学位論文要旨



No 215882
著者(漢字) 山本,伸幸
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ノブユキ
標題(和) 森林と社会の相互依存性把握のための勘定体系の研究
標題(洋)
報告番号 215882
報告番号 乙15882
学位授与日 2004.02.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15882号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 井上,真
 東京大学 助教授 白石,則彦
内容要旨 要旨を表示する

これまでにも幾度となく語られてきたとおり、今や「環境問題」は世界の主要課題の1つである。「環境問題」の困難は、社会システムと自然環境システムという、互いに独立しながら、それでいて複雑に絡まりあう糸を解きほぐさねばならない点にある。かつては、局所的一時的な相互依存を気に掛ける必要のある場合を除けば、多くの場合、互いのシステムを与件とするか、せいぜい外部性の内部化という形で対処可能であった。それが「環境問題」の深化と共に、お互いのシステムの広範で永続的な相互依存性の認識抜きには、問題の解決を図ることが不可能となった。

森林セクターにおいても、樹木そのもの、それを育む土地、森林に生息する動物、森林が受け皿となりそこから放つ水流、また最近では二酸化炭素など、様々な局面で社会システムと自然環境システムとが相互に関連し合っている。伝統的に林学では施業という自然環境への働きかけを通して、この相互依存性への関心は高かったが、必要とされるのは林分単位、せいぜい個別経営単位でのそれであった。それが近年、「地球温暖化問題」の解決を図るためなど、視野に収めねばならない範囲が飛躍的に拡大した。

また、ここまで、社会システムと一括りにしてきたが、社会システムもまた、経済システム、非市場的な人間の情緒的靱帯に基づく狭義の社会システム、そして政治システムという、異なる編成原理を持つサブシステムから構成される。かつて、ポランニーは『大転換』において、ヨーロッパにおける市場社会の勃興と変質を描くことで、社会システムと経済システムの相互依存的関係を提示した。現代の森林セクターを語る際にも、家族としての農山村世帯や森林ボランティアなど、経済システムではなく、社会システムに包摂される重要な要素が存在する。また、森林の公的管理など、森林セクターにおける政治システムの役割も一層重要性を増している。

論文タイトル「森林と社会の相互依存性把握のための勘定体系の研究」は、現代の森林セクターに関わる多くの問題の解決には、以上述べてきた異なるシステムの相互依存性の認識と、その相互依存性を包括的に把握するための論理、方法が重要であり、それらが本論文の主題であることを意味する。本論文では多くの部分を、環境資源勘定や社会会計行列といった勘定体系の概念に依拠するが、このことは、異なるシステム間の相互依存性を包括的に一貫した体系によって把握する上で、勘定体系が非常に有用な概念であることによる。もとより、本論文の扱える範囲には限界があるため、議論は経済システムを中心に、その他のシステムとの関係が専ら探られる。次節では、より詳細に各章の構成を述べる。

本論文は大きく3部から構成される。

第I部は森林と社会の相互依存性を包括的に把握するための体系として、森林資源勘定について論じる。以下の3章から構成される。

1章では、現在の日本の森林調査および関連統計の現状および問題点について、諸外国の比較を含め概観する。その上で、そうした問題点を克服する体系としての、森林資源勘定の意義を論じる。併せて、産業連関表と森林資源勘定の関連についても論じる。

2章では、森林資源勘定のこれまでの発展に先導的な役割を果たしてきたヨーロッパの経験について、近年の成果である、森林に関する欧州版経済統合勘定に焦点を当てて論じる。そうした分析を踏まえて、日本における森林資源勘定の今後の発展を展望する。

3章では、森林資源勘定利用の一例として、木材利用の国際比較を行う。具体的には、日本、東南アジア諸国、欧州諸国、アメリカ合州国について比較する。日本との関係を考える際に重要であるアメリカ合州国については、既存の勘定が存在しないため、ジョージア州について新たに構築を試みる。また、これらの分析を通して、温暖化問題における排出源、吸収源問題のアカウンティング問題への森林資源勘定の寄与について展望する。

第II部では、森林と社会を媒介する場としての土地に着目し、土地を通した相互依存関係の包括的把握について論じる。以下の2章から構成される。

4章では、土地勘定をキー概念として、森林と社会を媒介する場としての土地ついて、勘定体系で把握する際の方法について考察する。また、特に土地統計システムの発達している欧州諸国を中心に、諸外国の土地関連統計システムについて論じる。

5章では、日本で土地を媒介に森林関連統計を整備していく際に重要となる、森林計画情報と地籍情報の整合性および相互利用可能性について、島根県羽須美村を対象に実証的な分析を行う。

第III部では、森林と相互依存関係にある社会について、社会経済システム内部の記述に新たに必要とされる視角について論じる。以下の2章から構成される。

6章では、森林の利用・管理を行っていく際に、その基盤となる農山村の存立構造を探ることが重要であるとの立場から、従来の地域産業連関表を批判し、農山村社会会計行列という概念を提起する。また、第1部および2部で論じた森林資源勘定、土地勘定と農山村SAMとの関係について、農山村SAMの環境への拡張の視点から考察を加える。

