学位論文要旨



No 215847
著者(漢字) 皆川,正己
著者(英字)
著者(カナ) ミナガワ,マサミ
標題(和) 転移性肝腫瘍に対する外科治療 : 予後因子の解析に基づいた手術適応の確立に向けて
標題(洋)
報告番号 215847
報告番号 乙15847
学位授与日 2003.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15847号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 助教授 國土,典宏
 東京大学 助教授 真船,健一
内容要旨 要旨を表示する

大腸癌の肝転移に対しては根治的肝切除が最も長期生存の得られる治療法であるとすることに異論無い。しかし、多発転移や肝外転移を伴う進行例、また根治的肝切除後に高率にみられる残肝再発に対する治療法に関しては意見の一致がみられていない。本研究は、このような手術適応が明確でない進行した症例に対する外科切除の適応を明らかにする目的で行った。

1980年〜2001年に304名の大腸癌肝転移患者に対して根治的肝切除が行われたが、これらの患者を対象とした。内訳は、男性196名、女性108名、平均年齢(範囲)は59(30〜82)才であった。2002年8月の追跡調査の結果、再発が認められなかったのは87人、残肝のみに再発を来したのは95名、残肝と肝以外の両方に再発を来した症例は30名、肝以外のみの再発は72名、そして再発の有無不明は19名であった。以上の残肝に再発を来した125名の内で再肝切除(二度目の肝切除)を68名(再肝切除率54%)の患者が受けた。同様に3度目、4度目、5度目の肝切除をそれぞれ16, 4, 1名の患者が受け合計393回の肝切除が行われた。これらの患者の臨床病理学的因子及び長期予後及を解析した。

生存率は3年 ; 51%、5年 ; 36%、10年26%、20年25%であった。性別、年齢、原発巣の部位、転移腫瘍径、切除術式、切除断端の距離は有意な予後因子ではなかった。転移結節数は単発が5年生存率46%に対して多発は28%と有意に不良であったが、多発を2〜3個、4個以上に分けると、両者に生存率の差は無かった。さらに2個以上切除した症例を個数により2〜3個、4〜5個、6〜7個、8〜9個、10個以上の5群に分けて解析したが、何れの2群間にも有意差は無かった。また多発症例を片葉と両葉に分けて比較すると生存率に差は無かった (P=0.61)。術前CEA値が高い症例は有意に予後不良であった (P=0.0008)。肝外転移 (P=0.15)、肝外浸潤 (P=0.16)、血管浸潤 (P=0.99)、胆管浸潤 (P=0.48)、といずれも有意な予後因子では無かったが、肝所属リンパ節転移のある症例はたとえ根治的に切除しても最長生存期間は1年4ヶ月にすぎなかった。これらの臨床病理学的因子のうちで有意に予後に影響を及ぼした因子の Relative risk および95%信頼区間を表に示した。これら有意であった5つの臨床病理学的因子の内で、リンパ節転移は relative risk が6.8と他の4因子より極めて高値であったのでこれを独立して Stage4 とした。他の4因子を0〜1個持っている患者を Stage 1, 2個もっている患者を Stage 2, 3〜4個持っている場合は Stage 3として生存分析を行った。Stage1,2,3,4それぞれの平均生存期間(95%信頼区間)は9.97年 (7.93-12.01年), 7.58年 (5.38-9.78年), 4.24年 (3.03-5.46年), 1.10年 (0.72-1.48年) であった(図)。いずれの群間においても有意差があった。

残肝再発に対する再切除率を1980〜89年、90〜94年、95〜2001年の3期に分けて比較すると、前期28%、中期68%、後期78%であった。各々の群の一人の患者から切除された腫瘍個数の平均と生存期間の中央値は、前期;2.9個、2.76年、中期;3.6個、3.18年、後期;4.8個、3.58年と両者とも上昇傾向にあった。

多発両葉転移は根治的に切除しえれば、たとえ転移個数が10個以上であっても2〜3個と遜色の無い生存率が期待できる。すなわちStage 1,2,3は手術対応であるが、リンパ節転移を伴う症例(Stage 4)は手術の適応外である。残肝再発に対しては積極的に再切除を行うことにより予後は改善される。

