学位論文要旨



No 215886
著者(漢字) 桃谷,尚嗣
著者(英字)
著者(カナ) モモヤ,ヨシツグ
標題(和) 移動荷重の影響を考慮した鉄道路盤の変形特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215886
報告番号 乙15886
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15886号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 古関,潤一
 東京大学 講師 内村,太郎
内容要旨 要旨を表示する

鉄道のバラスト軌道に広く採用されている強化路盤(図1)は粒度調整砕石とアスファルトコンクリートにより構成され,高い剛性によって軌道を支持する構造である。強化路盤を用いることにより,道床バラストの変形に起因する保守作業を軽減する効果が期待されることに加え,雨水の路床への浸入を防止して降雨時の列車走行安定性を高めるとともに,噴泥の発生を防ぐ効果がある。さらに,強化路盤は列車荷重を分散して路床へ伝達するため,路床の変形を抑制する効果がある。

従来の強化路盤の設計では弾性変形による路盤表面のたわみ量が2.5mm以内となるように路盤の厚さが決められていた。しかしながら,この設計方法では路盤の厚さは路床の条件により一義的に決定されることになるため,耐用年数,列車荷重,列車本数等に応じた柔軟な設計を行うことができない。経済的で安全な構造物を建設するために,構造物の設計は性能規定による方法に移行されつつあり,鉄道路盤の設計も性能規定による方法を取り入れることが求められている。そこで,本研究では道路のアスファルト舗装の設計と同様に,アスファルトコンクリートの疲労寿命から路盤の厚さを決定する方法を検討することとした。アスファルトコンクリートの疲労寿命はアスファルトコンクリートに発生するひずみによって規定されるため,そのひずみを精度よく推定する必要がある。しかしながら,鉄道ではレールとまくらぎを介して列車荷重が路盤に伝達されるため,アスファルトコンクリートに直接タイヤで載荷される道路の場合と比較すると変形のメカニズムが複雑である。道路のアスファルト舗装の設計では多層弾性解析により,アスファルトコンクリートのひずみが求められるが,多層弾性解析では複雑な形状の軌道を支持するアスファルトコンクリートのひずみを求めることは困難である。そこで,本研究では有限要素法(FEM)によりアスファルトコンクリートのひずみを求める方法を検討することとした。従来の強化路盤の設計でも路盤のたわみ量を求めるためにFEMが導入されているが,アスファルトコンクリートのひずみを求めるためには,軌道の形状を詳細にモデル化することにより,精度の高い解析を行う必要がある。

本研究では,鉄道路盤におけるアスファルトコンクリートのひずみをFEMにより求めることの妥当性を検証するために模型実験を行い,FEM解析と模型実験の結果と比較することとした。載荷試験を行う際に,従来行われていたような定点で繰返し載荷を与える方法では載荷点直下に変形が相対的に大きくなり,支持条件が繰り返し載荷とともに変化してしまうため,弾性挙動を適切に評価できない可能性があった。そこで列車の走行を模擬し,載荷輪を移動させることにより載荷を行う移動荷重載荷試験を行うこととした(図2)。移動荷重載荷を行うことにより,各まくらぎが順次同じように載荷されるため,定点載荷で生じるような支持条件の変化を回避することができる。すなわち,移動荷重載荷を行うことで繰返し載荷を行った場合でも路盤の弾性挙動を適切に評価することが可能になると考えられる。

一方,実物大のアスファルト路盤の弾性挙動を検討するために,ここではアスファルトコンクリート路盤に直接まくらぎを設置するアスファルト路盤直結軌道を対象とした試験を行った。この軌道方式ではアスファルトコンクリート路盤を用いるため,その設計においては強化路盤と同様に,アスファルトコンクリートのひずみを評価することが重要となる。本研究ではアスファルト路盤直結軌道の変形特性を詳細に計測し,FEMとの整合性を評価することとした。

従来の強化路盤の設計ではレールやまくらぎより構成される軌道の変形については解析を行わず,バラスト内における圧力の分布と路盤に作用する圧力をあらかじめ仮定することによって解析を行っていた。しかしながら,アスファルトコンクリートのひずみを精度良く推定するためには,バラストに作用する応力や路盤表面に作用する応力をより現実に即した方法で求める必要がある。本研究では,バラスト上に設置した実物大まくらぎの下面に分割ロードセルを設置してまくらぎ下面に作用している圧力を測定するとともに,路盤表面に作用している応力を測定した。その結果をFEMと比較することで圧力の分散に関して仮定することをせずに,バラストを含めてモデル化した解析方法の妥当性を検証した。

小型軌道模型による移動荷重載荷試験によって得られたまくらぎ荷重分担率,路盤表面変位,土槽底面応力についてFEMによりシミュレートした結果,地盤の解析パラメータを要素試験の結果から適切に設定することで,実験結果と整合性の高い結果を得ることができることが確認できた。また,実物大のアスファルト路盤直結軌道の載荷試験によりアスファルトコンクリートのひずみに関する詳細な計測を行った結果,複数の層に分けて転圧するアスファルト路盤では層間のすべりを解析上考慮する必要があることが分かった。ただし,強化路盤のアスファルトコンクリート層は薄いため,1層で転圧されるのでアスファルト層間のすべりを考慮する必要はない。