7章では、レクリエーションやボランティアなど、現代の森林セクターにおいて重要性を増してきているが、市場システムだけでは十分に捉えきれない事象について、その把握の可能性を探る。まず、CVMなど環境経済学分野で多く用いられる環境評価手法について、その限界を論じる。そして、一つの手がかりとして、Fisherの「富」概念およびJusterの「富」概念に基づく勘定体系の検討を中心に、新たな把握の可能性について考察する。

以上のとおり、大別した3部において、いずれも森林と社会の相互依存性とその把握について議論が行われるが、それぞれ焦点が異なる。まず、「I 森林資源勘定」では、森林で成長する樹木そのものと、森林から社会に供給される木質資源に焦点を当てる。「II 土地の包括的把握」は、林地に関する議論である。その際、農地や都市的利用など、森林以外の土地利用との関係も考察される。「III 社会システム把握の視角」では、貨幣システムを考察する。ここでは、森林セクターと農山村経済の関連や非市場的価値について議論される。

このように本論文では、木質資源、土地、社会システムという3つの視角によって、森林と社会の多彩な関係の各側面を描き、それを併せ見ることによって、複雑な両者の相互依存性を浮き彫りにすることを目指す。もとより、森林と社会との関係は、この3つの側面に限られたものではない。前節でも述べたとおり、水や野生動物など、まだまだ様々な事象に光を当てねばならない。この点については、終章で今後の展望として論じられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、環境資源勘定や社会会計行列といった勘定体系の概念に主に依拠し、森林と社会という異なるシステム間の相互依存性の包括的把握について考察したものである。本論文は大きく3部から構成される。

第I部は森林と社会の相互依存性を包括的に把握するための体系として、森林資源勘定について論じ、その有効性を明らかにした。以下の3章から構成される。

1章では、現在の日本の森林調査および関連統計の現状および問題点について、諸外国の比較を含め概観した。その上で、そうした問題点を克服する体系としての、森林資源勘定の意義を論じた。また経済全体との関連の視点から、産業連関表と森林資源勘定の関係についても論じた。

2章では、森林資源勘定のこれまでの発展に先導的な役割を果たしてきたヨーロッパの経験について、近年の成果である、森林に関する欧州版経済統合勘定に焦点を当てて論じた。そうした分析を踏まえて、日本における森林資源勘定の今後の発展を展望した。

3章では、森林資源勘定利用の一例として、木材利用の国際比較を行った。具体的には、日本、東南アジア諸国、欧州諸国、アメリカ合州国について比較した。日本との関係を考える際に重要であるアメリカ合州国については、既存の勘定が存在しないため、ジョージア州について新たに構築した。また、これらの分析を通して、温暖化問題における排出源、吸収源問題のアカウンティング問題への森林資源勘定の寄与について展望した。

第II部では、森林と社会を媒介する場としての土地に着目し、土地を通した相互依存関係の包括的把握について論じ、その特性を明らかにした。以下の2章から構成される。

4章では、土地勘定をキー概念として、森林と社会を媒介する場としての土地ついて、勘定体系で把握する際の方法について考察した。また、特に土地統計システムの発達している欧州諸国を中心に、諸外国の土地関連統計システムについて論じた。

5章では、日本で土地を媒介に森林関連統計を整備していく際に重要となる、森林計画情報と地籍情報の整合性および相互利用可能性について、島根県羽須美村を対象に実証的な分析を行った。

第III部では、森林と相互依存関係にある社会について、社会経済システム内部の記述に新たに必要とされる視角について論じ、今後の発展を展望した。以下の2章から構成される。

6章では、森林の利用・管理を行っていく際に、その基盤となる農山村の存立構造を探ることが重要であるとの立場から、従来の地域産業連関表を批判し、農山村社会会計行列(農山村SAM)という概念を提起した。また、第I部および第II部で論じた森林資源勘定、土地勘定と農山村SAMとの関係について、農山村SAMの環境への拡張の視点から考察を加えた。

7章では、レクリエーションやボランティアなど、現代の森林セクターにおいて重要性を増してきているが、市場システムだけでは十分に捉えきれない事象について、その把握の可能性を探った。まず、CVMなど環境経済学分野で多く用いられる環境評価手法について、その限界を論じた。そして、一つの手がかりとして、Fisherの「富」概念およびJusterの「富」概念に基づく勘定体系の検討を中心に、新たな把握の可能性について考察した。

以上のとおり、大別した3部において、いずれも森林と社会の相互依存性とその把握について議論が行われたが、それぞれの焦点は異なる。まず、「I 森林資源勘定」では、森林で成長する樹木そのものと、森林から社会に供給される木質資源に焦点を当てた。「II 土地の包括的把握」は、林地に関する議論であった。その際、農地や都市的利用など、森林以外の土地利用との関係も考察された。「III 社会システム把握の視角」では、貨幣システムを考察したものである。ここでは、森林セクターと農山村経済の関連や非市場的価値について議論された。

以上、本論文は、森林資源勘定や社会会計行列といった勘定体系の理論に依拠し、木質資源、土地、社会システムという3つの視角から、森林と社会の多彩な関係の各側面を描き、それを併せ見ることによって、複雑な両者の相互依存性を浮き彫りにするという意欲的な試みであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50237