学位論文要旨



No 215849
著者(漢字) 阿部,有生
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ユウキ
標題(和) ML-236B生合成遺伝子クラスターの構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 215849
報告番号 乙15849
学位授与日 2004.01.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15849号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

ML-236Bは、糸状菌の一種Penicillium citrinum SANK18767の培養上清に見出された強力なコレステロール合成阻害物質であり、コレステロール合成の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素を阻害することにより、メバロン酸の生合成を抑制する。また、ML-236Bのデカリン骨格6β位に、水酸基の導入されたプラバスタチンナトリウムは、高脂血症治療薬(商品名:メバロチン)として開発された。プラバスタチンナトリウムの工業生産において、ML-236Bの発酵生産性とプラバスタチンナトリウムへの微生物変換効率を改善し、安価で、かつ、大量合成することは重要な課題である。後者の微生物変換については、変換菌であるStreptomyces carbophilusからシトクロムP450sca-2モノオキシゲナーゼが単離され、変換効率を改善するための諸検討が行われた。一方で、ML-236Bの生合成機構は未解析の状態にあり、その発酵生産性の向上には、長らく、従来の微生物変異育種法、すなわち、変異原として紫外線照射、あるいは、ニトロソグアニジン処理により高生産株を選抜する方法、が用いられてきた。

本研究の目的は、これまで未知であったML-236Bの生合成に関与する遺伝子を単離し、その生合成機構を分子レベルで解析し、さらに、得られた知見に基づきML-236Bの発酵生産性向上に応用することにある。

第一章では、PCR法によるPKS遺伝子断片のクローニングおよびML-236B生合成遺伝子クラスターのクローニングについて論ずる。PCR法を用いてP. citrinumからPKS遺伝子の単離を試みた結果、推定される候補遺伝子を4つ取得することができ、それぞれpks1からpks4と命名した。次に、ML-236Bの生合成に関与する可能性を検討するために、類縁物質ロバスタチン生産菌であるA. terreusを用いて、各PKS遺伝子に対する相同遺伝子の有無を調べた結果、pks4についてのみ、相同遺伝子が検出された。ML-236Bとロバスタチンは構造が非常に類似していることから、生合成に関与するPKS遺伝子にも相同性を予測し、ML-236B生産菌とロバスタチン生産菌の双方に存在するpks4が目的遺伝子ではないかと考えた。そこで、pks4全長とその近傍の塩基配列解析を実施した結果、ML-236Bの生合成に関与すると推定される、その他のタンパク質をコードする遺伝子が多数、存在することが明らかになり、ML-236B生合成遺伝子クラスターの単離が示唆された。

第二章では、PCR法で取得したpks4(orf7と同一)と生合成遺伝子クラスター内に、新に見出されたPKS遺伝子、orf5の機能を解析した。orf7の破壊株はML-236Bとその関連代謝産物の生産能力を完全に消失し、また、orf5の破壊株はML-236Bを産生しないが、その代わりに関連代謝産物であるML-236Aを産生した。これらの結果、および、他の結果と総合して、orf7とorf5が、ML-236Bのノナケチド鎖およびジケチド鎖の生合成にそれぞれ関与することが明らかになった。

第三章では、A. terreusより単離され、その構造が明らかにされたロバスタチン生合成遺伝子クラスターと、第一章で単離したP. citrinumの生合成遺伝子クラスターとの比較解析を実施して、ML-236B生合成遺伝子の同定を試みた。P. citrinumにおける生合成遺伝子クラスターの構成遺伝子と、ロバスタチン生合成遺伝子クラスターの構成遺伝子との相同性を調べた結果、第二章で機能が明らかになった2つのPKS遺伝子、orf5とorf7、を含む9つの遺伝子について、ロバスタチン生合成遺伝子クラスターの構成遺伝子と相同性が見出された。そこで、ML-236B生合成遺伝子クラスター内のこれらの遺伝子について、ML-236Bの生合成に関与する可能性を考え、それぞれmlcAからmlcH、および、mlcRと命名した。また、各生合成遺伝子について、cDNAの塩基配列解析を実施し、推定されるタンパク質の構造を明らかにした。さらに、Reverse transcription (RT)-PCR法を用いて、ML-236Bの生産時期における各遺伝子の発現状態を解析した結果、ML-236Bの生産と一致して、ML-236B生合成遺伝子が発現することが明らかになった。

