No | 215875 | |
著者(漢字) | 藤井,啓介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジイ,ケイスケ | |
標題(和) | 高温極超音速気流中における斜め円柱付着線境界層の遷移に関する実験的研究 | |
標題(洋) | An experimental investigation of the attachment line boundary layer transition on swept cylinders in hypervelocity flow | |
報告番号 | 215875 | |
報告番号 | 乙15875 | |
学位授与日 | 2004.01.22 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第15875号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 航空宇宙工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 極超音速境界層の乱流遷移現象への高エンタルピー実在気体効果について調べる目的で、カリフォルニア工科大学GALCIT(Graduate Aeronautical Laboratories)のT5 hypervelocity shock tunnelにおいて、空気、窒素および二酸化炭素を試験気体とした一連の実験を実施した。同設備を用いた半頂角5°の鋭い先端を持った円錐上に発達する境界層の遷移に関する過去の実験によれば、二酸化炭素を試験気体とした場合に、高エンタルピー効果によって乱流遷移が著しく遅れることが示されていた。今回の一連の実験は、境界層の代表温度や境界層端Mach数といった境界層の状態量が大きく異なるときに、この高エンタルピー効果がどのように現れるかについて実験的に調べることを目的としている。更には上記円錐実験で見られた高エンタルピー効果に関係して、境界層の線形不安定性により最も強く増幅される擾乱の周波数と、気体分子の振動や解離反応における緩和時間により定まる特性周波数との関係がどのように境界層遷移に影響を与えているかを調べることを具体的な目標とした。また、それが上記の円錐実験と比べて大きく異なるための条件について考察し、本研究では、これら二つの特性周波数の比を広い範囲で変化させることができるように後退角45 degと60 degの斜め円柱付着線における境界層を対象と定めた。本実験において遷移Reynolds数は、付着線における加熱率を計測し完全気体理論値と比較することで決定した。それらを総エンタルピーに対して整理したところ、高い後退角(Λ=60deg)のケースにおいては、二酸化炭素を試験気体としたときには円錐実験における結果と同様に、高エンタルピー効果は遷移をきわめて強く遅らせることが明らかとなった。ただし、窒素、空気を試験気体とした場合では大きな効果は観測されなかった。また後退角の小さいケース(Λ=45 deg)に関しては遷移Reynolds数への総エンタルピー効果は高後退角(Λ=60 deg)のケースと比べ、小さくなることが明らかとなった。 以上の実験結果を用いて、本実験条件において遷移へつながる線形不安定性が2nd modeであると仮定して、もっとも強く増幅されると予想される周波数における音響減衰率を境界層の参照エンタルピー条件において算出した。その結果、大きな後退角の実験ケース(Λ=60 deg)については音響減衰率の総エンタルピーに対する変化は、観測された遷移Reynolds数の総エンタルピー依存性にきわめて類似した特長を有することが示された。このことは、二酸化炭素分子の振動エネルギー緩和が主要な要因となって、本研究の二酸化炭素の実験で得られたような遷移Reynolds数を大きく増加させるという高エンタルピー効果が現れたという可能性を示唆している。次に、完全気体非粘性線形安定解析を実施し、最大増幅率ならびに上記のように算出された緩和による音響減衰率との比較を行った。その結果、二酸化炭素の実験条件では、それらはほぼ同オーダーの大きさで相互に効果を打ち消しあう状況であるのに対し、窒素および空気の実験条件では二つの特性周波数が離れすぎているため2nd mode周波数における音響減衰率はきわめて小さいことが示された。これらの結果は、大きな後退角のケースの実験結果を支持している。 次に、境界層端Mach数への依存性あるいは境界層端Mach数が異なる場合における総エンタルピー依存性について調べるために、過去に実施された半頂角5°円錐の実験結果を、運動量厚を基準とした遷移Reynolds数として再整理し、本実験結果との比較をおこなった。その結果、境界層端Mach数の減少に伴い、遷移Reynolds数への総エンタルピー効果はその重要性を単調に失う傾向が明らかにされた。境界層端Mach数の減少に伴い音響擾乱の特徴を持つ2nd mode不安定性がその重要性を失うためにこの現象がおきるという可能性が考えられた。 以上、本研究において明らかにされたことをまとめると以下のとおりである:境界層端Mach数の増加とともに高エンタルピー効果によって境界層遷移Reynolds数は増大する。この現象は高いMach数域における緩和現象による音響減衰によって定性的によく説明される。 | |
