学位論文要旨



No 215826
著者(漢字) 本島,邦明
著者(英字)
著者(カナ) モトシマ,クニアキ
標題(和) 波長多重伝送システムにおける光ファイバ増幅器の過渡応答に関する研究
標題(洋)
報告番号 215826
報告番号 乙15826
学位授与日 2003.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15826号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
 東京大学 助教授 多久島,裕一
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、波長多重伝送システムにおける光ファイバ増幅器の過渡応答に焦点を絞り、研究を行う。まず、本論文で論じる陸上ネットワークと海底ネットワークの課題について概括する。陸上ネットワークにおいては、帯域制御や障害発生時の迂回ルート確保の機能を実現するため、波長多重伝送システム用光ファイバ増幅器には波長数の変動に対し一定の利得を保持する利得制御機能が必要となる。利得制御機能については、利得をモニターする専用のプローブ光で利得を検出して励起光電力を調整することにより利得一定制御を行う方法(励起光制御方式)等、従来から多くの研究がなされている。しかし、筆者が利得制御方式の研究を開始した1991年当時、励起光電力の所要値や帰還制御回路の設計法については理論的検討がなされていなかった。陸上ネットワークにおける光ファイバ増幅器のもうひとつの課題は、線路損失のバラツキ、あるいは保守作業者が光ファイバに触れることにより生じる過渡的な損失変動が発生した場合にも、一定のチャネル出力を維持する出力制御機能の実現である。出力制御機能については、波長多重端局からの制御信号により波長多重数を中継器に通知し、中継器出力として、波長多重数に対応した全信号電力が得られるよう、光ファイバ増幅器の励起電力を制御する方法(波長数通知方式)の研究がなされている。波長数通知方式は入力部に接続される線路の静的及び過渡的な変動を補償し得るが、波長数通知等の制御手順の複雑さのため、帯域制御や障害発生時の迂回ルート確保のためチャネル数が動的に変化した場合には、対応ができない。また、筆者が出力制御方式の研究を開始した1997年当時には、出力制御機能を行う電気回路の所要特性については定量的考察がなされていなかった。

次に海底ネットワークの課題について述べる。海底ネットワークにおいては、信号電力の安定化のため励起電力一定駆動方式が取られ、陸上ネットワークにおける光ファイバ増幅器と異なり、海底ネットワークにおける光ファイバ増幅器は波長数、全信号電力に依存した利得を有する。その結果として、中継器への全信号電力の急峻な変動が生じた場合に、数百mWのピーク電力を有する光サージが発生する可能性が有り、中継器内の光デバイスに恒久的なダメージを与え得る。光サージについては、その伝播特性と抑圧手法の実験的な検討がなされている。しかし、光サージピーク電力の中継段数依存性等の理論的検討が、筆者が光サージの理論的研究を開始した1993年にはなされていなかった。海底ネットワークにおける光ファイバ増幅器のもう一つの特徴は、25年以上の動作を保証する高信頼性であり、これを達成するために複数の励起用半導体レーザの励起光を光カプラで合波して複数の光ファイバ増幅器を励起する冗長化励起構成が取られる。このように、同一波長帯域の多モード半導体レーザが合波されるシステムにおいては、注入同期現象等、複数の半導体レーザ間の干渉が発生し、光ファイバ増幅器の利得の不安定性に繋がる可能性がある。冗長化励起系を構成する複数の半導体レーザの干渉が光ファイバ増幅器に及ぼす影響とその抑圧方法については、著者らが海底中継器の開発を開始した1993年当時には理論的検討がなされていなかった。

上記の陸上ネットワークと海底ネットワークにおける光ファイバ増幅器の課題について、本論文の各章で行った研究の成果をまとめる。

第3章では、本論文の理論解析の基本的ツールとなる、EDF(Erbium Doped Fiber)とその制御回路を含めた理論モデルを構築した。EDFのモデルとしては、時間応答を考慮した原子レート方程式と、波長軸方向に分割した光子レート方程式を、エルビウム原子が均一なスペクトル広がりで記述できる利得特性を有すると仮定して導出した。さらに利得及び出力制御機能を実現する制御回路を記述する方程式を導出し、EDFの原子レート方程式及び光子レート方程式と連立させることにより、光ファイバ増幅器の動作が完全に記述できることを示した。また、波長多重伝送システムで要求される広帯域な利得特性を精度良く設計するために不可欠となる誘導放出断面積と誘導吸収断面積の高精度測定法として、従来から1500nm以下の波長帯で誘導放出断面積の測定誤差の要因として報告されていたESA(Excited State Absorption)の影響を取り除くため、McCumberの式を用いて誘導吸収断面積の実測値から誘導放出断面積を算出する方法を提案し、広い入力信号電力範囲及び波長範囲においてO.3dB以下の高い設計精度が得られることを示した。

