学位論文要旨



No 215894
著者(漢字) 北沢,猛
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,タケル
標題(和) 空間計画と形成方策の多層性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215894
報告番号 乙15894
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15894号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 内藤,廣
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大方,潤一郎
内容要旨 要旨を表示する

横浜市における誘導制度を基軸にみた現代都市デザイン試論

我々の時代において都市デザインという言葉は社会的にも認知された領域であり一定の実績もみることができる。しかし,理念や方法も多様でありその領域や定義についても緒論あり,定着を阻む要因となっている。欧米では理論的研究や実証的研究によって評価が確立しつつある。我が国においては,都市デザインがやや遅れて実社会に導入されたこともあり,理論的考察や分析が少ない。都市デザインの実践的な蓄積が少ないことも要因ではあるが,物的環境に対して「空間の質」という観点から働きかけるという明瞭な目的をもちながら,その位置するところは経済社会,政治または市民生活という複雑な構造の上になりたつものであるためと言える。近い領域として都市計画があるが,これは簡略にいえば長期的な都市施設計画と土地利用規制計画であり,都市を抽象的なモデルとして描き合理的な資源配分を行う理論と方法であり,実態化に際してもマクロな視点が基礎にある。これに比し都市デザインは空間として実体化される最終段階に係るため,方法や技術も多様にある。都市デザインの複雑性や多層性を時間軸でみることで説明を試みた。

また,都市に必要とされる空間も変化しており,空間の質という不変的価値を見いだしながらも,変化する情況や要求に,柔軟に対応していくことが求められる。都市デザインの基本的理念や原理の理解した上で,変化しない目標と変化しうる計画に整理することで,現代都市デザインの特質を説明したものである。

第2の課題は空間を通した統合である,空間は人間をつつむ総体的なものであるが,一方で各要素はそれぞれの変容の論理をもっている。変容を制御しあるいは支援するシステムが,分化してきたのが近代という時代である。空間の質は,分化した領域や個々のシステムを統合していく必要がある。この統合の方法として空間構成や主体間調整などのいくつかの道筋があることをしめした。

こうした課題の検討から,既存の領域が深く係ることのなかった「地区」という狭領域の構築に都市デザインが効果もつを説明し,地区に関わる多層的な方策を考察した。これが第3の課題である,

これらの考察から,「誘導」が現代都市デぜインの本質となるものであることを見いだし,規制や事業という従来の空間形成の手法から,それらをつなぐ存在である「誘導」制度の効果を検証いた。誘導制度は,関係者が自らの判断で選択できる枠組みであり,複雑な諸関係を調整しまた質の向上を図る創造的なシステムであると結論をえたのである。

現代的都市デザインは,我が国においては1970年前後,その原理的な発想地とされるアメリカにおいても1960年前後の議論と理論化の動きに始まったものである。この時期は激しい都市化進行期であり, 特に郊外への市街地の拡散とその一方では中心部での空洞化いわゆるインナーシティ問題が顕在化していた。初期にはケビンリンチなどの空間認識論を始め形成方策について多くの提案があるが,実体化の段階まで到達しえたものは少ない。研究は1980年代に多くなり,空間の諸相について理論的な整理も進んでいる。また,内外の実例をもとに社会的な分析や効果測定も進み,都市デザインの外郭が見えてきたといえる。

都市デザインが空間総体にどう影響を与えたのかその到達点を把握することは次の展望を描くためにも欠かせない。30年から40年あまりの経験と実際を概観すると都市拡張という変革期に生まれた都市デザインが社会システムとして成立しく過程が分かり,初動期と言える10年間にほぼ空間計画や形成方策の原形できている。その発端を見る事で,次なる変革期に新しい都市デザインを構築する基礎となればと考えている,

第1章においては,都市デザインの定義の所論にふれながら,現時点から見た1970年代の都市デザインとその発展形として,領域を拡張しつつ多様な分野への波及していく都市デザインの枠組みを整理した。ついで第2章においては, 現代都市デザインの特質をアメリカおよび日本の情況をもとに分析している。特に初動期の実践と評価を巡る議論を文献やヒアリングによって得た知見をもとに描き鮮明に都市デザインの成立過程が近代都市計画の批判として,創造的な方策としての期待があったことが分かる。

第3書では,日本での都市デザインの展開を把握するために,30年あまりに渡って継続的に実施されてきた横浜に注目する。1960年代半ばから進められた都市づくりという概念に着目した。つまり,都市計画の手法や領域の拡張とこれを実現するための自治体がもつ政策や事業,制度の統合が意図された。その中でも,都市計画制度の活用に空間計画を取り込もうとした方法に注目して分析したのが第4章である。空間を規制する用途地域地区制の新たな導入に関して,空間像をどう描いたか,横浜の高度地区制から空間の公共性が基礎となっていることを示した。

第5章では,建築の許可制や誘導制度の可能性を志向した横浜市市街地環境設計制度の実例を分析することで,開発や建築の自由度を求める力と環境を求める力が折り合える幅を設定し,都市に係る主体の力を集めていくインセンティブゾーニングの効果を示した。

