学位論文要旨



No 215853
著者(漢字) 森,達哉
著者(英字)
著者(カナ) モリ,タツヤ
標題(和) 顕著な生物活性を有する含ヘテロ原子化合物の構造と合成に関する有機化学的研究
標題(洋)
報告番号 215853
報告番号 乙15853
学位授与日 2004.01.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15853号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

自然界に存在する多種多様な生命体において、生体に対し何らかの生理作用を示す多彩な構造を持つ化合物が数多く生産されている。今までに植物、動物、微生物から比較的低分子な種々の生物活性物質が単離、構造決定され、医療、生命科学分野での有用性を見出すべく、精力的に研究されてきた。一方、天然物をリードとしない純化学合成物質により生命活動をコントロールする試みも、世界の化学、医薬メーカーを中心になされてきた。

筆者は、顕著な生物活性を有する含ヘテロ原子化合物に着目し、微生物により生産された抗腫瘍性抗生物質の構造研究、植物起源としては最強レベルの有毒セスキテルペンの合成研究、純化学合成による屋内塵性ダニ剤の探索研究に取り組んだ。

第一部は、放線菌Streptomyces sp.の生産する抗腫瘍性抗生物質オキサゾロマイシン(1)の構造研究である。

オキサゾロマイシイン(1)は、Ehrlich腹水癌に対して高活性(in vivo)であるが、哺乳類に対する急性毒性も高く(LD50=10.4 mg/kg)、分子が化学的に不安定であるという開発面での大きな問題点も顕在していた。

また、(1)は非結晶性であり、UVスペクトルより共役ジエン及びトリエン構造の存在、IRスペクトルより天然物としては珍しいβ−ラクトン構造の存在が示唆される等、化学構造の複雑性、特異性が予想された。

筆者は、この化合物の構造解明に加え、薬理活性、急性毒性、分子の安定性との関係を明らかにすることに大きな意義を見出し、先ずは未解明であった構造を明らかにすべく、研究に着手した。

第一章では、オキサゾロマイシンジアセタート体(2)のデカップリング法を用いた1H-NMRスペクトルの詳細な解析、(2)のオゾン分解生成物、接触水素還元体等の各種スペクトルより、その全平面構造を決定した。

第二章では、(1)の立体構造を決定すべく、(2)のオゾン分解生成物から誘導された(11)のX線結晶構造解析により、7個の全不斉炭素のうち6個を決定した。

さらに、(2)のオゾン分解生成物のジアステレオマーの一方(6a)を、L−(+)−パントラクトンから誘導し、C3´位の絶対配置をSと決定した。

以上より、オキサゾロマイシンの立体構造を、その絶対構造を含めて(1)のように決定することができた。

第二部は、モクレン科植物シキミ(Illicium anisatum L.)の有毒成分アニサチン(1)の合成研究である。

アニサチン(1)は、分子内に5個及び3個の連続した不斉中心計8個と天然としては稀なβ−ラクトン環をはじめとする多数の酸素官能基を有する四環性セスキテルペンである。

アニサチン(1)は、最強レベルの植物毒(マウスに対するLD50値は1 mg/kg)であると共に、γ−アミノ酪酸(GABA)に対する特異的拮抗作用を示すことが見出され、痙攣毒としての生理作用はGABAに対する拮抗作用と密接に関連していると考えられている。

筆者は、アニサチンの特異な構造と生理活性に着目し、全合成のターゲットとして十分に価値ある化合物であると判断し、合成研究に着手した。

第一章では、アニサチンの全合成に役立つ多くの知見を得る目的で、その酸化生成物であるノルアニサチン(4)の合成を目指し、化合物(5)をノルアニサチン合成に対するモデル化合物として選び、二環性ケトエステル体(9)から12工程で(5)の立体選択的合成に成功した。

第二章では、C-4位へのスピロ−β−ラクトン環の構築を目指し、オキセタン環→β−ラクトン環の変換を鍵反応として(4)の合成に組み入れることを考えた。この考えの妥当性を検証すべく、オキセタン体(30)の酸化により、目的とするスピロ−β−ラクトン体(31)を得ることができた。

さらに、二環性ケトエステル体(9)に対して、ヒドロキシメチル基と合成的に等価と考えられる官能基化されたアルキル基を2個導入することを種々検討した。

その結果、低収率ではあるが、再現性よく目的とするスピロジアルキル化体(39)を得ることができた。

第三部は、屋内塵性ダニ剤の探索研究である。

屋内塵性ダニ及びその死骸、排泄物は、家庭内での主要なアレルゲンであると考えられており、サリチル酸フェニル、安息香酸ベンジル等のエステル系化合物が防除に使用されてきた。