第4章では、利得制御方式として励起光制御方式と補償光制御方式の2方式を提案し、この2方式を第3章で構築した理論モデルをもとに解析した。励起光制御方式については、制御回路に要求される応答速度は励起波長に依存するものの、1μs程度の時定数で十分であり、低速回路で経済的に実現できることを示した。この理論検討を確認するため、励起光制御方式を用いてパケット伝送時に低周波遮断歪みの抑圧特性を評価し、4dBの低周波遮断歪みが0.3dBに低減できること、線形動作のダイナミックレンジが7dB拡大できることを示し、理論計算から得られる制御精度とほぼ一致することを確認した。補償光制御方式については、16チャネルの622Mbit/s CPFSK変調信号のFDM分配システムへの適用検討を行い、1から16までのチャネル数変動に対して最小受光電力の劣化量を1.0dB以下に抑圧できることを示し、補償光制御方式による光ファイバ増幅器が波長多重伝送方式を用いた光加入者系においても使用可能であることを示した。

第5章では、長距離波長多重伝送システムで不可欠となる、光ファイバ増幅器の出力制御方式に関する検討を行った。まず、出力制御方式として従来提案されている波長数通知方式と、本論文で提案する、端局から出力された利得制御波長の出力電力を一定に保つことにより出力制御を行う自律制御方式の2つの方式を比較し、波長ルーティングによる帯域制御や障害発生時の迂回ルート確保を行う将来のネットワークでは自律制御方式が必須であることを示した。また、第3章で構築した理論モデルを適用し、EDF3段と利得制御回路及び出力制御回路からなる中継器の実時間動作を数値解析し、各制御回路の利得と時定数の所要値を明らかにした。この数値計算に基づいた光ファイバ増幅器の試作を行い、その利得波長特性、波長数変動時の過渡応答特性、入力部に接続された光ファイバの損失が変動した場合の過渡応答特性を実験的に検討し、数値解析と良く一致することを明らかにした。特に、入力波長多重数の増減に伴う過渡的電力変動を0.45dB以下とする事ができ、かつ9dBの伝送路損失変動にかかわらず信号光出力電力を+5.5dBm±0.6dBと一定に保つ事が可能であることを実験的に示した。また第3章で示した設計手法は、3段のEDFと利得・出力制御機能の2重ループからなる複雑なシステムの設計が精度良く行えることも示した。

第6章では、海底ネットワークで問題となる光サージの伝播特性の解析手法について述べ、その抑圧手法として光増幅中継系への入力電力変動の速度を管理することにより光サージピーク値を管理することができることを示した。システムモデルとして陸上端局装置内の光送信器の現用・予備切替により、多段光増幅中継系への全入力電力が急峻に変動するモデルを考え、光サージのピーク電力を第3章で述べた光ファイバ増幅器のモデルをもとに数値解析した。光サージピーク値が3〜4中継目で最大となり、その後減衰すると言う、実験的に報告されている現象が理論計算からも確認できることを示した。また、解析の結果、光サージのピーク電力は、光スイッチの切替時間に依存し、一定の切替時間以下になると指数関数的に増加することを理論的に示した。典型的な短距離システムでは、光スイッチの切替時間が20μs以上であれば、光サージのピーク値は100mW以下に抑えられ、海底中継器用の受動部品の信頼性に影響を及ぼさないことを示した。また、本解析の妥当性を検証する実験を行い、光サージのピーク電力の実験値と理論値は、1dB程度の誤差で一致すること示した。

第7章では、海底ネットワークで使用される光中継器でEDFを励起する、励起レーザの冗長化励起方式の安定化手法について述べた。まず、冗長化励起系の不安定性の理論モデルを構築し、励起レーザ間の注入同期現象が不安定性の原因であることを理論・実験両面から明らかにした。また、冗長化励起方式の安定化手法として、励起レーザ間の結合を抑圧して注入同期状態を回避する光アイソレータ挿入方式、注入同期状態が発生しても光カプラでの干渉を抑圧できる長尺光ファイバ挿入方式、ファイバグレーティング挿入方式の3つの方式の有効性を実験的に検証した。最後に、光アイソレータ挿入方式の重要なパラメータであるアイソレーション量の所要値を明確化するため、理論モデルを基に利得変動量のアイソレーション量依存性の理論検討を行い、定性的には実験値を説明し得ることを示した。また、アイソレーション値の所要値は25〜30dBであり、商用レベルの光アイソレータで十分実現できることを示した。

第8章では、第2章から第7章の本論文の成果を総括した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は“波長多重伝送システムにおける光ファイバ増幅器の過渡応答に関する研究”と題し,8章からなる。

