学位論文要旨



No 215846
著者(漢字) 邵,菁
著者(英字)
著者(カナ) ショウ,セイ
標題(和) アンジオテンシンII投与高血圧腎障害ラットにおけるT細胞サブセットのインバランス
標題(洋) Imbalance of T-Cell Subsets in Angiotensin II-Infused Hypertensive Rats With Kidney Injury
報告番号 215846
報告番号 乙15846
学位授与日 2003.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15846号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

背景

従来、レニン・アンジオテンシンシステム(RA系)は高血圧症における研究の中心となってきた。このシステムは、血圧及び水、電解質の平衡など、様々な腎機能を調節する際に重大な役割を果たしている。RA系の障害は、高血圧症、腎不全、及び鬱血心不全の病態生理学に深く関わっている。アンジオテンシンII(Ang II)によって引き起こされる細胞機能変化のほとんどは、Ang IIがアンジオテンシンII(Ang II)1型受容体(腎臓中の主要なAng II受容体)に作用することによるものである。Ang IIが血圧、イオン輸送に影響を及ぼし、成長因子として働くことも、大部分はAT1受容体による作用として説明でき、この受容体の機能を阻害することは様々な腎症において効果的であることが明らかにされている。従来、RA系を阻害することによる腎保護作用の機序として、血行動態への影響、糸球体のバリアー機能の改善などが注目されてきた。一方、最近では心筋炎、移植臓器の慢性拒絶反応及び抗基底膜腎炎などの研究により、Ang IIの免疫系への作用が認識されてきている。特にAT1受容体がマクロファージとT細胞に存在すること、Nataraj らによる最近の研究におけるRA系による calcineurin-依存性のT細胞の免疫応答の調節などが示されたことから、Ang IIの免疫調節作用としてT細胞に対する直接的な影響が注目を集めている。

活性化されたT細胞は、間質性腎炎、糸球体腎炎を始めとする様々な腎障害を引き起こすが、このような病態におけるヘルパーT(Th)細胞の応答は、Th1とTh2に大別される。Th1細胞は、主に interleukin-2 (IL-2) 及びγ-interferon (γ-IFN) を主に分泌する。一方、Th2細胞は、主に interleukin-4 (IL-4)、interleukin-5 (IL-5) 及び interleukin-10 (IL-10) を分泌するとされている。Fernandez-Castelo らは in vitro の研究で、Ang II刺激によってヒトリンパ球のバランスがTh1優位となることを報告している。本研究の目的は、Ang II持続投与腎障害モデルを用い、生体内でのT細胞サブセットのバランスがAng IIによって変化を受けるかどうかを調べ、更にアンジオテンシンII受容体拮抗剤(ARB)が腎障害及びAng IIにより引き起こされたT細胞のインバランスを改善するかどうかを検討することである。

材料と方法及び結果

Ang II持続投与尿細管間質腎症モデルは、ミニポンプによってアンジオテンシンIIを2週間皮下投与(435ng/kg/min) することにより惹起した。実験動物は、以下の5群を作成した。I群:高用量ARB olmesartan (10mg/kg/day) 投与Ang IIラット (n=8) ; II群:低用量ARB olmesartan (1mg/kg/day) 投与Ang IIラット (n=8) ; III群 : Ang IIラット (n=8) ; IV群 : 非特異血管拡張薬 hydralazine (15mg/kg/day) 投与Ang IIラット (n=8) ; V群 : vehicle 投与ラット (n=8)。7及び14日後に、血圧、血液尿素窒素 (BUN)、蛋白尿を測定し、また組織学的解析などを行った。実験に用いたラットはすべて、Ang II投与開始前に血圧、BUN、尿蛋白いずれも正常であることを確認した。血圧は、Ang II投与で著しく上昇した。Hydralazine、低用量 olmesartan 及び高用量 olmesartan は、7病日目及び14病日目の血圧を有意に降下させた。Ang II投与ラットは、7病日及び14病日に蛋白尿を発症したが、高用量 olmesartan は蛋白尿を著明に減少させた。Ang II投与は、BUNレベルのわずかな増加を引き起こした。高用量 olmesartan は様々な異常を最も有効に是正した。

第14病日において、ラットを屠殺し、sieving 法により脾臓細胞を分離し、カラムによってT細胞を精製し、これを初代培養しPMA及び ionomysin、monensin によって刺激した。培養上清を48時間後に回収し、ELISAキットによりサイトカイン含有量を定量したところ、III群のAng IIラットにおいてAng IIの2週間投与によるTh1型サイトカイン (γ-IFN) の増加が認められた。この変化は、高用量 olmesartan 投与(I群)治療によって正常化していた。対照的に、Th2型サイトカイン (IL-4) はIII群ラットにて減少していたが、I群の高用量 olmesartan 投与により正常値まで戻っていた。このようなγ-IFN及びIL-4の変化は、IV群 hydralazine 投与ラットによってはIII群と比べ特に違いはみられなかった。更に、Ang IIを正常ラットのT細胞の培地に加えたところ、ELISAアッセイによりγ-IFN濃度の増加とIL-4濃度の減少が観察された。

