学位論文要旨



No 215888
著者(漢字) 山下,保博
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ヤスヒロ
標題(和) 東京の幹線道路整備における政策決定に関する実証的研究
標題(洋)
報告番号 215888
報告番号 乙15888
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15888号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 浅見,泰司
 計量計画研究所   黒川,洸
内容要旨 要旨を表示する

研究の動機とねらい

放射・環状で構成される東京都区部の幹線道路は、首都東京の重要な都市基盤であり、近代都市計画として計画が成立した1927(昭和2)年の道路計画から起算しても、70年以上に及ぶ歴史を有しているが、その整備率は56%と依然道半ばである。国際的な都市間競争の時代に、諸外国の大都市と伍していくためには、都市活動を支える交通インフラの保有が重要な鍵となる。

人口稠密な東京の幹線道路整備に当たっては、他の大都市や地方部の幹線道路整備とは異なる、また地区レベルの道路整備とも異なる、計画技術と合意形成が事業実施への鍵である。長年行政実務の担当者として関わりを持った筆者は、東京の都市計画道路の計画とその整備について、具体的な事例に即して事実を改めて整理したいと考えた。

本研究の特徴

行政実務者の立場から、具体的な計画や事業の事例に則して、資料・データをもとに分析・検証を行ったこと、(2)仮説の検証を通じて、幹線道路整備の政策決定に、いくつかの法則性があることを示し、広く今後の道路整備の政策決定プロセスへの応用を示唆したこと、(3)新都市計画法制定以降の、東京都区部の幹線道路の都市計画決定(変更を含む。)を歴史的かつ体系的に取り上げ考察を加えた初めての論文であることが特徴としてあげられる。

仮説の提示

道路の利用者、沿道住民、道路事業者等、それぞれの立場・利害が存在する中で円滑な都市交通を実現するための幹線道路整備を推進するという行政目的を達成するためには、

(1) 計画が自動車交通という広域目的のみならず、地域環境保全あるいは改善など、まちづくりを総合的に実現するための計画合理性を有していること(計画合理性) (2) 計画について、行政の十分な情報提供と説明がなされていること(説明責任) (3) 実質的な住民参加を通じて、関係者の合意が得られていること(住民参加という3要件が必要である。

このことを、具体的事例を通して明らかにする。

新都市計画法制定以降の東京都区部都市計画変更案件の概観

新法制定以降、東京都都市計画審議会が扱った道路の計画変更(新規追加を含む)は700路線に及ぶ。関連案件をまとめた293件について、計画変更の理由別にみると、(1)新法制定(昭和43年)以前[第1期以前]は、自動車交通に対する社会的要請に応えた高速道路の追加などネットワークの強化が行われたこと、(2)昭和43〜50年[第1期]には、交通需要対応の案件が多かったこと、(3)昭和51〜60年[第2期]では、環境対策強化の案件が増えるとともに、交通需要対応も多かったこと、(4)昭和61〜平成7年[第3期]では、地下構造形式の高速道路など環境対策が格段に進むとともに、街づくり関連の案件が増加したこと、(5)平成8〜13年[第4期]では、立体道路制度の導入などによる都市空間重視型の案件が増えたことなどが指摘できる。

政策決定に影響を及ぼした制度・枠組みの変遷

旧法時代には住民参加手続きが定められておらず、計画の説明責任、住民参加において不十分な制度であったが、新法制定により、計画案の公告・縦覧、公聴会制度の導入など手続きの民主化が行われた(第1期)。東京都では昭和56年に国に先駆けて環境影響評価条例を法制度化し、多くの事例を積み上げてきた。国は昭和59年に閣議アセスメントを導入した(第2期)。第3期にいたって、立体道路制度、再開発地区計画制度などが導入され、道路を総合的街づくりに位置づける手段が強化された。平成11年に環境影響評価法が制定されたが、東京都では、すでに総合アセスメント導入が検討されており、平成12年には計画段階アセスメントが試行され、平成15年の条例改正につながった。また平成13年の都市づくりビジョンではパブリックインボルブメントの導入が提言されている(第4期)。