バラスト上に設置したまくらぎの載荷試験を行った結果,バラスト軌道におけるまくらぎの荷重−変位曲線にはまくらぎ下面とバラスト粒子間のベッディングエラーの影響が強く含まれ,非線形性が強くなることが分かった。しかしながら, FEMによるシミュレーションを行う際には,バラスト層の変形係数として荷重レベルの大きい部分のバネ係数に相当するヤング率を用いることで,荷重レベルの小さい領域に含まれる非線形性の強い部分影響を取り除いて路盤圧力の評価を行うことができることが分かった。

以上の検討結果により,地盤のパラメータを適切に設定することで,弾性解析による3次元FEM解析で列車荷重下における路盤の変形挙動を適切に評価できることが確認できた。そこで,実物大の強化路盤を対象としたFEM解析(図3)を行い,求められたアスファルトコンクリートのひずみからアスファルトコンクリートの破壊基準を用いることで耐用年数の試計算を行った。解析の結果,アスファルトコンクリートのひずみは路盤のたわみ形状ではなく,離散的に配置されたまくらぎの位置の影響を強く受けることが明らかとなった。すなわち,まくらぎ直下では引張りひずみが生じるが,まくらぎ中間部ではひずみが小さく,路盤や路床の条件によっては圧縮ひずみが生じることが分かった。この傾向は模型実験の結果でも同様であった。また,引張りひずみの卓越する方向は,路盤の厚さや路床の剛性によって変化するため,引張りひずみを評価する際には最大主ひずみを用いるのが適切であること判断した。この方法によって,現行の設計標準における強化路盤の寿命を推定したところ,妥当な厚さであることが確認されたが,列車本数の少ない区間では現在よりも路盤を薄くできることが分かった。

一方,繰返し載荷による残留沈下については,移動荷重載荷を行うと地盤内の主応力の方向が変化することにより,沈下量が大きくなることが従来から指摘されていた。本研究では,小型軌道模型を用いた試験により,移動荷重載荷と定点載荷の違いによる,繰返し載荷における残留沈下について検討を行った。その結果,移動荷重載荷では定点載荷の3〜6倍程度残留沈下量が大きくなることが分かった。この原因として,主応力方向の回転の影響に加え,軌道の構造的な要因が大きく影響していることが分かった。定点載荷では載荷点直下の地盤の変形が相対的に大きくなるため,レール剛性による荷重の分散効果によって載荷点直下に作用する応力が繰返し載荷とともに減少し,それが残留沈下量に大きな影響を与えていると考えられる。まくらぎ受ける荷重の大きさが残留沈下量に与えるの影響については,まくらぎ1本の模型に対して載荷荷重を段階的に変化させた繰返し載荷試験を行うことにより検討を行った。その結果,載荷荷重を5%程度減少させただけで残留沈下量が半分程度に減少することが分かった。つまり,荷重履歴を受けている地盤では,それより小さい荷重を受けても残留沈下はあまり生じないため,載荷中に荷重分担率が刻々と変化する定点載荷では残留沈下量が小さくなると考えられる。一方,地盤内の主応力の回転量をFEMにより求めた結果,まくらぎ直下の応力が高い位置では主応力の回転がほとんど生じないことが分かった。すなわち,鉄道では不連続に配置されたまくらぎを介して地盤に荷重が伝達されるため,道路を走行する車輪の場合のように,まくらぎ直下では連続した主応力の回転は生じない。ただし,深い位置では複数のまくらぎによる応力が重なり合って主応力は回転しているため,主応力の回転の影響は無視できないが,鉄道の場合には主応力の回転の影響に加え,軌道の構造的な要因が大きいことが分かった。

以上のように,本研究では鉄道路盤の変形メカニズムを詳細に検討した上で,新しい強化路盤の設計方法を提案した。また,移動荷重載荷試験と定点載荷試験の結果から,載荷方式による路盤の変形特性の違いを明らかにした。本研究によって,鉄道路盤の弾性挙動については定量的な評価を行うことができることが分かった。一方,繰返し載荷による塑性変形については変形のメカニズムが明らかになり,定性的にはその挙動について評価することが可能となった。今後の課題として,繰返し載荷による軌道および路盤の残留変形を定量的に求める方法を検討することが必要である。

強化路盤の構造

小型移動荷重載荷試験装置

強化路盤のFEM解析モデル

審査要旨 要旨を表示する

鉄道軌道を支持する路盤は、列車荷重によって継続的に変形するため継続的な保守作業が必要となる。しかし、近年の労働力不足から、継続的な変形の少ない路盤を建設して保守作業を軽減あるいは全く無くした方が合理的な場合が増えてきた。変形が少なくなるように強化した路盤を設計するためには、移動列車荷重による強化路盤の変形が予測できる必要がある。この場合の特徴は、荷重が移動すること、載荷回数が非常に多いこと、荷重がまくらぎを経て距離的に見て離散的に路盤とその下の路床に伝達されること、変形には弾性的な即時繰返し変形と非可逆的な長期残留変形があることである。従って、これらの要因が路盤の変形特性に与える影響を定量的に評価できる必要がある。さらに、これらの研究結果に基づいて、新しい設計法を提案する必要がある。本研究はこのような背景の下で行われたものである。

