学位論文要旨



No 215885
著者(漢字) 奈良,一秀
著者(英字) Nara,Kazuhide
著者(カナ) ナラ,カズヒデ
標題(和) 富士山火山荒原における外生菌根菌の一次遷移系列と外生菌根共生による植生遷移促進機能
標題(洋) Primary successional sere of ectomycorrhizal fungi and facilitation of vegetation succession by ectomycorrhizal symbioses in a volcanic desert on Mount Fuji
報告番号 215885
報告番号 乙15885
学位授与日 2004.02.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15885号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宝月,岱造
 東京大学 教授 鈴木,和夫
 東京大学 教授 大沢,雅彦
 東京大学 助教授 小島,克己
 東京大学 助教授 福田,健二
内容要旨 要旨を表示する

ほとんど全ての植物の根には菌類が共生し、菌根が形成されている。こうした植物と菌根菌の共生関係は相利共生関係であり、菌根菌は土壌中から吸収した養水分を植物に供給し、植物は光合成で生産した炭水化物を菌根菌に供給する。土壌中に伸びた菌根菌の菌糸(根外菌糸体)は植物の根よりもはるかに細くて長く、養分吸収能力に優れるため、菌根菌に感染した植物は十分な養分を獲得することができ、成長が著しく促進される。菌根にはいくつかのタイプがあるが、マツ科やブナ科などの極相林を構成する主要な樹木の根に見られるのは外生菌根である。このタイプの菌根を形成する外生菌根菌の多くは、いわゆるキノコを形成する担子菌や子嚢菌である。外生菌根共生は、極相林に限られるものではなく、一次遷移の初期過程から始まって、あらゆる植生遷移段階で見られる。しかし、外生菌根菌がどのような遷移をし、実際のフィールドでどのような働きをしているのかについてはほとんど分かっていない。そこで本研究では、植生回復の重要な段階である一次遷移の初期において、外生菌根菌の群集構造とその遷移様式、木本植物実生の定着に及ぼす外生菌根菌の影響を解析し、外生菌根共生が森林形成に果たす役割を検討した。

富士山の南東斜面は1707年の宝永山の噴火によって全ての植生が破壊された。現在、標高1500-1600m付近では、イタドリが起点となった植生パッチが島状に点在するが、総植生被度は5%程度であり、地表の大半はスコリアの裸地である。この一次遷移の初期過程にある火山荒原を本研究の調査地とした。

本研究では、はじめに、調査地に設定した5.5haの方形区内に存在する菌根菌の群集構造を、地上部に発生する子実体(キノコ)と地下部の外生菌根(以下、菌根)との両面から解析を行った。第2章では、ほぼ毎週の頻度で2年間にわたりキノコ調査を行った。その結果、23種11,450本の菌根性キノコを確認した。そのキノコのほとんどはミヤマヤナギを宿主として発生したものであった。ミヤマヤナギは富士山の3000m近い高山帯にも分布する矮性ヤナギである。この火山荒原のミヤマヤナギは、光環境や水分環境の良い植生パッチ縁部にまず定着し、地を這うようにして年々その被覆面積を拡大する。その面積が0.5m2以下の定着後間もないミヤマヤナギに見られた菌種は、クロトマヤタケ、キツネタケ、ウラムラサキの3種のみであった。これらの菌種を、菌根菌の遷移系列で最初に出現する“first-stage fungi”と定義した。更に成長したミヤマヤナギ(> 0.5m2)からは、これらの3種に加えてハマニセショウロとギンコタケの2種が出現するようになった。この2種を“second-stage fungi”と定義した。より大きくなったミヤマヤナギには、“late-stage fungi”と定義したワカフサタケ属(> 1.2m2)やフウセンタケ属(> 2.1m2)、ベニタケ属(> 2.4m2)が見られるようになった。そして、いずれの菌種の子実体発生量もミヤマヤナギの成長とともに増加することを明らかにした。