第1章は“総論”であり,波長多重伝送システムにおける光ファイバ増幅器の過渡応答の重要性について述べ,本論文の目的と構成をまとめている。

第2章は“波長多重伝送システムにおける光ファイバ増幅器の課題”と題し,陸上ネットワークと海底ネットワークで用いられる光ファイバ増幅器の課題について概括する。

陸上ネットワークにおいては,帯域制御や障害発生時の迂回ルート確保の機能を実現するため,波長多重伝送システム用光ファイバ増幅器には波長数の変動に対し一定の利得を保持する利得制御機能が必要となる。また,線路損失の変動があってもチャンネル出力を維持するための,出力制御機能も重要である。一方海底ネットワークにおいては,信号電力の安定化のため励起電力一定駆動方式が取られる。このため,中継器への全信号電力の急峻な変動が生じた場合に,数百mWのピーク電力を有する光サージが発生する可能性が有り,サージを抑圧するための対策が必要である。

第3章は“光ファイバ増幅器のモデリングと過渡応答の解析手法”と題し,本論文の理論解析の基本的ツールとなるEDF(Erbium Doped Fiber)とその制御回路を含めた理論モデルを構築した。利得及び出力制御機能を実現する制御回路を記述する方程式と,EDFの原子レート方程式及び光子レート方程式とを連立させることにより,光ファイバ増幅器の動作が完全に記述できることを示した。また,EDFの誘導放出断面積と誘導吸収断面積の高精度測定法を提案し,この値を用いれば,広い入力信号電力範囲及び波長範囲において増幅度誤差0.3dB以下の高い設計精度が得られることを示した。

第4章は “光ファイバ増幅器の利得制御方式”と題し,利得制御方式として励起光制御方式と補償光制御方式の2方式を提案し,この2方式を第3章で構築した理論モデルをもとに解析した。

励起光制御方式は,制御回路に要求される応答速度は1ms程度の時定数で十分であり,低速回路で経済的に実現できることを示した。この理論検討を確認するため,励起光制御方式を用いてパケット伝送時に低周波遮断歪みの抑圧特性を評価し,理論計算から得られる制御精度とほぼ一致することを確認した。また,補償光制御方式についても,16チャネルの622Mbit/s CPFSK変調信号のFDM分配システムへの適用検討を行い,理論解析結果との比較を行なった。

第5章は“光ファイバ増幅器の出力制御方式”と題し,長距離波長多重伝送システムで不可欠となる,光ファイバ増幅器の出力制御方式に関する検討を行った。端局から出力された利得制御波長の出力電力を一定に保つことにより出力制御を行う自律制御方式を提案し,第3章で構築した理論モデルを適用して解析を行なった。EDF3段と利得制御回路及び出力制御回路からなる中継器の実時間動作を数値解析し,各制御回路の利得と時定数の所要値を明らかにした。この数値計算に基づき光ファイバ増幅器の試作を行い,その利得波長特性,波長数変動時の過渡応答特性,入力部に接続された光ファイバの損失が変動した場合の過渡応答特性を実験的に検討し,数値解析と良く一致することを明らかにした。

第6章は“光サージ伝播特性の解析と抑圧手法”と題し,海底ネットワークで問題となる光サージの伝播の抑圧手法として,光増幅中継系への入力電力変動の速度を管理することにより,光サージピーク値を管理することができることを示した。3章の理論モデルを用いて数値計算を行い,典型的なシステムでは,光スイッチの切替時間が20ms以上であれば光サージのピーク値は100mW以下に抑えられ,海底中継器用の受動部品の信頼性に影響を及ぼさないことを示した。また,本解析の妥当性を検証する実験を行い,光サージのピーク電力の実験値と理論値は,1dB程度の誤差で一致すること示した。

第7章は“冗長化励起系の安定化手法”と題し,海底ネットワークで使用される光中継器において,EDFを励起する励起レーザを冗長化した場合のレーザの安定化手法について述べている。まず,冗長化系では励起レーザ間の注入同期現象が不安定性の原因であることを理論・実験両面から明らかにした。次に,この不安定性を抑圧する方式として,励起レーザ間の結合を抑圧して注入同期状,態を回避する光アイソレータ挿入方式,注入同期状態が発生しても光カプラでの干渉を抑圧できる長尺光ファイバ挿入方式,ファイバグレーティング挿入方式を提案しその有効性を実験的に検証した。

第8章は本論文の結論である。

以上のように本研究では,波長多重伝送システムにおける光ファイバ増幅器の過渡応答を解析するための理論モデルを提案し,このモデルに基づき,過渡応答を制御するための各種方式,すなわち陸上システム用利得制御方式および出力制御方式,海底システム用サージ抑圧手法および冗長化励起系を設計・開発した。これらの成果は,すでに商用システムに応用されているのみならず,将来の光ネットワークで用いられる光増幅器の設計にも有効であり,電子工学への貢献が多大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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