学位論文要旨



No 215840
著者(漢字) 田母神,成行
著者(英字)
著者(カナ) タモガミ,シゲユキ
標題(和) 天然物の香気分析における光学活性カラムの利用と新規光学活性カラムの開発
標題(洋)
報告番号 215840
報告番号 乙15840
学位授与日 2003.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15840号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 大久保,明
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、天然物の香気分析における光学活性カラムの利用と新規光学活性カラムの開発に関するもので4章よりなる。

第1章では、香料として有用なアブソリュートジャスミンのエジプト産、インド産及びフランス産の精油成分中に存在する光学異性体をシクロデキストリン誘導体分離カラムを用いて分析し、重要香気成分の光学異性体比を明らかにすると共に産地別における光学異性体比の違いや光学異性体の香気について述べる。

第2章では、シクロデキストリン誘導体を用いた光学異性体分離カラムにおいて、個々のシクロデキストリン誘導体分離液相の性質から分離適用範囲が限定されるのが欠点であったが、それらの欠点を克服すべく新たな発想で考案した混合型光学異性体分離カラム(CHIRAMIX〓)の開発についての経緯を述べる。

第3章では、開発したCHIRAMIX〓を利用して花の香りが特に印象に残る日本の四季を彩る花として有名なクチナシと金木犀の花の香気成分中に存在する数種の光学異性体の分析と沈丁花、フリージア、藤、浜木綿、柊及びジンジャーの花の香気成分として重要なリナロールの光学異性体比率について述べる。

第4章では、各種化合物の光学異性体分離に関して述べるが、ここでは森謙治東京大学名誉教授及び東京大学大学院(北原武教授)との共同研究における天然物中に存在する光学活性成分の絶対構造及び合成した光学活性化合物のシクロデキストリン誘導体を用いた光学異性体分離カラムによる測定結果について述べる。

第1章:香料として有用なアブソリュートジャスミン中に存在する光学活性体の解明を目的とし、エジプト産、インド産及びフランス産のアブソリュートジャスミンを用いて光学異性体を有するリナロール、リナロールオキシド(フラノイド型)、ジャスミンラクトン、ネロリドール、メチルジャスモナート及びメチルエピジャスモナートの濃縮分離を行い、ガスクロマトグラフ(GC)のシクロデキストリン誘導体分離カラムで測定して光学異性体比を求め、産地による違いを明らかにした。更に光学異性体分離カラムによるGC出口での匂い嗅ぎを行い光学異性体間の香気の違いについて調べると共にジャスミン香気として重要な光学活性化合物を解明することができた。

第2章:シクロデキストリン誘導体を用いて新たな発想により考案した混合型光学異性体分離カラムの開発を目的とし、これまでの研究からテルペン系化合物の分離に優れた光学異性体分離液相(2,6-Me-3-Pe-β-CD : heptakis-(2,6-di-O-methyl-3-O-pentyl)-β-cyclodextrin)とラクトン系化合物の分離に優れた光学異性体分離液相(2,6-Me-3-TFA-γ-CD : octakis-(2,6-di-O-methyl-3-O-trifluoroacetyl)-γ-cyclodextrin)を一定の割合で混合してカラム作製を行うことで、従来にはない広範囲な化合物の分離が可能になることを発見した。混合比は2,6-Me-3-Pe-β-CD:2,6-Me-3-TFA-γ-CD:OV-1701(GC保持液相)を2:1:7の割合で混合した分離カラムが全般的に判断して最も良好な結果が得られた。このカラムをCHIRAMIX〓と命名し商標を取得して特許を申請した。現在は分析メーカーで製品化が検討されており明年春に新製品として発表される予定になっている。

第3章:天然の花の香気中に存在する光学異性体比を著者が開発したCHIRAMIX〓カラムを用いて分析した。第1節ではクチナシの花のアクアスペース香気濃縮物を用いてマルチデイメンジョナル(MDGC)により測定した結果、リナロールは(R)-(-)-体が97.9%、γ-ヘキサラクトンは(S)-(-)-体が96.3%、トランス体ネロリドールは(S)-(+)-体が92.9%、γ-デカラクトンは(R)-(+)-体が95.0%及びδ-ジャスミンラクトンは(S)-(+)-体が99.0%であった。第2節ではキンモクセイの花の溶剤抽出物を用いて同様に分析した結果、リナロールは(R)-(-)-体が99.9%、リナロールオキシド(フラノイド型)は(2R,5R)-trans-体が> 99.5%で(2R,5S)-cis-体が99.5%、α-イオノンは(R)-体が> 99.9%及びγ-デカラクトンは(R)-(+)-体が93.1%であった。第3節では天然の花のリナロールについて分析した結果、(R)-(-)-体の多いものとして沈丁花は97.9%、フリージアは99.7%、ジンジャーは98.5%及び浜木綿は96.4%であり、(S)-(+)-体が多いものとして藤は99.0%で柊は92.5%であることを明らかにした。ここではこれらの分析が容易にできたことからCHIRAMIX〓カラムの有用性について示すことができた。