第四章では、ML-236Bの生合成遺伝子について、発現調節機構の解析を行った。ML-236B生合成遺伝子の一つ、mlcRは、GAL4型DNA結合モチーフを有するタンパク質をコードし、遺伝子の転写調節に関与する可能性が考えられた。また、このmlcRの発現状態と生合成遺伝子のいくつかにおける発現状態やML-236Bの生産時期が一致することから、ML-236B生合成遺伝子の発現に際して、mlcRが何らかの調節機能を有すると考えられた。本章では、mlcRの発現状態を人為的に改変し、mlcRを恒常発現させた場合、ML-236B生合成遺伝子の発現状態やML-236Bの生合成にどのような影響があるかを解析した。Aspergillus nidulansの3-phosphoglycerate kinase(pgkA)遺伝子のプロモーターを用いて、mlcRを恒常的に発現する形質転換株を作製した結果、ML-236B生合成遺伝子のうち7つの遺伝子について発現状態が改変され、ML-236Bの恒常生産株となった。すなわち、mlcRは、ML-236B生合成遺伝子の転写調節因子として機能することが示された。

第五章では、P. citrinumの生産変異株について解析を行った。変異育種によって造成された高生産株No. 41520について、その高生産性の要因を明らかにするために、土壌分離株と歴代生産変異株との比較解析を行った。まず、高生産株No. 41520と親株について、ML-236B生合成遺伝子の構造や塩基配列をそれぞれ比較した結果、遺伝子構造や塩基配列に違いはなかった。しかし、一方で、ディファレンシャルハイブリダイゼーションやノーザン解析によって、遺伝子の発現状態を比較した結果、高生産株においてはML-236B生合成遺伝子クラスター、および、その周辺に存在する遺伝子の発現量が顕著に増大していることが明らかになった。すなわち、本高生産株No. 41520においては、何らかの変異によって、ML-236B生合成遺伝子の発現量が特異的に増加したことにより、生産性が向上したと考えられた。

第六章では、第一章から第五章において得られた知見を基にして、遺伝子工学的な手法を用いた菌株育種を実施した。従来の変異処理により造成された高生産株においては、ML-236B生合成遺伝子の発現量が顕著に増加していた。そこで、更に、その発現量を増加させることを目的として、第一章で得られたコスミドを媒体として、7つの遺伝子を含むML-236B生合成遺伝子クラスターの一部を一度に、ML-236B生産菌に導入した。その結果、親株に比し有意に生産性の向上した菌株が取得された。また、ML-236B生合成遺伝子の転写調節に関わるmlcRを単独でML-236B生産菌に導入し、そのコピー数を増幅した場合にも、親株や上記の生合成遺伝子クラスター導入株よりも、さらに高い生産性を有する菌株が取得された。これらの遺伝子導入株においては、mlcRが過剰に発現しており、生産性の増加に結びついたと考えられた。すなわち、これらの検討結果から、生合成遺伝子、とくに、mlcRのコピー数を増幅することによって生産性を向上させることができ、遺伝子工学的手法を用いて更なる高生産株を取得するという当初の目的を達成することができた。

本研究により、P. citrinumの生産するML-236Bについて、その生合成に関与する遺伝子の構造と機能が明らかになった。また、ML-236B生合成遺伝子の発現制御機構や高生産性の要因を分子レベルで解析した結果、ML-236B生合成遺伝子の多くが転写制御遺伝子mlcRの制御下にあることや、高生産性の原因が生合成遺伝子の発現量増加にあることが明らかになった。そして、分子生物学的なアプローチにより、得られた知見を生産菌の育種に応用することができ、当初の目的を達成したと考えている。一方で、本研究により新たに、mlcR自身の発現を調節するメカニズムがML-236B生合成遺伝子の発現制御において重要な役割をもつことが明らかになった。今後、このmlcR自身の転写調節機構を解析すれば、微生物二次代謝産物生合成遺伝子クラスターの発現制御機構について、より理解が深まると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

