学位論文要旨



No 215830
著者(漢字) 平岡,照祥
著者(英字)
著者(カナ) ヒラオカ,テルヨシ
標題(和) ランス多機能化技術による溶鋼脱ガス処理の高効率化の研究
標題(洋)
報告番号 215830
報告番号 乙15830
学位授与日 2003.12.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15830号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 助教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

鋼材のあらゆる需要分野において、使用環境が苛酷になるだけでなく、加工工程では、その省工程化あるいは高速・連続化、成形の複雑化、塗装工程の簡略化あるいは無塗装化、検査の省略化あるいは無人化、などが進められ、その結果鋼材品質に対する要求の厳格化・高度化が急速に高まった。一方で、鋼材価格は急速に低下し、鉄鋼業は、高度の品質要求に応えながら製造コストの極限までの低減を模索した鉄鋼精錬プロセスを、(溶銑予備処理+転炉や電気炉の一次精錬+各種二次精錬)に機能分化することによってコストと品質の最適バランスを実現している。

近代製鋼法における二次精錬法に求められる機能は、(1)脱ガス、(2)化学成分微調整、(3)脱炭、(4)酸化物除去、(5)脱硫、(6)溶鋼温度微調整、(7)非金属介在物の形態制御、などである。

真空脱ガス法は、処理コストや処理能力の点で初期段階では高価な高級鋼を対象として発展してきた。しかし、1980年代中頃から薄鋼板の連続焼鈍プロセスの普及が始まったこと、および、自動車用薄鋼板に安価で高性能の溶融亜鉛メッキ鋼板が大量に使用され始めたことによって、極低炭素が要求されるIF鋼(Interstitial Free Steel)の需要が急激に膨らみ、真空脱ガス法が大量消費の普通鋼に適用されることとなった。さらに最近では環境問題からハイブリッドカーが普及し始めており、そのモーターに使用される電磁鋼板は軽量高性能という要求から極低炭素・極低硫黄が要求される。このような極低炭素鋼に対する市場要求の高まりから、RH処理法の一層の生産性向上、処理コスト低減、脱ガス性能の向上が喫緊の課題となった。

現在主流の二足連続循環真空脱ガス法(RH法)の課題は、(1)真空槽内へ飛散する溶鋼粒の壁面への凝固堆積による溶鋼汚染と処理の中断、(2)処理による溶鋼温度低下を補償するため前工程の転炉精錬における出鋼温度の高温化、(3)溶鋼脱硫の高効率化、である。

これらの課題を全て解決する手段として、(1)真空槽内への純酸素噴射用ラバールノズルの設置による脱炭反応促進、(2)該ノズルへ設けた副孔への燃料ガス吹き込みによる高温火炎の生成による真空槽および溶鋼の加熱、(3)該火炎を利用した脱硫剤の加熱噴射による溶鋼脱硫反応の高効率化、を想起したが、このようなラバールノズルは存在しなかったために、このバーナーを「多機能バーナー」と命名し、この方法の可能性の追求と実機化条件確定の研究に着手した。

【燃料ガスの選定と安定火炎生成条件】

LNG−酸素混合ガスの混合比、燃焼圧力、燃焼温度を変化させた燃焼速度実験により、(1)1:2.3の混合比の時に燃焼速度が最大であること、(2)燃焼速度は温度の1/2乗、圧力の1/0.5乗に比例すること、を見出した。さらに、Andrewsの研究結果を使って乱流における燃焼速度を計算し、(3)上記の混合ガスが大気圧下において安定した火炎を形成する条件として1.2>13de>0.7、を見出した。(de:ノズル出側の直径)

【副孔を有するラバールノズル内のガス噴流挙動】

副孔を有するラバールノズルにおけるガス噴流の挙動を把握するために、副孔の位置、ノズルを取り巻く雰囲気の圧力、ガス流速を変化させた実験を行い、下記のことが明らかになった。なお、Ae,Atは、各々ラバールノズルの出側およびスロート部の断面積である。p0はガスの元圧、pEはノズル出側の背圧を示す。

