学位論文要旨



No 215880
著者(漢字) 高橋,紳矢
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,シンヤ
標題(和) 親水性及び疎水性側鎖を有する多成分系高分子の界面化学的特性とそれらの機能性高分子への応用
標題(洋)
報告番号 215880
報告番号 乙15880
学位授与日 2004.02.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15880号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 岐阜大学 教授 村,知之
内容要旨 要旨を表示する

高分子を二種類以上含有した多成分系高分子の表面は,単純なホモポリマーやランダム共重合体のそれと比較して,界面化学的に非常に興味ある性質を示す.最も特徴的なものは,構成成分のうち,接触する環境(空気や水等)との界面自由エネルギーを最少とする成分が,その表(界)面に吸着・配向する性質である.本研究では,この挙動のことを「セグメントの選択的吸着」とした.「セグメントの選択的吸着」挙動は熱力学的な自発性を伴うので,一種の自己組織化現象とも言える.本研究では,こうした特徴的な表面特性を示すことが考えられる数種類の多成分系高分子に対して動的な解析{動的接触角(DCA)測定,湿潤張力緩和(ATR)測定}や光電子分光(XPS)分析等による基本特性(Surface Dynamics)の検証を行い,さらに解析した表面特性に基づいて適正な工業材料分野への応用を試みた.

はじめに基本的なSurface Dynamicsについて,得られた主な研究成果をまとめる.

MMA(メチルメタクリレート)/MPEGMA(メトキシポリエチレングリコールメタクリレート)共重合体では,DCAとXPSの測定結果から水中では親水性のポリエーテル側鎖が界面に吸着・配向するが,これを再び引き上げると,表面には表面張力の低い末端メトキシ基が選択的に吸着・配向するというセグメントの選択的吸着現象が生じた.側鎖炭素数cが6〜12のビニルアルキレート重合体(PVAls)はDCAとATRの測定結果から,非常に大きな表面分子運動性を示すことが分かった.PVAlsの表面においても,極性基またはアルキル側鎖が,それぞれ高分子/水界面または高分子表面へ吸着・再配向する挙動を示した.また,MMA/PFOM(パーフルオロオクチルエチルメタクリレート)及びMMA/PFOSAM(パーフルオロオクチルスルホンアミドエチルメタクリレート)共重合体の表面には,極めて表面自由エネルギーの低いPFOセグメントが吸着・配向して支配的となるが,水相環境になるとPFOとPFOSA両側鎖の運動性に,PFO,SA各成分の凝集力差が関係した相違が生じることが分かった.

MMA/MPEGMA/PDMSMA(ポリジメチルシロキサンメタクリレート)三元重合体の表面では,PDMSMA含量が低い場合,疎水性PDMSと親水性PEGセグメントが混在・共存するが,PDMSMA含量が高く,より長いPDMS側鎖をもつ場合は,その表面をPDMSセグメントが占有することが明らかとなった.MMA/ MPEGMA/PFOM 三元重合体の表面には,極めて表面自由エネルギーの低いPFOセグメントが濃縮することが示されたが,PFOM組成により表面挙動に相違が生じた.さらに,この重合体の表面分子運動性は,MMA/MPEGMA/PDMSMA三元重合体表面と類似した挙動であることが明らかとなった.MMA/MPEGMA/ MPPGMA(メトキシポリプロピレングリコールメタクリレート)三元重合体の表面では,疎水性のPPGセグメントが吸着・配向するが,このセグメントが親水性のPEGセグメントと同種のポリエーテル成分であるため,上記二種の三元重合体とは異なる特異的な表面分子運動性を示すことが分かった.

次に,上記の研究成果に基づく機能性材料への応用(抗血栓性粘着剤,環境調和型接着剤,高分子界面活性剤)について,以下の研究成果を得た.

