学位論文要旨



No 215855
著者(漢字) 氏原,一哉
著者(英字)
著者(カナ) ウジハラ,カズヤ
標題(和) 生物活性を持つ環状テルペン化合物の合成研究
標題(洋)
報告番号 215855
報告番号 乙15855
学位授与日 2004.01.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15855号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 早川,洋一
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨 要旨を表示する

現在、数多くの農薬や医薬が実用化されており、人類には欠かせない財産となっている。そのかなりの部分は、もともと天然生理活性物質として発見された化合物から発展したものである。そのような化合物群のひとつに、テルペン化合物がある。テルペン化合物は、動物界、植物界、微生物界を問わず、あらゆる生物において、生体成分や、生理活性の発現をつかさどる生物活性物質として生産されている化合物群であるが、特に、植物には精油成分中に大量に含まれている。衣料用防虫剤の樟脳、殺虫剤のピレトリン、などが天然物そのままで実用化されている化合物の代表例である。しかしながら、天然における生物活性物質の産出量は非常に限られている場合が多く、その活性、その他の性質も実用化は困難な場合がほとんどである。合成化学は、貴重な天然生理活性物質の供給と、リード化合物の構造改変という形で、この問題に対する解決に貢献してきた。筆者は、天然物を由来とした生物活性物質を、合成化学の手法を使って実用化をすることを目的に、生物活性を持った環状テルペン化合物の合成研究を行った。

第二章では、新規ピレスロイド化合物メトフルトリン、プロフトリンの発見の経緯と、その共通の部分構造であるノル菊酸の異性体群の合成法について記載している。ノル菊酸エステルは、1970年代初頭から菊酸エステルに匹敵する基礎活性を有していることが知られていたが、これまで合成難度に似合う特徴が見出されず、まったく注目されてこなかった。筆者は、ノル菊酸エステルの蒸散性に注目し探索研究を行った。既存のノル菊酸エステル類では、蚊に対して室温で十分な蒸散活性−常温揮散活性−を示す化合物は見当たらなかったが、種々のノル菊酸エステルを合成・評価した結果、フルオロベンジルエステル類が顕著な常温揮散活性を示すことを見出した。なかでも、ノル菊酸2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メトキシメチルベンジルエステル(メトフルトリン)が特に高い活性を示し、そのネッタイイエカに対する蚊取り線香製剤における活性は、わずか40分の1の有効成分量でも市販剤であるd-アレスリン同等であった。さらに、メトフルトリンは室温において優れた蒸散活性を示し、熱源を要しない新しいタイプの蚊の防除剤になりうることを示した。

また、立体構造活性相関や代謝研究、分析法の開発を行うために必要な、ノル菊酸の8つの異性体の合成法も確立した。

第三章では、Laurencia属やEurycoma longifoliaから得られるトリテルペンポリエーテル化合物の生合成仮説前駆体スクアレンテトラオキシドの合成およびその抗腫瘍活性を持つ誘導体ユーリレンの合成について記載している。

ユーリレンは東南アジアの民間薬として使われているナガエカサに含まれるの抗腫瘍活性物質のひとつであり、その供給が望まれている化合物である。その構造的特徴であるcis-, trans-二つのテトラヒドロフラン環を、ビスホモアリルアルコールの5価バナジウム触媒による立体選択的エポキシ化反応を用いて非環状物質から一挙に構築する方法を開発し、短工程で最初の全合成を達成した。

また、先に述べた植物より得られるトリテルペンポリエーテル類は共通の生合成仮説前駆体であるスクアレンテトラオキシドから生合成されていると考えられている。これらの植物の生合成を解明するためにも、その供給が望まれている。筆者は、スクアレンテトラオキシドの合成法の開発を行し、二方向合成の手法を用いた合成法を確立した。

