学位論文要旨



No 215887
著者(漢字) 徳山,日出男
著者(英字)
著者(カナ) トクヤマ,ヒデオ
標題(和) 政策評価の導入による新たな道路行政マネジメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 215887
報告番号 乙15887
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15887号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 原田,昇
内容要旨 要旨を表示する

昨今、公共事業に対しては、「無駄なプロジェクトが多いのではないか」、あるいは「説明責任を果たしていないのではないか」という世間の強い不信感がある。

公共事業の効率性と透明性を改善し、こうした不信感を払拭するための切り札として、政策評価が導入されてきた。にもかかわらず、これによって公共事業が改善されてきたと認識されていないのは、評価理論に疑問があるのではなく、こうした評価手法が実際の行政システムの中にどのように組み込まれて行政運営の効率化に役立っているのか、そして、その評価結果等が国民に分かり易く説明されているのかという「行政への適用」の部分に問題があるためであろう。政策評価の行政への適用については、大きく3つの問題がある。

第1は、評価の体系についての理解不足である。以前から導入されてきた費用便益分析による個別事業評価については既に定着しているものの、1980年代以降先進諸国において導入されつつある目標管理型の施策評価については行政の現場で十分理解されていない。

第2は、行政システムの対応の遅れである。政策評価を機能させるには、評価結果を反映させる新たな行政マネジメントサイクルのための制度設計が伴わなければならない。

第3は、実用的なデータ収集・分析・評価手法の不足である。評価理論の行政への適用を考える場合、必要な精度かつ合理的なコストで適時適切にデータが収集・分析されるという実用性は大きな課題である。

本論文は、以上のような問題意識から、政策評価の導入による行政マネジメント改革の方法論を提案することを目的として研究成果をとりまとめた。具体には、まず、事業評価、施策評価の全体を俯瞰した公共事業評価の体系を提案した。次いで、公共事業の中でも特に評価への取り組みが進んでいる道路行政を対象に、新たな行政マネジメントのシステムを提案し、さらに新たな業績測定手法の導入による実用的な道路混雑評価手法の提案を行った。

本研究による評価体系の整理が政策評価についての正しい認識を助けるとともに、今回提案する道路行政マネジメントシステムによって、道路行政の効率化やアカウンタビリティの向上が図られることを期待するものである。

内容の概略は以下のとおりである。

公共事業評価導入に関する既存の研究と適用の現状

第1章では、公共事業評価の行政への適用に関する既往の研究論文をレビューするとともに、先進諸国や国内における適用の現状をサーベイすることにより、評価がこれまでどのように行政運営に組み込まれてきたのか、その理念と経緯について整理した。

まず、公共事業評価の行政への適用に関する既往の研究をレビューし、公共事業の評価は、19世紀以来の長い歴史のある科学的評価手法による個別事業評価と、1980年代以降アングロサクソン諸国を中心に確立してきた実用的な目標管理型手法による予算(施策)全般の評価とに分類できることを示した。また、既存の研究論文の中で、特に行政への適用を主たるテーマとしている「ニュー・パブリック・マネジメント(NPM)理論」についてその要件を整理した。

次に、米国及び英国における評価の行政への適用についてレビューを行った。まず、米国連邦道路庁では、1997年以降、6年先を見通した「戦略計画」の下に目標管理型の施策評価を導入している。また、英国ハイウェイ・エージェンシーでは、10カ年計画の下に目標管理型の施策評価を導入しているほか、事業評価についても、NATA(The New Approach To Appraisal)と呼ばれる体系的なプロジェクト評価プロセスを採用している。

さらに、日本の公共事業の代表的な7分野(「道路」「下水道」「治水」「土地改良」「港湾」「空港」「都市公園」)の、評価の実施状況、公表度、評価方法を比較した研究を紹介し、公表度が低い分野や効果の計上方法に疑問のある分野があることを指摘した。

公共事業評価の体系の提案

第2章では、我が国の政策評価の枠組みを分析し、公共事業評価の体系を提案した。また、事業評価と施策評価の内容について考察を行った。

まず、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」、「政策評価に関する基本方針」及び「国土交通省政策評価基本計画」に示されている評価体系を整理し、評価対象と評価時期という二つの要素を軸に、公共事業評価の体系として2×3のマトリクスの枠組みを提案した。特に、従来混同されることが多い、「事業」を対象とする評価(「事業評価」)と「施策」を対象とする評価(「施策評価」)を明確に区別した。

