学位論文要旨



No 215872
著者(漢字) 鈴木,良實
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ヨシミツ
標題(和) 分析化学的手法に基づいた化学系廃棄物の安全化処理方法の開発
標題(洋)
報告番号 215872
報告番号 乙15872
学位授与日 2004.01.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15872号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 田村,昌三
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 助教授 渡辺,訓行
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、分析化学的な手法を用いて溶液内の重金属類などの溶存状態が化学反応に与える影響を解析し、それらの知見を化学系廃棄物の適正処理に応用することを目的とした。

大学や研究機関などから排出される、種々の化学物質の混合した廃液類の処理が民間企業レベルでは必ずしも十分でない現状を説明した。そうした中で民間企業等に委託した化学系廃棄物の処理にはいささかの疑問もあることを提起した。

溶液中に存在する鉄イオンおよびバナジルイオンについて、メスバウァースペクトル法、ESRスペクトル法で化学状態の変化をとらえた。また、溶液中の金属のオキソ酸について二酸化マンガン水和物による共沈捕集について最適条件の検討を行った。メスバウァースペクトル法では過塩素酸、硝酸、硫酸および塩酸溶液中の鉄イオン(III)の状態分析では鉄との配位が最も弱い過塩素酸中の鉄イオンがpH0.35でアコ錯体からヒドロキソ架橋二量体になることを確認した。共存する酸の種類が鉄イオンとの配位の強さを支配し、鉄イオンに対して配位の強い硫酸溶液中ではpH2.3付近までヒドロキソ架橋二量体が生成しないことを確認した。本研究によりメスバウァースペクトル法が溶液内の鉄イオンの化学状態の解析にきわめて有用な手段であることを見いだした。

ESRスペクトルによる水溶液中のバナジルイオン(VO2+)の挙動については、酸性溶液中でアコ錯体、塩基性ではバナジン酸(V2O52-)で、いずれも一種類の化学種が存在することがわかった。シュウ酸やEDTA共存下の溶液においても酸性側からpHの上昇に伴い化学状態が次第に変化していく様子をg値や結合定数の変化からとらえた。二酸化マンガンによる共沈捕集では、金属のオキソ酸が、その種類によって最適共沈条件が異なり、(As,W)、(Sb,Ir)、(In,Fe)などのグループ分けができることを解明した。

廃棄物に限らず目的物の定量や均質性の情報は重要である。試料の均質性にムラがあれば定量値は当てにならない。この章ではユウロピウムについてメスバウァースペクトル法による定量分析の可能性と熱中性子放射化γ線スペクトル法によるナノグラム量のレベルでの定量法を開発した。メスバウァースペクトル法では、151Eu核による21.6KeVのメスバウァーγ線の共鳴吸収が、試料中のユウロピウム濃度にどのように依存しているかを調べた。測定値の相対精度は面積強度を用いた場合には±2.4%でピーク高さの±9.3%やピーク高さ×半値幅の±11.1%に比べて優れていることがわかった。吸収体の質量吸収係数が増大するとマトリックス効果が現れたが、質量吸収係数の小さなフッ化リチウム中に希釈するとユウロピウムを数mg/cm2から30 mg/cm2 (ユウロピウム量でmg〜80mg)の範囲で吸収強度とユウロピウム量との間に近似的な比例関係が成立することを確認した。

熱中性子放射化γ線スペクトル法では、試料溶液を重量採取することで酸化イットリウム中のユウロピウム濃度がngレベルにおいても放射能測定の統計誤差内に収まり、高精度定量が可能であることがわかった。この結果を応用し酸化イットリウム中のユウロピウム(赤色けい光体)について、マトリックスである酸化イットリウム中に分散するユウロピウムの均質性を0.5mgの局所部で捉えたところ、約30〜50%のバラツキあることがわかった。

固体中に含まれる無機物質の均質性についてポリエチレンを試料に熱中性子放射化分析→オートラジオグラフィーを組み合わせて言及した。ポリエチレン中には製造過程で混入すると考えられるアルミニウム、塩素、銅、マンガン、鉄、ナトリウム、チタンなどの無機成分が0.1〜80ppm程度不純物として含まれ、その分布はナトリウムがポリエチレン中に一様に分布するのに比べてマンガンは不均一に分布していることが解明できた。ポリエチレンシートを22Na 、137Cs、204Tlの放射性溶液に浸した後オートラジオグラフィーを撮ったところいずれもポリエチレンに点在して吸着していることがわかった。もともとのポリエチレンに点在する金属類との相関についてはわからなかった。

