学位論文要旨



No 215850
著者(漢字) 川俣,裕二
著者(英字)
著者(カナ) カワマタ,ユウジ
標題(和) オーファンGタンパク質共役型受容体の内因性リガンドの同定と生理機能の解析 : 免疫機能調節および内分泌系における機能との関わり
標題(洋) Identification of endogenous ligands for orphan G protein-coupled receptors and analyses for their physiological functions : Implication in the immunomodulatory and endocrine systems
報告番号 215850
報告番号 乙15850
学位授与日 2004.01.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15850号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東條,英昭
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 内藤,邦彦
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

生体内において生理活性物質の多くは標的細胞上の受容体を介して細胞内に情報を伝え、その作用を発揮する。その中でもGタンパク質共役型受容体(GPCR)あるいは7回膜貫通型受容体とも呼ばれる一群の受容体は、最も大きなファミリーを形成している。GPCRのリガンドとしては糖タンパク質、ペプチド、ケモカイン、アミン、核酸などが知られているが、生体機能の調節や維持に重要な役割を果たしている。また、臭覚、視覚などの感覚受容体もGPCRの一種である。近年のcDNAあるいはゲノム解析技術の進展により新規のGPCR遺伝子が多数単離されてきた。それらのGPCRの多くはリガンドが未知であるためオーファン(孤児の)GPCRと呼ばれる。オーファンGPCRの内因性のリガンドを探索することにより、新しい生理活性物質の同定や既知の生体内分子の新たな生理作用を明らかにすることができる可能性がある。また、GPCRは創薬の重要な標的分子の一つなので、オーファンGPCRのリガンド同定は新規創薬ターゲットの発掘にも結びつく可能性がある。これまでに筆者は、オーファンGPCRを人工的に発現させた細胞を樹立し、リガンド結合に伴って起こるシグナル伝達の変化を検出することにより内因性リガンドを同定する方法を確立している。この手法を用いることによりウシ胃組織抽出液からオーファンGPCRの一つであるAPJのリガンドペプチドとしてアペリンを同定している。本研究では生理機能解明の手がかりを得るためにアペリンの組織分布や受容体との結合などの性状を解析した。また低分子性リガンドについても探索を進めた結果、脂質代謝物である胆汁酸や遊離脂肪酸に応答するGPCRを見出した。さらに、それらのGPCRの機能解析を進めた結果、免疫系・内分泌系におけるそれらの機能を解明することができた。

第一章では、APJの内因性リガンドペプチドであるアペリンについて組織分布および受容体APJとの結合に関する解析について述べる。アペリンのmRNA発現量および免疫活性量をラット各組織で測定した結果、両者はともに正に相関する傾向が認められ、乳腺や肺で高い発現が認められた。ゲルろ過による分子種の検討の結果、肺、精巣、子宮ではlong form(36アミノ酸残基に近いもの)が主成分であったが、乳腺においてはlong formとshort form(13アミノ酸残基に近いもの)が存在することが判明した。また、受容体APJとの結合試験の結果、long formはshort formに比べ受容体から解離しにくい性質を持つことが明らかになった。以上、アペリンは単一遺伝子によってコードされている前駆体タンパク質からプロセッシングにより生成されるが、組織によって長さの異なるペプチドが生成され、それらは受容体との相互作用で異なる性質をもつことが明らかになった。これまでのところ、アペリンとAPJについては生体内での役割は未解明な部分が多いが、サイトカイン産生抑制、HIV感染阻害、血圧降下などの作用が報告されており、免疫系や内分泌系での役割が期待されている。本章で得られた解析結果から今後の生理機能の解明に重要な手がかりが得られたと考えている。

第二章では、胆汁酸に応答するGPCRとしてTGR5を同定したことを論述する。オーファンGPCRのリガンド探索は、近年競争が激化してきたため、より効率的なリガンド同定法の開発が求められていた。筆者はオーファンGPCRの一過性発現細胞を用いたレポーターアッセイ系を構築して低分子性化合物を含むライブラリーを作製してリガンド探索を実施した。その結果、TGR5が胆汁酸の受容体であることを見出した。これまで胆汁酸は脂肪吸収に必要な物質とされ、また胆汁酸に対する核内受容体が知られていたが、細胞膜結合型受容体が同定されたのはTGR5が初めての例である。胆汁酸がTGR5に作用するとインターナリゼーションを起こし、細胞内cAMP産生を上昇させることが明らかになった。TGR5は単球・マクロファージで高発現していることからTGR5が免疫機能の調節に関わっていることが示唆された。肝臓疾患による高胆汁酸血症では細胞性免疫やマクロファージ機能が低下し、感染症が頻発することが知られていたため、マクロファージ機能とTGR5との関連について解析した。ウサギ肺胞マクロファージを胆汁酸で処理すると、貪食能やリポ多糖(LPS)の刺激によって誘導されるサイトカイン産生が抑制された。マクロファージ機能抑制に対するTGR5の関連について検証するためヒトマクロファージ細胞株THP-1にTGR5 cDNAを発現させた細胞株を樹立し、胆汁酸で処理すると顕著なTNFα分泌抑制が認められた。以上、TGR5が胆汁酸の細胞膜受容体であることが初めて明らかとなり、また胆汁酸による免疫機能抑制機構にTGR5が関与していることが判明した。TGR5は免疫応答を調節するための創薬の標的分子として有用である可能性が示唆された。

