学位論文要旨



No 215844
著者(漢字) 川名,有紀子
著者(英字)
著者(カナ) カワナ,ユキコ
標題(和) ヒトパピローマウイルス16型L2蛋白質の中和エピトープの機能解析
標題(洋)
報告番号 215844
報告番号 乙15844
学位授与日 2003.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15844号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
 東京大学 助教授 岩田,力
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】ヒトパピローマウイルス(Human Papilloma Virus:以下HPV)はエンベロープを持たない直径約55nmのDNAウイルスであり、そのDNAの塩基配列の相同性から約100種類以上の遺伝子型に分類されている。HPVは大きく皮膚型と粘膜型にわけられ、粘膜型の HPV は主に性器粘膜に感染する。6型、11型をその代表とする non-oncogenic HPV は尖形コンジローマなど良性腫瘍の原因ウイルスであり、16型、18型、33型等の oncogenic HPVは子宮頚癌の原因となることが明らかとなっている。

HPVのキャプシドはL1とL2という2つの構造蛋白質から構成されており、その質量比は30:1である。主にL1蛋白質がキャブシドを構成し、L2蛋白質は一部が粒子の外に突出し、一部はウイルス粒子内の DNA と結合している構造をとっているものと考えられている。HPVは自然の培養系では増殖しないため、レポーター遺伝子をプラスミド DNA を組み込んだ人工的な偽ウイルスが感染実験には用いられる。HPV16型L2蛋白質の108-120aa(以下aa)に対するモノクローナル抗体がHPV16型L1/2偽ウイルスの感染を阻害することから、このL2領域が中和エピトープであることが見出だされた。この領域は HPV の粒子表面に露出し、しかもどの粘膜型HPVに共通のアミノ酸配列を有している。

ウイルスの感染はウイルスが細胞表面に結合することから始まるといわれている。ウイルスの細胞内への侵入はL2蛋白質の関与なしでもL1蛋白質が細胞表面のレセプターに結合することでおこることが知られている。一方でL1蛋白質のみで構成された偽ウイルスよりL1/2蛋白質で構成された偽ウイルスの方が感染価が高いことから、L2蛋白質はウイルスが細胞表面に結合した後に何らかの役割を果たすのではないかと推測される。しかし未だL2蛋白質がどのようにしてウイルス感染に関与しているかは不明であり、L2蛋白質と細胞表面の相互作用が重要である可能性を示唆する報告も散見される。そこでL2蛋白質と細胞表面との相互作用を調べるため、GFP融合L2蛋白質を作製し、子宮頚癌由来細胞表面への結合、侵入を調べ、L2蛋白質の108-120aaがHPV感染において果たす役割を解明することを本研究の目的とした。

方法

(HPV16L2蛋白質の108-126aa領域とGFP(Green Fluorescent Protein)との融合蛋白質の作製)HPV16L2蛋白質の108-126aa領域をコードするDNA断片はを3回のPCRにて増幅し、バキュロウイルス発現系を用いて、GFPのN末端に融合させたGFP-L2(108-126)を精製した。108-126aa領域にアミノ酸変異を導入した3種類のGFP融合蛋白質も同様に作製した。

(GFP-L2(108-126)の細胞表面への結合及び侵入)細胞は子宮頚癌由来細胞であるHeLa細胞を用いた。GFP-L2融合蛋白質を浮遊系及びスライドグラス上で培養したHeLa細胞と4℃で1時間反応させ、十分に洗浄したのち、共焦点レーザー顕微鏡で観察した。細胞内への侵入は、引き続く37℃での培養後に観察した。細胞核の染色には propidium iodide を用い、GFP融合蛋白質の局在をより明確にした。GFP融合蛋白質とHeLa細胞表面との結合はFACS(fluorescence-activated cell sorting)にて定量的に測定した。

(種種の細胞におけるGFP-L2(108-126)の結合能の比較)子宮頚癌由来の細胞(SiHa, CaSki)、ヒト由来の上皮系細胞(293, Alexander, Hep G2)、サル由来上皮系細胞(COS-1)、げっ歯類由来上皮系細胞(C127, NIH/3T3, 3Y1)、ヒト由来間質細胞(PAI)、昆虫由来細胞(Sf9)の各々について、GFP-L2(108-126)との結合を同様にFACSを用いて定量的に測定した。

