学位論文要旨



No 215836
著者(漢字) 落合,弘和
著者(英字)
著者(カナ) オチアイ,ヒロカズ
標題(和) 植物病原性 Xanthomonas 属細菌の遺伝的多様性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215836
報告番号 乙15836
学位授与日 2003.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15836号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 教授 岸野,洋久
 明治大学 教授 米山,勝美
 静岡大学 助教授 瀧川,雄一
内容要旨 要旨を表示する

Xanthomonas属細菌は、各種植物に病原性を有する細菌で構成されている。近年、本属細菌は、DNA相同性解析に基づいて再分類が行われた。本法は、近縁関係にある種間の遺伝的類縁関係を客観的に評価する基準として利用されてきたが、ゲノム再編成や遺伝子の水平移動等による非連続的な変化を考慮した場合、DNA相同性が客観性を示せるかという点で問題が指摘されている。また、本属細菌は植物に対し病原性の異なる多数の病原型(pathovar)として細分類がなされており、病原性関連遺伝子を含めた系統解析も必要である。

そこで本研究では、rRNAオペロン、gyrB遺伝子および病原性関連遺伝子等を指標とした多型解析や塩基配列に基づいた分子進化学的解析を通して、本属細菌群の遺伝的類縁関係と多様性について解析を行った。また、Xanthomonas oryzae種の2つの病原型、イネ白葉枯病菌(pv. oryzae)とイネ条斑細菌病菌(pv. oryzicola)を用い、種内あるいは病原型内における多様性の解析を行った。

Xanthomonas属細菌の遺伝的類縁関係

DNA相同性は、種レベルの分類を行う上で重要な基準になるとともに、類縁関係を推定する尺度として広く用いられている。一方、分子生物学的解析手法の発展に伴い、各種遺伝子の多型情報や塩基配列情報の蓄積が進み、これらの情報を基礎とした分子進化学的解析による系統分類が行われている。そこで病原性関連遺伝子を含め、ゲノム情報を基礎とした分子進化学的解析によって、本属細菌の系統解析を行った。

PCR-RFLPによる解析

rRNAオペロンを指標とした多型解析を行った結果、本属細菌は13のタイプに類別された。得られた多型情報を基に系統解析を行った結果、本属細菌は大きく2つの系統に類別されることが明らかになった。

23S rRNA遺伝子および16S-23Sスペーサー(ITS)領域の塩基配列に基づく解析

23S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく系統解析では、本属細菌は2つの系統に類別された。また、ITS領域の全塩基配列においても、本属細菌はその部分の塩基数によって大きく2つのグループに類別され、さらに、ITS領域に存在する2つのtRNA遺伝子の塩基配列の差異によっても2つのタイプに類別されることが明らかになった。

gyrB遺伝子の塩基配列に基づく解析

gyrB遺伝子を指標とした系統解析の結果、本属細菌はrRNA遺伝子を指標とした場合とは異なり、大きく3つの系統に類別されること、gyrB遺伝子の変異はアミノ酸置換を伴わない同義的塩基置換が多いことなどが示された。また、作成した系統樹から、本属細菌はそれぞれ種ごとにサブグループを形成することが明らかになり、gyrBの解析は、本属細菌においてはDNA相同性解析と同等で、さらに進化系統も推定できる手法であることが示された。

hrpX遺伝子の塩基配列に基づく解析

病原性遺伝子であるhrpX遺伝子は、より変異に富み、多様性が大きいことが明らかになった。また、その塩基配列にはアミノ酸置換を伴う塩基置換が多数存在することが示され、本属細菌における各種病原型の存在は、各々の宿主植物に対する適応戦略として、病原性遺伝子を積極的に変化させてきた結果であると推察された。

病原性関連遺伝子を指標とした解析

hrp遺伝子クラスターを指標とした多型解析から、本属細菌は38タイプに類別され、ゲノム構造が多様化していることが明らかになった。また、非病原性遺伝子群はその分布や遺伝子数ともに多様性に富んでいることが示され、本属細菌はそれぞれの環境や宿主に適応するために病原性に関与する遺伝子群を多様化させたものと推察された。

挿入配列を指標とした解析

挿入配列を指標とした解析の結果、それらは本属細菌に一様に分布しているのではなく、菌種ごとにそれらの分布パターン及びコピー数に特徴があることが明らかになった。従って、本属細菌の多様性は、病原性関連遺伝子の多様性ばかりではなく、挿入配列によるゲノム構造の多様性という側面も持つことが示された。

イネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)とイネ条斑細菌病菌(X. oryzae pv. oryzicola)の遺伝的関係

