学位論文要旨



No 215869
著者(漢字) 幸山,正
著者(英字)
著者(カナ) コウヤマ,タダシ
標題(和) 肺線維芽細胞の遊走に対するprostanoid (PGD2、PGI2、PGE2、TXA2)の効果
標題(洋)
報告番号 215869
報告番号 乙15869
学位授与日 2004.01.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15869号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 講師 石井,彰
内容要旨 要旨を表示する

線維芽細胞が近隣の組織から動員され炎症部位へ遊走していくことは生体の組織修復過程において重要であるが、過剰な遊走、集積は、組織線維化の原因となり組織機能に障害を引き起こす。prostanoid は炎症の場に潜在的に存在するメディエーターであり炎症の制御に関与していると考えられている。本研究ではこれら気道、肺胞の修復過程において重要とされる肺線維芽細胞に着目し、その遊走能を制御する prostanoid の効果役割をPGD2を中心にPGI2、PGE2、TXA2のdataを加えて検討し、間質性肺炎、肺気腫そして気管支喘息など組織の線維化が病態進行に関与する各種呼吸器疾患の治療手段としての可能性を探ることとした。

方法 Boyden blindwell chamber technique に従い上下のwellを0.1%gelatinでコートした8μm孔の membrane で隔て、fibronectin や platelet-derived growth factor (PDGF)-BBは chemoattractant として下部 well に細胞(ヒト胎児肺線維芽細胞 : HFL-1)を各種 prostanoid もしくは各種阻害剤と共に上部 well へ添加した。

37℃5%CO2内で6時間静置し、回収した membrane の上方表面に残っている細胞は除去した。membrane は染色し光学顕微鏡下で5 high power fields 内に観察された細胞を遊走細胞としてカウントし data とした。

結果

fibronectin や PDGF-BBに誘導される肺線維芽細胞への prostanoid の効果

PGD2 10-6M、10-7Mで46.6±9.0%、59.8±6.4%、carbaprostacyclin 10-7M、10-6M、10-5Mで、58.0±13.2%、61.2±12.7%、92.6±3.5%、PGE2 10-7M、10-6M、10-5Mで40.8±5.3%、59.9±5.2%、66.3±11.2% (p<0.05) と有意な抑制を示した。一方U-46619は濃度依存的に遊走を増加させ、2×10-7M、2×10-6Mで161.8±13.4%、231.7±16.5% (p<0.05) と有意な増加効果を示した。PGF2αは効果を示さなかった。PDGF-BBに対するHFL-1遊走作用はPGD2 10-5Mで59.2±14.3% (p<0.05)、carbaprostacyclin 10-7M、10-6Mで48.7±4.6%、65.0±3.4% (p<0.05) と有意な抑制を示した。一方U-46619は濃度依存的に遊走を増加させていき、U-466192×10-7M、2×10-6Mで224.2±21.3% (p<0.05) と有意な増加を示した。

肺線維芽細胞の遊走に対する各種 prostanoid の効果 : time course

fibronectin に対するHFL-の遊走総数は時間とともに増加していき12時間でほぼ最大の遊走が観察された。PGD2、carbaprostacyclin、PGE2は検討したどの時間でも抑制傾向を示し、U-46619は遊走増加傾向を示した。

fibronectin による肺線維芽細胞の chemokinesis に対する prostanoid の効果

細胞の遊走は chemoattractant の濃度勾配に沿って動く chemotaxis が主であるが、濃度勾配がなくとも動く chemokinesis も存在する。これら prostanoid の chemokinesis に対する効果を検討したところ、PGD2、carbaprostacyclin、PGE2は濃度依存的に chemokinesis も抑制しU-46619は増強した。

prostanoid が修飾する肺線維芽細胞遊走への受容体阻害剤の効果

次に阻害もしくは増強効果と prostanoid 受容体との関与検討のため、HFL-1をDP受容体阻害剤AH6809 (2×10-6M)、TP受容体の阻害剤であるSQ29,548 (10-5M) でそれぞれで1時間前処置した後、PGD2またはU46619存在有無下における遊走能を検討した。AH6809はPGD2 (10-6M) が示すHFL-1の抑制効果を、SQ29,548はU-46619 (2×10-7M) が示すHFL-1の遊走増加効果を阻害した。

PGD2、carbaprostacyclin、PGE2が修飾する肺線維芽細胞遊走への protein kinase A阻害剤の効果

PKAの阻害剤KT5720 (10-7M) で1時間前処置したした細胞はPGD2 (10-6M)、carbaprostacyclin (10-6M)、PGE2 (10-7M) によるHFL-1の遊走抑制作用を阻害した。つまり、PGD2、carbaprostacyclin、PGE2の作用がPKAを介したものであることが示された。

U-46619が修飾する肺線維芽細胞遊走への protein kinase C阻害剤の効果PKC阻害剤 calphostin で1時間前処置したした細胞はU-46619 (2×10-7M) で増強したHFL-1の遊走を抑制した。

まとめ

今回の実験において明らかになった点は肺線維芽細胞の遊走をPGD2、PGI2 analog carbaprostacyclin、PGE2は濃度依存的に抑制し、TXA2 analog U-46619は濃度依存的に増強することである。また遊走制御のメカニズムとしてはGタンパク質共役型の受容体を介してPGD2、carbaprostacyclin、PGE2は protein kinase Aが、Gタンパク質共役型の受容体を介してU-46619は protein kinase Cを介した作用であることを示した。これらのことは創傷治癒過程において組織機能を維持するために fibronectin やPDGFに反応して働く間質細胞の制御バランスが prostanoid で修飾されていることを示すものである。線維化のスイッチがどのような状況下で入るのかは不明であるが、線維化過程の一要素である遊走を prostanoid が制御できるのであれば、prostanoid の有効利用が気道もしくは肺胞の線維化抑制の治療戦略においても重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は炎症の場に潜在的に存在するメディェーターである prostanoidが生体の組織修復過程において重要である肺線維芽細胞に対してどのような効果を示すかを Boyden blindwell chamber technique を利用し明かにしたものであり下記の結果を得ている。

fibronectin やPDGF-BBに誘導される肺線維芽細胞への prostanoid の効果

としてPGD2、PGI2アナログ carbaprostacyclin、PGE2は濃度依存的に抑制的に働き、TXA2アナログU-46619は濃度依存的に増加的に働くことが示された。

肺線維芽細胞の遊走12時間の観察ではPGD2、carbaprostacyclin、PGE2は検討したどの時間でも抑制的に働くことが示され、U-46619は増加的に働くことが示された。

肺線維芽細胞の chemokinesis に対する prostanoid の効果としてPGD2、carbaprostacyclin、PGE2は濃度依存的に抑制しU-46619は増強することが示された。

prostanoid が修飾する肺線維芽細胞遊走への受容体阻害剤の効果としてPGD2はDP受容体を介し、U46619はTP受容体を介することが示された。

PGD2、carbaprostacyclin、PGE2が修飾する肺線維芽細胞遊走抑制は protein kinase Aを介したものであることを示し、U-46619が修飾する肺線維芽細胞遊走増強は protein kinase Cを介したものであることが示された。

以上、本論文は肺線維芽細胞の遊走に対する prostanoid の効果について検討した。これらのことは創傷治癒過程において組織機能維持に働く間質細胞の制御バランスが prostanoid で修飾されることを明らかにするものである。本研究は線維化過程の一要素である遊走を prostanoid が制御できる可能性を示し、気道もしくは肺胞の線維化治療への可能性を示すといった重要な貢献をなしていると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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