第3章では、各菌種の種内変異と種間差を考慮した精密なDNA解析の方法を用いて、地下部の菌根菌群集構造を調べた。16のミヤマヤナギから72の土壌サンプル(10x10x10cm)を採取し、14,400の根端を解析した。全部で21種の菌根菌がミヤマヤナギの菌根から同定され、その内12種はキノコとして発生した菌種であった。地下部菌根の約9割はキノコ発生菌種によって占められていた。ミヤマヤナギの成長に伴い、first-stage fungiにsecond-stage fungiとlate-stage fungiが順次加わっていくという、地上部の菌根性キノコで見られた一次遷移系列が、地下部の菌根菌群集でも見られた。小サイズ(0.5m2以下)、中サイズ(2-10m2)、大サイズ(45m2以上)のミヤマヤナギ縁部から採取した1土壌サンプル当たりの菌根菌の種数は、それぞれ1.4±0.1、2.6±0.3、3.3±0.4であった。また、大サイズミヤマヤナギのパッチの外ではハマニセショウロやギンコタケが優占種であり、1土壌サンプルあたりの菌種数も1.9±0.3と少なかったが、パッチ内部では1土壌サンプルあたりの菌種数も3.7±0.4と多く、late-stage fungiやキノコを形成しないイボタケ科の菌種など、多様な菌種が見られた。

このような2、3章の結果から、これまで詳細が知られていなかった菌根性キノコ及び地下部菌根菌の一次遷移系列とその特徴を明示した。また、1土壌サンプルあたりの菌根菌の種数もミヤマヤナギの成長とともに増加することや、土壌の発達したパッチ内部での菌根菌が多様であることを明らかにし、植生発達に伴う土壌環境の多様化が菌根菌の一次遷移に大きく関与している可能性を示した。

次に、一部のミヤマヤナギ成木の側でミヤマヤナギの実生が多数見られることに着目し、成木が実生の定着を促進する機構への菌根菌の関与について調べた。第4章では、菌根を形成していないミヤマヤナギ当年生実生を、富士山火山荒原の4つの異なるタイプの場所(裸地、ミヤマヤナギ成木のない植生パッチ縁部、不健全なミヤマヤナギ成木の縁部、健全なミヤマヤナギ成木の縁部)に植栽し、実生の成長や感染した菌根菌などについて調べた。裸地やミヤマヤナギ成木のないパッチに植栽した場合、ほとんどの実生は菌根を形成しなかった。これに対して不健全なミヤマヤナギ成木の側では16本中10本に、健全なミヤマヤナギ成木の側では17本全てに菌根の形成が見られた。地上部に含まれる窒素やリンの量も、健全なミヤマヤナギ成木の側で最も高く、成長も有意に良かった。健全なミヤマヤナギ成木の側で当年生実生に感染した菌根菌は、ウラムラサキ、クロトマヤタケ、ハマニセショウロの3種が優占していた。これらの菌種は全て、健全なミヤマヤナギ成木の菌根に見られた主要菌種であった。これに対して、不健全なミヤマヤナギ成木側の実生ではクロトマヤタケとハマニセショウロが優占していたものの、この2種の菌根菌は不健全なミヤマヤナギ成木に全く見られなかった菌種であった。こうした結果は、共生する菌根菌が介在することによって、ミヤマヤナギ成木がミヤマヤナギ当年生実生の成長を促進していること、成木の健全度によって実生への菌根菌の感染様式が異なることを示すものである。これまで、環境条件の悪い場所では先に定着した植物が後続植物の浸入を促進することが数多く報告されているが、菌根菌が介在する仕組みを明瞭に示したのは本研究が初めてである。

