学位論文要旨



No 215891
著者(漢字) 福本,潤也
著者(英字)
著者(カナ) フクモト,ジュンヤ
標題(和) 国土計画の政策評価に関する応用厚生分析
標題(洋)
報告番号 215891
報告番号 乙15891
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15891号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 教授 家田,仁
 東京工業大学 助教授 上田,孝行
内容要旨 要旨を表示する

現在,わが国の公共政策全般において,政策評価の実施・公表を通じた政策のチェック・アンド・バランスや参加型民主主義の実現が求められている.その流れのなか,国土計画の策定・実施段階にも政策評価制度を導入しようとの提案がなされている.国土計画は国民生活の基盤条件を大きく左右することから,新古典派経済学で広く用いられる功利主義のほかに,機会の平等やナショナル・ミニマムの確保といった多元的価値規範からの評価が求められる.しかし,わが国の現行の政策評価制度は,効率性の観点から個別の事業実施の是非を判定する手段としての性格を強く有している.国土計画の策定・実施段階において政策評価を行うには,改善・拡張の余地が多数残されている.

社会経済システムの設計に規範的観点からアプローチする厚生経済学では,多元的価値規範から公共政策の望ましさを評価する分析枠組みが構築されてきた.その枠組みは公共政策全般の評価に利用しうるものであり,多元的価値規範からの評価を不可避とする国土計画の政策評価は,厚生経済理論が最も有用性を発揮する適用対象の一つであると期待される.しかし,国土計画の政策評価に厚生経済学の分析枠組みを拡張して応用する試みはこれまでほとんど行われていない.その理由は多数考えられるが,空間概念の経済学的取り扱いの困難性は最も大きな原因の一つである.国土計画の分野に厚生経済学の分析枠組みを適用するには,まず,地域経済システムを空間一般均衡モデルとして記述する必要がある.空間一般均衡モデルは主に地方財政理論の分野で構築・分析されてきたが,そこでは,1)効用均等仮説に従って家計の地域間人口分布が決定するとの想定が置かれ,2)公共サービスを念頭に静学的な枠組みでの分析が行われてきた.また,3)空間概念の導入により端点解が均衡解として生じる可能性があるにも関わらず,理論分析は取り扱いの容易さから内点解の性質に関する議論に終始してきた.1)の想定は国土計画の重要検討課題の一つである地域間格差の議論を予め排除する.2)の想定は計画期間が長期に及ぶ社会基盤施設整備の政策評価を困難にする.3)の想定は過疎化による地域社会の崩壊といった現象を分析の対象外とする.これらの限界ゆえに,厚生経済学の分析枠組みは国土計画の分野に十分に適用されてこなかったといえる.

以上の問題意識のもと,本論文では国土計画の策定・実施段階において有効な多元的価値規範からの国土計画の政策評価の方法を提案し,その有効性について考察することを試みる.地方財政理論の分野で米国や加国の連邦財政制度を念頭に構築されてきた空間一般均衡理論の分析枠組みを,わが国の国土計画が直面する諸問題の特徴が反映されるよう拡張し,厚生経済学の分析枠組みと組み合わせることで,新たな国土計画の政策評価の方法を開発しようとする点が本論文全体での一貫した特徴である.

本論文を構成する各章の内容は次の通りである.

第1章では,上述の背景と目的について詳述している.

第2章では,第3章以降の分析と現実の問題の対応関係を明確にするために,わが国における国土計画の定義,制度,歴史的展開,最近の話題などについて概観している.それらを踏まえ,国土計画の政策評価に関しては,1)多元的価値規範からの評価,2)国際化,情報化,人口減少化などの国土計画を取り巻く環境変化を踏まえた評価,3)地方分権化に付随して生じる制度変更の評価,の3点が重要であることを指摘している.さらに,国土計画の理念形を有限期間の動的計画問題として捉え,実際の国土計画の計画プロセスと照らし合わせることで,新たな国土計画制度の設計に向けての知見を探っている.

第3章では,多元的価値規範に基づいた国土空間上の資源配分計画の評価を行う前段として,厚生経済学における関連研究の整理を行っている.まず,本論文では国民個々人の効用を政策評価の情報的基礎とする厚生主義の立場を採用するものとし,次に,政策評価を実施するうえで有益な評価指標をいくつか取上げて解説している.さらに,政策評価の理念形として社会的厚生最大化計画とメカニズム・デザインの2つを定義し,国土計画の政策評価とそれらの関連について検討している.