9事例について政策決定プロセスを分析

以上を踏まえ、各期に特徴的な次の9事例について政策決定プロセスを分析し、仮説にあげた3要件が備わっていたかどうかを検証した。

(1)【第1期以前】東京外郭環状道路(旧都市計画法適用事例)(2)【第1期】放射36号線(車線縮小などにより環境保全した事例)(3)【第2期】区部道路再検討(公聴会など新都市計画法の手続きを踏襲した事例)(4)【第2期】首都高速中央環状王子線(環境影響評価条例を初適用した事例)(5)【第2期】首都高速中央環状新宿線(地下化検討委員会を設置して一部見直した事例)(6)【第3期】環状2号線(虎ノ門地区)(街づくりと立体道路整備の同時施行による事例)(7)【第3期】臨海開発広域幹線道路5路線(街づくり協議会を設置して面整備を協議した事例)(8)【第3期】環状2号線(汐留地区)(再開発地区計画を適用した事例)(9)【第4期】放射5号線(総合アセスメント試行事例)を取り上げた(別表)。

9事例にみる特徴点

9事例のうち都市計画変更過程で何らかの見直しが迫られた(1)(2)(5)(6)については、3要素のうちの少なくとも一つの条件が欠けていたため、計画の構想段階まで計画決定プロセスをさかのぼって、それぞれにおいて何らかの第3者的機関を設置して、住民参加を得ながら見直しがなされていると指摘できる。現在のところ計画構想段階での制度的枠組みはまだ作られていない。なお、放射5号線では計画段階アセスメントの試行事例であり、計画決定プロセスの当初段階から代替案を示すという先進的試みがなされた。

こうした見直し事例においては(1)計画段階にさかのぼって柔軟な対応が迫られると言う「プロセス遡上の法則」がみられ、(2)見直しに際しては合意形成に向けたツールの多様性が必要という「持ち駒多様性の法則」が重要であり、(3)こうした見直しに当たって道路事業に携わる者は道路事業を離れて異なる主体間を総合的に調整する能力が必要であるという「総合調整力の法則」がみられた。

考察のまとめと今後の目指すべき方向

論文を通して、道路整備を円滑に進めるためには、仮説で示した計画合理性、説明責任、住民参加という3条件を整える必要があるということが検証された。

今後の道路整備においては、計画の総合性、計画決定の透明性、事前の合意形成における枠組みと住民参加、道路事業者の総合調整力などが必要であると指摘できる。これを実現するためには、早急に、計画段階における住民参加の制度的枠組みを導入する必要があり、そのためにパブリックインボルブメントの法制度化が必要である。また、その制度化に当たっては、この論文で指摘してきたように、手続き規定を厳格に定めるものではなく、柔軟な対応と地域特性を反映できる制度とする必要があることを指摘したい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1968年都市計画法制定前後から今日までの東京都区部の幹線道路の計画・事業における合意形成の歴史的変遷について、地方自治体レベルの政策決定の視点から考察したものである。筆者は、東京都の都市計画行政・道路行政の実務にかかわってきた経験から、計画や事業を円滑に進める上で、(1)計画合理性、(2)説明責任、(3)住民参加 の3要件が全て揃っていることが必要との考えを具体的な事例を用いて論証するとともに、今後の道路整備における合意形成のあり方を総合的に論じたものである。

第1章では本研究の背景と目的、仮説、構成を示している。第2章では国内外の幹線道路の計画論及び合意形成に関する既往研究を整理し、本研究の位置づけをおこなっている。

以下、本論文の成果として評価しうる点は、以下のようにまとめられる。

1968年都市計画法制定以降の、東京の都市計画道路事案を体系的に整備・分析

第3章では、新法制定後、東京都都市計画審議会の審議に供された区部都市計画道路の計画・整備に係わる都市計画決定(変更)案件約 700件をデータベース化している。そして、相互の関連性等を勘案して 264事案に集約し、変更内容や変更理由などから、高度成長期、低成長期、バブル経済期、バブル経済崩壊期以降今日まで の4期に区分できること、これらに新法制定直前の時期をあわせた5つの年代区分が認められことを示した。その上で、交通容量確保のためのネットワーク整備、モータリゼーションへの対応、道路環境への対策、まちづくりへの対応、都市空間整備への対応など、年代ごとの都市計画変更案件の特徴と変遷を実証的に分析しており、概ね半世紀にわたる道路計画・道路事業の歴史観を提示している。

