学位論文要旨



No 215841
著者(漢字) 藤本,瑞
著者(英字)
著者(カナ) フジモト,ズイ
標題(和) 放線菌 (Streptomyces olivaceoviridis E-86) 由来ファミリー10キシラナーゼの立体構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 215841
報告番号 乙15841
学位授与日 2003.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15841号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

キシラナーゼは、植物細胞壁に含まれるヘミセルロースの主成分であるキシランの主鎖のb-1,4-グリコシド結合を主に加水分解するエンド型酵素である。キシラナーゼは、触媒ドメインの一次配列や立体構造の相同性から糖分解酵素(glycosyl hydrolase, GH)の主に2つのファミリーGH10とGH11に分類される。また、セルラーゼやキシラナーゼなど植物細胞壁を分解する加水分解酵素は、触媒ドメインの他にも幾つかの糖結合モジュールを分子内に有しており、全体としてモジュール構造をとっている場合が多い。放線菌(Streptomyces olivaceoviridis E-86)は、GH10及びGH11の2種類のキシラナーゼを生産する。GH10に属するキシラナーゼ (FXYN) は、DNA配列より1次構造が決定され、その分子量は約45,000 であり、GH10に共通なTIMバレル構造をもつ触媒ドメインをN末端に有し、11残基のGly/Pro-richリンカー部位を介しC末端には123残基のキシラン結合ドメイン (XBD) も有することが明らかとなった。また、XBDは不溶性キシランに対して酵素活性を高める働きがあることが明らかとなった。本研究では、FXYNが触媒ドメイン及びXBDを有するマルチドメイン構造を持っていることに着目し、本酵素の触媒ドメインの詳細な構造、XBDの基質に対する特異性、および、酵素全体での不溶性キシランに対する反応機構を酵素の立体構造の見地から明らかにすること、および本酵素の分子モデリングの基盤を確立することを目的として、結晶構造解析に着手した。

FXYNの結晶化は、2% McIlvaine緩衝液 pH 5.7、1.05 M 硫酸アンモニウム溶液を沈殿剤とし、20 mg/ml の蛋白質溶液と1:1で混合したものをハンギングドロップ蒸気拡散法を用いて行い、最長1.0 mmを越える柱状、あるいはブロック状の良質な結晶が安定して得られる条件を確立した。結晶は斜方晶系の空間群P212121に属し、格子定数はa = 79.6, b = 95.2, c = 140.3 A, a = b = g = 90 °であった。Photon Factoryを中心にX線回折データの測定を行い、1.9 A分解能を越えるデータの取得に成功した。

構造解析は、他のGH10に属するキシラナーゼの触媒ドメインをサーチモデルとした分子置換法を用いて進め、最終的にリンカー部分を除く酵素全体の結晶構造の構築に成功した。触媒ドメインは、TIM-バレルからなっており、触媒溝はTIM-バレルの中心にあるβ-バレルのC末端側に存在する。XBDはサブドメインα、β、γの3つのサブドメインからなる3回繰り返し配列でできた球状ドメインであり、その構造はβ-trefoil 構造をとっていた。また、これまでに植物由来ガラクトース結合レクチンとして認識されてきたリシンB鎖と類似していることが明らかとなった。両ドメインをつなぐリンカーのうちの9残基は電子密度が観察されず、リンカー部分は高い可動性があることにより構造は同定されなかった。

次に、本酵素の基質認識機構を解明するために、キシロオリゴ糖として、キシロース、キシロビオース、キシロトリオース、それ以外にラクトース、ガラクトース、グルコースとの複合体構造を決定した。各糖の複合体は全てソーキング法により作製し、ラクトース、ガラクトース複合体は常温で、それ以外は糖自体を不凍液とし、低温下でX線回折データを収集した。クライオ法で決定した構造では、リンカー部分の電子密度も確認できた。キシロオリゴ糖との複合体の解析では、触媒溝における -3 〜 -1、+1 〜 +3 のサブサイト構造、および、XBDのサブドメインαとγのキシラン結合機構を明らかにした。また、リシンのガラクトース結合部位と同じ部位でXBDではキシランを認識すること、その際の糖の結合様式は異なることを明らかにした。さらに、ラクトース、ガラクトース複合体では、XBDはどちらの糖にも結合し、その結合様式はリシンのものと同じであることから、XBDはガラクトース結合レクチン能も持ち合わせていることが明らかとなった。3つのサブドメインでは糖結合に関与するアミノ酸が配列、構造ともに厳密に保持されていることから、XBDは3つの部位でキシランを認識することが可能であると考えられた。