粘着剤として使用可能なEA(エチルアクリレート)/MPEGMA/PDMSMA三元重合体は,高い(表面)分子運動性を有することが示された.また,同種のEA/MPEMGA/PDMSMA/AA(アクリル酸)四元重合体は,粘着剤として十分な力学特性をもつことが分かった.さらに,血液適合性試験の結果から,これらの三元重合体や四元重合体が抗血栓性を有する粘着剤となり得ることを明らかにした.

有害な有機溶媒等を発生しないエマルション系接着剤(環境調和型接着剤)を合成した.検討の結果,MMA/MPEGMA/MPPGMA/AA四元重合体の組成,70/15/15/(3) wt% のものに,接着剤としての可能性を見出した.さらに,上記の四元重合体にBA(ブチルアクリレート)をコモノマーとして加えた重合体エマルションは,接着特性において実用性を有する接着剤となり得ることが分かった.

乳化剤機能を有するMMA/MPEGMA/MPPGMAくし形三元重合体をリビングラジカル光重合法と通常のラジカル熱重合法で合成した.合成した三元重合体は,その界面化学的特性から乳化剤として十分な界面活性と乳化能を有することが明らかとなった.この高分子乳化剤を用いて重合体エマルションを合成したところ,これらは市販乳化剤を用いて合成した重合体エマルションと同程度,あるいはそれ以上のエマルション特性および接着剤としての力学特性を示すことが明らかとなった.とくに,ブロック配列をもつ高分子乳化剤の接着特性に対する効果は,改質用コモノマーであるBAによる効果と同等かそれ以上であった.これは,本来の乳化剤機能に付加された有効な機能性として期待されるものである.さらに,合成した高分子乳化剤の製膜表面は,その強い親水性により一度水に濡れた表面がDCAの測定時間内に元の疎水性表面に回復,復元されるという興味ある表面分子運動性を示した.

審査要旨 要旨を表示する

接着は物質表面間の相互作用であり界(表)面化学的因子に大きく依存する。木質材料の複合化に多用される接着剤の主成分は合成高分子が一般的であるため、合成高分子の表面化学的性質が重要であり、「接着剤にどのような高分子を使用するか」という高分子の選択が木質接着製品の特性を左右することになる。

ところで、高分子を二種類以上含有した多成分系高分子の表面は、単純なホモポリマーやランダム共重合体のそれと比較して、界面化学的に非常に興味ある性質を示す。最も特徴的なものは、構成成分のうち、接触する環境(空気や水等)との界面自由エネルギーを最少とする成分が、その界面に吸着・配向する性質である(この挙動を「セグメントの選択的吸着」と呼ぶ)。多成分系高分子のこのような性質は、再はく離性(接着していたものきれいにハガす)などの新たな機能性を持つ接着剤を開発する上で貴重な手がかりとなる。

本論文では、こうした特徴的な表面特性を示すことが考えられる数種類の多成分系高分子に対して動的な解析{動的接触角(DCA)測定、湿潤張力緩和(ATR)測定}や光電子分光(XPS)分析等による基本特性(Surface Dynamics)の検証を行い、さらに解析した表面特性に基づいて適正な工業材料分野への応用を試みた結果について述べたものである。本論文は6章から構成されている。以下に各章における研究の概要を示す。

第1章では、本研究の背景および意義と目的を緻密な文献検索と秩序だった論理ののもとに述べている。第2章では本検討で行った実験方法を要領よく総括している。

第3章では本実験で調整した2元共重合体、第4章では3元共重合体の基本的な表面動力学(Surface Dynamics)について研究成果をまとめている。

第3章では、MMA(メチルメタクリレート)/MPEGMA(メトキシポリエチレングリコールメタクリレート)共重合体は、水中では親水性のポリエーテル側鎖が界面に吸着・配向するが、空中に引き上げると、表面には表面張力の低い末端メトキシ基が選択的に吸着・配向するというセグメントの選択的吸着現象が生じることを検証している。そして、側鎖炭素数cが6〜12のビニルアルキレート重合体(PVAls)は非常に大きな表面分子運動性を示し、PVAlsの表面では極性基またはアルキル側鎖が、それぞれ高分子/水界面または高分子表面へ吸着・再配向する挙動を見出した。また、MMA/PFOM(パーフルオロオクチルエチルメタクリレート)及びMMA/PFOSAM(パーフルオロオクチルスルホンアミドエチルメタクリレート)共重合体の表面には、極めて表面自由エネルギーの低いPFOセグメントが吸着・配向するが、水相環境になるとPFOとPFOSAの凝集力差が関与して、両側鎖の運動性に相違が生じることも明らかにしている。