6価クロムおよびオスミウムを含む溶液にテトラエトキシシランを加えてゲル化し、ゲル中にクロムおよびオスミウムを取り込み、さらに安定性を高めるため低融点のガラスで溶融固化する方法を試みた。ゲル化では時間をかけて自然にゲルを作る自然ゲル化とアルカリを添加して瞬時にゲルを作る加速ゲル化を行った。クロムの場合はあらかじめ6価クロムを3価に還元してからゲル化を行ったが自然ゲル化の方が加速ゲル化に比べて溶出などの化学的安定性や熱的安定性に優れたものができた。オスミウムについては自然ゲル化では途上で80%以上のオスミウムが気相に蒸発することが解明できた。加速ゲル化では自然ゲル化の場合と反対に80%以上のオスミウムがゲルに取り込まれた。このゲルは100℃以下では安定で空気中に希散することもないためオスミウムをゲル中に一時保管し、必要に応じてゲルを加熱し純度の高いオスミウムを選択的に回収する可能性があることを見いだした。低融点ガラスとオスミウム含有加速ゲルを低融点ガラスと混合しガラス包埋物を製造し化学的安定性と熱的安定性を評価したが200〜400℃の間では比較的安定であることがわかったが、ゲルに対して低融点ガラスの混合比率が低いとオスミウムが溶出し易いことがわかった。

低濃度のフッ化物イオンの除去には活性アルミナが多用されているが、再生に時間がかかるため使い捨てにされることが多い。一方、硫酸チタニル加水分解生成物をビーズ状に成形したチタニアビーズをカラムに充填し、フッ化物イオンやリン酸イオンについて吸着および脱離がpH調整だけで簡単に行えることを見いだした。繰り返し使用の限界点の確認はできなかったが、少なくとも8回程度までは吸着や脱離能力に目立った低下が現れなかったことから、チタニアビーズが将来的に活性アルミナに変わるフッ化物イオンやリン酸イオンの吸着剤としてきわめて有用に利用できることを見いだした。

電解研磨に使用されるクロム酸−リン酸混合廃液が大学から排出されている。この廃液では、クロムの処理を行うとリン酸が妨害となり、リン酸の処理を行うとクロム酸が妨害して適正処理がきわめて難しい。この章では従来法のどこに問題があるかを見極め、化学種と化学反応の優先順位を処理に応用した。この混合廃液を強アルカリの中に少しずつ分散溶解し、クロムに配位するリン酸イオンをオキソ酸に置換してから硫酸で中和をして水酸化クロム(III)沈でんを生成することでリン酸イオンとの分離に成功した。分離の程度はリン酸とクロム酸のモル比も大きく関係することがわかったが適切な条件を選択すれば、リン酸イオンおよそ62〜98%がクロムから分離できることもわかった。この方法の開発により、それまで処理がきわめて困難とされたクロム酸−リン酸混合廃液の処理方法が飛躍的に向上した。

フェライト反応における溶液中の水銀イオンの挙動を放射性の203Hgを使用して検討した。実験系を閉鎖系で行い液相、気相および沈でんについて水銀濃度を測定しマスバランスから水銀の挙動を評価した。また、フェライトが生成される過程をメスバウァースペクトル法で確認し、反応がFe2+からFe(OH)2を経過してからフェライト化反応が始まることを確認した。Fe(OH)2の酸化反応が強い還元剤といわれるヒドラジン以上に強い還元力を示すため、溶液中のHg2+が0価のHgまで還元され水銀蒸気として気相に蒸発することを明らかにした。このことから還元されやすい物質のフェライト化反応には十分な注意が必要になることがわかった。

水銀を吸着した活性炭に水分を多く含んだ空気を長時間通気すると、水銀が徐々に活性炭相を移動する現象を捉えた。

フェライト化反応の最適条件については、飽和磁化やX線回折パターンの解析から反応時の送入空気と溶液との間の接触面積(空気の反応断面積)が、生成するフェライトの質に大きな影響を与えることがわかった。酸素濃度を少なくした人口空気を使用して生成したフェライトは、従来の最適条件で生成したフェライトよりも良質のフェライトが生成することが飽和磁化やX線回折の結果から明らかになった。

