学位論文要旨



No 215828
著者(漢字) 岩井,保則
著者(英字)
著者(カナ) イワイ,ヤスノリ
標題(和) 核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルのシステム的評価
標題(洋)
報告番号 215828
報告番号 乙15828
学位授与日 2003.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15828号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 勝村,庸介
 東京大学 教授 寺井,隆幸
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は核融合発電炉の実現による社会的貢献を目指し、核融合発電炉の重要なプロセスとなる「トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」について従来の研究に欠けていた視点について技術的検討を実施し、「核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」の仕様要求に対するプロセスの成立性、プロセスの経済性の確保に対する方策を明らかとするとともに、安全性・信頼性の確立に求められる技術的課題の解決を図ることである。

核融合炉燃料サイクルのシステム的特徴としては同位体間の交換反応や放射性物質であるトリチウムの放射線に起因した反応による水素同位体の多様な化学形への変化、同位体間の物性の違いに起因する水素同位体間の複雑な振る舞い、及びトリチウムの資源的制約及び放射性物質管理に起因するトリチウム成分に関する計量管理の重要性の三点を挙げることが出来る。上記の特徴を踏まえ、核融合プラントの社会的受容に対する安全評価としては核融合炉プラント内における「放射性物質」であるトリチウムの取り扱いが重要である。環境に漏洩するトリチウム量を確実に抑制するためには核融合炉燃料サイクルはトリチウム成分に関して閉じた系である必要がある。

トリチウム漏洩事象が発生した場合、トリチウム閉じ込めプロセスが漏洩を検知し、その空間を空調換気系から隔離する。その後、除去プロセスにて建家内のトリチウム濃度低減及び表面トリチウム汚染の除染を実施する。核融合炉燃料サイクルがトリチウムに関して閉じた系を実現するためには、除去プロセスにて回収したトリチウムはリサイクルプロセスにて燃料として再利用できる純度にまで精製しなければならない。リサイクルプロセスのプロセス構成はトリチウム水処理プロセス及びトリチウムガス濃縮プロセスで構成される。

この核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスは燃料循環プロセス及び環境の両者とインターフェイスを有していることが大きな特徴である。リサイクルプロセスは多様な運転モードを有する燃料循環プロセスと物質移動の観点で密接な繋がりを有し、プロセスの成立性自体がトリチウムについて閉じた系の実現の鍵となる論点である。除去プロセスは従来の大量トリチウム取り扱い施設と比較して大規模な空間に漏洩したトリチウムの除去を目的とするため、経済性の観点が重要な論点となる。閉じ込めプロセスは環境とのインターフェイスを有するため安全性・信頼性の観点が重要となる。つまり閉じ込め・除去・リサイクルの各プロセスを議論する際は各々が有するインターフェイスとの関係でプロセスの成立性、経済性、安全性・信頼性といった論点の重心が異なることとなる。

核融合炉燃料サイクルのシステム的特徴の分析を踏まえ、核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスに関して従来の研究で不足していた視点としては次の三点が挙げられる。一点目はプロセス全体におけるトリチウム成分に関するマスバランスの考察不足である。一貫した核融合炉向けトリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスの構築には、従来、未確立であるトリチウム水処理プロセスの確立が重要課題である。次に各サブプロセスに求められる仕様を整理し、物質移動を検討、設計条件を明確にして初めて各サブプロセスの検討が可能となる。二点目は水素同位体が多様な化学形への変化や水素同位体の物性の違いに起因するトリチウムの複雑な振る舞いに対する理解不足である。三点目の単位プロセス毎の水素同位体滞留量、トリチウム滞留量、トリチウムの化学形、プロセスの運転形態を踏まえた安全性・信頼性に関する考察の必要性である。

核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスにおけるシステム的特徴としては、燃料循環プロセス及び環境とのインターフェイス、水素同位体比として非常に小さなトリチウム水の濃縮・水素ガスへの変換及びトリチウムガスの燃料純度への濃縮の必要性、プロセスの設備規模、経済性に与える分離係数の影響の考慮、安全性の観点からトリチウム滞留量、トリチウム計量管理、高濃度トリチウム水の取り扱いを挙げることができる。

核融合炉燃料サイクル及び核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスのシステム的特徴を踏まえ、核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスをシステム的評価により論じることで、仕様要求に対するプロセスの成立性、プロセスの経済性の確保に対する方策を明らかとするとともに安全性・信頼性の確立に求められる技術的課題の解決を図った。ここでシステム的評価とは閉じ込め、除去、リサイクルの各サブプロセスを従来欠けていた視点を含め仕様要求に対するプロセスの成立性の確認、経済性評価、安全性・信頼性評価の3つの項目につき解析・評価をすることである。プロセスの総合評価において必要条件である仕様要求に対するプロセスの成立性およびそのプロセスが安全性・信頼性の観点から妥当であることを明らかとし、プロセスに複数の候補がある場合は経済性につき分析を加え、プロセスの選択基準を明らかとした。