さらに、4-O-メチルグルクロノキシロオリゴ糖、アラビノキシロオリゴ糖との複合体構造の解析では、FXYNの側鎖を有するキシランに対する結合様式を明らかにした。また、側鎖を有するためリガンドが非対称になったことから、キシロオリゴ糖との複合体では決められなかった糖の方向も決定することができ、その結果、XBDのキシラン結合部位はキシランに対し、2つの方向に結合することができることも明らかにされた。

以上のことから、XBDは基質結合部位を3つ持っており、それぞれが基質を2つの方向に認識できることにより基質結合の可能性を高めていること、可動性のリンカーを介して触媒ドメインとXBDがお互いに自由に動けるため、触媒ドメインがXBDの結合した基質に近づく可能性を高めていることなどを利用して、FXYNは不溶性の基質に対して非常に効率的な反応機構を採用して機能していることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

キシラナーゼは、植物細胞壁に含まれるヘミセルロースの主成分であるキシランの主鎖のb-1,4-グリコシド結合を主に加水分解するエンド型酵素である。放線菌(Streptomyces olivaceoviridis E-86)の生産する糖分解酵素ファミリー10に属するキシラナーゼ (FXYN) は、TIMバレル構造をもつ触媒ドメインをN末端に有し、Gly/Pro-richリンカー部位を介しC末端にはキシラン結合ドメイン (XBD) を有するマルチドメイン酵素である。XBDは不溶性キシランに対して酵素活性を高める働きがあることが明らかとなっている。本論文では、FXYNの結晶構造解析を行い立体構造を決定し、XBDの基質に対する特異性、および、酵素全体での不溶性キシランに対する反応機構を酵素の立体構造の見地から明らかにし、本酵素の分子モデリングの基盤を確立した。

まず序論で、放線菌キシラナーゼの諸性質や、本論文の研究目的について概説した後、第1章では、FXYNの結晶化を行っている。硫酸アンモニウム溶液を沈殿剤としたハンギングドロップ蒸気拡散法を用いて結晶化を行い、最長1.0 mmを越える柱状、あるいはブロック状の良質な結晶が安定して得られる結晶化条件を確立した。結晶は斜方晶系の空間群P212121に属し、格子定数はa = 79.6, b = 95.2, c = 140.3 A, a = b = g = 90 °であった。Photon Factoryを中心にX線回折データの測定を行い、1.9 A分解能を越えるデータの取得に成功した。

第2章では、FXYNの構造解析を行っている。他のキシラナーゼの触媒ドメインをサーチモデルとした分子置換法を用いて構造解析を進め、最終的にリンカー部分を除く酵素全体の結晶構造の構築に成功した。触媒ドメインは、TIM-バレルからなっており、触媒溝はTIM-バレルの中心にあるβ-バレルのC末端側に存在した。XBDはサブドメインα、β、γの3つのサブドメインからなる3回繰り返し配列でできた球状ドメインであり、その構造はβ-trefoil 構造であることを明らかにした。また、これまでに植物由来ガラクトース結合レクチンとして認識されてきたリシンB鎖が有する構造と類似していることを明らかにした。

次に、第3章では、本酵素の基質認識機構を解明するために、キシロオリゴ糖として、キシロース、キシロビオース、キシロトリオース、それ以外にラクトース、ガラクトース、グルコースとの複合体の構造を決定した。各糖の複合体は全てソーキング法により作製し、ラクトース、ガラクトース複合体は常温で、それ以外は糖自体を不凍液とし、低温下でX線回折データを収集した。キシロオリゴ糖との複合体の解析では、触媒溝におけるサブサイト構造、および、XBDのサブドメインαとγのキシラン結合機構を明らかにした。また、リシンのガラクトース結合部位と同じ部位でXBDではキシランを認識すること、その際の糖の結合様式は異なることを明らかにした。さらに、ラクトース、ガラクトース複合体では、XBDはどちらの糖にも結合し、その結合様式はリシンのものと同じであることから、XBDはガラクトース結合レクチン能も持ち合わせていることを明らかにした。3つのサブドメインでは糖結合に関与するアミノ酸が配列、構造ともに厳密に保持されていることから、XBDは3つの部位でキシランを認識する可能性も示した。

第4章では、4-O-メチルグルクロノキシロオリゴ糖、アラビノキシロオリゴ糖との複合体構造の解析を行い、側鎖を有するキシランに対するFXYNの結合様式を明らかにした。また、側鎖を有するためリガンドが非対称になったことから、キシロオリゴ糖との複合体では決められなかった糖の方向も決定することができ、その結果、XBDのキシラン結合部位はキシランに対し2つの方向に結合でき、総じてFXYNは不溶性の基質に対して非常に効率的な反応機構を採用して機能していることを明らかにした。

以上、本論文は放線菌キシラナーゼFXYNの結晶構造解析を行い、詳細な糖結合構造を明らかにし、XBDを利用することにより不溶性基質に対して効率的な酵素反応を行うための反応機構を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51202