学位論文要旨



No 215860
著者(漢字) 長谷川,公一
著者(英字)
著者(カナ) ハセガワ,コウイチ
標題(和) 環境運動と新しい公共圏 : 環境社会学のパースペクティブ
標題(洋)
報告番号 215860
報告番号 乙15860
学位授与日 2004.01.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 第15860号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 似田貝,香門
 東京大学 助教授 松本,三和夫
 清泉女子大学 教授 庄司,興吉
 筑波大学 教授 鳥越,皓之
 法政大学 教授 船橋,晴俊
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,現代日本の〈環境運動〉とそれが担うべき〈新しい公共圏〉について,環境社会学のパースペクティブから考察する。

政治・経済の諸改革の閉塞状況は「失われた10年」と呼ばれて久しいが,それとは対照的に,1990年代以降,日本の市民社会の成熟をうながし,環境問題に関する公共圏を少しづつ開き,活性化させようとする動きがあることに注目する。四大公害訴訟や大阪空港公害訴訟・新幹線公害訴訟に代表されるような,被害者および被害者支援運動中心の批判・告発型の運動から,環境問題・環境政策をめぐっても,政策志向的な,さらにはコミニュティ・ビジネス志向的な運動への大きな転換の動きがある。北欧諸国やドイツ,アメリカ合州国などと比較して,日本の環境政策の政策決定過程はなお閉鎖的ではあるが,〈新しい公共圏〉は,〈市民〉に向かって次第に開かれつつある。

〈公共圏〉とは〈公論形成の場〉,〈社会的合意形成の場〉であり,公共的な関心をもつ人びとが集って,対話をつうじて〈公益〉とは何かを討議し,社会的実践を行い,〈公共性〉と〈共同性〉という価値を実現し,政治教育を行う場である。旧来の閉ざされた公共圏に代わるこのような規範的な公共圏のあり方を,本論文では〈新しい公共圏〉と呼ぶ。

制度化に成功し,セカンド・ステージを迎えた環境社会学も,〈現場〉の運動の変化に対応して,政策分析能力・政策決定過程の分析能力,さらには,政策形成能力と政策構想能力を高めていくべきである。

環境経済学や環境法学と比較したとき,環境社会学の独自なパースペクティブは環境運動の分析にある。本論文は,1960年代の公害反対運動・住民運動から現在に至るまでの日本の環境運動の構造と動態を分析したものである。環境基本法や特定非営利活動促進法の制定,国際化・情報化などを契機に,日本の環境運動や環境NGO/NPOも,組織性と専門性,政策志向性を強めつつある。ヨーロッパやアメリカでは,とくに1980年代後半以降,政府・行政,企業とのあいだで,環境運動が従来のような敵対的な関係にとどまることなく,〈コラボレーション〉という,〈(1)対等で,(2)領域横断的で,(3)プロジェクト限定的で,(4)透明で開かれた協働作業・協働関係〉を構築しつつ,とくに従来国家や産業界との間での対立的なイッシューの典型だった原子力政策・エネルギー政策の分野においても,さまざまな政策転換の試みがなされている。

環境運動は未来志向的な〈例示的実践〉であり,〈先導的試行〉であるがゆえに,環境運動と公共圏の動態に焦点をあてた本論文は一つの現代社会論でもありうる。

全体は,4部からなる。

第I部「環境社会学の問題構成」は,環境社会学の全体的な動向を射程とした学問論である。とくに執筆者の依拠する「環境問題の社会学」に焦点をあてて,課題提示に努めた。

日本でも,ヨーロッパ諸国などと同様に,1990年代に環境社会学の組織化と制度化がすすんだ。内外の研究動向をふまえ,ほぼ2000年代以降を環境社会学の〈セカンド・ステージ〉と規定することができる。近年環境社会学会は急激に会員が伸びつつあるが,環境社会学と既存の社会学との間の距離が拡大するにつれて,環境社会学はアイデンティティ・クライシスに陥りかねないことを指摘し,セカンド・ステージの課題として,環境社会学の問題構成の特質,課題・方法・価値前提を,現場との関係で「政策科学化」が,主流の社会学との関連で「理論的深化」が,隣接の環境研究との関連で「学際化」が,海外の研究者との関係で,海外に発信する「国際化」が課題であると指摘する。おもに環境経済学や環境法学,既存の社会学との関係を考察し,政策科学化の必要性と意義を論じる。(第1章)。

