学位論文要旨



No 215876
著者(漢字)
著者(英字) Ng Siu Tong,Chong Fong
著者(カナ) エヌジー シウトン,チョン・フォン
標題(和) 注釈と電子講義を用いたウェブ・コミュニケーションの枠組みとそのオンライン学習への応用
標題(洋) A Framework for Web Communication based on Annotation and Electronic Lectures, and its Application to Online Learning
報告番号 215876
報告番号 乙15876
学位授与日 2004.01.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15876号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂内,正夫
 東京大学 教授 西田,豊明
 東京大学 教授 喜連川,優
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

本研究では、意思伝達手段としてのウェブの能力を拡張するため、二種類の相補的な手法および技術を開発・実装し、その効果を実世界と研究環境において検証した。一番目の技術であるFlexNetDiscuss(以下 FND)は、ウェブコンテンツの上で同期・非同期通信を行い、共同作業を支援するための注釈モデル・アーキテクチャである(図1)。また、二番目の技術であるWhiteboardVCR(以下WVCR)は、テキスト読み上げ技術(Text To Speech:以下TTS)を人間による音声の代替手段または補完手段として用いた、新しいタイプのウェブ講義とオーサリングシステムである(図2)。

構成と内容

本論文は8章および付録から構成されている。第1章では、研究の背景として、一般に普及しているウェブ通信ツールの概要を簡潔に示し、そのうちのいくつかについてはより詳細に問題点に着目する。これらの問題点は、既存の機能を拡張する必要性を与え、本研究で提案する新しいアプローチを開発する動機となったものである。本章ではまた、それらが教育場面でどのように使用されているか概説し、それらの多様な学習戦略の特徴を示す。これらは本研究で開発した技術を活用する方針を潜在的に示すものである。

第2章では、(1)ウェブコンテンツ上での通信や共同作業の仕組みとしての注釈システム、(2)ウェブ講義システム、の2つに関連する問題を定式化し、本研究の重要性を示す。また、本章ではウェブ媒介通信システムにおける本研究の貢献をまとめる。本研究はウェブ注釈システムに関して以下の4つの大きな問題を指摘しており、最初の2項目はアーキテクチャと実装に関して、残りの2項目はCSCWに関するものである。

互換性・可搬性の欠如と使用に際する侵略性

注釈システムはどのブラウザでも普遍的に利用できる機能というわけではなく、ユーザは利用する前にクライアントシステムに機能拡張用のプログラムをダウンロードし、適切に設定しなければならない。さらに問題なのは、多くのシステムにおいて注釈機能がブラウザの通常利用を阻害する可能性があることである。これらと下記に記述する問題についての技術的に実現可能な解決策を新しい試みや既に確立されたウェブ標準と技術を使用して調査を行った。

機能拡張性の欠如

既存のウェブ注釈システムの大きな問題の一つは、システムがあらかじめ作り込まれているため、現存するさまざまな注釈機能のうち、そのシステムが対応している限定された一部の機能にしか対応できないことである。このような拡張性の欠如は、将来のウェブの標準や技術に適応する可能性を著しく限定してしまう。

共同作業上のギャップ

遠隔地で共同作業を行うグループは、相互通信を場合によっては同期的に、あるいは非同期的に行う必要がある。残念ながらこれまでの研究では、ウェブ上の注釈を非同期に共有することで共同作業を行うことを中心としてきたため、同期的な共同作業に関する機能が存在しない。

適用範囲の制限

既存のシステムに見られるリンクを用いた参照機能は、十分に一般化されておらず、その結果多様なユーザ、用途、多くの種類や内容を議論する必要がある状況などに広く対応できていない。

本研究の最初の目的は、ウェブ講義システムにおいて、TTS技術を用いて意思疎通の際の言語によるギャップを狭め、TTSと音声ナレーションを混用して通信能力を拡張することが可能かどうかを検証し、その潜在的な有効性を確認することである。

第3章では、ウェブ注釈システムやウェブ講義システムと関連の深い研究や、現在行われているプロジェクトを調査し、特に上で挙げた問題点について本研究におけるアプローチと比較する。既存の文献では、本研究で解決したこれらの問題について、全く言及されていないか、ほとんど検討されていない。