第4章では,多元的価値規範に基づいた国土計画の評価方法を提案し,その有効性について考察している.具体的には,人口規模の変動,ナショナル・ミニマム,機会の平等,という標準的な政策評価では十分に考慮されないものの,国土計画の政策評価では無視できない重要な価値規範に基づいた政策評価の方法を提案し,それぞれの規範に対応した分析を行っている.各々の分析は地方財政理論で一般的に用いられる2地域モデルを援用して国土計画の評価方法を導出する点では共通しているものの,それぞれ基本的に独立している.人口減少化を踏まえた政策評価方法に関する分析では,人口減少化に伴い地域間人口分布が内点解から端点解へと変化する状況を取り上げ,この場合には,地方分権システムのもとで効率配分が達成されず,中央政府による補助金を通じた補正的措置が必要になることを示している.そして,補助金を漸進的に変化させる場合の租税改革の評価指標を理論的に導出している.ナショナル・ミニマムの価値規範に基づいた政策評価方法に関する分析では,家計の効用水準が社会基盤サービスのナショナル・ミニマム水準を挟んで不連続的に変化する状況を取り上げ,この場合には複数の地域間人口配分パターンが成立することを示したうえで,それぞれのパターンのもとでの社会基盤施設整備の評価指標を導出している.機会の平等の価値規範に基づいた政策評価方法に関する分析では,2期間生存する家計が第一期に人的資本を蓄積する状況を取り上げ,時点整合性の問題の有無や政策の実行可能集合が,機会の平等度,結果の平等度,生涯期待効用水準などを大きく左右する可能性を示している.

第5章では,過去の国土計画について事後評価を行うためのマクロモデルを構築し,国土空間上の公共投資配分に対して政治部門が及ぼしてきた影響についての実証分析を行っている.具体的には,1965年以降のわが国都道府県別地域データを用いて,1)社会資本整備と厚生水準の関係,2)公共投資地域間配分政策の背後に潜む価値規範,3)公共投資地域間配分政策と政治システムの関係,の3点について分析している.わが国の政府・与党は,これまでの公共投資地域間配分において過度の再分配的配分を引き起こしてきたと厳しく批判されている.ここでの実証分析は,それらの影響を定量的に明らかにすると同時に,政治的意思決定の基礎として大きな影響を及ぼす選挙制度などの見直しが,わが国におけるこれまでの国土計画にどの程度の影響を及ぼした可能性があるかについても実証的に検証している.分析結果は,1)公共投資地域間配分の政策目標が,生活基盤型社会資本に関しては効率性重視から衡平性重視へと大きく変化したのに対して,産業基盤型社会資本に関しては分析期間を通じてほぼ一定であったこと,2)一票の格差などの政治的制度が公共投資地域間配分政策に大きく影響してきたこと,などを実証的に明らかにしている.

第6章では,本論文の各章における分析結果を総括するとともに,今後の研究課題について展望している.

また,付録として3つの章を用意している.付1章では,国土計画の政策評価を実施するにあたり,大きな争点となりうるのは,いかなる価値前提ならびに事実前提を設定すればよいかという点であることを指摘している.本論文では価値前提として厚生主義の立場を採用しているが,この際に厚生の個人間比較可能性の問題が常に論点の一つになる.付2章では,厚生の個人間比較と密接に関わる実証的な分析概念として,等価尺度,修正費用便益分析,社会的割引率の3つを取り上げ,関連する議論を整理している.一方,事実前提に関しては,公共主体が社会基盤施設整備などの事業正当化のために著しく歪んだ事実前提を採用する危険性があるとの批判が投げかけられることが少なくない.付3章では,分析者に現実の経済システムから乖離した事実前提を採用するインセンティブを与えない制度のあり方について,プリンシパル・エージェント・モデルを用いた理論分析を展開している.

以上のように,本論文では,国土計画の策定・実施段階における政策評価制度導入の社会的必要性の高まりを出発点として上述の成果を挙げ,多元的価値規範からの国土計画の政策評価の体系的な方法論を提示している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,国土計画の策定・実施段階において有効と考えられる多元的価値規範からの政策評価・分析方法を提案し,その有効性と限界について考察を行ったものである.