X. oryzae種は、イネ白葉枯病菌とイネ条斑細菌病菌の2つの病原型で構成されている。前者は導管で増殖し、後者は柔組織で感染して病気を引き起こすというように、感染様式は大きく異なっている。しかしながら、両病原型は生理・生化学的諸性質が非常に類似しているため、それらの特性によって両病原型を明確に識別することは困難である。そこで、DNAレベルにおける比較によって、両病原型間の差異を解析した。

PCR-RFLPに基づく比較

rRNAオペロンを指標とした解析では、両病原型間に多型は認められなかったが、菌体外多糖産生遺伝子であるgumDでは多型が見出された。従って、両病原型間における差異のひとつは、菌体外多糖産生系遺伝子の多様性に起因することが明らかになった。

塩基配列に基づく比較

gyrB遺伝子をはじめとする合計5種の遺伝子を指標とした両病原型間の比較解析を行ったところ、rRNAオペロン、gyrB及びrpoD遺伝子ともに両病原型の差異は僅か数塩基であった。しかし、得られたすべての塩基配列を基に系統解析を行った結果、両病原型は近縁ではあるが分子系統的には互いに異なることが明らかになった。

病原性関連遺伝子を指標とした比較

病原性関連遺伝子群を指標とした多型解析の結果、両病原型は分子系統的にはやはり異なることが明らかになった。また、hrp遺伝子クラスターを構成する遺伝子群の塩基配列を比較した結果、両病原型にはアミノ酸置換を伴う塩基置換があることが示された。さらに、hrp遺伝子クラスター内に新たに見出された遺伝子を指標としたPCRによって、両病原型を特異的に検出する技術を開発し、両病原型の簡易識別が可能となった。

挿入配列を指標とした比較

各種挿入配列を指標とした両病原型の比較によって、それぞれの挿入配列は両病原型においてゲノム内でのコピー数が異なるとともに、多型パターンが両病原型にそれぞれ特徴的であることが明らかになった。従って、挿入配列は両病原型を識別する上で有効な手段であり、また両病原型の遺伝的分化あるいは多様化において何らかの役割を果たしていると推察された。

菌体外加水分解酵素の活性検定による比較

菌体外加水分解酵素類の分泌について比較した結果、導管に局在するイネ白葉枯病菌のみに導管組織の崩壊に関連すると考えられるカルボキシメチルセルラーゼ活性が検出され、一方、柔組織で増殖するイネ条斑細菌病菌のみにプロテアーゼ活性が検出された。この結果は、両病原型における感染の組織特異性を反映しているものと推察された。

イネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)の遺伝的多様性

イネ白葉枯病菌は世界の稲作地帯に広く分布し、イネ品種に対し病原性を異にする多数のレースの存在が知られ、病原性が高度に多様化した細菌と考えられている。そこでDNAレベルの解析によって、本細菌の系統関係や病原性(レース)分化について解析を行った。

スリランカ産菌株の解析

rRNA遺伝子及び挿入配列を指標とした多型解析によって、スリランカ産菌株群は、スリランカ在来型系統と近隣のインド型系統の2つの遺伝的系統で構成されていることが明らかになった。また、挿入配列の多型情報に基づいて類別されたグループと、各種抵抗性遺伝子に対する反応によってグループ化されたレース群との間に関連が認められ、挿入配列はレース分化に何らかの役割を果たしていると推察された。

日本産菌株の解析

日本産菌株群はスリランカ産菌群と同様に、日本在来型系統と近隣の中国型系統の2つの遺伝的系統によって構成されていることが明らかになった。また、レースIIIの菌株は中国で分離された菌株と病原性及び多型パターンは類似しており、何らかの要因で国内に侵入してきたものと推察された。

非病原性遺伝子の構造解析

日本産菌株からレース分化に関連するavr / pth遺伝子ファミリーに属する非病原性遺伝子群を単離し、それらの塩基配列及びその近傍領域の構造を決定した。その結果、avr遺伝子群は1〜4個の遺伝子が前後に並んだ複数のクラスターを形成し、ゲノム上の異なる7カ所に分散していることが明らかになった。また、avr遺伝子間の非翻訳領域にファージ由来の塩基配列に高い相同性を有する領域を見出すとともに、その周辺には複数の挿入配列が存在することが明らかとなり、avr遺伝子群はファージあるいは挿入配列を介してゲノム上に導入・転移・重複されたものと推察された。

以上を要するに、本研究によって、Xanthomonas属細菌群はgyrB遺伝子等の塩基配列に基づいた系統解析から、3つの分子系統的グループで構成されることが明らかになった。このgyrB遺伝子を指標とすることによって、DNA相同性解析に代わる簡便且つ系統進化を反映した分類手法を開発した。一方、イネ白葉枯病菌とイネ条斑細菌病菌の比較解析から、病原型の分化は、hrp遺伝子などの病原性関連遺伝子群の連続的な変異の蓄積や挿入配列によるダイナミックなゲノム構造の変化に伴って、特定の表現型が変異することによって引き起こされると推定した。また、イネ白葉枯病菌におけるレース分化の要因は、挿入配列等を介したavr遺伝子群の導入や複製、栽培品種の変遷等によるavr遺伝子の変異の蓄積などによって引き起こされると推察した。