(HPV偽ウイルスの作製と感染価の評価)L2蛋白質108-126aaと細胞表面との結合とウイルスの感染との関連を調べるため、細胞との結合能を失ったアミノ酸変異をもつHPV偽ウイルスを作成し、感染実験を行った。L2蛋白質の108-111aaをLVEEからGGDDに変異させたL2蛋白質とL1蛋白質をバキュロウイルスを用いて発現させVLPを精製した。2-メルカプトエタノールで粒子構造を壊した状態でレポーター遺伝子であるβ-galactosidase発現プラスミドを加え、ゆっくりと透析を行うことで、蛋白質が再構成され粒子内にプラスミドDNAを組み込んだ偽ウイルスができた。偽ウイルスは塩化セシウム平衡密度勾配遠心法およびショ糖沈降速度法によって精製した。野生型のL1/2偽ウイルスと同量の変異型L1/2偽ウイルスを用いてCOS-1細胞への感染実験を行い、その感染価を比較した。

(HPV16L2ペプチドによる競合)L2蛋白質の108-120aaを含むペプチド、もしくは108-120aaを含む融合蛋白質を競合剤として、あらかじめCOS-1細胞に添加した後、野生型偽ウイルスの感染実験を行い、感染が競合されるか否かを調べた。

結果

(GFP-L2(108-126)の細胞表面への結合及び侵入)共焦点レーザー顕微鏡での観察の結果、GFP-L2(108-126)は細胞表面に結合していた。さらに37℃で2時間反応させた後に観察すると、GFP-L2(108-126)は細胞内に侵入していることが確認された。FACSによる定量的な測定では、GFP-L2(108-126)はコントロールであるGFPに比して明らかに強い蛍光強度を示した。また、GFP-L2(108-126)は、あらかじめトリプシン処理をしたHeLa細胞には結合せず、このことから、結合には細胞表面の蛋白質が関与していることが示唆された。3種類の変異型GFP-L2のうち、108-111aaをLVEEからGGDDに変異させたGFP-L2(GGDD)は細胞表面との結合能を失った。

(種種の細胞におけるGFP-L2蛋白質の結合能の比較)子宮頚癌由来の他の細胞(SiHa, CaSki)はヒトの肝癌由来細胞(Alexander, Hep G2)より強く、またヒト由来細胞(SiHa, CaSki, 293)はげっ歯類由来上皮系細胞(C127, NIH/3T3,3Y1)より強く結合がみられた。ヒト由来間質細胞(PAI)、昆虫由来細胞(Sf9)には結合がみられなかった。このことからヒトの上皮系細胞に標的蛋白が多く存在していることが予想された。

(HPV偽ウイルスの感染価の評価)電子顕微鏡での観察では変異型偽ウイルスは野生型偽ウイルスと同様の粒子構造をとっていた。ショ糖沈降速度法によって分画し、L1およびL2蛋白の質量比が野生型と同様であることを確認した。ウイルス内のプラスミドDNAはDNase I耐性DNAをPCR法で検出することで確認した。変異型ウイルスの感染価は野生型の1/3から1/4程度まで低下した。

(HPV16L2ペプチドによる競合)L2蛋白質の108-120aaペプチド、もしくは108-120aaを含む融合蛋白質にて、HPV16偽ウイルスの感染は競合された。感染価は競合剤の量依存性に下がることを確認した。十分な競合剤により低下した感染価はL1のみで構成される偽ウイルスの感染価とほぼ同等であった。このことはL2蛋白質の108-120aaがウイルスの感染を効率的に行うために必要であることを示している。