「核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスのシステム的評価」として得られた結論を以下に記す。

核融合炉プラントにおけるトリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスに求められる仕様に基づき、各プロセス間の物質移動を検討し、各プロセスの成立性を評価した。その結果、核融合炉燃料サイクルに求められる「トリチウム成分について閉じた系」が確立する見通しを得た。

水素同位体の多様な化学形への変化や水素同位体の物性の違いに起因するトリチウムの複雑な振る舞いに対しては各プロセスにおいて機構のモデル化と実験との比較によるモデルの有効性の評価を組み合わせることで理解を深めた。その結果、トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス全体の挙動につき定常だけではなくその動特性についても把握を可能とした。

放射性物質トリチウムの使用に対する社会的受容の獲得に不可欠である核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス全体の安全性・信頼性に関する考察については単位プロセス毎の水素同位体滞留量、トリチウム滞留量、トリチウムの化学形、プロセスの運転形態を踏まえた評価・検討を実施した。

リサイクルプロセスにおいて従来未確立であった核融合炉向けトリチウム水処理プロセスについてそのプロセス構成を検討し、システム的評価を通じ「水蒸留+液相化学交換+電解」複合プロセスが適切であることを明らかとした。

トリチウム水処理プロセスは比放射能の高いトリチウム水を大量に取り扱うことからトリチウム水の漏洩対策、大量水素取り扱いに対する水素爆発防止・防爆プロセスのあり方に対する指針を示した。

リサイクルプロセスの設備規模は化学形の変換を担う固体高分子電解槽に使用する高分子材料のトリチウム水耐久性が大きく影響することを明らかとした。

トリチウムリサイクルプロセスの安全性において水素同位体、特にトリチウムの滞留量が多いトリチウム濃縮プロセスについて、塔内の水素同位体組成分布が深冷蒸留塔内の各水素同位体滞留量に与える影響についてモデル化を行い、実験との比較によりモデルの妥当性を評価した。また計量管理手法を確立するとともに機能喪失事象時のプロセス挙動及び異常事象収束事象を確立した。さらに水素同位体滞留量低減、耐震性能向上を目的とした凝縮器の小型化手法を明らかとした。

核融合炉の大規模トリチウム取り扱い空間に適用する除去プロセスとして膜分離方式は設備規模低減の観点から有効な選択肢であることを明らかとした。

建家内へのトリチウム漏洩時の雰囲気中へのトリチウム拡散における建家内三次元流れの影響の評価を目的に、三次元流体解析モデルを開発した。三次元流体解析モデルは、模擬建家を用いた線速分布の評価、模擬建家における漏洩トリチウムの挙動評価、実建家における漏洩トリチウムの挙動評価を通じてその有効性を確認した。また三次元流体解析モデルの援用によりトリチウム閉じ込め効率に与える建家内三次元流れの影響を明らかとした。

安全性及び経済性の評価として閉じ込めシステムのトリチウム漏洩検知モニターは排気ダクト近傍に配置することで、十分なトリチウム閉じ込め性能が確保できることを明らかとした。

建家内にトリチウムが漏洩した場合のトリチウム拡散挙動および表面汚染挙動の理解を目的に、換気、トリチウム成分の材料表面への吸脱着、トリチウムガスのトリチウム水への転換反応を考慮したモデルを開発した。実験との比較によるモデルの妥当性の評価を通して、雰囲気トリチウム濃度および表面汚染の挙動を解明した。残留表面汚染は表面へのトリチウム水の吸着現象に起因すること、軽水とトリチウム水の競合吸着から残留表面汚染量は雰囲気水分濃度が大きく影響することを明らかとした。

総括として核融合炉燃料サイクルのシステム的特徴を踏まえ、従来の「核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」に関する研究に欠けていた視点である水素同位体の複雑な振る舞い、トリチウムの多様な化学形の考察を加えたプロセスの解析、及び放射性物質トリチウムの使用に対する社会的な受容の獲得に不可欠なプロセスの安全性・信頼性について閉じ込め・除去・リサイクルの各プロセス単位にてプロセス間のインターフェイスの考察を踏まえた検討を行ない、多くのインターフェイスを有する「核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」の仕様要求に対するプロセスの成立性、プロセスの経済性の確保に対する方策を明らかとするとともに、安全性・信頼性の確立に求められる技術的課題の解決を図ることができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は核融合発電炉の重要なプロセスとなる「トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」について従来の研究に欠けていた視点について工学的検討を実施し、「核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」の仕様要求に対するプロセスの成立性、プロセスの経済性の確保に対する方策を明らかとするとともに、安全性・信頼性の確立に求められる工学的課題の解決を図ることを目的としている。