第4章:ここでは東京大学(森謙治名誉教授)及び東京大学大学院(北原武教授)との共同研究における天然物中に存在する光学活性成分や合成した光学活性成分をシクロデキストリン誘導体を用いた光学異性体分離カラムにより測定を行い絶対構造の決定や光学純度の決定を行った。(1)欄の一種であるAerangis confusa香気成分中から同定されたメチル 3-メチルオクタノアートについて測定した結果、(-)-メチル (S)-3-メチルオクタノアート(95%)であると決定することができた。(2)雄ネズミ攻撃性誘発フェロモン成分の2-(メチルプロピル)-1,3-チアゾリンの光学異性体分離について検討した結果、10%オクタキス-(2,6-ジ-O-メチル-3-O-ペンチル)-γ-シクロデキストリンのカラムで分離することができ純度測定ができた。(3)フェロモン成分であるSordidinの光学異性体分離を検討し、20%ヘプタキス-(2,6-ジ-O-メチル-3-O-ペンチル)-β-シクロデキストリンカラムでSordidin(epimer)も分離することを確認し、合成したSordidinの純度測定を行うことができた。その他としてはメチル β-ヒドロキシイソブチラートは20%ヘプタキス-(2,6-ジ-O-メチル-3-O-ペンチル)-β-シクロデキストリンカラム、4-メチル-5-デカノリドは10%オクタキス-(2,6-ジ-O-メチル-3-O-トリフルオロアセチル)-γ-シクロデキストリンカラム及び2-メチル-3-ノネン-1-オールは10%オクタキス-(2,6-ジ-O-メチル-3-O-ペンチル)-γ-シクロデキストリンカラムにより分離することを確認し、合成品の純度測定を行うことができた。

まとめ:以上本論文は、天然物の香気分析へのシクロデキストリン誘導体を用いた光学活性カラムの有効利用に関する知見とこれまでの光学異性体分離カラムの欠点を改善した混合型光学異性体分離カラム(CHIRAMIX〓)の開発及び天然物香気分析への応用について行ったものである。

CHIRAMIX Rカラム及び単液用カラムでの分離定数(α値)の比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は光学活性カラムを用いたガスクロマトグラフによる天然物の香気分析と新規光学活性カラムの開発に関するもので4章よりなる。

まず序論で研究の背景について概説した後、第1章では香料として有用かつ貴重なアブソリュートジャスミン中の香気成分の光学活性体比の分析結果について述べている。産地の異なるフランス産、エジプト産及びインド産のアブソリュートジャスミンを用いて、その重要香気成分であるリナロール、リナロールオキシド、ジャスミンラクトン、ネロリドール、メチルジャスモナート及びメチルエピジャスモナートについてガスクロマトグラフ(GC)分析を行った。分析には3種のシクロデキストリン系の光学異性体分離カラムを用い、鏡像体比を求めたところ、それぞれの香気成分の鏡像体比が産地により異なるが、それが産地ごとに一定していることを明らかにした。このことにより、産地によって大きく価格の異なるアブソリュートジャスミンの産地を異性体比分析により明らかにする手法が開発された。更に光学異性体分離カラムによるGC出口での匂い嗅ぎにより光学異性体間の香気の違いを簡便に解明でき、ジャスミン香気として重要な光学活性成分を解明した。

第2章では新規光学活性カラムの開発について述べている。第1章での分析でも3種のカラムを用いたように、異なる官能基をもつ多様な成分によって構成される香気の鏡像体分離を行うためには、多種類の分離カラムを併用することが従来必要であった。この欠点を克服するために、筆者は混合系のシクロデキストリン誘導体光学異性体分離カラムを新たに発想し、その開発を行った。その結果、テルペン系化合物の分離に優れた光学異性体分離液相(2,6-Me-3-Pe-β-CD : heptakis-(2,6-di-O-methyl-3-O-pentyl)-β-cyclodextrin)とラクトン系化合物の分離に優れた光学異性体分離液相(2,6-Me-3-TFA-γ-CD : octakis-(2,6-di-O-methyl-3-O-trifluoroacetyl)-γ-cyclodextrin)を一定の割合で混合することで従来にはない広範囲な化合物の分離が可能になることを発見した。混合比は2,6-Me-3-Pe-β-CD:2,6-Me-3-TFA-γ-CD:OV-1701(GC保持液相)を2:1:7の割合で混合した分離カラムが全般的に判断して最も良好な結果を与えた。本カラムはCHIRAMIXの商標にて広く市販されることになった。

第3章では、第2章で開発したCHIRAMIX〓カラムを用いて行った、様々な花の香気成分の光学異性体比分析について述べている。CHIRAMIX〓カラムを用いたマルチデイメンジョナルガスクロマトグラフィー(MDGC)によりクチナシ、キンモクセイ、沈丁花、フリージア、ジンジャー、浜木綿、藤、柊の花についてリナロール、リナロールオキシド、γ-ヘキサラクトン、トランス-ネロリドール、γ-デカラクトン、δ-ジャスミンラクトン、α-イオノンなどの香気成分を分析したところ、花によって鏡像体比が大きく異なり、同じ属の花でも種によって異なる鏡像体を主成分として放出しているなどの非常に興味深い結果が得られた。この結果からCHIRAMIX〓カラムが複雑な混合物系にも応用可能であるという有用性も示された。

第4章では、さらにCHIRAMIX〓カラム等の光学異性体分離カラムを用いて種々の光学活性化合物を分離した実例について示している。特に、有機合成化学においては合成品の光学純度の評価が重要であるが、筆者は様々な合成化学を行っている研究機関より依頼を受け、多くの化合物の鏡像体を分離・分析している。これにより、天然物合成や天然物の立体構造の決定などに大きく貢献した。

以上本論文は、天然物の香気分析に限らず有機化学において大変重要な、光学活性体の分離・分析について、これまでにない全く新規かつ有効な混合型光学異性体分離カラムの開発から光学異性体分離カラムを用いた香気成分分析や鏡像体純度の決定、天然物の立体化学決定まで多岐にわたり研究を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

CHIRAMIX〓カラム及び単液相カラムでの分離定数(α値)の比較

UTokyo Repositoryリンク