また、「事業評価」と「施策評価」は、評価対象のみならず、歴史的経緯、評価手法、評価時期、行政プロセスとの関わり、学問的関心事項などあらゆる点で異なっていることを指摘した。さらに、前に提案した公共事業評価の体系は、2×3のマトリクスとなっているが、運用上、これらは並列的に取り扱われるべきでなく、事業評価は科学的手法を用いた事前評価に最大のウエイトをおき、施策評価は目標管理型手法を用いた事後評価に最大のウエイトをおくべきであることを指摘した。

評価手法の道路行政への適用についての提案

第3章では、公共事業の中でも評価についての取り組みの進んでいる道路事業を対象として、評価手法の行政への適用の経緯と現状について整理し、政策評価の導入による新たな道路行政マネジメントシステムについて提案した。

まず、適用の経緯については、政府の動きと道路行政の取り組みを並べて、事業評価と施策評価に分けて整理し、道路行政が他に先駆けて政策評価の導入を進めてきたことを指摘した。事業評価については、平成5年度に道路局に設置された「道路投資の評価に関する研究会」(中村英夫委員長)によって検討が開始され、以後、新規採択時評価、再評価、事後評価が順次導入されてきた。また、施策評価についても、平成5年度から始まった第11次道路整備五箇年計画で初めてアウトカム指標によって業績目標を提示し、平成15年度から本格的な行政マネジメントに取り組もうとしている。

次に、適用の現状については、事業評価と施策評価に分けて、道路行政における取り組みの現状を整理したほか、組織・体制や公表の現状についても明らかにした。事業評価では、平成14年度において、新規採択時評価147ヵ所、再評価141ヵ所、事後評価63ヵ所を実施している。施策評価では、平成14年度に18のアウトカム指標を発表し、平成15年度からは「業績計画書」と「達成度報告書」を作成することとしている。また、平成15年4月からは道路局に「道路事業分析評価室」が設置されたほか、公表のための「道路事業評価サイト(道路IRサイト)」がホームページ上に設置されている。

最後に、今後の新たな道路行政マネジメントシステムの制度設計として、統制理念、組織・制度、行政内部の運営方式、社会的合意形成プロセスの4つの改革を提案した。まず、統制理念の変更に関しては、使命の確認、成果指標および目標値の決定、業績測定の3つを指摘した。組織・制度の変更に関しては、企画部門の充実、実施部門の責任体制、実施部門に裁量を与えるしくみの3つを指摘した。また、行政内部の運営方式の変更に関しては、自発的な改善を呼ぶ取り組み、成果と予算・人事のリンク、マネジメントサイクルの確立の3つを指摘した。最後に、社会的合意形成プロセスの変更に関しては、説明責任の達成と政策決定過程への国民参加の実現について指摘した。

実用的な道路行政評価手法の提案

第4章では、前章でまとめた適用上の課題のうち、緊急に対応が必要な業績測定に関する課題の解決を図るため、プローブカーを活用した実用的な分析手法を提案した。

まず、プローブカーの概念と意義について紹介した上で、道路管理者、一般道路利用者、運輸事業者にとってのプローブカーの活用体系を整理し、プローブカーを活用することにより、行政評価をはじめとする多くの分野で有効なデータが取得できることを指摘した。

次に、プローブカーデータの有用性を確認するため、国土交通省北陸地方整備局新潟国道事務所管内の国道約12kmにおいて路線バスを用いたプローブカー実験を実施し、かつてない精度で道路混雑分析、渋滞損失額の算定、個別事業の事後評価が可能なことを示した。

最後に、渋滞損失額は、今後の目標管理型の道路行政運営において非常に重要なアウトカム指標であるので、プローブカーによるデータ取得と渋滞損失額の算定を全国規模で行うための基準化を行った。具体には、いろいろなデータソースによるデータ取得レベルの定義を定めたほか、渋滞がない状態の基準旅行速度の決定方法を規定し、あわせて、公表時にわかりやすく表現するための渋滞3Dマップを提案した。

今後の課題

今後の課題としては、研究上の課題と政策上の課題が指摘できる。また、今研究は道路行政の分野に限られており、他の行政分野への展開は研究上も政策上も今後の課題である。

研究上の課題

まず、事業評価に関しては、費用便益分析についてはほぼ確立していると言える。今後は、費用便益分析で扱わない外部効果をどのように客観的に評価するか、そして、費用便益分析に外部効果も含めた総合的な評価をどのように行うかが研究テーマとなる。

一方、施策評価に関しては、行政マネジメント改革と一体化した取り組みが各国において進行中であり、今後、評価手法や行政組織論、行政プロセス改革など幅広い分野で体系的な理論構築が期待される。