1)いずれの条件下でも副孔の存在そのものはガス流れに影響を及ぼさない。(2)Ae/At=25のノズルを大気圧下においてLNG-酸素混合ガス燃焼バーナーとして使用する場合、ノズル出口におけるガス流速分布は、単純円筒管からのガス流れとして扱うことができる。この条件下では、副孔から吹込んだガスは、主孔からのガスと極めて均一に混合され、ノズル出口において安定した火炎を形成する、と推察された。(3)大気圧下においてLNG−酸素混合ガス燃焼を円滑に行うためには、Ae/At>17の領域が適当である。(4)過膨張領域では、適正膨張条件がpE/p0=0.073の場合において、背圧条件がpE/p0=0.073〜0.15程度乖離しても、ノズル出口の流速は、ラバール型ノズル特有の超音速噴流が得られた。背圧条件がpE/p0=0.15〜0.40と適正膨張条件からさらに乖離しても、ノズル出口の流速分布において中心部では音速以上であった。 (5)過膨張領域で副孔からガスを流す場合、副孔からのガス量の増加と共にノズル出口のマッハ数は増加した。また、副孔からのガス量の多いほど、衝撃波の発生位置は上流側へ移動した。

【待機中真空槽内耐火物加熱および真空処理中溶鋼加熱操業】

上記の研究で解析したノズル特性をもとに実機用多機能バーナーを設計し、100トン/ヒートの実機RH設備を使って加熱操業を試みた。

(1)真空脱ガス処理は間欠的に行われるため、待機中に真空槽内耐火物温度が低下し、溶鋼粒が真空槽内で凝固堆積する。計算による推定では、耐火物表面温度が1370℃以上であればこの現象は発生しないことが予想された。多機能バーナーを使用すると、例えば1250℃まで低下していた耐火物を5分以内、最短条件では1分程度で1400℃まで加熱可能であり、処理終了と同時に真空槽内加熱を行うことで、真空槽内の鋼の堆積は完全に防止された。また、耐火物温度が常時1400℃以上に保持されることから、耐火物のスポーリングが防止され、寿命も50%以上延長された。(2)大気圧下での真空槽内耐火物加熱操業においては、投入熱量の約70%が耐火物加熱に使用された。(3)化学成分調整後の溶鋼を多機能バーナーで加熱しても、化学成分に変化は無く、投入熱量の約50%が溶鋼加熱に使用され、その結果15分加熱で溶鋼温度を20℃上昇させることができた。

【真空脱炭反応速度の改善について】

炭素含有量10ppm台の鋼材を得るためには、真空処理前の溶鋼中酸素濃度が約300ppm以上必要で、それには転炉精錬で溶鋼中炭素を300ppm程度まで低下させる必要があることが経験的に知られていた。真空処理初期に多機能バーナーから純酸素を2〜3分間吹き付ける操業を行ったところ、溶鋼中酸素濃度が300ppm以上に上がり、以降は酸素を止めても脱炭反応は順調に進行し、従来と同じ時間で同程度の低炭素鋼が得られた。また、溶鋼中酸素が十分に確保された後は、多機能バーナーのガスをLNG−酸素混合ガスに変えて燃焼させることによって溶鋼加熱が可能となった。真空脱炭処理中に溶鋼加熱を行っても、脱炭速度に変化は見られず、同様な極低炭素鋼が得られた。この溶鋼加熱は、LNG流量が200 Nm3/hの場合、0.5℃/minであった。この場合の熱効率は約50%であった。

