No | 215895 | |
著者(漢字) | 久保,賢明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クボ,マサアキ | |
標題(和) | 直噴エンジン用燃料噴射ノズル内流れと噴霧形成メカニズムに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215895 | |
報告番号 | 乙15895 | |
学位授与日 | 2004.02.12 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 第15895号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 機械工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 燃費低減と排気性能向上を両立する直接噴射式エンジンを実現するためには,キー技術である噴射弁から噴射される噴霧の改善が極めて重要である.この背景のもと,本研究では,ノズル内部流れ解析および噴霧解析技術に関する基盤技術を開発し,ガソリン直噴エンジンと直噴ディーゼルエンジンで顕在化している以下の課題を解決することを目的とした. 直噴ガソリンエンジン用スワールノズルの噴霧特性とそのメカニズムを明らかにすること.とりわけ本ノズルの特徴である「噴霧のしぼみ現象」のメカニズムを把握し,周囲気体圧力の高い場合においても確実に点火栓近傍に混合気を形成する噴霧を形成可能にするノズルを提案すること. より微粒化した噴霧を達成するためのノズルを提案すること. 直噴ディーゼルエンジン用マルチホールノズルにおいて,サックレスノズルにおける噴孔間の噴霧ばらつきメカニズムを解明すること. 上記メカニズムから噴霧ばらつきを低減するノズル形状に関する知見を得ること. 本論文では以上の目的にて行われ,得られた知見を以下に述べる.上記目的(1)および(2)に相当する直噴ガソリンエンジン用スワールインジェクタに関しては,まず,噴霧形成メカニズムを把握することが重要であり,このために必要なノズル設計技術および噴霧予測技術の開発を行った.ノズル設計技術に関しては,ノズル内部流れに対し,VOFモデルを用いた新たな気液2相流を用いた数値解析手法を提案した.また,一方でこの数値計算手法を検証するために重要となる噴孔出口の液膜厚さの測定に対し,新たにPIVを用いたノズル出口における流速測定技術を開発し,これを用いた間接的な液膜厚さの測定技術を提案した.得られた検証結果をもとに従来用いられてきた棚沢らの式の検証を行い,本3次元VOFモデルを用いた方法の妥当性を明らかにした.その結果以下の知見を得た. ノズル内の流れ場に関し, VOFモデルを用いた気液2相流の3次元流れ解析技術を用いた計算を行い,上記液膜厚さの結果と比較検証した.その結果,計算結果と実験結果は定量的に比較的一致し,実験と計算の両面から得られた液膜厚さの妥当性を確かめることができた. 従来の設計法である棚沢らの式とVOFモデルを用いた3次元流れ解析技術を用いたノズル設計技術を比較し,実験結果と比較検証することにより,相対的に3次元の数値解析を用いた設計手法の方がより高い予測精度であることが明らかとなった. 次に,以上の設計手法を活用して目的の1番目である「噴霧のしぼみ現象」の解明を行った(図1参照).このメカニズムを基にして周囲気体の圧力によってこのしぼみ現象の生じない噴霧について,出口に傾斜面を有するいわゆるテーパ付きノズルを提案した.このメカニズムに関して得られた知見を以下に示す. テーパ付きノズルはテーパの付いた側に噴霧が偏るとともにテーパの付いた側の背圧下での「噴霧のしぼみ現象」は逆側に比較して小さい. テーパの角度を大きくしてゆくとその程度は大きくなり,高背圧下でテーパの付いた側の「噴霧のしぼみ現象」を非常に小さくできる. 続いて,目的の2番目であるより微粒化した噴霧を実現するためにスワールノズルとしては燃料噴射圧力の極めて高い条件である20MPaという条件で,その噴霧特性の解析を行った.得られた知見を以下に示す. 燃料噴射圧力を20MPaまで高めることで,噴霧の微粒化は進み,大気圧下においてザウター平均粒径は10μm以下となる. 燃料噴射圧力を高めることで,微粒化が進むとともに周囲気体に与える運動量が大きくなり,噴射開始からある時間が経過した後に,周囲気体によって逆に噴霧が運ばれる状態が発生し,このとき噴霧形状は大きく変化する. さらに,テーパ付きノズルと高燃料噴射圧力の組み合わせによって,以下の知見を得た. テーパ付きノズルを20MPaの高燃料噴射圧力で噴射することにより,高背圧下において大気圧下より噴霧角度が大きくなるといった現象が生じることが明らかとなり,これは「噴霧のしぼみ現象」に関する仮説を用いて合理的に説明することが可能である. 