政策上の課題

まず、事業評価に関しては、真に公共事業の効率化に資するような適正な取り扱いが行政機関に求められる。あわせて、データ取得・分析の向上、事後評価の徹底、評価結果のみならず基準類や評価プロセスも含めた情報公開など、より透明感を増す運用が求められる。

また、施策評価に関しては、既存の行政プロセスの改革が求められる。行政の統制理念、組織・制度、行政内部の運営方式、社会的合意形成プロセスの変更による、成果主義の行政経営スタイルを確立することが求められる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、公共事業に関して、事業の選別や効率性・透明性の確保が大きな課題となっており、これを解決する手法として、公共事業の評価に注目が集まっている。公共事業の評価については、土木計画学の分野において、19世紀以来、費用便益分析を中心に研究が重ねられてきたほか、1980年代以降、新たな目標管理型の施策評価手法が提案されるなど、評価理論に関して多くの研究がなされてきた。しかしながら、評価理論の実際の行政への適用に関する研究は、評価理論の研究に比べて必ずしも十分になされてきたとはいえず、行政の現場においては、これらの評価手法を適切に導入するための行政側のシステムの対応が遅れているのが実情である。本論文は、このような観点から、政策評価の導入による行政マネジメント改革の方法論を提案したものである。

本論文は、序章と5章より構成されている。

序論では、研究の背景、目的と本研究の立場について述べている。

第1章では、まず、公共事業評価の行政への適用に関する既往の研究をレビューし、公共事業の評価は、19世紀以来の長い歴史のある科学的評価手法による個別事業評価と、1980年代以降アングロサクソン諸国を中心に確立してきた実用的な目標管理型手法による予算(施策)全般の評価とに分類できることを示している。次いで、米国及び英国における公共事業評価の行政への適用についてレビューを行い、さらに、日本の公共事業の代表的な7分野(「道路」「下水道」「治水」「土地改良」「港湾」「空港」「都市公園」)を抽出し、評価の実施状況、公表度、評価方法を比較している。これらのレビューにより、公共事業評価がこれまでどのように行政運営に組み込まれてきたのか、その理念と経緯について整理している。

第2章では、まず、「行政機関が行う政策の評価に関する法律」、「政策評価に関する基本方針」及び「国土交通省政策評価基本計画」に示されている評価体系を整理し、評価対象と評価時期という二つの要素を軸に、公共事業評価の体系として2×3のマトリクスの枠組みを提案している。また、「事業評価」と「施策評価」は、評価対象のみならず、歴史的経緯、評価手法、評価時期、行政プロセスとの関わり、学問的関心事項などあらゆる点で異なっていることを指摘し、事業評価は科学的手法を用いた事前評価に最大のウエイトをおき、施策評価は目標管理型手法を用いた事後評価に最大のウエイトをおくべきであることを指摘している。

第3章では、まず、政府の動きと道路行政の取り組みを時系列的に整理することにより、道路行政が他に先駆けて政策評価の導入を進めてきたことを指摘した上で、道路行政における取り組みの現状を、事業評価と施策評価に分けて整理し、組織・体制や公表の現状についても明らかにしている。そして最後に、本論文の根幹となる部分であるが、今後の新たな道路行政マネジメントシステムの制度設計として、統制理念、組織・制度、行政内部の運営方式、社会的合意形成プロセスの4つの改革を提案している。

第4章では、前章でまとめた適用上の課題のうち、実践の現場において不可欠な業績測定に関する課題の解決を図るため、プローブカーを活用した実用的な道路混雑評価手法を提案している。また、国土交通省北陸地方整備局新潟国道事務所管内の国道約12kmにおいて路線バスを用いたプローブカー実験を実施し、かつてない精度で道路混雑分析、渋滞損失額の算定、個別事業の事後評価が可能なことを示し、あわせて、プローブカーによるデータ取得と渋滞損失額の算定を全国規模で行うための基準化を行っている。

第5章では、本研究の成果と今後の課題についてまとめている。

以上、本論文は、事業評価、施策評価の全体を包合する公共事業評価の体系及びそれを有効に機能させるための行政マネジメントシステムの制度設計を提案し、独自の知見を提示したものである。また、新たな業績測定手法による実用的な道路混雑評価手法の提案は、実際に渋滞対策の効果を分析・評価する際にネックとなっていた測定について、高い精度と合理的なコストで実施することを可能にしたものであり、道路行政の効率化とアカウンタビリティの向上に大きく貢献する成果である。

よって本論文は、公共事業評価と土木計画学の発展に寄与するものであり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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