審査要旨 | 修士(工学)藤井啓介提出の論文は「An experimental investigation of the attachment line boundary layer transition on swept cylinders in hypervelocity flow(高温極超音速気流中における斜め円柱付着線境界層の遷移に関する実験的研究)」と題し、本文7章及び付録4項から成っている。 境界層が層流状態から乱流状態へ遷移する現象は、航空宇宙機の性能に及ぼす影響が多大であるため、航空宇宙機の設計において大きな重要性を持っている。特に圧縮性境界層遷移予測に関する問題は、航空機の摩擦抵抗軽減のみならず再突入揚力飛行体の空力加熱低減のためにも重要である。圧縮性境界層の安定性は、非圧縮境界層には存在しない第2モードと呼ばれる不安定波(以下2nd mode と呼ぶ)が境界層の安定性を支配し、そのために非圧縮性流の安定性と大きく異なる様相を示すことが知られている。さらに極超音速流中に発達する境界層の安定性問題に対しては、高いマッハ数の効果のみならず高エンタルピー実在気体効果の影響も大きい。極超音速境界層内では高エンタルピー効果によって乱流遷移が遅れることを示した実験は行われているが、境界層の代表温度や境界層端マッハ数といった境界層の状態量が大きく異なるときに高エンタルピー効果がどのような影響を及ぼすかについては明らかにされておらず、それを解明することは今後の宇宙往還機の設計にあたって重要な意義を持つ。 上記の観点から、著者は、極超音速境界層の乱流遷移現象への高エンタルピー実在気体効果について調べる目的で、実験的研究を行った。そのために、境界層の線形不安定性により最も強く増幅される擾乱の周波数と、気体分子の振動や解離反応における緩和時間により定まる特性周波数との関係がどのように境界層遷移に影響を与えているかを調べることによって、境界層の状態量が高エンタルピー効果に及ぼす影響を調べることとした。 第1章は序論で、本研究を行った動機について述べている。さらに、極超音速境界層内での遷移現象への高エンタルピー実在気体効果について行われた従来までの実験ならびに数値解析による研究について言及し、未だ解明されていない点を明らかにすることにより本研究の目的と意義を明確にしている。 第2章では、本研究の背景についてまとめている。すなわち境界層の遷移過程、圧縮性境界層の安定性、高温気体における緩和と音響減衰効果ならびに付着線境界層遷移についてである。さらに、境界層の状態量が大きく異なるときの高エンタルピー効果を調べる目的を達成するために、本研究においては後退角45 degと60 degの斜め円柱付着線における境界層を実験対象として定めたことが説明されている。 第3章では、実験結果を解析する際に必要となる高温気体中を伝播する音波の減衰率に関して、著者が考案した減衰率算出法について説明している。 第4章では、実験に用いた高温衝撃風洞、実験模型の詳細、計測法ならびに実験条件についてまとめている。 第5章では、データ解析法について述べている。この中で、遷移レイノルズ数は、付着線における加熱率を計測し完全気体理論値と比較することで決定したことが説明されている。 第6章では、実験結果を示し考察を行っている。計測された遷移レイノルズ数を総エンタルピーに対して整理したところ、高い後退角(60deg)のケースにおいては、二酸化炭素を試験気体としたときには過去に行われた円錐実験における結果と同様に、高エンタルピー効果は遷移をきわめて強く遅らせることを明らかにしている。ただし、窒素、空気を試験気体とした場合では大きな効果は観測されなかったことも述べている。また後退角の小さいケース(45 deg)に関しては遷移レイノルズ数への総エンタルピー効果は高後退角(60 deg)のケースと比べ、小さくなることを明らかにしている。 以上の実験結果を用いて、本実験条件において遷移へつながる線形不安定性が2nd modeであるとして、もっとも強く増幅されると予想される周波数における音響減衰率を境界層の参照エンタルピー条件において算出している。その結果、大きな後退角の実験ケース(60 deg)については音響減衰率の総エンタルピーに対する変化は、観測された遷移レイノルズ数の総エンタルピー依存性にきわめて類似した特徴を有することを示している。このことより、二酸化炭素分子の振動エネルギー緩和が主要な要因となって、本研究の二酸化炭素の実験で得られたような遷移レイノルズ数を大きく増加させるという高エンタルピー効果が現れたという可能性を著者は示唆している。次に、完全気体非粘性線形安定解析を実施し、最大増幅率ならびに上記のように算出された緩和による音響減衰率との比較を行っている。その結果、二酸化炭素の実験条件では、それらはほぼ同オーダーの大きで相互に効果を打ち消しあう状況であるのに対し、窒素および空気の実験条件では二つの特性周波数が離れすぎているため2nd mode周波数における音響減衰率はきわめて小さくなることを示している。 さらに、境界層端マッハ数が異なる場合における総エンタルピー依存性について調べるために、過去に実施された円錐の実験結果を、運動量厚を基準とした遷移レイノルズ数として再整理し、本実験結果との比較をおこなっている。その結果、境界層端マッハ数の減少に伴い、遷移レイノルズ数への総エンタルピー効果はその重要性を単調に失う傾向を明らかにしている。境界層端マッハ数の減少に伴い音響擾乱の特徴を持つ2nd mode不安定性がその重要性を失うためにこの現象がおきるという可能性について著者は考察している。 第7章は結論で、本研究で得られた結果を要約している。 付録は4項から成り、極超音速飛行実験機において観測された境界層遷移、実験諸条件のまとめ、データ処理に用いられた各種数値解析コード、化学反応速度と振動緩和等に関する定数、に関する説明がなされている。 以上要するに、本論文は極超音速境界層の乱流遷移現象への高エンタルピー実在気体効果について調べるために実験的研究を行った結果、境界層端Mach数の増加とともに高エンタルピー効果によって境界層遷移レイノルズ数が増大することをはじめて明らかにするとともに、この現象が高いマッハ数域における緩和現象による音響減衰によって説明できることを示したものである。このことは、極超音速流乱流遷移の解明ならびに今後の宇宙往還機の設計に指針を与えるものであり、その成果は航空宇宙工学に貢献するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/49029 |