ML-236Bは、糸状菌の一種Penicillium citrinum SANK18767の培養上清から単離された強力なコレステロール生合成阻害物質であり、HMG-CoA還元酵素を阻害することによりメバロン酸の生合成を抑制する。ML-236Bのデカリン骨格に水酸基を導入されたプラバスタチンナトリウムは高脂血症治療薬として現在使用されている。本論文は、ML-236Bの生合成機構の解明を基にして発酵生産性の向上を目指したもので、緒言と6章からなる。

緒言では、高脂血症の原因となるコレステロールの生合成について解説し、ML-236Bおよびロバスタチンを含む関連物質について述べ、ML-236B自身の可能なポリケチド生合成経路について述べている。

第1章では、PCR法によるポリケチド合成酵素(PKS)遺伝子断片のクローニングおよびML-236B生合成遺伝子クラスターのクローニングについて述べている。まず、PCR法によってPKSの候補遺伝子を4つ取得し、そのうちロバスタチン生合成遺伝子との相同性からpks4を目的遺伝子として選択した。次に、この遺伝子の全長とその近傍の塩基配列を解析した結果、ML-236Bの生合成に関与すると推定されるタンパク質をコードする遺伝子が多数存在することが明らかとなった。このことから、ML-236B生合成遺伝子クラスターが単離されたと考えられた。

第2章では、pks4 (orf7と命名)を含む遺伝子クラスター内に新たに見つかったPKS遺伝子orf5の機能解析について述べている。すなわち、orf7およびorf5のそれぞれの遺伝子破壊株を作製し、その代謝産物を精査することにより、これら2つの遺伝子がML-236Bの主鎖のノナケチドおよびそれにエステル結合したジケチドの生合成に関与することを明らかにした。

第3章では、単離されたML-236B生合成遺伝子クラスターとAspergillus terreusから単離されたロバスタチン生合成遺伝子クラスターとを比較することによって生合成遺伝子の同定を試みている。その結果、orf5およびorf7を含めて合計9つの遺伝子に相同性が認められ、それぞれmlcAからmlcHおよびmlcRと命名した。PCR法を用いてML-236Bの生産時期における各遺伝子の発現状態を解析した結果、ML-236Bの生産とよく一致した発現が観察された。

第4章では、ML-236Bの生合成遺伝子の発現調節機構の解析について述べている。mlcRはGAL4型DNA結合モチーフを有するタンパク質をコードしていることから転写調節に関与する可能性が考えられた。そこで、mlcRを恒常的に発現させたところ、生合成遺伝子のうち7つの遺伝子が恒常的に発現するように改変され、ML-236Bも恒常的に生産されるようになった。この結果から、mlcRはML-236B生合成遺伝子の転写調節遺伝子として機能することが明らかとなった。

第5章では、P. citrinumの生産変異株を解析した結果について述べている。変異育種によって造成された高生産株と約500分の1しか生産しない親株について、ML-236B生合成遺伝子の構造および塩基配列を比較した結果、まったく同一であることがわかった。しかし、両者の生合成遺伝子の発現状態を比較した結果、高生産株においてはML-236B生合成遺伝子クラスターおよびその周辺に存在する遺伝子の発現が顕著に増大していることが明らかになった。すなわち、高生産株においては何らかの変異によってML-236B生合成遺伝子の発現量が増加したことにより、生産性が向上したと考えられた。

第6章では、これまでに得られた結果を基にして遺伝子工学的手法を用いた菌株育種について述べている。ML-236B生合成遺伝子クラスターのうちの7つの遺伝子を含む断片を生産菌に導入した結果、親株に比して約20%生産性が向上した菌株が得られた。さらに、mlcRのコピー数を増幅した菌株を作製したところ、mlcRの発現量が増加し、ML-236Bの生産性を約50%向上することができた。

以上、本論文はコレステロール生合成阻害剤ML-236Bの生合成遺伝子クラスターを取得し、その制御系を明らかにして、それを発酵生産に応用したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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