さらに第4章では、富士山火山荒原の植生遷移でミヤマヤナギの後に出現するカラマツとダケカンバについて、当年生実生での菌根形成について調べた。ミヤマヤナギ成木が存在する植生パッチと存在しない植生パッチに、ミヤマヤナギ、カラマツ、ダケカンバの当年生実生を混植した。その結果、ミヤマヤナギと同様に、カラマツとダケカンバ実生の菌根形成はミヤマヤナギ成木の側で明らかに促進されていた。感染した菌種組成には3樹種間で差異があったが、いずれの実生の菌根もミヤマヤナギ成木に見られた菌種によって形成されたものであった。このことから、ミヤマヤナギ成木に共生する菌根菌が後遷移樹木の菌根形成を促進することが明らかにされ、植生遷移のつなぎ役として菌根菌が機能する可能性を示した。

第5章では、富士山の様々な遷移段階にある森林を中心として、多種多様な菌根菌の単離を行い、ミヤマヤナギに対する宿主特異性を調べた。その結果、数多くの学術的に貴重な菌種を含む105種130菌株を収集することができた。このうち78菌株をミヤマヤナギへの接種に用い、そのうち36菌株で菌根の形成が見られた。また、ほとんどの菌種で見られなかったin vitroでの子実体形成が、3種のfirst-stage fungi全てで見られたことから、子実体形成の容易さが一次遷移地に最初に定着する菌根菌としての必要条件の一つのである考えられた。

第6章では、調査地から単離した菌根菌11種をミヤマヤナギに接種し、それぞれの菌種の1年生菌根苗をまず作成した。その菌根苗の周りにミヤマヤナギの種子を播種し、菌根苗から伸びる根外菌糸体によって当年生実生に菌根菌を感染させる実験を現地で行った。その結果、根外菌糸体によって感染を試みた全ての実生に当該菌種の菌根が形成され、胞子感染による当該菌種以外の菌根形成は見られなかった。用いた11菌種は、富士山火山荒原のミヤマヤナギ成木に見られた地下部菌根菌群集の84%を占め(第3章)、単一植栽実験でミヤマヤナギ実生に自然感染した菌根菌群集の99%に達する(第4章)。このように、優占する菌種の全てが根外菌糸体によって実生へ感染することが示された。また、各種菌根菌が感染した実生のほとんどは、対照区の実生より多くの窒素やリンを含有し、成長も良かった。こうした実生への菌根菌感染の効果は、菌種によって大きく異なり、窒素吸収量では最大で8.2倍(平均値比)の菌種間差があった。また、実生の窒素吸収量は実生の成長と強い相関があったため(R=0.935, P<0.001)、感染実生の乾重にも菌種間差が見られ、その差は最大で4.1倍に達した。このような結果から、富士山火山荒原のミヤマヤナギ成木に共生する外生菌根菌が、根外菌糸体によって隣接する実生に感染し、実生の窒素吸収を増大させることによってその成長を促進させるという機構を解明した。さらに、こうした菌根共生の機能には大きな菌種間差があることを明らかにし、感染する菌根菌の菌種特性が富士山火山荒原のミヤマヤナギ実生の定着を左右する大きな要因となることを示した。

以上の結果を統合して、第7章では一次遷移過程における外生菌根菌の遷移と機能について新たなモデルを提唱し、外生菌根共生の機能が植生回復や植生遷移に決定的な影響を及ぼしうることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

植生回復の重要な段階である一次遷移の初期過程において、外生菌根共生がどのような働きをしているのかについてはほとんど分かっていない。本研究は、一次遷移初期過程における外生菌根菌の群集構造とその遷移様式、先駆木本植物実生の定着に及ぼす外生菌根菌の影響などを解析したものである。

本論文は7章から成る。1章では、申請者自身の基礎研究結果を含めて、外生菌根共生に関するこれまでの知見を概括している。

2章では、富士山火山荒原に設けた5.5haの方形区内で、外生菌根性子実体の調査を行い、外生菌根菌群集の解析を行っている。2年間の調査の結果、ミヤマヤナギを宿主として、23種11,450本の菌根性キノコを確認した。定着後間もない小さなミヤマヤナギに見られた菌種は、クロトマヤタケ、キツネタケ、ウラムラサキの3種のみであったが、ミヤマヤナギの成長に伴って新しい菌種の子実体が順次加わるという、外生菌根性子実体の一次遷移系列が明らかにされている。

