学位論文要旨



No 215893
著者(漢字) 栗野,治彦
著者(英字)
著者(カナ) クリノ,ハルヒコ
標題(和) エネルギ吸収効率に着目したセミアクティブ制震システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 215893
報告番号 乙15893
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15893号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 講師 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、セミアクテイブオイルダンパ用いた建築構造物の制震システムについて論じている。地震や風に対する構造物の応答低減を目的として、現在様々な種類の制震システムが研究・開発されている。制震システムは動作原理を元に、外部からの供給エネルギにより制御力を加える「アクティブ型」、装置の受動的な抵抗力により振動エネルギを吸収する「パッシブ型」、及び装置の受動的な抵抗力を外部からの僅かなエネルギ供給により制御する「セミアクティブ型」に大別される。セミアクティブシステムは、パッシブ型と同じ原理に基づく大きな抵抗力を利用できるため大地震にも対応可能なシステムとして期待されている。また、原理上エネルギを発生しないため建物を加振する恐れもなくアクティブ型と比較すればメンテナンスも格段に容易であるという特徴もある。ところで、建物層間にブレース等の反力要素を介して設置されたセミアクティブダンパの力学特性は、可変減衰要素と直列に剛性要素が伴う、所謂Maxwellモデルで表されるため、セミアクティブダンパを用いた有効な制震システムを構築するためには、Maxwell モデルに由来する物理的な制約条件 (非線形性) を考慮することが不可欠となる。しかしながら、これまでMaxwell 型セミアクティブシステムによる制御効果の物理的解釈と定量的評価が十分には行われてこなかったため、パッシブ型を超えるシステムとして社会に普及するには至っていない。

以上の背景をもとに、「セミアクティブダンパの制御能力を最大限に活かした簡潔で信頼性の高い構造制御システムを構築・実用化すること」を本研究の目的とした。研究の骨格は以下の通りである。I.セミアクティブダンパの制御能力及びその限界に関する定量的解明II.簡潔なシスデムを実現する制御則の構築III. 実システムの開発IV.構造計画手法の提案と実建物への適周及び効果検証本論文は7章から構成されている。以後、各章における結論をまとめる。

1章では、本研究の背景及び目的と本論文の構成についてしめした。

2章では、制震オイルダンパの概要とセミアクティブ制御システムの最も重要な比較対象であるパツシブダンパの基本特性について考察した。Maxwell 型ダンパの制御効果がダンパとフレームの剛性比により限界付けられることを線形理論により明確に示した後、リリーフ機構により荷重制限を受ける場合について等価線形化手法を用いた検討を行い、パッシブダンパによる付加減衰量がダンパとフレームの剛性比と耐力比(負担力比)の極めて簡単な関係式で評価できることを明らかにし、更に収束計算を必要としない地震応答低減効果の評価式を作成した。

3章は、本研究の目的Iに対応したものであり、1質点系に設置されたMaxwellモデルの荷重変形関係に着目することによりセミアクティブダンパの振動制御能力及びその限界について脅察し、セミアクテイブダンパの最大能力を活かした制御則及び装置に要求される機能について検討した。(1)Maxwell型セミアクティブダンパには吸収可能なエネルギ量に上限が存在し、これは同じ剛性条件のパッシブの理論値の約2.5倍に相当する。この吸収エネルギ量が最大となる履歴ループは変位応答低減に対する最適解であるだけでなく、剛性比が0.3程度以下の範囲では加速度応答もパッシブより低減できる履歴でもある。この履歴ループを実現するには、ダンパの減衰係数は最大/最小の2段階に切り替えられるだけで良いため、制御則及びダンパ機構の簡略化が可能である。一方、減衰係数を連続的に可変制御することで、パッシブの約2倍に相当する減衰定数を付加しながら、層の等価剛性をある範囲で制御できる可能性があること、及び層の復元力特性が完全弾塑性型と等価になるよう制御すれば、変位と加速度を常にパッシブ以下に低減することができることを明らかにした。この履歴は単純な速度フィードバックでも十分近似的に実現でき、そのためのフィードバックゲインも剛性比に応じて直接設定することができる。但し、剛性比が大きくなるとパッシブの効果も向上するため、パッシブに対する制御効果の相対的な差は小さくなる。(2)以上の結果を踏まえて、信頼性と経済性に優れるON/OFF型オイルダンパを前提とした基本制御則を提案した。ここで、F:装置荷重、〓:Maxwellモデル全体速度(層間速度)ある。(1)式により制御されたダンパは、振動中はばね要素をアキュムレータの様に用いて歪エネルギを蓄え、振動の折返し点で蓄積されたエネルギを瞬間的に吸収するというサイクルを繰り返すヒとで振動数に依らず最大のエネルギ吸収を実現する。なお、本セミアクティブ制御による効果は、パッシブダンパの剛性を見かけ上2.5倍に高めるものと解釈することもでき、この関係はリリーフ機構による荷重制限を考慮しても成立する。更に、減衰係数の可変範囲や制御弁の切替速度など装置のハードウェアに求められる性能についても検討し、いずれも現実的なオイルダンパにより十分実現可能な条件であることを明らかにした。