第三章では、オーファンGPCRの一つであるGPR40が遊離脂肪酸の受容体であり、インスリン分泌制御に重要な役割を果たしていることを証明した。GPR40のリガンド探索では、GPR40を一過性に発現させた細胞での細胞内カルシウムイオン濃度変化を測定する系により行った。この系により各種化合物を含むリガンドライブラリーのスクリーニングを進めた結果、長鎖遊離脂肪酸がGPR40のリガンドとして機能することを見出した。RT-PCRおよびin situ hybridizationからGPR40はラット膵臓ランゲルハンス島のβ細胞やMIN6などのβ細胞株で高発現が認められた。遊離脂肪酸がインスリン分泌に関わることはこれまで報告されていたが具体的なメカニズムは不明なまま残されていた。MIN6を用いて検討した結果、長鎖遊離脂肪酸は細胞内カルシウムイオン濃度上昇を惹起し、さらにグルコース依存性インスリン分泌を上昇させることが明らかとなった。また正常ラットから採取したランゲルハンス島でもインスリン分泌上昇が認められた。一方、siRNAをMIN6に導入してGPR40の発現をノックダウンすると長鎖遊離脂肪酸によるインスリン分泌は顕著に抑制された。これらの結果からGPR40が遊離脂肪酸によるインスリン分泌機構の少なくとも一部に関与することが証明された。本章での結果から、GPR40が長鎖遊離脂肪酸の受容体として働き、膵臓β細胞からのインスリン分泌メカニズムの一つとして機能していることが明らかになった。GPR40は糖尿病の治療薬を研究開発するための標的分子として有用である可能性が示唆された。

以上のように本研究は、オーファンGPCRのリガンド探索を行い、内因性リガンドを同定し、さらに機能を明らかにして生理的役割の解明・新たな創薬ターゲット発掘を目指すという、一連の研究構想に基づいて行ったものである。筆者は、オーファンGPCRの内因性リガンドの同定は該受容体の機能解析上必須の研究であると考えている。さらに、アペリンについて行ったようなリガンド分子の性状解析も機能の解明に役立つものと確信している。アペリンの生理作用については未だ不明な点が多いが、最近Szokdiらはラット心筋においてアペリンが強力な収縮作用を示すこと、ヒトの慢性心疾患患者においてアペリンmRNAの発現が亢進していること、またヒトの心臓や血漿においてはアペリン-36よりも長いアペリン分子が存在することを報告している。これらのことから、長いタイプを含めたアペリン分子はヒトの心臓病態変化において何らかの重要な役割を有していることが示唆される。先に報告されているサイトカイン産生抑制、HIV感染阻害、血圧降下と合わせて免疫系や内分泌系での役割が期待される。筆者は、胆汁酸・脂肪酸といった既知の生体成分が特異的な細胞膜受容体TGR5・GPR40を介して生理活性物質としての機能を果たすことを初めて明らかにした。両者はともに栄養吸収においてあるいは細胞膜などの成分として欠くことのできない脂質代謝物である。これらの物質が免疫系(胆汁酸によるマクロファージ機能抑制)や内分泌系(脂肪酸によるインスリン分泌)で重要な役割を果たしていることを明らかにすることができた。また、GPR40が脂肪酸によるインスリン分泌制御を担っていることを明らかにしたが、生体中に存在する脂肪酸の組成や濃度がどのようにインスリン分泌変化に関わっているかは今後の重要な問題である。いずれにせよ、本研究によって得られた成績の中でもTGR5・GPR40に関する知見は胆汁酸や脂肪酸の新たな役割を明らかにしたと同時に、新しいメカニズムに基づく免疫機能調節薬あるいは糖尿病治療薬の研究開発に道を開くものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