第4章では、MMA/MPEGMA/PDMSMA(ポリジメチルシロキサンメタクリレート)三元重合体でPDMSMA含量が低い場合、疎水性PDMSと親水性PEGセグメントが表面に混在・共存するが、PDMSMA含量が高くより長いPDMS側鎖をもつ場合には、その表面をPDMSセグメントが占有することを明らかしている。また、MMA/ MPEGMA/PFOM 三元重合体の表面には極めて表面自由エネルギーの低いPFOセグメントが濃縮するが、PFOMの組成によって表面挙動に相違が生じることを見出している。さらに、この重合体の表面分子運動性はMMA/MPEGMA/PDMSMA三元重合体表面と類似していることを明らかにしている。MMA/MPEGMA/ MPPGMA(メトキシポリプロピレングリコールメタクリレート)三元重合体の表面には、疎水性のPPGセグメントが吸着・配向するが、このセグメントは親水性のPEGセグメントと同種のポリエーテル成分であるため、上記二種の三元重合体とは異なる特異的な表面分子運動性を示すことも検証している。

第5章では、上記で検討したセグメント運動性を利用して機能性材料への応用(抗血栓性粘着剤、環境調和型接着剤、高分子界面活性剤)した成果を取り纏めている。

先ず、生体適合型粘着剤に関する検討を行っている。高い(表面)分子運動性を有するEA(エチルアクリレート)/MPEGMA/PDMSMA三元重合体と同種のEA/MPEMGA/PDMSMA/AA(アクリル酸)四元重合体の粘着特性を検討した結果、これらが粘着剤として十分な力学特性をもつことを明らかにしている。さらに、血液適合性試験の結果から、これら三元重合体や四元重合体が抗血栓性を有する粘着剤となり得ることを示している。

次に、有機溶媒を含まず、十分な接着特性を発揮するエマルション系接着剤(環境調和型接着剤)について検討を行っている。第3章、第4章で検討した多成分高分子の中で、MMA/MPEGMA/MPPGMA/AA四元重合体(70/15/15/3(wt%))が良好なエマルション系接着剤となりうる可能性を見出している。さらに、これにBA(ブチルアクリレート)をコモノマーとして加えた重合体エマルションは、現行の接着剤に匹敵する特性を示すことも明らかにしている。

最後に、環境調和型エマルション接着剤の特性を左右する乳化剤について多成分高分子の応用検討を行っている。乳化剤機能を有するMMA/MPEGMA/MPPGMAくし形三元重合体をリビングラジカル光重合法と通常のラジカル熱重合法で合成し、リビングラジカル光重合法で得た乳化剤が優れた乳化能を有すること確認した。この高分子乳化剤を用いて重合体エマルションを合成し、市販乳化剤を用いて合成した重合体エマルションと比較した結果、同等以上のエマルション特性および接着力学特性を示すことを明らかにした。とくに、ブロック配列をもつ高分子乳化剤の接着特性に対する効果は、改質用コモノマーであるBAによる効果を凌ぐものであり、本来の乳化剤機能に付加された有効な機能性として期待されることを示している。

以上、本論文は新規な機能性を持つ接着剤の開発に関して界(表)面化学的見地から基礎資料を提供するとともに、その実証を試みたものである。これは、木材の有効利用に必須な接着に関して多大の基礎的知見を与え、今後の接着剤設計のために大きく貢献することが明らかである。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/49012