3章では、各菌種の種内変異と種間差を考慮した精密なDNA解析の方法を用いて、地下部の菌根菌群集構造を調べている。子実体では見られなかった菌根菌が9種同定されている。さらに、調べた地下部菌根の約9割はキノコ発生菌種によって占められており、地上部の菌根性キノコで見られた一次遷移系列が地下部の菌根菌群集でも示されている。また、一土壌サンプル当たりの菌根菌の種数もミヤマヤナギの成長とともに増加すること、特に植生パッチ内部での菌根菌の種数が多いことが明らかにされ、植生発達に伴う土壌環境の多様化が菌根菌の一次遷移に大きく関与していることが示されている。

4章では、フィールドでの木本植物実生の植栽実験により、既に定着したミヤマヤナギ成木の側ではミヤマヤナギ実生の菌根形成が著しく促進され、その養分吸収や成長が有意に良いことが明瞭に示されている。また、富士山火山荒原の植生遷移でミヤマヤナギの後に出現するカラマツとダケカンバ実生の菌根形成も、ミヤマヤナギ成木の側で明らかに促進されることが明らかにされている。これら実生に形成された菌根は、ほとんど全てミヤマヤナギ成木に見られた菌種によって形成されたものであることが、DNA解析によって同定されている。これらの結果により、共生する菌根菌が介在することによってミヤマヤナギ成木がミヤマヤナギ当年生実生の成長を促進するという新たな機構を明示されるとともに、菌根菌が植生遷移のつなぎ役として後遷移樹種の定着を促進する機能を有する可能性が示されている。

5章では、富士山の様々な遷移段階にある森林を中心として、多種多様な菌根菌の単離を行い、ミヤマヤナギに対する宿主特異性を調べている。その結果、数多くの学術的に貴重な菌種を含む105種130菌株が収集され、そのうち36菌株でミヤマヤナギへの菌根形成が示されている。

第6章では、富士山火山荒原で優占する菌根菌11種を用い、根外菌糸体によって当年生実生へ菌根菌を感染させる実験を現地で行っている。その結果、根外菌糸体によって感染を試みた全ての実生に当該菌種の菌根が形成され、当該菌種以外の胞子による菌根形成は見られないことが示されている。また、各種菌根菌が感染した実生のほとんどは、対照区の実生より多くの窒素やリンを含有し、成長も良いことが示されている。こうした実生への菌根菌感染の効果は、菌種によって大きく異なり、窒素吸収量では最大で8.2倍(平均値比)の、実生乾重では最大で4.1倍の菌種間差がある。このような結果から、成木から隣接する実生への根外菌糸体による菌根菌感染と、それに伴う実生の養分吸収・成長促進機構が明示されるとともに、菌根共生の野外での機能に見られた大きな菌種間差が富士山火山荒原のミヤマヤナギ実生の定着を左右する大きな要因となることが示されている。

以上の結果を統合して、第7章では一次遷移過程における外生菌根菌の遷移と機能について新たなモデルが提唱されており、外生菌根共生の機能が植生回復や植生遷移に決定的に重要であることが示されている。

以上、本研究によって初めて示された外生菌根菌の一次遷移系列は、学術上の重要な知見である。さらに、先着植物に共生する菌根菌による後続植物の定着促進機構や植生遷移の促進機構が示されたことは、極めて独創的でインパクトの大きい研究成果である。さらに、優占するすべての菌種において、外生菌根共生のフィールドでの機能が解明されたことは、学術上、応用上の大きな進展である。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文としてふさわしいものであると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40221