次に,前述(3),(4)の目的に対して,直噴ディーゼル用マルチホールノズルのサックレスノズルの噴霧が噴孔間にばらつくメカニズムに関し,ノズル内部流れおよび噴霧に関して,実験的解析手法ならびに数値計算による解析手法の提案を行った.この場合も上述と同様に,メカニズム把握のためには,その前段階としてこうした解析技術の開発が必要であり,本研究ではノズル内部流れに関しては,レイノルズ数を実機に一致させた20倍の拡大モデルの実験,およびキャビテーション係数を一致させた5倍の拡大モデルの実験を実験的解析手法として新たに開発し,数値計算としてはキャビテーションモデルを用いた計算手法を新たに提案した. これに関して得られた知見を以下に示す. 新たに提案したキャビテーションモデルを用いた数値計算手法によって得られた噴孔毎の流量ばらつきは,20倍にて拡大した実験で得られた結果と定性的な傾向が一致した. 本計算手法を用いた計算によるキャビテーションの発生状況は,5倍モデルを用いたキャビテーションの可視化結果と定性的傾向が比較的よく一致した. 以上の数値計算手法と実験手法を用いて,サックレスノズルにおける噴霧ばらつき発生メカニズムに関して,以下の知見を得た. サックレスノズルにおける噴霧の噴孔間ばらつきは,針弁の ノズルに対する偏芯により変化するノズル内流れが直接の原因と考えられる. とりわけ針弁リフト量が小さい場合に,偏芯した噴孔側の両側の噴孔内において強い旋回流が生じ,そのためにそれらの噴孔からはホローコーン状の噴霧が発生するとともに流量が相対的に低下する(図2参照). 上記(11)の現象は,主としてノズルの開弁時以降低リフト量の条件で発生するが,針弁が過渡的に上昇する過程においては,中間リフト時にまでその影響は続き,噴霧ばらつきは中間リフトにおいても発生する. 針弁の低リフト量の条件で,上流側から燃料が流れ込むとその流路面積の差から各噴孔に到達する時間に差が生じ,偏芯した方向の噴孔に燃料が到達しないうちに他の噴孔に燃料が導入される.このため偏芯した方向とは逆の方向すなわち更に偏芯する方向に強い力が針弁に働く.これにより針弁が偏芯する可能性は非常に高くなる.ただし,この結論は仮説であり,計算結果に対する検証が今後必要である. 最後に,上記メカニズムを基に噴霧ばらつきを改善する方策について検討した.得られた結果を以下に示す. 偏芯量が小さくなれば噴霧ばらつきは小さくなる.とりわけ2.5μm以下では噴霧ばらつきは非常に小さくなる. 偏芯量が5μm以下において針弁にかかる力は非常に小さくなる.このため,偏芯量が大きくなる可能性は小さくなると推察される. 溝付きのサックレスノズルを用いることにより針弁にかかる力は非常に小さくなり,上記(16)と同様に偏芯の確率が小さくなり,噴霧ばらつき現象が生じる可能性がさらに小さくなると推察される. 本研究では,直噴ガソリンエンジンならびに直噴ディーゼルエンジンの直噴エンジン用噴射系に関するノズル内りゅうどうと噴霧形成に関する数値計算技術ならびに寺家Kン的解析技術の開発を行い,その技術を直噴ガソリンエンジン用に対してはスワールノズルに,直噴ディーゼルエンジンに対してはマルチホールノズルにそれぞれ適用し,噴霧形成に関するメカニズム解析を行った.さらに,スワールノズルに関しては,直噴ガソリンエンジンの燃費と排気性能を向上させる可能性のあるノズル形状を提案した.また,マルチホールノズルに関しては噴孔間の噴霧ばらつきメカニズムに関して得られた知見より仮説を立て,この仮説をもとに噴孔間の噴霧ばらつきを抑えるノズル形状に対して指針を提案した.これらの知見によって直噴ガソリンエンジンならびに直噴ディーゼルエンジンの燃費ならびに排気性能が向上できる可能性があると期待できる. 噴霧しぼみメカニズム(スワールノズル) 噴霧ばらつきメカニズム(マルチホールノズル) | |
審査要旨 | 本論文は「直噴エンジン用燃料噴射ノズル内流れと噴霧形成メカニズムに関する研究」と題し,5章より成っている. 自動車エンジンの燃費低減と排気性能向上を両立する直接噴射式エンジンを実現するためには、その主要素である噴射弁から噴射される噴霧の改善が共通かつ、きわめて重要な設計課題となっている。しかし、これまで噴霧改善にあたっては噴霧形成の物理メカニズムとその設計方法が必ずしも明らかではなかった。そこで、本研究ではノズル内流れ解析および噴霧解析に関する基盤技術を開発し、それらを用いてガソリンエンジンとディーゼルエンジンにおいて顕在化している課題を明らかにすることを目的とした。 まず、第1章において、本研究の背景となった直接噴射式エンジンの噴射弁と噴霧形成メカニズムに関する研究開発の経緯を述べた後、現状の主要な課題を挙げた。 第2章では、本研究において導入、開発したノズル内流れ解析および噴霧解析に関する基盤技術について解説している。まず、数値シミュレーションに関してノズル内流れと噴霧流れの連成解析技術を新たに構築した。