学位論文要旨



No 215870
著者(漢字) 柴木,秀之
著者(英字)
著者(カナ) シバキ,ヒデノリ
標題(和) 波浪・高潮・津波の数値計算と沿岸防災支援システムへの応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215870
報告番号 乙15870
学位授与日 2004.01.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15870号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 助教授 楊,大文
内容要旨 要旨を表示する

論文の全体構成

本論文では,沿岸域の防災問題を解析するために,波浪・高潮・津波の数値シミュレーションを取り上げる.そして,数値シミュレーション技術を利用して得られる物理現象の時空間的に密な情報が,災害の現象を解明する上で最適であることを述べる.一方,数値シミュレーションによる災害現象の解析は,高度な専門技術を必要とする.そこで,この問題を解決するための方法として支援システムの構築について提案を行う.

研究の第1段階として,波浪・高潮・津波と,波浪・高潮の外力となる海上風の現象毎に,迅速な対応が可能で,かつ日本沿岸の広域に適用が可能な数値計算技術に関して研究を進め,個別の現象に関する数値計算技術の提案と実現象への適用性について検証を行う.

第2段階として,数値計算による出力成果を有効に利用するための解析技術に関して,日本沿岸の災害現象の事例研究をもとに述べる.

第3段階として,個々の数値計算技術と解析技術を有機的に結び付けた沿岸防災の解析を支援するためのシステムを設計する.このシステムは,沿岸防災に携わる技術者が,容易かつ迅速に操作を行えることを基本方針とする.

波浪・高潮・津波の数値計算

はじめに,波浪・高潮・津波の個別の災害現象を数値シミュレーションにより扱うための手法を提案する.

第1に述べる波浪・高潮現象の外力となる海上風の数値計算については,外洋海上風の推算と陸上地形の影響を受ける内湾海上風の推算に分類する.このうち,外洋海上風については,気圧傾度力とコリオリカと底面摩擦力がバランスする運動方程式から海上風の鉛直分布を推定する理論式を提案し,理論値と観測海上風とを比較することにより理論の妥当性を検証する.また,陸上地形の影響を受ける内湾の海上風については,推算風と観測風との相関解析結果を利用した経験式を提案する.さらに,この経験式を利用し,陸上の地形条件を考慮したマスコンモデルによる内湾海上風の推定手法を提案する.

第2に述べる構造物の設計の主要な外力となる波浪の数値計算については,設計波の算定等に利用される波浪推算に限定する.本論文では,高波を対象とする波浪推算と高波を含む通常時を対象とする波浪推算に分類して,各々について実用的なモデルを採用する.外洋の波浪推算は,深海波を対象とするMRIモデルを適用し,観測波浪と比較することにより手法の妥当性を検証する.さらに,外洋と通じる内湾域の波浪推算においては,波浪の発達・減衰と浅海域における波浪変形を同時に考慮した浅海波浪推算モデルを提案する.そして,外洋から進入するうねり性の波浪と湾内で発生する波浪が共存する場に適用する有効性について言及する.

第3には,波浪とともに構造物の設計に重要となる潮位偏差の主要因となる高潮の数値計算について述べる.高潮の現象については,はじめに高潮が発達するための重要な要素をまとめる.その後,従来型の高潮推算モデルの限界と新たな高潮推算モデルの必要性を述べ,多層モデルによる高潮推算理論を提案する.このモデルを用いて,我が国の計画偏差の条件として多用されている伊勢湾台風来襲時の高潮の再現,土佐湾の異常高潮の再現,熊野灘の高潮痕跡値の再現,東京湾の高潮再現に関する事例研究を行う.そして,これらの成果に基づき,本論文の提案モデルが,日本沿岸で発生する高潮に広く適用可能なことを立証する.また,現地への適用の過程で,高潮現象を再現するためには,従来型のモデルで考慮されている気圧低下に伴う成分と海上風の吹き寄せによる成分とともに,密度成層による海岸部の高潮増幅成分とWave-Setupによる水位上昇の成分を考慮することが重要である点を明らかにする.さらに,内湾の高潮を再現するためには,陸上地形の影響を受けた海上風の再現が重要である点を改めて明確にする.