審査要旨 要旨を表示する

Xanthomonas 属細菌は、各種植物に病原性を有する細菌で構成されている。近年、本属細菌は、DNA相同性解析に基づいて再分類が行われ、遺伝的類縁関係を評価する基準として利用されてきたが、DNA相同性が客観性を示せるかという問題が指摘されている。また、本属細菌は多数の病原型 (pathovar)として細分類がなされており、それらの系統解析も必要である。そこで本研究では、rRNAオペロン、gyrB遺伝子および病原性関連遺伝子等を指標とした多型解析や塩基配列解析によって、本属細菌群の遺伝的な類縁関係と多様性について解析した。

Xanthomonas 属細菌の遺伝的類縁関係

まず、rRNAオペロンを指標としたPCR-RFLPによる多型解析および23S rRNA遺伝子と16S-23Sスペーサー領域の塩基配列解析を行ったところ、本属細菌は13のタイプに類別され、さらに、大きく2つの系統に類別されることが示された。一方、gyrB遺伝子の塩基配列解析では、本属細菌は大きく3つの系統に類別されること、gyrB遺伝子の変異は同義的塩基置換が多いことなどが示された。hrpX遺伝子の塩基配列解析では、本遺伝子がより変異に富み、多様性が大きいこと、その塩基配列にはアミノ酸置換を伴う塩基置換が多数存在することが示された。さらに、hrp遺伝子クラスターの多型解析から、本属細菌は38タイプに類別された。また、非病原性遺伝子群はその分布や遺伝子数ともに多様性に富んでいることが示された。挿入配列の解析では、それらが一様に分布しているのではなく、菌種ごとに分布パターン及びコピー数に特徴があることが明らかになった。

イネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)とイネ条斑細菌病菌(X. oryzae pv. oryzicola)の遺伝的関係

X. oryzae 種は、イネ白葉枯病菌とイネ条斑細菌病菌の2つの病原型で構成されているが、両者の感染様式は大きく異なっている。しかし、両病原型は生理・生化学的諸性質が非常に類似しているため、それらの特性によって両病原型を明確に識別することは困難である。そこで、DNAレベルでの両病原型間の差異を解析した。その結果、gumDで多型が見出されたが、さらにgyrB遺伝子など合計5種の遺伝子の塩基配列を比較したところ、両病原型の差異は僅か数塩基であった。しかし、得られたすべての塩基配列を基に系統解析を行った結果、両病原型は近縁ではあるが分子系統的には互いに異なることが明らかになった。また、hrp遺伝子クラスター内に新たに見出された遺伝子を指標としたPCRによって、両病原型を特異的に検出する技術を開発した。一方、各種挿入配列の比較によって、それぞれの挿入配列は両病原型においてゲノム内でのコピー数が異なるとともに、多型パターンがそれぞれ特徴的であることが明らかになった。なお、菌体外加水分解酵素類の分泌について比較した結果、イネ白葉枯病菌のみにカルボキシメチルセルラーゼ活性が、イネ条斑細菌病菌のみにプロテアーゼ活性が、それぞれ検出された。

イネ白葉枯病菌(Xanthomonas oryzae pv. oryzae)の遺伝的多様性

イネ白葉枯病菌にはイネ品種に対し病原性を異にする多数のレースの存在が知られている。そこで、本細菌の系統関係や病原性(レース)分化についてDNA解析を行った。その結果、スリランカ産菌株群はスリランカ在来型系統と近隣のインド型系統、日本産菌株群は日本在来型系統と近隣の中国型系統によって、それぞれ構成されていることが明らかになった。最後に、日本産菌株のavr / pth遺伝子群を単離し、それらの塩基配列及びその近傍領域の構造を決定した結果、avr遺伝子群は複数のクラスターを形成し、ゲノム上の異なる7カ所に分散していることが明らかになった。

以上を要するに、本研究によって、Xanthomonas 属細菌群はgyrB遺伝子等の塩基配列に基づいた系統解析から、3つの分子系統的グループで構成されることが明らかになった。一方、イネ白葉枯病菌とイネ条斑細菌病菌の比較から、病原型の分化は、hrp遺伝子などの病原性関連遺伝子群の連続的な変異の蓄積や挿入配列によるダイナミックなゲノム構造の変化に伴って、特定の表現型が変異することによって引き起こされると推定した。また、イネ白葉枯病菌におけるレース分化の要因は、挿入配列等を介したavr遺伝子群の導入や複製、栽培品種の変遷等によるavr遺伝子の変異の蓄積などによって引き起こされると推察した。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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