では,環境社会学の学問的アイデンティティをどこに求めるべきか。環境問題の多様化がしばしば指摘されるが,共通の構造として,環境問題のダウンストリーム性を指摘することができる。生産・流通・消費,あるいは生産活動と生活過程中心のこれまでの社会科学および社会学のあり方に対して,環境社会学,とくに「環境問題の社会学」のアイデンティティは,排出・廃棄など,消費以降の〈ダウンストリーム〉へのまなざしにあることを説き,「〈ダウンストリームの社会学〉としての環境社会学」を提唱する(第2章)。

第II部「環境運動の社会学」は環境運動に関する理論的・概括的考察を課題とする。

まず,1960年代後半以来の日本の環境運動を,利害当事者としての地域住民を中心とする生活防衛的な住民運動と良心的構成員としての〈市民〉が普遍主義的な価値の防衛をめざす市民運動とに大別し,産業公害・高速交通公害・生活公害・地球環境問題の4類型を整理し,産業公害から地球温暖化問題に至る歴史と問題構造を概括する。現時点で,被害が顕著な〈現場〉をもたず,影響が不可視的であることに着目し,地球温暖化問題への対応の構造的な困難さを社会学的に説明する(第3章)。

ヨーロッパやアメリカと比較したとき,日本の環境運動の展開にとって,最大の隘路は人的資源・経済的資源の動員の困難さという壁である。オルソンのフリーライダー問題の提起をふまえて,フリーライダーを抑制しうるような目的的誘因・連帯的誘因の提供の意義と動員のあり方,環境NPOの予防的・監視的機能について考察する(第4章)。

環境経済学・環境法学に代表される社会科学的な環境研究のなかで,環境社会学のパースペクティブの独自性は環境運動の分析にある。〈現場〉の環境運動が,環境社会学の誕生とその後の展開過程に対してもちえた国内的・国際的文脈での意義を整理・検討し,近年の社会運動論の研究動向をふまえ,社会運動論の資源動員論・政治的機会構造論・文化的フレーミング論を統合する〈社会運動分析の三角形〉モデルを提唱する(第5章)。

〈現場〉の環境運動が急速に政策志向性を高めつつあるなかで,政策志向的な分析能力を高め,社会学独自のオールタナティブな政策提案を志向することは,環境社会学にとっても喫緊の課題である。社会学の政策科学化が遅れた構造的要因と,政策科学化することの社会的意義を述べ,政策科学としての環境社会学の可能性を展望する(第6章)。

第III部「環境運動の展開」は,環境運動の画期をなした1970年代から今日までの4事例に即し,それぞれの運動過程とそれらが関与していた公共圏の特質と限界を分析する。

70年代の典型事例として,国家による公共性の独占を批判し,新幹線の「影」としての騒音振動公害を集団訴訟によって社会問題として提起した新幹線公害訴訟の公共圏創出の意義と,司法消極主義の壁,弁護団主導化などの運動論的な課題を分析する(第7章)。

チェルノブイリ事故後の1987年,都市部の主婦層を中心に高揚した反原発運動は80年代の典型事例である。自己表出性とネットワーク性を重視し,日本における「新しい社会運動」の典型的な特質を備えていた。その構造と動態を分析し,そのような特性ゆえに一過的な高揚にとどまらざるをえなかったことを明らかにする(第8章)。

新潟県巻町の原発建設をめぐる住民運動は,1996年に日本初の住民投票を実現し,原発建設を事実上中止に追い込んだ。90年代の成功した環境運動の代表である。この運動がなぜ成功しえたのかを,青森県六ヶ所村の核燃料サイクル施設建設反対運動との対比のなかで,政治的機会構造・資源動員・フレーミングに注目して分析する(第9章)。

2000年代の典型事例として,原子力発電のような政府・事業者との対決型イッシューをめぐっても,環境運動が政策志向性を高めてきたことを国内外のグリーン電力の展開例をとおして分析する。とくに執筆者が提唱者となった,日本初のグリーン電力運動の背景と成功の要因,意義を,政治的機会構造・資源動員・フレーミングに注目して分析し,政府セクター・営利セクター・市民セクター間の相互浸透の必要を説く(第10章)。

第IV部「市民セクターと公共圏の変容」は,環境運動の変容と成熟,それに対応する環境問題と環境政策をめぐる公共圏の構造転換に焦点をあてた現代社会論である。

公共圏・公共性が今日,なぜ新たな社会学的焦点となりつつあるのか,社会学的な公共性論をふりかえり,公共哲学復権の意義と背景を論じ,パブリックの概念の変容と環境運動の社会的インパクトに注目しながら,公共性の5つの位相を抽出する(第11章)。