第4章では、注釈システムを用いたウェブの同期および非同期共同作業への拡張について概要を示し、新しいタイプの注釈システムと文脈依存型議論システムFNDの設計と実装について、基本的なコンセプト、ユーザ環境、ソフトウェアの展開、実装実績及びプログラミングの拡張性などを説明する。また、第5章では、FNDのキーとなる各技術要素の有用性と適用限界を検証し、既存のシステムと比較した場合の長所を示す。国連大学で開催される定期的な技術講習ワークショップの際に、教室内及び教室外の両方の環境で使いやすさを実験的に評価した。

第6章では、TTSを用いた新しいタイプのウェブ講義システムWVCRを示し、その技術的な課題と、既存のウェブ講義システムで使用されるメディア(スライド、注釈付きスライド、音声、ビデオ)とともに同期TTSを利用することによる解決方法を説明する。引き続き第7章ではWVCRの使いやすさに関する実験の設計と結果を、講演者と視聴者の両面から説明する。その際、英語を母国語とする被験者とそれ以外の被験者に対して、観察を行った。

第8章は結論であり、ウェブ注釈システムとウェブ講義システムに関する本研究の結果と成果をまとめ、今後の課題を確認する。

最後に、FNDの実際のAPI(Application Programming Interface)を、そのAPIの使い方を示す注釈付きのサンプルソースコードとともに付録に付ける。

実験結果

FNDの教育場面での利用可能性について、ユーザの経験にあわせた一連の検証を行った。教室内では、FNDはプレゼンテーションを行い、ノートを取り、質疑応答を行い、オンライン記事に対する共同での評価作業など、多くの目的に使用した。また、FNDの性能を客観的に評価するため、市場でもっとも一般的なソフトウェア、プレゼンテーションではマイクロソフト社パワーポイント、ウェブドキュメントに対する議論ではチャットソフト(テキストベース)と比較した。教室外では、FNDは同期・非同期でのディスカッションツールとしての性能を検証した。

検証の結果によれば、FNDはパワーポイントやチャットと同等の性能を示し、さらに、FNDは教室での新しい学習方法を提案した。総合すると、検証結果は設計時の仮定を満足している。具体的には、(1)ユーザは、同期または非同期通信環境での議論と、それに続く双方向のメッセージ交換の有用性とインタフェース実装を評価した。(2)ユーザは、FNDの使用モードが変化しても、共同作業をスムーズに続けることができた。(3)ユーザはさまざまな種類のリンクを利用して、特定の点に対する参照を作ろうとする傾向があるが、フォーラム全体やページ全体といった木理の粗いリンクも依然として有用であった。

利用者からは、注釈システムに基づいた議論と共同作業に関して、ユーザインタフェースから機能に至るまで幅広い仕様に対する建設的なコメントが寄せられた。さらに研究を進めなければならない領域の一つは、全ての議論ツールが直面する共通の問題である。すなわち、ユーザに最小限の負担で、未読・既読メッセージを識別し、ユーザに認識させることである。特に本システムでは、メッセージを二種類の方法で表示する機能があるため、この機能が重要である。

WVCRに対する評価実験では、ウェブ講義におけるTTSの効果が、英語を母国語としないユーザと母国語とするユーザ、およびプレゼンテーターがシステム上に一緒に参加している場合に、WVCRを用いたプレゼンテーションが理解しやすくなることがわかった。実験は、英語を母国語とするユーザと母国語としないユーザを、発言者やプレゼンテーター、視聴者とする組み合わせ、およびTTSのみを使用するプレゼンテーションと人間のナレーションをあわせたプレゼンテーションの組み合わせについて、すべての候補に対して有効性を調査した。その結果、TTSは英語を母国語としない視聴者にとってはあらゆる講義スタイルに対しても効果が認められ、英語を母国語とする視聴者にとっては英語を母国語としないプレゼンテーターによって講義が行われた場合に効果が認められた。TTSのみを利用する場合とTTSと人間のナレーションを混合する方法ではどちらが優れているかは明確ではないものの、後者の方が、講義をより面白いものとし、視聴者の注意を持続させる手段として受け入れられやすいことが分かった。

結論

本研究では、オンラインディスカッションのための、より一般的なアプローチを示した。この方法は、ブラウザの互換性や機能、リンク、共同作業のモードについて、より制約が少ないところに特徴がある。この研究はHTMLドキュメントモデルに注目しているが、この設計と経験的見地から派生して行けば、HTML以外のドキュメントにも応用することができる。ユーザの要求はウェブが当初予測していた利用法をはるかに超えたところまで成長しており、ウェブの基盤となるインフラの整備が進み、現在のウェブに欠けている機能、とりわけハイパーメディアの分野で開発された機能(たとえば構造化や注釈システム)が標準的に組み込まれるまで、現在のユーザの期待に応えるための研究が極めて重要である。

