学位論文要旨



No 215845
著者(漢字) 二瓶,秋子
著者(英字)
著者(カナ) ニヘイ,アキコ
標題(和) ヒトポリペプチド鎖伸長因子1A-1遺伝子5'terminal oligopyrimidine tract の転写における役割
標題(洋)
報告番号 215845
報告番号 乙15845
学位授与日 2003.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15845号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 小林,一三
内容要旨 要旨を表示する

ヒトポリペプチド鎖伸長因子1A-1(eEF1A-1)遺伝子は、5'terminal oligopyrimidine tract (5'TOP) 遺伝子ファミリーの一員で、転写活性の高いハウスキーピング遺伝子である。5'TOPとは、転写がC残基から始まり、次いでピリミジン残基が約13個連続する構造と定義され、両生類やほ乳類において細胞周期依存的に翻訳を制御するシスエレメントとして知られている。5'TOPを含むヒトeEF1A-1遺伝子プロモーターの活性は大変高いため、真核細胞で外来遺伝子を発現させる際のプロモーターとして利用されているが、5'TOPの転写制御における役割については、未だに不明である。

ヒトゲノムプロジェクトの一環として、オリゴキャップ法で作製された完全長cDNAライブラリより多数のcDNAの5'端配列を解読していく過程で、eEF1A-1 cDNAの5'端配列が独特な特徴を有していることが判明した。この遺伝子の5'TOPにはゲノム上ではTが5個連続しているが、この連続数が5個ではない全長cDNAが多数得られたのである。また、このTの数の差は、他の方法で作成したcDNAライブラリより得られたeEF1A-1 cDNAの5'端配列からも同様に確認された。しかしながらこの現象がいつどのような過程で起きるかは未解明であった。

以上を背景に本研究では、ヒトeEF1A-1遺伝子5'TOPの転写における役割の解析を目的とした。第1章では、eEF1A-1 cDNAの5'TOPに並ぶTの数にばらつきがみられたことに注目して解析し、その原因が in vtro のアーティファクトによるものではなく、in vivo で、転写中あるいは転写後に起きた現象であることを明らかにした。さらに第2章では、5'TOPがeEF1A-1遺伝子の転写活性に与える影響をCATアッセイとin vtro転写系を用いて解析し、5'TOPが転写のイニシエーター様エレメントとして機能していることを示した。

ヒトeEF1A-1 cDNAの5'TOP領域中のTの数の違いに関する解析

本章では、ヒトeEF1A-1 cDNAの5'TOPでみられたTの数のばらつきについて詳しく調べるため、オリゴキャップ法で作製した完全長cDNAライブラリから得られたヒトeEF1A-1 cDNA 125クローンの5'端配列およびその中の無作為な19クローンにつき全長配列を決定し、Tの数に差がみられたクローンの割合と、全体で起こった変異の割合を比較検討した。5'TOPのTの数がゲノム上での数(5個)ではないクローンは、125クローン中40クローン(32%)存在していた。また、全長1744塩基の配列を決定した19クローン全体中で、5'TOPを除いた+7より下流に生じていた点変異はSNPを除き25個であり、ライブラリ作製時のPCRにより生じたと考えられる点変異の確率は、1321塩基に1塩基と5'TOPに比べ低いものであった。

オリゴキャップ法では、mRNAの5'端をオリゴヌクレオチドに置換する過程で、アルカリフォスファターゼ、タバコアシッドピロフォスファターゼ、RNAリガーゼの3種の酵素反応をおこなうが、これらの酵素には塩基数を増減させる活性はなく、ライブラリ作製過程でこのTの数を変え得るのは逆転写酵素(RT)のみである。しかし、RT処理はオリゴキャップ後におこなわれるので、この段階で5'TOPは既にmRNAの5'端ではなく内在しているかたちになる。eEF1A-1 cDNAには、5'TOP以外に9ヶ所、5個以上TまたはAが連続する部分が内在している。19クローン中でこの9ヶ所には、1塩基置換が2個、1塩基欠失および1塩基挿入が各1個の合計4個の変異のみ見られたので、その変異の確率は4/171である。これを5'TOPで起きていた確率40/125と二項検定すると、両者の変異率の差の有意確率は、p=1.1×10-10となり、その差は明らかであった。以上より5'TOPで生じたTの数の差は、ライブラリ作製過程でのアーティファクトによるものではなく、in vivo で起きている現象であることが示された。

さらに、5'TOPに生じたTの数の増減が、ゲノム上にTの数の異なる遺伝子コピーが複数存在するためにみられた現象である可能性も考えられるが、これについても緑色蛍光タンパク質 (GFP) トランスジェニックマウスを用いて検討をおこなった。このマウスは、1個のeEF1A-1遺伝子由来のプロモーターによってGFPを発現するため、GFP遺伝子の転写はeEF1A-1遺伝子の配列から開始される。このマウスの胎児よりオリゴキャップ法で完全長cDNAライブラリを作製し、ここから25個のGFP cDNAクローンを単離して、それらの5'端配列を決定した。その結果、25クローン中7クローン(28%)で、Tの数に増減がみられ、5'TOPで生じたTの数のばらつきは、ゲノムレベルではなく、転写中あるいは転写後に起こったものであることが確認された。