論文は6章より構成されている。第1章は序章であり、核融合炉燃料サイクルのシステム的特徴として、同位体間の交換反応や放射性物質であるトリチウムの放射線に起因した反応による水素同位体の多様な化学形への変化、同位体間の物性の違いに起因する水素同位体間の複雑な振る舞い、及び、トリチウムの資源的制約及び放射性物質管理に起因するトリチウム成分に関する計量管理の重要性の三点を挙げている。この特徴を踏まえ、トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセスにおけるシステム的検討の必要性とシステム的特徴を整理し、続いて本論分の目的を説明している。特に、各プロセスのシステム的評価では、仕様要求に対するプロセスの成立性の確認、経済性評価、および、安全性・信頼性評価が重要であることが指摘されている。

第2章では水処理におけるトリチウムリサイクルを論じている。トリチウムの同位対比が小さい再生水中のトリチウム成分を濃縮するトリチウム水処理プロセスのプロセス構成として、高濃度トリチウム水取り扱い実績を重視したプロセス構成と、分離係数を重視したプロセス構成について、プロセスの成立性、経済性、安全性・信頼性の観点から詳細に優劣を評価している。その結果、水蒸留+液相化学交換+電解複合プロセスを用いることで、高濃度トリチウム水取扱いに関する工学的課題の解決を図ることができたとまとめている。

第3章では深冷蒸留によるトリチウムリサイクルについて論じている。核融合炉燃料サイクルのシステム的特徴であるトリチウムについて閉じた系を確立するためにはトリチウム水処理プロセスで抽出されたトリチウムは最終的にトリチウムガス濃縮プロセスにて燃料純度にまで精製する必要がある。そのために、深冷蒸留法が最適であり、本章では特に、4塔構成の深冷蒸留塔カスケードを用いることで仕様要求に対するプロセスの成立性を満たすことを明らかにするとともに、安全性・信頼性の確立に求められるトリチウム計量管理、異常事象時の挙動の把握及び事態収束法の確立などの工学的課題につきその解決が図られたとしている。このことは逆に言えば、そのような評価が可能な蒸留等カスケードの静的、動的挙動解析コードの作成と検証が行われたことを意味している。

第4章は膜分離法による除去プロセスについて論じている。建屋内へのトリチウム漏洩事象が生じた場合には、空間を隔離した後、除去プロセスにて雰囲気のトリチウム濃度低減を図る必要があり。このとき、処理量が大量となることと、トリチウム濃度が低いことから有効な除去法の適用が重要となる。ここでは、膜分離法を除去プロセスに組み込むことによる除去プロセスの経済性向上に着目している、そのため、膜分離法による除去プロセスの数値評価モデルを開発し、実験結果との比較によるモデルの検証のあと、膜分離プロセスにおける物質移動機構を考察し、本モデルを援用した膜分離法による除去プロセスの最適化に関する研究を行っている。その結果、膜分離に還流の概念を加えることによって膜モジュールの小型化が可能となり、膜分離によるトリチウム除去プロセスの経済性向上に寄与できることを明らかにしている。

第5章は建屋内におけるトリチウム挙動と閉じ込めシステムについて論じている。トリチウムの建屋への漏洩事象発生時に、その拡大・波及を防止し影響を緩和させるためには、室内に漏洩したトリチウムの挙動について把握するとともに、漏洩によって発生するトリチウム汚染を速やかに除染する方策を確立することが重要である。本論分では、室内に漏洩したトリチウムの挙動について、建屋内へのトリチウム漏洩時の雰囲気中へのトリチウム拡散における建屋内三次元流れの影響の解明を目的に三次元流体解析モデルを開発している。また、このモデルの援用によりトリチウム閉じ込め効率に影響を与える建屋内三次元流れの影響や、および除去プロセスによる雰囲気トリチウム除去に影響を与える因子の解明を行っていることも評価される。

第6章は総括であり結論と今後の課題が述べられている。

このように本論文では、従来の研究に欠けていた視点である水素同位体の複雑な振る舞い、トリチウムの多様な化学形の考察を加えたプロセスの解析、及び放射性物質トリチウムの使用に対する社会的な受容の獲得に不可欠なプロセスの安全性・信頼性について、閉じ込め・除去・リサイクルの各プロセス単位にてプロセス間のインターフェイスの考察を踏まえた検討を行ない、「核融合炉トリチウム閉じ込め・除去・リサイクルプロセス」の仕様要求に対するプロセスの成立性、プロセスの経済性の確保に対する方策を明らかとするとともに、安全性・信頼性の確立に求められる工学的課題の解決をしている。

さらに、各プロセスの研究において、トリチウム水処理方法の最適化、深冷蒸留塔カスケードの静的・動的解析コードの開発、還流操作を含む膜分離プロセス解析法の確立、三次元トリチウム挙動解析コードの作成とそれによるトリチウム閉じ込め影響因子の定量評価など、核融合炉燃料サイクル工学における多くの新しい知見が得られたことも高く評価できる。

このように、本論文はシステム量子工学、特に核融合炉工学に対する貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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