【溶鋼脱硫反応促進操業について】

高合金鋼においては、粗溶鋼に対して多量の合金添加が行われるため、合金からの硫黄の増加を防げず、極低硫黄鋼の製造では、合金添加後の溶鋼脱硫が必要である。一般的に、高合金鋼は脱ガス処理を要する場合が多く、RH処理で合金添加後の脱硫が採用されるようになった。従来は、溶鋼中へCaOとCaF2の混合粉体(以後、脱硫用フラックスと称する。)を、浸漬管下部から吹込むか真空槽上部からパイプを通して添加する方法が採られていた。この場合、脱硫用フラックス5kg/t-steelの添加で溶鋼温度が10℃低下する。さらに、脱硫用フラックスの融点を下げて反応効率を上げる目的で、反応には直接寄与しないCaF2を40%添加しており、CaF2による耐火物損傷も大きかった。この課題解決の目的で、多機能バーナーで脱流用フラックスを加熱添加する方法を試みた。結果は次の通りであった。(1) 同量・同組成の脱硫用フラックスを添加する場合、多機能バーナーで加熱添加する方が、単純吹き付けした場合に比較して、反応効率が2倍程度改善された。(2)CaF2添加比率を40%から20%に下げると、単純吹き付け法では反応効率が低下する。しかし、多機能バーナーで添加した場合、脱硫用フラックスが固液共存の粒滴状態で添加されるため、反応効率の低下は見られなかった。(3)多機能バーナーでの脱硫用フラックス添加では、溶鋼温度の低下は見られなかった。

【結言】

多機能バーナーの開発により、現在残されたRH法の課題はほぼ解決され、大量消費鋼材への適用を可能とした。多機能バーナーはRH法のみならず、全ての二次精錬プロセスに適用可能であり、今後その用途が拡大されることが予想される。

審査要旨 要旨を表示する

鉄鋼業において高生産性の実現のために連続焼鈍プロセスが普及したこと、自動車にさらに高度の防食性が要求され、車体用薄鋼板に安価で高耐食性の溶融亜鉛メッキ鋼板が大量に使用さるようになったことなどによって、従来は特殊な仕様であった極低炭素濃度が要求されるIF鋼(Interstitial Free Steel)の需要が急激に増大している。さらに、炭素排出規制問題から高燃費、省資源のハイブリッドカーが急速に普及し始めており、そのモーターに使用される珪素鋼板は軽量高性能という要求から、極低炭素・極低硫黄・極低窒素が要求される。

こうした国際的な市場の要求に応えるために、鉄鋼精錬における二次精錬の主流である二足連続循環真空脱ガス法(RH法)の生産性向上、性能向上など機能改善が強く望まれている。

本研究は、この要請にこたえるために、上記RH法の飛躍的性能向上を図るため、全く新しい加熱用バーナーを開発し、それを活用して実機における機能改善の実現を目的としたものであり、7章よりなる。

第1章は、序論である。これまでのRH法を含む真空脱ガス法における機能改善の研究の現状を概観し、本研究の目的と論文の構成について述べている。

第2章は、上述したバーナーに使用するために新たに考案した、ラバール型ノズルの末広部に副孔を有する新型ノズルの特性を明らかにした結果を示した。副孔の存在そのものはガス流れに影響を及ぼさないこと、適正なスロート断面積比の条件であれば出口圧が大気圧の場合、単純円筒管からのガス流れとして扱うことができ、かつ副孔から吹込んだガスは主孔からのガスと極めて均一に混合されること、さらに通常のラバールノズルにおける過膨張領域では、出口圧と入り口圧の比が適正膨張条件から乖離するほどノズル周辺部に単純円筒管のガス流れの特徴が現れるが、ノズル出口の流速分布において中心部では超音速が得られること、および副孔からのガス量の増加と共にノズル出口のマッハ数が増加することを明らかにした。

第3章は、上述したバーナーにおいて、火炎の安定性を得るための条件を考察した。主孔から純酸素ガスを、副孔からLNGを吹込むこととし、この混合ガスが形成する火炎の安定性を明らかにした。LNG−純酸素混合ガスの混合比として層流燃焼速度が最大になる点を見いだし、層流燃焼速度は温度の2乗、圧力の0.5乗に比例することを明らかにした。さらに既存の研究成果を応用し、層流燃焼速度から乱流燃焼速度を計算し、大気圧下において安定した火炎を形成する条件、つまり逆火せず、吹き消えしない条件を明らかにした。