大腸菌のRNAポリメラーゼは、転写開始点近くのTの連続部分で少し滑り、転写産物のTの数に差が見られることが知られており、この現象はスリッページと呼ばれている。eEF1A-1遺伝子5'TOPのTの連続部分でもスリッページが起きると仮定すると、RNAポリメラーゼIIが次々とやってきてスリッページを起こしつつ転写を開始するので、転写活性は大変高く、5'TOPのTの数に多少のばらつきがあるmRNAが生じる可能性が考えられる。

ヒトeEF1A-1遺伝子コアプロモーター領域の解析

5'TOPが翻訳を制御するシスエレメントであることは、既に様々な研究によって明らかにされてきた。本章では翻訳ではなく転写に着目し、まずヒトeEF1A-1プロモーターの活性をCATアッセイにより確認した上で、プロモーターの-204から+24部分を有するクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ (CAT) 発現ベクターpEF204Δ-CATを基として、転写開始点周辺、特に5'TOPに集中していくつかの変異を導入し、その変異が転写活性に及ぼす影響をCATアッセイとin vitro転写系により解析した。

はじめに、5'TOPに5個連続するTを1塩基ずつ欠失した変異体を作製し、これらの変異が転写活性に及ぼす影響を調べた。その結果、eEF1A-1遺伝子が高い転写活性を有するためには、5'TOPに少なくとも3個Tが連続している必要があることが示された。この結果は、eEF1A-1遺伝子の5'TOPが転写のイニシエーター様エレメントとして機能していることを示唆するものであった。イニシエーターのコンセンサス配列は "Py Py A+1 N T/A Py Py" とされており、この配列を認識して結合し機能するタンパク質がいくつか知られている。eEF1A-1の5'TOPは、イニシエーターコンセンサス配列と類似しているが、最も重要といわれるA+1が異なっており、またeEF1A-1プロモーターの5'TOPを含むイニシエーター様エレメントは、既知の転写因子結合配列とホモロジーがないため、5'TOPは典型的なイニシエーターとは異なるタイプであると考えられる。

さらに、TATA box のみの欠失変異体、転写開始点直前8塩基の欠失変異体、5'端のC残基をGに置換した変異体も作製し、それらの変異の影響を調べたところ、いずれも転写活性は野生型に比べ、大きく減少した。これらの結果より、eEF1A-1プロモーターが高い活性を保つためには5'TOPにTが3個以上連続していることに加え、TATA box、転写開始点の直前配列、+1のC残基も必要不可欠であることが示された。全ての実験において、CATアッセイとin vitro転写系による解析の結果に矛盾はなかった。

Tの連続する5'TOP部分は、GC含有量の多い配列に比べ、比較的2重鎖が解離しやすい状態にあると考えられる。転写開始部位で2重鎖が解離しやすい状態にあれば、開始複合体から伸長複合体への移行が早いと考えることができ、このことがeEF1A-1プロモーターの高い活性に寄与している可能性が示唆される。またスリッページ仮説の下では、Tの連続数を減らした変異体はRNAポリメラーゼIIによるスリッページを伴った効率良い転写開始が妨げられ、プロモーター活性が低下した可能性が示唆される。今後さらなる解析を進め、5'TOPのイニシエーター様エレメントとしての作用機構を解明することが課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、遺伝子の翻訳過程において重要な役割を演じているヒトポリペプチド鎖伸長因子1A-1 (eEF1A-1) 遺伝子の、5'端にみられる特徴的な構造である5'terminal oligopyrimidine tract (5'TOP) について、cDNAでみられたTの連続数の違いに関する解析および転写制御における役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

eEF1A-1の完全長cDNA 125クローンの5'端塩基配列および19クローンの全長塩基配列を決定した。それらについて、5'TOPとそれ以外の部位で起こった変異率を統計学的に比較解析した結果、5'TOP部分の変異、すなわちcDNAの5'TOP部分でTの連続数に差がみられた割合は、他の部位に起こった変異の割合に比べ明らかに高率であった。このことから、このTの数の差はcDNA作製時における artifact では無く、in vivo で起きている現象であることが示唆された。

1つのeEF1A-1由来のプロモーターによってGFPを発現するトランスジェニックマウスより完全長cDNAライブラリを作製した。このマウスのGFP遺伝子の転写はeEF1A-1遺伝子の配列から開始される。このライブラリから得られたGFP cDNA 25クローンの5'端塩基配列を決定したところ、7クローンについて5'TOPのTの数に差がみられた。このことから、Tの数の差は、ゲノム上にTの数の異なる遺伝子が多数存在するためではなく、転写レベルで起きた現象であることが示唆された。

eEF1A-1プロモーターの5'TOPに様々な変異を導入し、転写活性に与える影響をCATアッセイと in vitro 転写系を用いて解析した。その結果、eEF1A-1遺伝子が高い転写活性を保つには、少なくとも5'TOPに連続して3個以上Tが並んでいる必要があることが示された。また、5'TOPは転写のイニシエーター様エレメントとして機能していることが判明した。

以上、本論文は、eEF1A-1 cDNAの5'TOPに存在する T-stretch の長さにみられたばらつきが、転写過程で生じた現象であること、また、5'TOPが転写のイニシエーター様エレメントとして機能していることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、5'TOPの転写における役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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