しかしながら、これらの薬剤は、主要な塵性ダニであるヒョウヒダニ、コナダニ類に対する活性が不十分であり、人体を噛むことでより大きなダメージを与える難防除のツメダニ類に対しては殆ど不活性であるという問題点を抱えていた。

筆者は、ツメダニ類にも高活性を示す屋内塵性ダニ剤を創製することに大きな意義を見出し、探索研究に着手した。

そこで、住友化学の研究者が見出した一連のトリフルオロメタンスルホンアニリド化合物の高い殺虫活性に着目し、2位にアルコキシカルボニル基を有する種々の化合物を合成し、屋内塵性ダニ類に対する構造活性相関を検討した。

その結果、上記の構造活性相関が明らかとなり、その後の詳細な効力試験等よりS−1955が代表化合物として選抜され、新規屋内塵性ダニ剤(amidoflumet)として実用化されるに至った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、顕著な生物活性を有する含ヘテロ原子化合物の構造解析と合成に関するもので、三部よりなる。筆者は複雑ではあるが強力な生物活性を有する天然有機化合物に着目してそれらの構造解析や合成研究を行い、また高活性で実用的な防ダニ剤の開発も行った。

まず第一部では、放線菌Streptomyces sp.の生産する抗腫瘍性抗生物質オキサゾロマイシン(1)の構造研究について述べている。オキサゾロマイシイン(1)は非結晶性であり、Ehrlich腹水癌に対して高活性(in vivo)であるが、哺乳類に対する急性毒性も高く(LD50=10.4 mg/kg)、また分子が化学的に不安定であることが開発面での障害となっていた。筆者は、共役ジエン及びトリエン構造、天然物としては珍しいβ−ラクトン構造の存在が示唆されていたものの、まだ全体の化学構造が未解明であったこの化合物の構造解析を通して、薬理活性や急性毒性、分子の安定性などの関連性を明らかにできないかと考えた。様々な分解反応による各フラグメントの構造解析等によりまず平面構造を確定し、その後に部分構造の立体選択的合成とX線結晶構造解析を組み合わせることにより絶対立体構造を下のように決定した。

第二部では、モクレン科植物シキミ(Illicium anisatum L.)の有毒成分アニサチン(2)の合成研究について述べている。アニサチン(2)は、分子内に5連続ならびに3連続の計8個の不斉炭素とβ−ラクトン環をはじめ多数の酸素官能基を有する四環性セスキテルペンである。2は、最強レベルの植物毒(マウスに対するLD50値は1 mg/kg)であると共に、γ−アミノ酪酸(GABA)に対する特異的拮抗作用が見出され、両作用には密接な関連があると考えられている。筆者は、アニサチンの特異な構造と生理活性に着目し、全合成研究の第一段階としてモデル研究を行った。すなわち2の酸化生成物であるノルアニサチン(3)のモデル化合物(4)を目的化合物とし、その立体選択的合成に成功した。

さらに、β−ラクトン環の構築や、ヒドロキシメチル基と合成的に等価な二つの官能基の導入を検討し、5→6や7→8の様な反応を見いだした。これらの知見は、後のアニサチン(2)自体の全合成に利用された。

第三部では、屋内塵性ダニ剤の探索研究について述べている。屋内塵性ダニ及びその死骸、排泄物は、家庭内での主要なアレルゲンであり、屋内塵性ダニ防除は喘息やアトピー症の予防上重要である。しかしこれまで用いられてきたエステル系薬剤は、主要な塵性ダニであるヒョウヒダニ、コナダニ類に対する活性が不十分で、さらに難防除で人体を噛むツメダニ類に対しては殆ど活性を示さないという問題点を抱えていた。筆者は、ヒョウヒダニ、コナダニ類に加えツメダニ類にも高活性な屋内塵性ダニ剤の創製を目的として研究を行った。トリフルオロメタンスルホンアニリドの殺虫性に着目し、2位にアルコキシカルボニル基を導入するなどの工夫を加えた探索研究の結果、上記ダニ類に対しても有効な新規屋内塵性ダニ剤(S−1955、amidoflumet)を見出した。

以上本論文は、顕著な生物活性を有する含ヘテロ原子化合物に着目し、医農薬としての応用研究を念頭に置いて有機化学的研究を展開したもので、実際に後の天然物全合成に応用されたり、農薬として実用化に至る成果を含んでおり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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