第6章では,誘導制度をより効果的なものにするのは地区開発構想(ガイドライン)である。しかしその設定や運営にはきわめて微妙なバランスがある。横浜の「地区開発構想」がどういうまなざしで,目標や空間像を設定したのか,その経緯から個々に働きかける構想の有り方と市街地環境設計制度などの誘導方策の有効制を指摘した。第7章では,以上を概観して,日本のアーバンデザインの到達点が,地区での空間像の提示と市民を始めとした合意形成,さらには実現方策としてのさまざまな政策や制度,事業の組み合わせを可能としたこと,その中心的な役割が誘導制度にあったと結論づけている。市街地環境設計制度の適用事例が約30年の間に444件になりそれによってうまれた公開空地(公的空間)が100haにもなり,かつそのために事前の協議や審査過程を通じて建築そのものの質が向上していること,あわせてその建築が全体建築の延床面積比率で10%になっていたことなどをあげた。ニューヨークのインセンティブゾーニングの成果と比較しても遜色のないところまで到達したのである。

変化の激しい時代には,都市の計画構想にも新しい視点や理念,方法が求められ,それが現代都市デザインを生み出した力ともなった。都市デザインは権利の調整という側面もあり基本的には法律によって支持される必要があるが,法律制度の枠組みだけでことはできない。変化とともに成長していく理論であり方法論が必要である。

都市空間を形づくり維持する諸要素を公共的視点にたって関係づけ,形態的・視覚的に統合し,市民の人間的感覚がそれに反応し評価できるようにする一連の行為」といえる。これが,始動期の都市デザインを評価した内容であり定義でもある。都市デザインは,都市という時間軸をもった対象にむかって,「変わらない目標を描き,柔軟な計画をもって」行うものであるという原理を整理しえた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、横浜市における良好な都市環境の誘導に関する諸制度を機軸にみた現代都市デザインの可能性を探る試論である。都市デザインに関してはその理念や方法も多様であり、その定義や領域に関しても必ずしも定まったものがない。制度としての都市計画と比較すると都市デザインは空間として実体化される最終段階にあるため、方法や技術も多様化せざるを得ない側面がある。これをひとつの特徴と積極的にとらえ、その複雑性を多層性という側面からとらえ、時間軸の中でその形成方策のあり方の実像を明らかにしたのが本論文である。

論文は9章から成っている。

第1章は、研究の前提となる都市デザイン成立に関する歴史的過程の概観、初期の定義や思想を整理している。これらを整理して、都市デザイン研究における方法を解説している。

第2章は、都市デザインの社会的な背景を論じている。とりわけ1960年の日本における世界デザイン会議の開催、1975年のダラス会議における議論に着目し、その社会背景を明らかにしている。

第3章はから第8章にかけては、ケーススタディとして、日本で最初に都市デザイン行政に取り組んだ横浜市を採り上げ、各政策において都市デザインがいかなる役割を期待され、それを果たしてきたかを詳細に明らかにしている。

第3章では、横浜市の空間施策全般をとらえ、都市づくりの政策理念をいかにして具体的な空間及び環境の質の問題としてとらえるように政策目標化していったかの軌跡を、いわゆる六大事業を中心に明らかにし、戦後民主化の流れを受けた革新自治体の存在が果たした役割を示している。

第4章では、関係者ヒアリングにより、都市デザインの成立の時期を始動期、展開期、定着期の3期に分けて記述している。その流れの中で、当初の都市デザイン理念がいかに変容していったかが明らかにされている。

第5章では1970年代に都市計画制度を積極的に活用して都市デザイン施策を推進していった際の基本的な考え方を整理し、都市空間創造に関する都市計画規制の論理を明らかにしている。

第6章では、山手マンション景観問題、磯子駅前マンション開発問題、横浜駅西口開発という開発規制に関する三大事件を採り上げ、これらの対処の中で住民からの問題提起やそれへの対応が新しい制度やシステムを生み出していった様子を克明に示している。実現はしなかった制度案にまで立ち入って、内部の議論とそこでの論理を検証している。

第7章では、地区レベルでの開発構想のあり方とその有効性について、具体的な事例として最初期に同構想が立案された山下公園周辺地区の開発指導構想を事例に実態調査をおこなった成果を示している。

第8章では、横浜市独自の許可制の開発誘導制度である市街地環境設計制度を採り上げ、その制度設計の過程を内部資料を基に詳細にあとづけ、理念を明らかにすると共に、同制度を適用している444事例を調査し、その効果を検証している。建築設計の自由度と都市空間整備の規制との調整を具体的な数値基準をもとに、協議制度を加えることで実施することが可能であることを実証した。

以上の成果をもとに、結論を述べる第9章では、日本の都市デザインが、地区での空間像の提示と市民をはじめとした個々の考え方や行動原理を集約化することに寄与し、統合的に秩序有る空間を生み出すことに至ってることを一つの特色として抽出している。また、そのために日本の都市デザインが採ってきた空間計画の手法を、地区レベルから都市全体に及ぶところまで空間のスケールの上でも多層的に、さらに事業や規制から誘導に至るまで事業手法の上でも多層的に、相互支援的に、構築されていることを、横浜市の事例を本に実証的に示している。

このような都市デザインの過程が具体的な都市の詳細なデータをもとに実証されたことは過去に例がなく、都市計画学の前進におおいに寄与しているといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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