数値計算技術を適用する第4の現象として,大規模な海象災害をもたらす津波の数値計算を取り上げる.津波の数値計算については,日本近海を津波の発生源とする近地津波の計算と,津波の発生源が遠方にあって,外洋を伝播して日本沿岸に来襲する遠地津波の計算に分類して扱う.津波の現象を計算する上で重要な点として,津波の影響が広域に及ぶことを考慮し,複数の海岸を同時に計算対象とすることが可能なシステマチックな手法について提案する.そして,広域の津波現象を扱う手法の妥当性を,多数の海岸における津波の観測記録及び痕跡高との比較により検証する.また,津波の数値計算を有効利用するための方法を事例研究により明らかにする.

沿岸防災支援システムへの応用

先に述べた海上風・波浪・高潮・津波の数値計算技術を利用して,数値計算とその結果の解析技術を結合した沿岸防災の総合的な解析を行うための支援システムについて提案する.支援システムの提案においては,システムのハードとソフトの設計を行い,システムの全体構成を計画する.

本論文で提案するシステムは,多数の解析を可能にするソフトウェアと解析に利用する複数のデータベースにより構成されている.

沿岸防災における外力の解析は,設計波の算定に代表される波浪解析(図1参照)と設計潮位の算定に代表される高潮・津波解析(図2参照)がある.本論文では,図に表すように,2つの解析について,一連の解析処理を分析し,解析の処理段階における支援システムとの関係を明確にする.その後,このシステムを,日本沿岸の外力解析へ適用した事例研究について述べ,各々の処理段階において,支援システムが有効であることを明らかにする.

設計波浪の解析手法とシステムとの関係

設計潮位(高潮・津波)の解析手法とシステムとの関係

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,沿岸災害の主因である波浪・高潮・津波を対象に,実用的な数値解析手法を提案するとともに,各手法の妥当性を実測データにより検証した上で,これら手法を組み込んだ沿岸防災支援システムをも具体的に構築せんとしたものである.

第1章「序論」では沿岸防災支援システムの構築ならびにそのベースとなる上記各海象の数値解析技術の向上の必要性を述べ,第2章「既往の海象災害の数値計算に関する研究」では海上風・波浪・高潮・津波に対する各数値解析法の既往の研究のレビューを行って既往手法の実用上の問題点を総括している.

第3章「海上風の数値計算」では,先ず「外洋海上風」について「大気境界層モデル」を組み立てて解析解を導き,その妥当性を実測データにより検証した.次に「内湾海上風」について,東京湾・大阪湾・伊勢湾での風速の実測値と上記モデルによる推算値間の差異と湾の地形との関連を分析し,陸上地形の起伏の影響を含む有効吹送距離と海上風逓減率の間の3つの湾に共通の回帰式を導くことに成功している.更に内湾海面上10mの風速の平面分布をマスコンモデルで求める方法を示すとともに,時により生じるマスコンモデルの精度低下を解消するための方法を明示している.一部に経験則をも用いているとはいえ,これまで高精度の推算が困難であった内湾海上風の予測法を格段に進歩させたことは,特に実用性の観点から高く評価できる.

第4章では「波浪の数値計算」を扱っている.先ず「高波を対象とする波浪推算」のうち「深海波の波浪推算」においては,代表的なスペクトル法であるMRI法に準拠している点では新味にやや欠けるが,領域を合理的にネスティングする工夫により所要の精度を保ったまま計算効率を数段向上させることに成功した.次いで「浅海波の波浪推算」においては,MRI法に浅海変形の項を付加する方法を具体的に提示し,伊勢湾などの半閉鎖性海域における外洋侵入波と湾内発生波が共存する平面波浪場を時間的に追跡することを可能とした.一方「閉鎖性内湾の波浪推算」に対しては,風波を規定する相似則に基礎を置くパラメータ法が有効であると判断して,それを東京灯標の実測データにより実証し,実用上十分な精度での風波推算が可能であることを示した.手法には若干課題が残るものの,このような実測データによる信頼性の検証は実務に貢献するところが極めて大である.最後に「通常時波浪の推算」については,スペクトル法とパラメータ法を併用し,特に長期間を対象とした波浪推算の必要性が大きいことを考慮して,実用性の高い1地点出力型モデルを提案しその応用例をも示している.