同様に、単離したばかりのI、III、V群ラットのT細胞をELISPOTプレートで48時間培養し、γ-IFN分泌T細胞に対応するスポットを、解剖用顕微鏡で数えた。Γ-IFN分泌T細胞数は、Ang II刺激によって増加していたが、I群高用量 olmesartan では正常レベルに戻っていた。

第14病日において,各群ラットの脾臓と腎臓のRNAを抽出し、γ-IFNとIL-4のmRNA量について、リアルタイム定量PCRにて検討したが、いずれの結果もELISAアッセイのデータを裏付けるものであった。

腎病変の組織学的分析は、様々な抗体を用いた avidin-biotin 間接免疫組織染色により行った。尿細管間質 (TI) の障害はPAS、α-SMA、JG-12染色によって評価した。また、TI細胞のDNA断片化によるアポトーシスと、代償的な増殖はTUNEL、PCNA染色によって検出した。マクロファージ及びCD4+/CD8+ T細胞のTI領域への浸潤は、ED1、OX35、G28免疫染色により検討した。Ang IIラットと比べて、olmesartan 投与を受けたラットの腎組織において、尿細管間質の障害、TI細胞のアポトーシス及び代償的な増殖の増加、マクロファージ及びT細胞浸潤の著明な改善が認められた。

考察

本研究では、Th細胞サブセットのインバランスに対するAng IIの影響を明らかにすると共に、Ang IIを介した高血圧性尿細管間質障害モデルについて検討した。ELISA法及び定量的PCR分析の両方により、Ang II投与ラットにおけるTh1型サイトカイン (γ-IFN) の増加とTh2型サイトカイン (IL-4) の減少を実証することができた。免疫系に及ぼすAng IIの直接的な作用は最近注目される分野となっている。当該研究におけるモデル動物中のサイトカイン・プロフィールは、従来の in vitro の研究で示されたAng IIによるTh1優位反応が、生体内でも起こり得ることを明らかにした。

マクロファージを含む単核食細胞は、炎症において中心的な役割を果たしている。免疫系のT細胞は、この機能を直接調節する。本研究は、T細胞とマクロファージの尿細管間質障害への関与を示している。マクロファージは、Th1型サイトカイン (γ-IFN) により活性化され、最終的に組織を破壊する。本研究では、Ang II投与ラットの尿細管間質障害部位におけるED1+単核細胞やCD4+/CD8+ T細胞の浸潤が、γ-IFNの増加と有意な相関性を示した。更に、マクロファージとT細胞の浸潤は、AT1受容体の阻害によって抑制され、T細胞バランスの回復と平行していた。以上の結果は、このモデルにおけるAng II-Th1-マクロファージの関与を強く示唆している。

このモデルにおいて、Ang IIが引き起こしたThサブセットのインバランスが間接的なものであるか、あるいはAT1受容体特異的なものであるかどうかを判断するために、私たちは olmesartan (ARB) を使用した。高用量 olmesartan はAng IIによって引き起こされたTIの障害を著しく改善し、TIの形態学変化の改善は、α-SMAの de novo expression の抑制を伴っていた。また、傍尿細管毛細管の喪失や、TI細胞のアポトーシス及び代償的な増殖など尿細管障害を反映するマーカーも、高用量 olmesartan 投与によって減少していた。一方、hydralazine は血圧調節作用を示したものの、蛋白尿及び他の症状に対してはあまり改善作用を示さなかった。この結果、ARBによる本モデルの病態改善の機序は、少なくとも部分的にはAng II特異的かつ血圧非依存性であることが示唆された。

本研究では、培養T細胞のサイトカイン産生に対するAng IIの直接刺激作用が示され、また、olmesartan によるAng II作用の抑制が示された。Ang IIは、病態を発症している生体において、naive T細胞を活性化T細胞に分化させる役割をする可能性があると考えられた。ELISPOTアッセイによって明らかにされたγ-IFN分泌T細胞数の増加は、CD4+/CD8+ T細胞のTI局所への浸潤の増加と一致していた。これは、Ang IIがT細胞を直接活性化し、病原性のTh1型サイトカインを産生し、器官障害を引き起こしている可能性を示すものと考えられた。更に、AT1受容体を介してAng IIが引き起こしたサイトカイン・プロフィールの変化を確認し、olmesartan 投与によってγ-IFN及びIL-4の発現プロフィールが正常に戻ったことは、本モデルの高血圧性尿細管間質障害の病因にAng IIが直接的に免疫細胞に作用した結果である可能性を強く示唆した。