以上のことから、本研究では、メスバウアースペクトル法、ESR法、γ線スペクトル法などの手法を用いて溶液中の無機イオンを中心に化学種などの状態分析を行い、化学種の反応条件等を解析した。それらの分析化学的手法に基づいて無機系化学系廃棄物の安全化処理方法の開発を行った。本研究の成果は、それまで、処理の最適条件が見いだせなかった種々の処理困難物に対して、具体的に処理条件を提示したことにより、大学等で発生する複数の化学物質が混在した実験系廃棄物処理に実用レベルで応用されるに至った。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「分析化学的手法に基づいた化学系廃棄物の安全化処理方法の開発」と題し、分析化学的な手法を用いて溶液内の重金属類などの溶存状態が化学反応に与える影響を解析し、それらの知見を化学系無機有害廃棄物の適正処理に応用することを目的とした基礎研究から、さらに実際の大学の実験廃棄物処理技術として開発し適用してきた研究まで、それらの研究成果を集大成した論文である。

第1章は「序論」である。研究の背景と目的を述べた後、本論文の構成を示している。

第2章は「溶液中の金属イオンの状態解析と共沈反応に関する研究」で、溶液中に存在する鉄イオンおよびバナジルイオンについて、メスバウァースペクトル法、ESRスペクトル法で化学状態の変化をとらえた研究である。メスバウァースペクトル法では過塩素酸、硝酸、硫酸および塩酸溶液中の鉄イオン(III)の状態分析では鉄との配位が最も弱い過塩素酸中の鉄イオンがpH0.35でアコ錯体からヒドロキソ架橋二量体になることを確認するなど、数々の知見を得て、本研究によりメスバウァースペクトル法が溶液内の鉄イオンの化学状態の解析にきわめて有用な手段であることを示している。また、ESRスペクトルによる水溶液中のバナジルイオン(VO2+)の挙動については、酸性溶液中でアコ錯体、塩基性ではバナジン酸(V2O52-)で、いずれも一種類の化学種が存在することを示した。また、溶液中の金属のオキソ酸について二酸化マンガン水和物による共沈捕集について最適条件の検討を行っている。

第3章は「メスバウァースペクトル法および中性子放射化γ線スペクトル法によるユウロピウムの定量分析法ならびにその応用に関する研究」で、ユウロピウムについてメスバウァースペクトル法による定量分析の可能性と熱中性子放射化γ線スペクトル法によるナノグラム量のレベルでの定量法を開発した。メスバウァースペクトル法では、151Eu核による21.6KeVのメスバウァーγ線の共鳴吸収が、試料中のユウロピウム濃度にどのように依存しているかを調べた。吸収体の質量吸収係数が増大するとマトリックス効果が現れたが、質量吸収係数の小さなフッ化リチウム中に希釈するとユウロピウムを数mg/cm2から30 mg/cm2 (ユウロピウム量でmg〜80mg)の範囲で吸収強度とユウロピウム量との間に近似的な比例関係が成立することを確認した。熱中性子放射化γ線スペクトル法では、試料溶液を重量採取することで酸化イットリウム中のユウロピウム濃度がngレベルにおいても放射能測定の統計誤差内に収まり、高精度定量が可能であることがわかった。この結果を応用し酸化イットリウム中のユウロピウム(赤色けい光体)について、マトリックスである酸化イットリウム中に分散するユウロピウムの均質性を0.5mgの局所部で捉えたところ、約30〜50%のバラツキあることがわかった。