第5章は「高潮の数値計算」であり,従来の方法に比して精度と汎用性が格段に高い高潮推算法が提示・検証されており,本研究の中で根幹をなす章の一つである.ここでは,近年高潮への影響が着目され始めた「密度成層」と「wave setup」の重要性を具体的に再検討した上で,これらを合理的に包含するために「多層高潮推算モデル」を採用することとし,一部既往研究を参考にしつつも,基礎となる理論と数値解析の基礎式を統一的かつ簡潔・明瞭に纏め上げてモデルを構築している.そして,この多層モデルを過去の高潮の追算に適用し,実測データならびに既存の最も代表的なモデルである「気象庁モデル」による追算との比較をとおして,本モデルの検証ならびに上記の影響の定量的評価を行っている.具体的には,伊勢湾台風時の伊勢湾沿岸,同じく熊野灘沿岸,台風7010時の土佐湾沿岸それぞれの高潮に対する追算と比較検討から,いずれの場合も密度成層とwave setupの潮位偏差に及ぼす影響(伊勢湾の場合は更に内湾海上風の影響)が極めて大きいことと,これらの影響を包含した本モデルによって始めて高精度の高潮推算が可能となることを明確に実証した.更に,東京湾を対象として複数の想定台風に対する高潮推算例を通じて,実際に留意すべき点を指摘している.このように,本論文で提案された「多層高潮推算モデル」は過去の高潮モデルに比し大幅に信頼性を向上させたと評価され,その実務への貢献は極めて大きいと判定する.

第6章は「津波の数値計算」である.本研究の「近地津波」の計算法は基本的には既往の幾つかの研究成果を組合せたものであるものの,整合性を保った具体的な記述がなされている.先ず本手法を応用して西日本広域津波計算システムが構築された.これは対象広領域を南海道・大阪湾・山陰の3領域に分けた海域別システムで構成して計算効率を向上させると同時に,隣接領域の接続には非線形項を考慮した流量計算を適用して計算精度を維持している点に優れた特長があり,既往津波の再現計算により手法の信頼性を明確に示している.次に伝播距離の長い近地津波として北海道南西沖地震に伴う日本海沿岸の津波伝播に適用し,各地の津波の時間波形をもほぼ再現できることを示した.一方「遠地津波」については,既存の外洋伝播計算法は沿岸防災計画等への利用のためには地形近似精度が不十分であるとし,それを上記の広域津波計算システムモジュールと結合する手法を新たに提案している.そして,この計算法をイリアンジャヤ地震津波に伴う南海道沿岸各地の津波波形の計算に適用し,十分な精度の再現計算が可能であることを実証した.本章の成果を要約すれば,近地津波・遠地津波ともに既往の研究にかなり依存していることは否めないが,津波計算の効率と信頼性をともに大きく向上させたことは高く評価できる.

第7章は「沿岸防災総合数値解析システムへの応用」と題する.海上風・波浪・高潮・津波に対する各数値解析法を中心に統合・システム化し,沿岸防災に携わる技術者によるこれら諸現象の予測計算と実務への応用を支援するための「沿岸防災総合数値解析システム」を構築するという目的を十分に達成している.また幾つかの応用例を具体的に提示している.このシステムの詳細は割愛するが,その秀でた特長は,高度な専門知識や技術あるいは煩雑な手順を要せずに,広範な条件に対応して所要の精度を維持しながら迅速で効率的に結果を得ることができる点にあり,既に沿岸防災業務にも適用されつつあるという実績を有する.

第8章「結論」では,本研究の主要な成果を総括している.

以上を要するに,本研究は沿岸災害に関わる海上風・波浪・高波・津波の全てについて既往の研究を顕著に発展させた数値計算手法を提示し,かつそれらの信頼性を可能な限り実測データとの直接比較により検証するとともに,それらを統合して実用的な沿岸防災数値解析システムを構築することに成功したもので,海岸工学におけるこの分野の基礎研究ならびに実務への貢献は極めて高いと判定される.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51207