現代の環境運動の焦点は,リスク回避とスケール・デメリットの回避にある。小規模分散型の自然エネルギーに依拠した分権的な社会の構築をめざす,アメリカやヨーロッパの環境運動や持続可能な街づくりの事例を紹介し,その今日的な意義を総括する(第12章)。

NGO/NPOに代表される社会運動の制度化・政策志向化に焦点をあて,日本における1990年代の市民セクターの変容を,組織化の進展,市民オンブズマン活動,住民投票の戦略,コラボレーション,国際化・情報化のインパクトに着目して概括する(第13章)。

終章では,組織化・制度化・専門化の時代を迎えた環境運動の今日的な課題を整理し,人びとを新しい公共圏に誘う回路として,(1)例示的実践の提案と先導的試行,(2)コラボレーション,(3)地方からの変革,という三つのキーワードを提起し,本書全体をしめくくる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、この数十年における日本の環境運動の展開と変化を辿りながら、環境問題がどのような新たなる課題やステージに運動側が対応するべきかを、環境社会学の視点から展開したものである。

著者は、環境問題の社会学を加害論、被害論、運動論、政策論から構成されるとし、その中でも運動論は環境破壊を環境政策に繋ぐ重要な位置づけにあると見なす。そして、人間活動は、自然資源を採取して、加工・利用する「アップストリーム」と、その産出物を資源環境に戻す「ダウンストリーム」から成るとし、環境問題は「ダウンストリーム」の問題として統一的に把握すべきと考える。

本論文は4部(14章)から構成されている。

第1部では、我が国の環境社会学が1990年ころから学際的・国際的な環境政策の研究中心へと展開すべき「第2ステージ」に入った事を確認し、そこで「ダウンストリーム」の過程に注目して、そこから逆に「アップストリーム」の過程の見直しを考えていくことが、環境社会学の重要な課題であると指摘する。

第2部では、我が国の環境運動を、「新しい運動論」、「資源動員論」、「集合行動論」の3つのアプローチを複合的に組み合わせることの有効性を理論的に展開するとともに、戦後の環境運動を、住民運動と市民運動との対比から整理し、同時に、運動の当事者性のみならず、専門性と政策志向性を兼ね備える対応が運動側にも求められているし、そのような対応の萌芽が経験的に検証される。

第3部では、先の理論的枠組みの検討の具体的検証として、この数十年の我が国の公害訴訟、反原子力運動、住民投票、グリーン電力をめぐる運動という4つの事例を分析し、運動の特徴と課題点を明らかにする。

第4部では、日本における「公共性」概念の変化の検討がなされる。すなわち、「公共性」概念が国家的なものから、市民的なものへと変容し、その変容に対応する仕方で、環境運動の戦略や在り方が、NPO等の市民セクターによって担われる政策提案型に変わりつつあることが重要な変化と著者は考える。このような公共性の概念の変化と、それに対応する運動は、その到達点として、「例示的実践」、「対等性・領域横断性・プロジェクト性・透明性」といった特色をもつ、新しい協働作業である「コラボレーション」と「地方からの変革」といった、運動の展望に関する希望が語られる。

著者の言う「新しい公共圏」とは、「価値観と利害を異にする問題の関与者」が「理性的に議論しあい共通の接点を見いだし」、「合意形成を積み重ねていけるような場と制度」である、としている。環境問題をめぐる意思決定過程が、国家主導の「旧い公共圏」から解き放たれ、市民に開かれている合意形成過程にアクティブに関与していけば、これまでのような「告発型・抵抗型」の運動にとどまりがちであった環境運動は、「公益」とは何か、について積極的に再定義し、ポジティヴで実行可能な対案(政策)を自ら提示していく力量を身につけることが可能であることを力説する。

本論文は、運動の経験的研究と理論的な研究を複合的に配置しながら、市民社会における意思決定が活性化しつつあるにも拘わらず、それが政治システムにおける意思決定に繋がらないという「公共性」の現状にあって、環境運動の担い手が、専門性と政策志向性を自ら構築することによって、「公共性」の現実的なギャップを埋めようとする方向にこそ「新しい公共圏」の胎動を見いだそうとする意欲的な試みである。叙述の手厚さに関して若干の粗密が認められるものの、全体としては、これまでの環境運動論にない独創的な方向をめざす研究とみることができる。よって審査委員会は、本論文が博士(社会学)の学位を授与するに値するものと判定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51205