第4章は「溶液中のオスミウムおよび6価クロムのアルコキシド−ゲル化による包埋処理に関する研究」で、6価クロムおよびオスミウムを含む溶液にテトラエトキシシランを加えてゲル化し、ゲル中にクロムおよびオスミウムを取り込み、さらに安定性を高めるため低融点のガラスで溶融固化する方法を開発した研究である。ゲル化では時間をかけて自然にゲルを作る自然ゲル化とアルカリを添加して瞬時にゲルを作る加速ゲル化を行った。クロムの場合はあらかじめ6価クロムを3価に還元してからゲル化を行ったが自然ゲル化の方が加速ゲル化に比べて溶出などの化学的安定性や熱的安定性に優れたものができた。オスミウムについては自然ゲル化では、80%以上のオスミウムが気相に蒸発することを示した。加速ゲル化では自然ゲル化の場合と反対に80%以上のオスミウムがゲルに取り込まれた。このゲルは100℃以下では安定で空気中に希散することもないためオスミウムをゲル中に一時保管し、必要に応じてゲルを加熱し純度の高いオスミウムを選択的に回収する可能性があることを見いだした。低融点ガラスとオスミウム含有加速ゲルを低融点ガラスと混合しガラス包埋物を製造し化学的安定性と熱的安定性を評価したが200〜400℃の間では比較的安定であることがわかったが、ゲルに対して低融点ガラスの混合比率が低いとオスミウムが溶出し易いことがわかった。

第5章は「硫酸チタニル加水分解生成物によるフッ化物イオンおよびリン酸イオンの吸着特性に関する研究」で、硫酸チタニル加水分解生成物をビーズ状に成形したチタニアビーズをカラムに充填し、フッ化物イオンやリン酸イオンについて吸着および脱離がpH調整だけで簡単に行えることを見いだした研究である。繰り返し使用の限界点の確認はできなかったが、少なくとも8回程度までは吸着や脱離能力に目立った低下が現れなかったことから、チタニアビーズが将来的に活性アルミナに変わるフッ化物イオンやリン酸イオンの吸着剤としてきわめて有用に利用できることを示した。

第6章は「クロム酸−リン酸混合廃液の適正処理に関する研究」である。電解研磨に使用されるクロム酸−リン酸混合廃液が大学から多量に排出されている。この廃液では、クロムの処理を行うとリン酸が妨害となり、リン酸の処理を行うとクロム酸が妨害して適正処理がきわめて難しい。本章では、従来法のどこに問題があるかを見極め、化学種と化学反応の優先順位を処理に応用した結果、この混合廃液を強アルカリの中に少しずつ分散溶解しクロムに配位するリン酸イオンをオキソ酸に置換してから硫酸で中和をして水酸化クロム(III)沈でんを生成し、リン酸イオンとの分離に成功している。分離の程度はリン酸とクロム酸のモル比も大きく関係することがわかったが適切な条件を選択すれば、リン酸イオンおよそ62〜98%がクロムから分離できることもわかった。この方法の開発により、それまで処理がきわめて困難とされたクロム酸−リン酸混合廃液の処理方法が飛躍的に向上した。

第7章は「フェライト化法による廃液処理に関する研究」で、フェライト反応における溶液中の水銀イオンの挙動を放射性の203Hgを使用して検討したものである。実験系を閉鎖系で行い液相、気相および沈でんについて水銀濃度を測定しマスバランスから水銀の挙動を評価した。また、フェライトが生成される過程をメスバウァースペクトル法で確認し、反応がFe2+からFe(OH)2を経過してからフェライト化反応が始まることを確認し、Fe(OH)2の酸化反応が強い還元剤のヒドラジン以上に強く溶液中のHg2+を0価のHgまで還元することがわかった。本研究は、還元されやすい物質のフェライト化反応には十分な注意が必要であることの警鐘をならしたものである。また、水銀を吸着した活性炭に水分を多く含んだ空気を長時間通気すると、水銀が徐々に活性炭相を移動する現象を捉えた。フェライト化反応の最適条件については、飽和磁化やX線回折パターンの解析から反応時の送入空気と溶液との間の接触面積(空気の反応断面積)が、生成するフェライトの質に大きな影響を与えることがわかった。酸素濃度を少なくした空気を使用して生成したフェライトは、従来の最適条件で生成したフェライトよりも良質のフェライトが生成することが飽和磁化やX線回折の結果から明らかになった。

第8章は、「総括」である。

以上要するに、本研究の成果は、それまで、処理の最適条件が見いだせなかった種々の処理困難物に対して、具体的に処理条件を提示したことにより、大学等で発生する複数の化学物質が混在した実験系廃棄物処理に実用レベルで応用されるに至ったものであり、独創的研究として高く評価でき、本論文により得られた知見は、都市環境工学の学術の進展に大きく貢献するものである。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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