第4章は、上記の研究で解析したノズル特性をもとに、実プロセス装置用バーナー(RH-MFB;RH-multi-function-burner)を設計し、100トン/バッチの実RH設備を使って加熱操業を試みた結果を解析している。従来は、RH処理待機中に真空槽内耐火物温度が低下するため、溶鋼温度の低下、真空槽内に溶鋼粒滴が凝固堆積することに起因するRH法の生産性低下、鋼材品質劣化、などの課題があった。RH-MFBによって真空槽内耐火物温度を常時1400℃以上に保持することにより、真空槽内における溶鋼粒滴の凝固堆積が完全に防止できること、耐火物のスポーリングが防止され寿命も2倍以上に延長さること、投入熱量の約70%が耐火物加熱に使用さることを明らかにした。さらに、RH処理中にRH-MFBによって溶鋼加熱を実施しても、溶鋼中の化学成分に変化は無く、投入熱量の約50%が溶鋼加熱に使用され、その結果15分加熱で溶鋼温度を20℃上昇させることが可能であることを示している。これらの効果により一次精錬終了時の温度を約30℃低下できることを明らかにした。

第5章は、RH-MFBの導入による真空脱炭反応速度の改善をはかった結果を報告している。従来は、炭素含有量10ppm台の鋼材を得るためには、一次精錬終了時の溶鋼中炭素を300ppm程度まで低下させる必要があり、このためスラグ中の酸化鉄濃度が増加し、一次精錬費用の増加、鋼材品質の劣化などの課題が生じていた。しかし、一次精錬終了時の溶鋼中炭素が500〜900ppmまで増加しても、真空処理初期にRH-MFBから純酸素を2〜3分間吹き付ける操業を行うことによって、溶鋼中酸素濃度が300〜400ppmに上がり、以降は酸素供給を止めても脱炭反応は順調に進行し従来と同じ時間で同程度の低炭素鋼が得られることを明らかにした。また、溶鋼中酸素濃度が300ppm以上に確保された後にRH-MFBのガスをLNG−酸素混合ガスに変えて形成される火炎で溶鋼加熱を行った場合、真空脱炭処理中に溶鋼加熱を行っても脱炭速度に変化は見られず、通常どおりの極低炭素鋼が得られること、LNG流量を200 Nm3/hとすることで0.5℃/minの加熱速度が得られること、さらにこの場合の熱効率が約50%であることを明らかにした。

第6章は、RH-MFBによる溶鋼脱硫処理の改善結果である。高合金鋼は脱ガス処理を必要とする場合が多く、粗溶鋼に対して多量の合金添加が行われるため合金からの硫黄の増加を防げないため、高合金・極低硫黄鋼を製造する場合は合金添加後に溶鋼脱硫を行う必要がある。従来、溶鋼中へCaOとCaF2の混合粉体(以後、脱硫用フラックスと称する。)を添加する方法が採られているが、脱硫用フラックス5kg/t-steelの添加で溶鋼温度が10℃低下する課題と、脱硫用フラックスの融点を下げて反応効率を上げる目的で、CaF2を40%添加しており,CaF2による耐火物損傷が大きいと言う課題があった。脱流用フラックスをRH-MFBで形成される火炎中を通過させて加熱添加することにより、脱硫反応効率が2〜3倍程度改善されること、さらにCaF2添加比率を40%から20%に下げることにより耐火物損傷を軽減できること、脱硫用フラックス添加による溶鋼温度の低下を防止できることを明らかにした。この理由として火炎によって加熱される脱硫用フラックスが固液共存の粒滴状態で溶鋼中へ添加されるためであることを明らかにしている。

第7章は、本研究の総括である。既に、国内外で19基の実機設備が稼働していることを付記している。

以上を要するに、本研究はこれまで困難であった真空反応漕内の溶鉄の温度制御および製錬速度を制御するため、その基本技術である真空用多目的超音速噴流バーナーを開発したものである。この装置の応用による成果は、世界的に需要が急拡大している自動車用鋼板やその他の高級鋼材の製造を著しく容易かつ生産性を向上する成果があり、広く工業の発展に寄与している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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