4章は、本研究の目的IIに対応したものであり、ON/OFF型セミアクティブダンパのエネルギ吸収能力を活かした簡潔で信頼性の高い制御システムを実現するための制御手法について論じた。 (1) 基本制御則(1)式中の〓を装置設置層の層間速度に読み替えて多質点系に単純拡張した場合には、層間速度に混在する高振動数成分によりエネルギ吸収効率が低下する場合があることを示し、エネルギ吸収効率を高く維持するためには、層間速度中の各モード成分の振幅を振動数に反比例させて低減した修正速度信号を制御に用いれば良いことを明らかにした。この時、セミアクティブダンパはモード振幅成分に比例した量のエネルギを吸収する複素剛性モデルに近い特性を発揮するため、装置設置位置(モード形)や外乱のスペクトル条件に依らず、常に安定した制御効果を期待することができる。(2) モード分解法を用いずに層間速度から前述の修正速度信号を得るための直列補償フィルタを設計した。設計したフィルタは、位相遅れ要素と位相進み要素を組み合わせる事により位相遅れを伴わない低域濾過特性を実現するものである。多質点モデルを用いた地震応答解析の結果、提案された補償フィルタを用いた分散制御則は、モード分解法を用いた場合とほぼ同等の高い制御効果を発揮することが確認された。(3) 以上の結果を踏まえて、分散型の構成を追求した、制御系内蔵型セミアクティブオイルダンパの概念を提案した。自律分散型制御システム(Decentralized Autonomous Control System)と呼べるこの装置は、制御に必要な状態量を検出するためのセンサと制御用コントローラを全て装置に内蔵することができるため、実建物における施工性をほぼパッシブ型と同等レベルに高められると共に、センサや装置異常が及ぼす影響を最小範囲に留めることができるため、実用システムとして考えた場合の利点は大きい。

5章は、本研究の目的IIIに対応したものであり、4章において提案された制御系内蔵型セミアクテイブオイルダンパの概念を具現化した実システムについて示した。開発したシステムは、ON/OFF型流量制御弁やセンサを組込んだセミアクテイブオイルダンパと制御用コントローラから構成されており、ダンパ本体やリリーフ弁などの大荷重に耐えるべき基本要素は既に実用化されているパツシブオイルダンパと共通とし、新規開発部分についても耐久性に配慮した設計を行っている。また、万一の電源遮断時や制御系の故障等が生じた場合にはオリフィス式パッシブダンパに自動的に切り替わるフェールセーフ機能を内蔵している。1.5MN型実大試作装置を用いて正弦波加力及び地震応答波加力実験を行い、提案制御ロジックの正常動作とパッシブの理論値を上回るエネルギ吸収能力を確認した。また、装置の動的挙動が簡単なパラメータを用いたシミュレーション解析により精度良く追跡できることを示した。

6章は、本研究の目的IVに対応したものである。本章前半では、実固有値解析の周期変化に着目した付加減衰定数及び必要投入量の予測手法を提案すると共に、静的設計手法や略算振動モデル化手法を示し、提案略算モデル化手法の妥当性を立体骨組モデルによる精算応答解析により検討した。続いて38階建て高層建物への適用事例について示し、大規模な高層建物におけるレベルIIの耐震設計レベルまで本システムが有効に機能することを明らかにした。また、部分的装置故障を想定した応答解析を行いシステム全体の制御安定性について検討し、一部の装置が故障によりパッシブモードに切り替わっても残りの装置が制御を続けることにより全体として最善のエネルギ吸収が実現され、建物の応答低減が常に最小となるよう機能する、自律分散型制御システムの利点を示した。最後に、本システムが適用された11階建て建物で実施された振動実験結果を基に考察を行った。実験時における装置部ストロークは非常に小さく(0.1〜0.2mm)、装置作動範囲の境界領域近傍であったものの、装置の正常動作及びパッシブの理論限界値を上回る減衰付加能力が確認された。