第四章では、薬草Croton campestrisの根から単離されたTC型クレロダン化合物ベラモンの合成について記載している。

クレロダン類は、昆虫摂食阻害活性、抗腫瘍活性など種々の興味深い生物化学活性を持つことが知られており、その効率的な合成法の開発が望まれている。Croton campestrisから得られたベラモンは、TC型クレロダンと呼ばれる一群の化合物のなかで、もっとも単純な化合物のひとつである。筆者は、TC型クレロダン化合物の効率的な合成法の確立を行うとともに、トウダイグサ科植物の薬理活性解明への一助となるべく、ベラモンの新規な合成法の開発を行った。その結果、次の二つの新規連続反応を用いたtrans-デカリン骨格の構築法を開発し、ベラモンを合成した。

アルキル化- Michael付加-Claisen縮合

加水分解-脱炭酸-Michael付加-アルドール縮合

また、2-(フラン-3-イル)エチル基の新規導入法を開発した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は生物活性を持つ環状テルペン化合物の合成に関するもので5章よりなる。現在実用化されている農薬や医薬は人類には欠かせない財産であるが、そのかなりの部分はもともと生理活性物質として発見された天然有機化合物から発展したものである。そのような化合物群のひとつであるテルペン類は多種多様な構造を有しており、あらゆる生物に広く存在して生体成分や生理活性の発現をつかさどっている。筆者はその中でも三員環、ポリエーテル環、オクタリン環のような特異な環状構造を有する生物活性テルペン類に着目し、物質供給やリード化合物としての構造改変・実用化を目的に、合成研究を行った。

まず第1章で研究の背景について概説した後、第2章では新規ピレスロイド化合物メトフルトリン、プロフルトリンの開発と、それらの共通部分構造であるノル菊酸の異性体群の合成法の検討について述べている。ノル菊酸エステルは菊酸エステルに匹敵する基礎活性を示すものの、その合成難度に見合う特徴がないために、まったく注目されてこなかった。筆者はノル菊酸エステルの蒸散性に注目し探索研究を行った結果、蚊に対して室温で十分な蒸散活性−常温揮散活性−を示すノル菊酸2,3,5,6-テトラフルオロ-4-メトキシメチルベンジルエステル(メトフルトリン)やプロフルトリンを見いだした。特にメトフルトリンは市販剤であるd-アレスリンに比べ約40倍の基礎活性を示し、更に室温において優れた蒸散活性を示したため、熱源を要しない新しいタイプの蚊の防除剤となった。また、立体構造活性相関や代謝研究、分析法の開発を行うために必要な、ノル菊酸の8つの異性体の合成法も確立した。

第3章では、Laurencia属やEurycoma longifoliaから得られるトリテルペンポリエーテル化合物の生合成仮説前駆体スクアレンテトラオキシドの合成およびその誘導体で抗腫瘍活性を持つユーリレンの合成について述べている。ユーリレンは東南アジアの民間薬として使われているナガエカサに含まれる抗腫瘍活性物質のひとつである。その構造的特徴であるcis-, trans-二つのテトラヒドロフラン環を、ビスホモアリルアルコールの5価バナジウム触媒による立体選択的エポキシ化反応を用いて非環状物質から一挙に構築する短工程合成法を開発し、最初の全合成を達成した。また、その生合成仮説前駆体であるスクアレンテトラオキシドに関しては、二方向合成の手法を用いた効率の良い合成法を確立した。

第4章では、南米産の薬草Croton campestrisの根から単離されたクレロダン化合物ベラモンの合成について述べている。ベラモンの合成を通じてさまざまな生物活性を持つクレロダン化合物に適用可能な効率的合成法を確立することを目指し検討を行った結果、次の二つの新規連続反応を用いたtrans-デカリン骨格の構築法を開発し、ベラモンを合成した。

アルキル化- Michael付加-Claisen縮合(式1)、2)加水分解-脱炭酸-Michael付加-アルドール縮合(式2)。また、クレロダン類に多くみられる2-(フラン-3-イル)エチル基の高収率での新規導入法を開発し、これらを組み合わせることでベラモンの全合成を達成した。

第5章は研究の総括である

以上本論文は、菊酸系、ポリエーテル系、クレロダン系の3種の生物活性テルペノイドについて合成研究を行い、他の類縁化合物にも適用可能な効率の良いアプローチ法を開発し、また実際に合成したものなかには蚊の防除剤として実用化されたものもあり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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