Gタンパク質共役型受容体(GPCR)あるいは7回膜貫通型受容体とも呼ばれる一群の受容体は、最も大きなファミリーを形成している。GPCRのリガンドとしては糖タンパク質、ペプチド、ケモカイン、アミン、核酸などが知られている。GPCRの多くはリガンドが未知であるためオーファン(孤児の)GPCRと呼ばれている。オーファンGPCRの内因性のリガンドを探索することにより、新しい生理活性物質の同定や既知の生体内分子の新たな生理作用を明らかにできる可能性がある。また、オーファンGPCRのリガンド同定は新規創薬ターゲットの発掘にも結びつく可能性がある。申請者は、オーファンGPCRを人工的に発現させた細胞を樹立し、ウシ胃組織抽出液からオーファンGPCRの一つであるAPJリガンドペプチドとしてアペリンを同定している。本研究では生理機能解明の手がかりを得るためにアペリンの組織分布や受容体との結合などの性状を解析した。また低分子性リガンドについても探索を進めた結果、脂質代謝物である胆汁酸や遊離脂肪酸に応答するGPCRを見出し、それらの免疫系・内分泌系における機能を解明した。

第一章では、アペリンの組織分布および受容体APJとの結合について解析した。アペリンのmRNA発現量および免疫活性量をラット各組織で測定した結果、両者はともに正に相関する傾向が認められ、乳腺や肺で高い発現を認めた。ゲルろ過による分子種の検討の結果、肺、精巣、子宮ではlong form(約36アミノ酸残基)が主成分であったが、乳腺においてはlong formとshort form(約13アミノ酸残基)が存在することを明らかにした。また、long formはshort formに比べ受容体から解離しにくいことを明らかにした。以上、組織によって長さの異なるアペリンペプチドが生成され、それらは受容体との相互作用で異なる性質をもつことを明らかにした。

第二章では、胆汁酸に応答するGPCRとしてTGR5を同定した。申請者はオーファンGPCRの一過性発現細胞を用いたレポーターアッセイ系を構築し低分子性化合物を含むライブラリーを作製してリガンド探索を実施した。その結果、TGR5が胆汁酸の受容体であることを見出した。胆汁酸に対する核内受容体が知られていたが、細胞膜結合型受容体が同定されたのはTGR5が初めての例である。また、胆汁酸がTGR5に作用するとインターナリゼーションを起こし、細胞内cAMP産生が上昇することを明らかにした。TGR5は単球・マクロファージで高発現していることから、マクロファージ機能とTGR5との関連について解析した。ウサギ肺胞マクロファージを胆汁酸で処理すると、貧食能やリポ多糖(LPS)激によって誘導されるサイトカイン産生が抑制された。マクロファージ機能抑制に対するTGR5の関連について検証した結果、胆汁酸がマクロファージからのTNFα分泌を顕著に抑制することを認めた。

第三章では、GPR40が遊離脂肪酸の受容体であり、インスリン分泌制御に重要な役割を果たしていることを証明した。リガンドの探索は、GPR40を一過性に発現させた細胞での細胞内カルシウムイオン濃度変化を測定する系により行った。その結果、長鎖遊離脂肪酸がGPR40のリガンドとして機能することを見出した。GPR40はラット膵臓ランゲルハンス島のβ細胞やMIN6などのβ細胞株で高発現が認められた。MIN6を用いて検討した結果、長鎖遊離脂肪酸は細胞内カルシウムイオン濃度上昇を惹起し、グルコース依存性インスリン分泌を上昇させることが明らかとなった。また正常ラットから採取したランゲルハンス島でもインスリン分泌上昇が認められた。一方、siRNAをMIN6に導入してGPR40発現をノックダウンすると長鎖遊離脂肪酸によるインスリン分泌が顕著に抑制されたことから、GPR40が遊離脂肪酸によるインスリン分泌機構の少なくとも一部に関与することを証明した。本章の結果は、GPR40が糖尿病の治療薬を研究開発するための標的分子として有用である可能性を示唆した。

以上、本研究は、オーファンGPCRのリガンド探索を行い、内因性リガンドを同定し、さらに機能を明らかにして生理的役割の解明・新たな創薬ターゲット発掘を目指すという、一連の研究構想に基づいて行ったものである。本研究によって得られた成績の中でもTGR5・GPR40に関する知見は胆汁酸や脂肪酸の新たな役割を明らかにしたと同時に、新しいメカニズムに基づく免疫機能調節薬あるいは糖尿病治療薬の研究開発に道を開くものと期待される。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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