結論として、本研究では、T細胞バランスの調節に対するAng IIの直接的な役割を検討した。Th細胞サブセットのインバランスは、Ang II持続投与によって引き起こされた高血圧性尿細管間質障害に関連していた。ARBの有益な影響のうちのいくつかはその免疫調節反応によって説明されると考えられた。今後、ヒトT細胞サブセットのインバランスにおけるARBの役割とAng IIの免疫系に果たす役割の詳細なメカニズムの解明が、高血圧に関連する腎疾患の治療に貢献することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、様々な腎機能を調節する際に重大な役割を果たしていると考えられるアンジオテンシンII (Ang II) の免疫系に対する直接的影響を明らかにするため、Ang II持続投与高血圧腎障害ラットモデルおよび同モデルにAng II受容体阻害薬 (ARB) olmesartan を投与したものを用い、生体内サイトカイン・プロフィールの変化と腎臓尿細管間質障害の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

第7病日及び第14病日にて、実験に用いたラットの血圧、尿蛋白、血液尿素窒素 (BUN) を測定したところ、Ang II投与ラットは、高血圧、蛋白尿を発症し、腎機能の指標としてのBUNレベルのわずかな増加も引き起こした。これらの異常は、ARBである olmesartan の投与によって是正された。一方、非特異的血管拡張薬 hydralazine は、血圧降下作用を示したものの、蛋白尿及び他の症状に対しては改善作用を示さなかった。

Th細胞サブセットのインバランスに対するAng IIの影響を明らかにすると共に、Ang IIを介した高血圧性尿細管間質障害について検討した。ELISA法及び定量的PCR分析の両者により、Ang II投与ラットにおけるTh1型サイトカイン (γ-IFN) の増加とTh2型サイトカイン (IL-4) の減少が示された。当該モデル動物中のサイトカイン・プロフィールは、従来の in vitro の研究で示されたAng IIによるTh1優位反応が、生体内でも起こることを明らかに示唆した。

このモデルにおいて、Ang IIが引き起こしたThサブセットのインバランスが間接的なものであるか、あるいはAT1受容体特異的なものであるかどうかを判断するために、ARBである olmesartan を使用した。高用量 olmesartan はAng IIによって引き起こされた尿細管間質 (TI) の障害を著しく改善し、TIの形態学変化の改善は、α-SMAの de novo expression の抑制を伴っていた。また、免疫染色による解析にて、傍尿細管毛細管の喪失や、TI細胞のアポトーシス及び代償的な増殖など尿細管障害を反映するマーカーについても、高用量 olmesartan の投与による減少が認められた。この結果、ARBによる本モデルの病態改善の機序は、少なくとも部分的にはAng II特異的かつ血圧非依存性であることが示された。

Ang II投与ラットの尿細管間質障害部位におけるED1+マクロファージ/単核細胞やCD4+/CD8+ T細胞の浸潤は、γ-IFNの増加と有意に相関していた。更に、マクロファージとT細胞の浸潤は、AT1受容体の阻害によって抑制され、これはT細胞バランスの回復と平行していた。これらの結果は、このモデルにおける標的臓器の障害において、Ang II-Th1-マクロファージが関与することを強く示唆している。

正常ラットの培養T細胞サイトカインの測定により、Ang IIの直接刺激作用が示され、またこの変化はARBである olmesartan により特異的に抑制された。Ang IIは、病態を発症している生体において、naive T細胞を活性化T細胞に分化させる役割をする可能性があると考えられた。ELISPOTアッセイによって明らかにされたγ-IFN分泌T細胞数の増加は、CD4+/CD8+ T細胞のTI局所への浸潤増加と一致した。これらの結果は、Ang IIがT細胞を直接活性化し、病原性のTh1型サイトカインを産生し、器官障害を引き起こしている可能性を示している。更に、Ang IIが引き起こしたサイトカイン・プロフィール(γ-IFN及びIL-4)の変化が、olmesartan の投与によって正常に戻ったことは、本モデルの高血圧性尿細管間質障害の病因としてAng IIが直接的に免疫細胞に作用した結果である可能性を強く示唆した。

以上、本論文はAng II持続投与ラットにおいて、ELISAと組織学的解析から、高血圧性尿細管間質障害の病因についてAng IIの免疫細胞に対する直接的な影響-T細胞のインバランスという、斬新で重要な視点から取り組んだものであり、このモデルに対し、ARBの有益な影響はその免疫調節反応によって説明されることを明らかにした。本研究は、これまで未知であった生体内でのAng IIとARBの免疫系に果たす役割の詳細なメカニズムの解明を行っており、高血圧に関連する腎疾患の治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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