また本研究のうち、ウェブを用いた講義ツールに関する部分では、TTSと録音されたスピーチを混在させて使用するという、ウェブ講義の特殊なスタイルの新しい使い方を示した。オーサリングのための適切なインタフェースは提供したが、TTSの改良による利益を得るためには、オーサリングインタフェースのさらなる改良のための研究継続が必要不可欠である。

FNDのユーザ環境

WVCRオーサリングインタフェース

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「A Framework for Web Communication based on Annotation and Electronic Lectures, and its Application to Online Learning(注釈と電子講義を用いたウェブ・コミュニケーションの枠組みとそのオンライン学習への応用)」と題し、近年普及が著しいインターネット上のウェブ通信の意思伝達手段としての能力を拡張するために、新しい二種類の手法および技術を開発・実装し、その効果を実世界と研究環境において検証した成果をとりまとめたもので、8章および付録から構成されている。

第1章「Introduction to the dissertation」では、研究の背景として、一般に普及しているウェブ通信ツールの概要を簡潔に示すと共に、既存システムの抱える問題点を指摘し、本研究で提案する新しいアプローチを開発する動機を示すと共に、本研究の目的及び構成を示している。

第2章は「Research synopsis」と題し、ウェブコンテンツ上での通信や共同作業の仕組みとしての注釈システムとウェブ講義システム、の2つに関連する問題を定式化し、本研究の必要性を示している。また、ウェブ注釈システムに関して、互換性・可搬性の欠如と使用に際する制約、機能拡張性の欠如、共同作業上のギャップ、適用範囲の制限、という4つの大きな問題を指摘し、本研究の貢献を明確化している。

第3章は「Related Work」と題し、ウェブ注釈システムやウェブ講義システムと関連の深い研究や、現在行われているプロジェクトを調査し、特に上で挙げた問題点について本研究におけるアプローチと比較し、研究の方向性を明らかにしている。

第4章は「FND-Augmenting the Web for synchronous and asynchronous collaboration using annotation」と題し、既存システムの問題点を解決する FND(FlexNetDicuss)と名付けた新しいタイプの注釈システムと文脈依存型討論システムを提案し、実装している。先づ、第2章、第3章での議論に基づく基本コンセプトを明確化し、具体的にシステム設計を行っている。また、ユーザ環境、ソフトウェアの構成、実装の定量性及び、プログラミングの拡張性などについても詳細な議論を行っている。

第5章は「Evaluation of FND」と題し、第4章で提案、実装した本システム FND の多角的な評価を行っている。評価実験は、国連大学で開催される定期的な技術講習ワークショップの際に、教室内及び教室外の両方の環境で、プレゼンテーション、ノート取り、質疑応答、オンライン記事に対する共同評価作業等多くの利用局面で行われた。その結果、既存のシステムに比較して、新しいウェブ通信手段としてよりすぐれた、又は同等の評価が得られたことを示し、本システムの有用性を明らかにしている。

第6章は「WVCR-synchronized lectures using text-to-speech synthesis」と題し、WVCR(WhiteboardVCR)と名付けたテキスト読み上げ技術(TSS)を用いた新しいタイプのウェブ講義システムを提案している。即ち、FNDの環境の下での教育システムのより使い易いシステムについての技術的課題を明らかにし、既存のウェブ講義システムで使用されるメディア(スライド、注釈付きスライド、音声、ビデオ)とともに同期 TTS を利用することによる解決方法を提案し、実装している。

第7章は「Evaluation of WVCR」と題し、第6章で提案したWVCRの評価を行っている。評価実験は、英語を母国語とするユーザと母国語としないユーザを、発言者やプレゼンテーター、視聴者とする組み合わせるなど、多くの局面で行われ、その結果提案システムが特に英語を母国語としないユーザに効果が顕著である等の有効性の確認を行っている。

第8章は結論であり、ウェブ注釈システムとウェブ講義システムに関する本研究の結果と成果をまとめ、今後の課題が示されている。

以上これを要するに、本論文では、重要性を増しているウェブ通信において、共同作業を支援するための新しい注釈モデルを採用したシステムとテキスト読み上げ技術を援用したシステムの2つのシステムを提案、実装し、実用的な利用局面での有効性を実証したもので、インターネットに関する情報処理にとって有用な知見を提示しており、電子工学上貢献するところが少なくない。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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