Clinical Stage of Colorectal Liver Metastasis

審査要旨 要旨を表示する

本研究は進行した大腸癌肝転移に対する肝切除術の適応を明らかにする目的で、過去22年間に本疾患で根治的肝切除を受けた304例の患者の臨床病理学的データーを詳細に解析したものであり、以下の結果を得ている。

この304名の患者の5年及、10年及び20年生存率はそれぞれ36%, 26%, 25%であった。また手術死亡は認められなかった。

大腸癌肝転移の予後を有意に悪化させる要因は以下の5つであった。肝門部のリンパ節転移は予後を最も悪化させる要因であり、たとえ根治的に切除しても最長生存期間は1年4ヶ月にすぎなかった。Cox の比例ハザードモデルによる Relative Risk (以下RR) は6.819と最も高く、P値は0.0001未満であった。つぎに予後を悪化させる因子は、原発巣の大腸癌が Dukes' Cである場合であり、RRが2.019、p値は0.0001未満であった。多発転移はRRが1.718, P値は0.0001未満、肝切除前の carcinoembryonic antigen が50ng/mlである場合はRRが1.619, P値が0.001であった。同時性肝転移あるいは大腸切除後早期に肝転移を来した場合で大腸切除と肝切除の間隔が6ヶ月未満の場合はRRが1.516でP値は0.006であった。予後に有意に影響を及ぼさないとされた因子は、年齢、性別、大腸癌の部位、多発転移に於ける肝内の分布、転移腫瘍径、肝外転移、肝外浸潤、血管浸潤、胆道浸潤、肝切除術式、肝切除の切除断端の距離であった。

残肝再発にたいして2度目、3度目、4度目、5度目、の肝切除をそれぞれ68,16,4,1名の患者が受けた。一人の患者から切除された転移結節の合計を1個、2~3, 4~5, 6~7, 8~9, 10個以上に細分して予後を検討した。1個の群は有意に予後良好であったが、2個以上の5群間に有意な差は無かった。

予後に有意に影響を及ぼす5つの因子を用いて臨床 Stage を作成した。肝門部リンパ節転移はRRが極めて高値であったのでこれを独立して Stage4とした。他の4因子を0~1個持っている患者を Stage 1, 2個を Stage 2, 3~4個は Stage 3として生存分析を行った。Stage1,2,3,4それぞれの平均生存期間(95%信頼区間)は9.97年 (7.93-12.01年), 7.58年 (5.38-9.78年), 4.24年 (3.03-5.46年), 1.10年 (0.72-1.48年) であった。いずれの群間においても生存率の差は有意であった。

初回肝切除が、前期1980~89, 中期1990~94, 後期1995~2001年のいずれの期間に行われたかにより3群に分け比較検討した。前期、中期、後期それぞれの群の5年生存率はそれぞれ34%, 39%, 36%であり有意差は無かったが、一人の患者から切除された転移結節数の合計は2.9, 3.6, 4.8個と上昇し、また残肝再発に対する再切除率も28%, 68%, 78%と上昇した。また Median survival も2.76年、3.18年、3.58年と上昇傾向にあった。

以上の結果より、大腸癌肝転移の手術適応決定のためのフローチャートを作成した。切除不能の肝外転移や肝門部リンパ節転移が有る場合は適応外である。これらが無い場合は、転移個数、腫瘍径、分布などにかかわらず、正常肝の場合には非腫瘍部肝容積を40%以上温存し且つ腫瘍を除去できる場合には手術適応である、また40%未満の場合でも門脈塞栓術を行い予定残存肝容積が40%を超える場合は手術適応となる。

以上、本論文は転移性肝癌の肝切除後の予後に関わる臨床病理学的要因を詳細に解析することにより、これまで未知であった高度進行肝転移症例に対する肝切除の適応を明確にした。本研究は肝転移を患った患者の予後改善に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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