主要な研究成果は以下の三つである.第一は,地方財政理論と厚生経済理論を組み合わせることで,国土計画を事前評価するための分析枠組みを提案している点である.具体的には,1)国土を取り巻く環境変化の一つである人口減少化を考慮した政策評価方法,2)国土計画を策定するうえで重要なナショナル・ミニマムの確保という価値規範を考慮した政策評価方法,3)同じく機会の平等という価値規範を考慮した政策評価方法,の3つを提案している.国土計画の政策評価にあたっては,国土を取り巻く環境の急激な変化を考慮することが求められる.1)は,わが国における今後の人口減少化を踏まえると,非常に時宜に適った取組みといえる.一方,国土計画では国民の生活基盤条件に大きな影響を及ぼすことから,多様な価値規範からの政策評価も求められる.ナショナル・ミニマムの確保や機会の平等といった価値規範を考慮するための分析枠組みについては,近年,厚生経済学において積極的に研究が推し進められている.2)と3)は,厚生経済学におけるそれら研究成果を,国土計画の政策評価という実践問題に応用する最初の試みといえる.

第二は,国土計画を事後的に評価するための分析枠組みを提示している点である.具体的には,国土計画の根幹部分をなす公共投資の地域間配分政策を取り上げ,社会資本整備と厚生水準の関係,公共投資地域間配分政策の背後に潜む価値規範,公共投資地域間配分政策と政治システムの関係,という三点について実証分析を行っている.実証分析の結果は,公共投資地域間配分の政策目標が生活基盤型社会資本については効率性重視から衡平性重視へと大きく変化したのに対し,産業基盤型社会資本については分析期間を通してほぼ一定であったことや,一票の格差が公共投資地域間配分政策に大きく影響してきたことなどを明らかにしている.わが国では,政府・与党が公共投資の地域間配分政策を通じて過度の再分配を引き起こしてきたとされるが,本論文の実証分析は,政治的要因の影響を受けた公共投資地域間配分が国民厚生に及ぼした影響を定量的に検討している点で非常に興味深いものである.公共投資地域間配分政策を扱った実証分析は少なからず存在するが,厚生経済学的基礎を有する形で分析を行っている点と複数の仮説について同一のモデルを用いて分析を行っている点の二点において,既存研究との差別化が図られている.

第三は,国土計画の計画プロセスの望ましい姿を動的計画問題の枠組みから捉え,実際の国土計画の計画プロセスと照らし合わせることで,新たな国土計画制度の設計に向けての知見を探っている点である.国土計画制度の設計については,実体行政計画法の分野において複雑な計画体系の設計にあたっての論点整理が行われている.しかし,制度設計にあたっては本来,設計された制度が国民の厚生にいかなる影響を及ぼすかという観点からの判断が求められる.本論文は,国土計画の計画プロセスの望ましい姿を動的計画問題の枠組みから捉えることで,新たな国土計画の制度設計に向けての知見を探り,今後の更なる研究課題の提示を試みた最初の取組みといえる.

本論文は国土計画の策定・実施段階において有効と考えられる国土計画の評価・分析方法の提案を試みたものであり,上記三つの研究成果はいずれも学術的に十分な価値を有するのである.もちろん,今後の国土計画において考慮すべき要因でありながら,本論文から抜け落ちている話題が少なくないのも事実である.例えば,収穫逓増型の情報産業の発展,不均衡下での失業の発生,開放経済下での国際的資本移動の発生,などの状況に対応した政策評価の方法論は本論文で提示されていない.ただし,それぞれの話題を取り扱った分析は地方財政理論などの分野に既に存在する.そのため,既存研究の分析枠組みを,厚生経済理論と組み合わせることが可能な形に拡張することさえできれば,本論文と同様の手順でそれぞれの要因を考慮した政策評価の方法を導出することができる.既存研究の分析枠組みを拡張する作業も,容易とはいえないものの不可能ではない.

本論文では,厚生経済学の理論体系との整合性の確保を主眼に置きながら,国土計画の政策評価の分析枠組みを提示したため,論文全体を通して抽象的な議論が多いことは否めない.しかし,実際には既に指摘したとおり様々な拡張可能性を秘めている.また,わが国の代表的な総合計画の一つである国土計画の合理的な策定・実施を目的とした政策評価の基本的考え方を提示している点は十分に評価しうるものであり,この点で本論文の社会的意義は十分に大きいといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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