幹線道路整備の合意形成に係わる制度的枠組みを体系的に整理・分析

第4章では、前章で示した年代区分に即して、幹線道路整備の合意形成に係わる制度的枠組みを体系的に整理・分析している。住民参加のない旧都市計画法から新都市計画法へ、そして東京都の環境影響評価条例、閣議アセス、立体道路制度や再開発地区計画制度、環境影響評価法、東京都の総合環境アセスメント制度等の変遷を体系化して示している。また、先行する年代の成果と反省が次の年代の制度的枠組みをリードしてきたこと、環境アセスメント制度をはじめ東京都における取組が国の制度化に先行してきた点などを論証している。

計画・事業推進の3要件について、代表的事例にそくして実証的に考察

第5章では、各年代区分から代表的事例(9件)を抽出し、合意形成の取り組みを仮説で掲げた3要件(計画合理性、説明責任、住民参加)の視点から考察している。代表的事例は、前後の事例との関係を踏まえ、それぞれの年代の特徴をよく物語る重要な計画・事業が選定されている。ここで計画合理性をまちづくりを含めた総合性、説明責任を情報と課題認識の共有化、住民参加を多様な機会が保証された実質的な参加、と考えて、各事例での取組を詳細に分析している。とりわけ、記録資料を丹念に読み込み、各事例における課題点と解決への取組の特質を抽出している。

つづく第6章では、各事例での分析を横断的に考察し、3要件(計画合理性、説明責任、住民参加)のいずれかが欠けた場合には、原案どおりの対応ができず、構想段階まで計画プロセスを遡上して再検討が必要となることを論証している。

幹線道路整備の政策決定に係わる3つの経験則

3要件の考察から得られた新たな知見として、経験則ともいうべき3つの法則性が存在することを提示した。それらは、(1)プロセス遡上の法則(問題が乗じた場合に、計画の構想段階に遡って再検討すること)、(2)持ち駒多様性の法則(整備手法、情報提供手段、制度に基づかない参加手法など、既定概念にとらわれない多様なツールを、タイミング良く打つこと)(3)総合調整力の法則(自治体行政者には、住民、関係機関などの間でねばり強く調整するパワーが必要であること)である。

いずれも自らの実務経験を踏まえて、若手自治体職員に発せられた筆者のメッセージであり、自治体レベルの政策的判断にとって有用な視点を提示している。

幹線道路など社会資本整備の合意形成に係る既往研究の成果を体系的に整理

第2章では、論文テーマである幹線道路の計画・整備における合意形成に着目して、既往の研究成果を概括し、それらの到達点をと今後の研究課題について方向性を示唆しており、今後のこの分野の研究にとって有用である。

幹線道路整備の今後の方向性を積極的に表明

第7章では、本研究のまとめとして、現在の制度的枠組みの限界と課題点を明らかにし、合意形成のために今後必要と考えられる方向性を提示している。すなわち、道路計画に関する政策決定プロセスでは構想段階での事前の合意形成が重要であることを述べ、今後のPI(パブリックインボルブメント)の法制度化にあたっては、計画の意義などを広く議論できる枠組み、徹底した情報提供、財源措置など、実質的な参画を保証する制度とすべきとの考えを積極的に表明している。

以上の成果により、本論文は、都市内の道路及び街づくりの計画、ないしは道路整備事業における合意形成のあり方について、歴史観を明確に据えながら、具体的な事例をもとに論証を行ったものであり、今後のこの分野での合意形成のあり方に合理的かつ有用な知見をもたらすものと評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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