それぞれの要素流れに対しては汎用流れ解析コードを基盤として、ノズル内流れにおいてはキャビテーション発生を考慮した二相流モデル(VOFモデル)を、噴霧流れにおいては噴霧形成メカニズムを解析するために液膜分裂、液滴変形分裂、液滴衝突合体モデルを導入している。計測技術に関しては、PIV(粒子画像計測)を用いた噴霧流速計測、可視化モデルを用いたノズル内流れの流速計測およびキャビテーション観測をエンジン噴射弁に対して導入開発している。 第3章では、上記の解析基盤技術をガソリン直噴エンジン用スワールノズルに適用して、噴霧形成メカニズムの解明とその改善設計を試みている。まず、スワールノズルの従来の設計手法による予測精度の限界を述べ、特に、流出部での液膜厚さの正確な評価が精度向上に重要であることを指摘した。これに対して、本研究では、ノズル出口部の噴霧流速をPIVにより直接計測して液膜厚さのデータを得るともに、キャビテーションを考慮したノズル内流れの数値シミュレーションが精度の良い予測を与えることを検証した。さらに、PIVによる噴霧および周囲気体の流速計測結果から噴霧先端の到達位置と流速の関係を明らかにし、大気圧下での噴射直後の急激な流速低下の後に変化の平坦な領域が、背圧下では観察されないという顕著な知見を得た。これらの結果から、従来明らかではなかった背圧下での「噴霧のしぼみ」現象メカニズムに対して、背圧下では気体密度が高いために噴霧から周囲気体への運動量変換が増加して噴霧速度を急速に奪うこと、その結果、大気圧下では噴霧後半で循環流れが噴霧を輸送し噴霧距離を伸ばす働きをするのに対して、背圧下では循環流れが逆に噴霧前半で噴霧を中心部に引きこむように作用する、という合理的な考察を得ている。上記の現象メカニズムを考慮した数値シミュレーションの結果も実験結果を良く予測再現し、その妥当性が検証された。 これらの結果のもとに噴霧しぼみの少ないノズル形状としてテーパ付ノズルが新たに提案され、ノズル内の液膜厚さがテーパ側で増加することにより噴霧流量がテーパ側に偏り、その結果としてテーパ側での噴霧角度が大きく噴霧流速の低下が緩やかになること、また、流量の多いテーパ側では背圧下での噴霧しぼみは生じず噴霧角度はやや増加する傾向にあることが検証された。一方、高燃圧での噴霧微粒化と流動特性については、ペネトレーション(噴霧貫徹力)の増加は主に周囲気体の運動量増加による噴霧後半での噴霧輸送の促進によって得られること、その効果によって高燃圧では背圧下での噴霧しぼみは小さく、さらにテーパ付ノズルでは噴霧広がり角の増加も見られることを明らかにした。 第4章においては、ディーゼルエンジン用マルチホールノズルの噴霧形成、特にノズル孔間の噴霧ばらつきの問題を取り上げ、メカニズム解明と改善設計を試みている。従来の仮説検証として、針弁偏芯によるノズル内流れの変化を可視化モデルによるキャビテーション観察、および、拡大モデルによる流速計測によって詳細に調べ、その結果、サックなしノズルでの針弁偏芯時の噴霧ばらつきは偏芯側のノズル内にのみ旋回流が生じて噴霧が広がるのに起因すること、ノズル内のキャビテーションが流れに強い影響を与えていることなどを明らかにした。また、これらの現象メカニズムを考慮した数値シミュレーションにおいては、定常計算にて噴霧ばらつきを再現できることを示すとともに、針弁開時の過渡応答を考慮した非定常計算では針弁開度が小さき初期のノズル内流動の偏りがその後も維持され噴霧ばらつきを助長する可能性があるという設計上重要な知見を新たに得ている。さらに、数値シミュレーション結果から、針弁開時のごく初期に針弁偏芯を増大する方向の強い流体力が加わることを見出し、これが針弁偏芯および噴霧ばらつきを生じる一因となることを指摘した。針弁偏芯の抑制に効果があるとされるスリーブ付ノズルに対して数値シミュレーションを適用した結果では、スリーブなしノズルとの違いとして主に針弁開時の初期の急激な流体力変化を抑制することが示めされ、著者の指摘の妥当性を裏付けている。 第5章では本論文の成果をまとめて考察している。特に、顕著な成果として、(1)ガソリンエンジン用スワールノズルの噴霧しぼみ現象メカニズムを解明し、(2)テーパ付ノズルによる改善効果を示したこと、(3)ディーゼルエンジン用マルチホールノズルの噴霧ばらつきの現象メカニズムを明らかにし、(4)スリーブ付ノズルによる改善効果を示したことが挙げられる。 上記のように本論文は,直接噴射式エンジンの噴射弁と噴霧形成メカニズムの解析のための実験計測および数値シミュレーション法を開発し、ガソリンエンジンとディーゼルエンジンにおいて顕在化している課題を解明するとともに、それらの改善設計に対しての合理的な原理機構を示した。これら点から,機械工学,特に自動車工学の発展に寄与するところが大きいといえる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/49010 |