7章は、本研究の内容を総括すると共に、今後の研究課題についてまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は建築構造物の地震に対する安全性を高めるセミアクティブ制震法をオイルダンパを用いて実現するための基礎理論と応用技術を論じたものである。本論文は、本文7章及び本文で用いた解析モデルと演算手法を解説した付録から構成されている。

第1章では、本研究の背景及び目的と本論文の構成について示してある。本研究が対象としているセミアクティブ型制震システムを他の制震システムすなわちアクティブ型及びパッシブ型と対比してその違いを述べ、さらに、セミアクティブダンパの力学特性が可変減衰要素と剛性要素が直列するMaxwellモデルで表され、その制御効果の物理的解釈と定量的評価を明確にすることをセミアクティブ制震システム開発の基本課題と位置付けている。

第2章では、制震装置に用いるオイルダンパの力学的性質についてまとめ、さらにセミアクティブ制御システムの基本モデルとなるMaxwell型ダンパの制御効果について理論的に論じている。Maxwell型ダンパの制御効果がダンパとフレームの剛性比により限界付けられること、リリーフ機構により荷重制限を受ける場合には付加減衰量がダンパとフレームの剛性比と耐力比を用いた関係式で評価できることを明らかにしている。

第3章では、1質点系に設置されたセミアクティブダンパの振動制御能力及びその限界について考察している。Maxwell型セミアクティブダンパには吸収可能なエネルギ量に上限が存在し、これは同じ剛性条件のパッシブ型の約2.5倍に相当すること、及び吸収エネルギ量が最大となる履歴ループは変位応答低減に対する最適解であるだけでなく、剛性比が0.3程度以下の範囲では加速度応答もパッシブ型より低減できることを示している。この履歴ループを実現するためのダンパの減衰係数は最大/最小の2段階に切り替えられるだけでよいことを明らかにし、ON/OFF型オイルダンパによる制御則を提案している。

第4章では、第3章の結果を多質点系に拡張し、ON/OFF型セミアクテイブダンパのエネルギ吸収能力を活かした簡潔で信頼性の高い制御システムについて論じている。多質点系の場合には、層間速度に混在する高振動数成分によりダンパのエネルギ吸収効率が低下する場合があり、これを解消するには層間速度中の各モード成分の振幅を振動数に反比例させて低減した修正速度信号を制御に用いればよいことを明らかにし、その補償フィルタを設計している。これを用いた分散制御則は、建物全体の状態量を用いる集中制御法とほぼ同等の制御効果を発揮することを確認し、分散型に適した制御系内蔵型セミアクティブオイルダンパの概念を提案している。この装置は、制御に必要な状態量を検出するためのセンサと制御用コントローラを全て装置に内蔵するため、パッシブ型と同等の施工性を確保できるとともに、センサや装置異常が及ぼす影響を最小範囲に留めることができるなど実用性が高いことが述べられている。

第5章では、第4章で提案された制御系内蔵型セミアクティブオイルダンパの概念を具現化した実システムについて論じている。開発したシステムは、ON/OFF型流量制御弁とセンサを組込んだセミアクティブオイルダンパと制御用コントローラから構成されており、ダンパ本体やリリーフ弁などのハードウェアは既に実用化されているパッシブオイルダンパと共通とし、新規開発部分についてはロバスト性に配慮した設計を行っている。特に、停電や制御系の故障等が生じた場合にはオリフィス式パッシブダンパに自動的に切り替わるフェールセーフ機能を内蔵している。1.5MN型実大試作装置を用いて正弦波加力及び地震応答波加力実験を行い、制御ロジックの正常動作とパッシブの理論値を上回るエネルギ吸収能力を確認している。

第6章では、38階建て高層建物への適用事例について示し、ダンパの配置計画、効果予測法を示し、提案システムが有効に機能することを地震応答解析により明らかにしている。また、装置の故障を想定した応答解析を行いシステム全体の制御安定性について検討し、一部の装置が故障によりパッシブモードに切り替わっても残りの装置が制御を続けることにより全体としてエネルギ吸収が実行され、建物の応答低減が常に最小となるように機能する自律分散型制御システムの利点を示している。次に、本システムが適用された11階建て建物で実施された振動実験結果を基に考察を行い、装置の正常動作及びパッシブの理論限界値を上回る減衰付加能力が確認されている。

第7章では、論文全体のまとめと今後の課題が示されている。

以上のように、本論文はオイルダンパのON/OFF制御によるセミアクティブ制震により従来のパッシブ制震を超える応答制御能力を構造物に与えることができることを理論的に明らかにし、雲際の建物に適用してその有効性を検証した点において画期的な成果を得ており、地震に強い建築構造物を構築する耐震設計技術に重要な知見をもたらすものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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