第1章は序論であり、以上のような研究の背景と研究目的がまとめられている。特に、従来の路盤の設計では路床の剛性に応じて路盤表面の変位量が許容値を満足するように路盤厚さを決定しているが、列車本数や列車荷重等の荷重条件を考慮していないことを指摘している。また、従来の模型実験では載荷位置が固定した繰返し載荷が行われているが、この載荷条件は実際に移動する列車荷重条件とは著しく異なる結果をもたらす可能性があることを指摘している。研究目的は、移動載荷と定点載荷の違いが鉄道路盤の即時及び残留変形に与える影響を定量的に評価すること、鉄道路盤の弾性的変形を実験的に正確に評価して弾性解析による予測の精度を検証すること、強化路盤の設計においてアスファルトコンクリートの弾性ひずみを弾性FEM解析で正確に求める方法を提案すること、耐用年数を考慮した強化路盤の新しい設計法を提案すること、であることを述べている。

第2章は、小型鉄道軌道模型を用いて移動荷重と定点荷重を用いた繰返し載荷を行って、路盤と路床の変形特性を詳細に検討した結果をまとめている。まず、本研究のために新たに設計制作した実験装置の詳細が示されている。さらに実験結果を解析することにより、路盤の存在によりまくらぎの受ける荷重は大きくなるが路床内の応力は減少して路盤の沈下量は減少すること、定点載荷と比較すると移動載荷の場合のまくらぎの残留沈下量ははるかに大きくなることを示している。これは、定点載荷を行うと載荷点のまくらぎ直下の路盤と路床に生じる残留ひずみが相対的に大きくなり、レールの剛性のために載荷位置まくらぎが受ける荷重が繰返し載荷とともに減少してゆくことが主な理由であることを、様々な測定結果を基礎にして推察している。他の要因として移動荷重による路盤と路床内で主応力方向が連続的に回転していることも挙げている。また、強化路盤では路盤が厚い方がアスファルトコンクリート内のひずみが小さくなることを実験的に示し、このために疲労寿命を長くすることが出来ることを示している。また、路床内のひずみを画像解析により求めて、強化路盤には、荷重を分散することにより路床内のひずみを分散して残留ひずみを軽減する機能があることも示している。

第3章では、三次元線形弾性有限要素法によって強化路盤の小型模型実験の結果を解析している。路盤・路床の弾性挙動に対して、路盤・路床の物性値を適切に設定することにより、路盤厚さがアスファルトコンクリート内に生じる引張りひずみに与える影響や模型土槽底面に作用するせん断応力と鉛直応力の載荷輪位置に対する分布形状の実測結果が正確に予測できることを示している。

第4章は、実物大のアスファルト路盤模型の載荷実験法と実験結果、及び実験結果の三次元線形弾性有限要素法による数値解析の結果をとりまとめたものである。その結果、実物大のアスファルト路盤模型の弾性挙動も、提案する数値解析法によって正確に予測できることを示している。

第5章は、バラスト路盤上に設置した実物大のまくらぎの載荷実験法と実験結果、及び実験結果の三次元線形弾性有限要素法による数値解析の結果をとりまとめたものである。実物大まくらぎの底面は26個と多数の二方向ロードセルの受圧面で全面的に覆うことにより、まくらぎ底面での直応力とせん断応力の分布を正確に測定している。まくらぎ底面としては、平滑面、粗にした面、ゴムで作成した弾性材を介在した面と言う三つの条件を用意している。その結果、この順序でバラストがまくらぎ底面に対して相対的に移動しやすく、バラストが移動しやすいほど、まくらぎ底面でより大きなせん断応力が発揮されて繰返し載荷に伴う応力分布の変化も大きくなり残留沈下量が大きくなることを実証している。さらに、バラスト軌道の路盤内の圧力分布を、線形弾性有限要素法により適切に評価できることを示している。

第6章では、耐用年数を考慮した強化路盤の新しい設計法を提案している。模型実験によって精度を検証した有限要素法によって数値計算を行うことにより、路盤に大きなたわみが生じた場合でも、アスファルトコンクリート下面で一様な引張りひずみが生じるのではなく、個々のまくらぎの端部直下でひずみが集中することを示している。また、列車本数や列車荷重に応じて柔軟な設計をすることができる新しい設計法を提案している。現行の設計標準で規定されている路盤厚さは、耐用年数を考慮して再検討すると、通常の列車荷重に対して妥当な厚さであることを示している。

第7章は、結論である。

以上要するに、鉄道路盤の移動列車荷重による変形のメカニズムを模型実験と数値解析により明らかにして、新しい強化路盤の設計法を提案しており、今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学に分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50238