【考察および結語】本研究においては、GFPと融合させたL2(108-126)ペプチドが低温では細胞表面に結合し37℃で細胞質内に侵入することが共焦点レーザー顕微鏡で観察され、L2(108-120)ペプチドが偽ウイルスの感染を競合阻害することが明らかとなった。競合実験においてはL2(108-120)が結合できる細胞側のレセプターの存在が示唆された。GFP融合L2(108-126)ペプチドの細胞表面への結合や侵入はそのまま粒子の中のL2蛋白質の動態を反映していると思われる。なぜなら、細胞との結合能を失ったアミノ酸の置換と同じアミノ酸置換をもつ偽ウイルスの感染価は低下しているからである。従って、L2(108-126)は、ウイルスが細胞と結合する感染の初期過程において、細胞側のレセプターと結合することによって感染効率をあげていると推測される。またL1に対するレセプターの候補に挙げられている蛋白質は様々な組織由来の細胞に広く分布している蛋白質であるのに対し、結果から推測されるようにL2に結合する細胞蛋白質は子宮頸癌由来上皮細胞により多く分布していることから、この蛋白質は粘膜型HPVの細胞特異性の一部を決定している可能性が考えられる。

本研究からHPVのL2蛋白質の108-120アミノ酸領域が細胞表面の蛋白質と作用することによりウイルスの感染に重要な役割を担っていることが示唆された。L2蛋白質の108-120aaに対する抗体をワクチンによって誘導することができれば予防ワクチンとして臨床応用できる可能性がある。しかもこのL2領域が粘膜型HPVによく保存されていることから、この領域を標的にしたワクチンはどの粘膜型HPVにも有効な broad-spectrum な予防ワクチンになりうる。また、このL2領域と相互作用のある細胞表面に存在する蛋白質を同定することはHPVの感染のメカニズムを解明することにつながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、子宮頸癌の原因ウイルスであるヒトパピローマウイルス(HPV)のキャプシド蛋白質のうちL2蛋白質に存在する遺伝子型共通中和エピトープの機能を解析したものであり、下記の結果を得ている。

遺伝子型間で保存されている中和エピトープとして同定されたHPV16型L2蛋白質108-126アミノ酸領域とGFPを融合させた蛋白質の細胞への作用を共焦点レーザー顕微鏡及びFACSで観察した。このL2領域を持つGFP融合蛋白質は子宮頸癌由来細胞であるHeLa細胞の細胞表面に結合し、細胞内に侵入することが明らかとなった。HeLa細胞の細胞膜をトリプシン処理することにより細胞との結合能は失われたことより、細胞表面に存在する蛋白質とL2蛋白質108-126アミノ酸領域が結合するものと考察された。L2蛋白質108-111アミノ酸領域に変異を導入したGFP融合蛋白質は細胞との結合能を失い、108-111アミノ酸領域が結合に必要な領域であることが示された。

HPV16型L2蛋白質108-126アミノ酸領域を持つGFP融合蛋白質はHeLa細胞以外の子宮頸癌由来細胞にも強く結合し、他臓器由来の細胞との結合能の差がみられた。マウス・ラット由来上皮系細胞とも結合がみられたが相対結合強度はHeLa細胞の1/3程度であり、マウス由来血球細胞及び昆虫由来細胞との結合は認めらなかった。

人工的に作製された2つのキャプシド蛋白質から成るL1/L2偽ウイルスを用いた感染実験では、HeLa細胞との結合を失った108-111アミノ酸領域に変異を導入した変異型L1/L2偽ウイルスの感染価は野生型L1/L2偽ウイルスの1/4〜1/3に抑えられ、HPV16L2 108-111アミノ酸領域は効率的なウイルス感染に必要な領域である可能性が示された。競合剤として108-120アミノ酸領域のペプチドを加えることで野生型L1/L2偽ウイルスの感染は阻害され、108-120アミノ酸領域と結合する細胞側のレセプターの存在が示唆された。

以上、本論文はHPVのキャプシド蛋白質L2に存在する中和エピトープであるHPV16型L2蛋白質108-120アミノ酸領域が子宮頸癌由来細胞に結合・侵入する機能を有し、この作用がウイルスの感染初期過程において効率的なウイルス感染に必要な現象であることを見出した。本研究により、HPVL2蛋白質が結合する新たなレセプターの存在が示唆され、HPV感染機構解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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