルエージェントが結果に寄与していることが分かった。本結果とネットワークでのデジタルコンテンツ(ニュース配信やソフトウェア)の購入とを比較し、本モデルの妥当性を得ることができた。また、本結果より、エージェントの機能をベースにしたビジネスの可能性も示すことができた。 最後に、次世代の仮想社会である「self-sustaining virtual society (SSVS)」の提案を行い、これまでのPAW^2の研究結果から、その可能性について議論する。SSVSは、ユーザ自身がその環境内でコンテンツや文化を構築することを可能にし、環境そのものを豊かにするcreative positive feedback loop(CPFL)を提供する共有仮想環境である。SSVSは自身の環境をよりユーザ指向で自律した自然な方法で拡張・拡充することができ、現実世界に存在しない独自の文化形成などが期待できる。これまでの研究結果から、制限された機能であっても、CPFLが存在し文化やコンテンツが形成されていることが分かり、SSVSの可能性は十分にあることが分った。しかしながら、制限された機能であってもそれを用いた反社会的行為も発生しており、システムが提供する自由度が反社会的行為に使用される可能性が高いことも分かった。これらの結果から、SSVSを実現するためには、単に機能を提供するのではなく、社会的に許容可能な機能の提供が重要であり、それによって形成される文化やコンテンツを評価していくことが重要な研究のアプローチである。また、SSVS以外の本研究の研究項目として、仮想社会構築ミドルウェア、パーソナルエージェントの拡張、仮想社会内のE-Commerceの支援、個人用仮想社会の支援、仮想社会との非同期インタラクションの支援、現実社会と仮想社会の融合、「非共有型」共有仮想環境について述べる。 | |
審査要旨 | 本論文は,「Design and Evaluations of Personal Agent-oriented Virtual Society」(パーソナルエージェント指向仮想社会の設計と評価)と題し,8章からなる.本論文は,最近のコンピュータ技術とネットワーク技術の進歩により実現可能になった三次元(3D)のマルチユーザ共有仮想環境技術をさらに進め,インターネット上で多人数のユーザを長時間収容できる社会性を持った共有仮想環境システムを構築するための技術とその実験的評価について論じたものである. 第1章「Introduction」(緒論)では,本研究の背景と目的を明らかにした上で,CSCW(Computer Supported Collaborative Work)における従来からの研究の流れの中に本研究を位置づけている. 第2章「Related Work」(関連研究)では,本研究,およびそのなかで用いられているいくつかの基本概念についての従来研究の整理を行っている. 第3章「The CommunityPlace System」(CommunityPlaceシステム)では,インターネット上で3Dのマルチユーザ共有仮想環境を実現するシステムの枠組みを提案し,その実装であるCommunityPlaceシステムについて述べている.CommunityPlaceは,サーバクライアント型とpeer-to-peerシステムの特徴を併せ持つ分散システムである.スケーラビリティを達成するために,サーバシステムとアプリケーションの実行環境の分離やAuraモデルによるインタラクションの局在化などの手法を開発した.本システムの性能評価を行い,初期の目標値が達成されていることを確認した. 第4章「The Personal Agent-oriented Virtual Society」(パーソナルエージェント指向仮想社会)では,社会性を持つ共有仮想環境の設計方針について論じた上で,そのCommunityPlace上への実装であるPAW^2(Personal Agent World)システム及びその評価について述べている.PAW^2は,数百人の同時アクセス・数千人の延べアクセスを許容することを目標として設計された仮想社会の研究基盤システムである.ユーザが長時間滞在して社会的なアクティビティを行い,再訪しやすいものにするために,各ユーザを個別に支援する自律的な犬型パーソナルエージェント,社会的・環境的インフラストラクチャなどが導入されている.インターネット上での公開実験により,PAW^2の所期の目標が達成されたことが確認されるとともに,パーソナルエージェントの有用性と設計方針の妥当性が示されている. 第5章「Field Study」(フィールドスタディ)では,ユーザアクティビティの統計的な分析と観察による社会的なアクティビティの分析について述べている.ユーザアクティビティの統計的な分析に関しては, 1ヶ月間にわたる5000人あまりのユーザのアクティビティのデータの分析が行われた.このなかで,パーソナルエージェントが初期のユーザのアクセスに大きく寄与していることなどが判明した.観察による社会的なアクティビティの分析に関しては,ユーザのアクティビティの定性的な分析により,一定の文化が形成されていることなど,いくつかの貴重な知見が得られた.同時に,反社会的行為という社会問題の兆候が検出された点は興味深い. 第6章「E-commerce Extension」(E-コマースへの拡張)では,仮想社会をマーケットプレイスとして使用し仮想社会内に存在するオブジェクトを販売するというビジネスモデルを導入し,それに基づくPAW^2システムの拡張と評価結果について述べている.この評価実験から,パーソナルエージェントが販売に寄与していることなどのいくつかの興味深い知見を抽出するとともに,エージェントの機能をベースにしたビジネスの可能性を示した点は,共有仮想環境を人間社会の新しい領域として発展させていくための一つの貢献として認められる. 第7章「Toward the Self-sustaining Virtual Society」(自律型仮想社会に向けて)では,ユーザ自身がその環境内でコンテンツや文化を構築することを可能にし,環境そのものを豊かにするCreative Positive Feedback Loop(CPFL)を提供する共有仮想環境「Self-Sustaining Virtual Society (SSVS)」(自律型仮想社会)を次世代の仮想社会として提案し,PAW^2の研究で得られた成果を一般化してSSVSの可能性について検討している.また,今後の研究課題も示している. 最後に,第8章「結論」(Conclusion)では,本研究の総括を行い,併せて将来の展望についても述べている. 以上を要するに,本論文は,共有仮想環境を人間が実生活を営む新しい社会環境に発展させるための概念的枠組みについて論じ,インターネット上で多数のユーザを長時間収容できる共有仮想環境構築システムの実現手法を示し,大規模なフィールドスタディと評価実験による有効性の実証,および随伴して得られたいくつかの興味深い知見について述べたものであり,電子情報工学上貢献するところが少なくない. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/51201 |