学位論文要旨



No 215897
著者(漢字) 吉田,龍一
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,リュウイチ
標題(和) 圧電素子を用いた小型駆動機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 215897
報告番号 乙15897
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15897号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 助教授 鳥居,徹
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

我々が日常的に見聞きするものの中には,多くのアクチュエータが使われている,携帯電話に代表されるモバイル機器の急速な普及に伴い,このアクチュエータにはより小型化,高精度化が望まれている。汎用的なアクチュエータである電磁モータを小型化した場合,トルク低下,高回転数化により大きな減速系の必要性などの問題が生じる。そこで本研究では,圧電素子を駆動源とし,小型高精度のアクチュエータに関し報告する。

駆動原理

本研究のアクチュエータの駆動原理をparagraphに示す。圧電素子の一端に固定部材を,もう一端に駆動摩擦部材を取付け,駆動摩擦部材に移動体を摩擦保持する。(1)圧電素子をゆっくり伸ばすと,移動体は摩擦のため一緒に動く。(2)圧電素子を急速に縮めると,移動体は慣性のため摩擦部が滑り,ほぼその位置にとどまる。この(1),(2)を繰り返すことで,移動体は長ストローク動作する。また圧電素子を急速に伸ばし,ゆっくり縮める動作の繰り返しで,逆方向へ動作する。

このアクチュエータの特徴は,構成が簡単で小型化が可能,上記(1),(2)による粗動と,圧電素子そのものの変位による微動の両立が可能な点などが上げられる。

このアクチュエータの基本的な動きをparagraphに示す。

圧電素子をノコギリ変位させることで,移動体は摩擦部が滑らない状態(Noslip)と,滑る状態(Slip)を繰り返して移動する。この動作形態を Noslip-Slip 駆動とよぶ。

ただしparagraphのように摩擦部が常に滑る状態でも,移動体は動く。これは方向により動摩擦力のかかる時間に差があるためである。この動作形態を Slip-Slip 駆動とよぶ。

摩擦力が低いと Slip-Slip 駆動が生じやすい。さらに,駆動周波数が高い場合も,振動の加速度が大きくなるため Slip-Slip 駆動が生じるようになる。

このアクチュエータは,インパクト駆動機構(IDM)の構成を見直したものであり,IDMと比較して,動きがスムーズになることから,名称をスムーズインパクト駆動機構(SIDM)としている。

SIDMの高速化

SIDMを高速化するには,駆動周波数を高くすればよい。この駆動周波数の限界は,図4に示すSIDMの機械モデルから導かれる。SIDMの駆動に関連する共振周波数fs2,fs3を図中に示す。

摩擦力にも依存するが,Noslip-Slip 駆動の駆動限界は共振周波数fs3であり,それより高い周波数では Slip-Slip 駆動に移行する。そして Slip-Slip 駆動の駆動限界は共振周波数fs2に依存する。図中の式より,駆動摩擦部材を軽量化すれば,共振周波数fs2が高くなり,SIDMの高速化につながる。

駆動電圧波形の最適化

圧電素子の電圧一変位伝達関数は,図5のように考えることができる。この伝達関数の逆関数を考えることで,ノコギリ変位を得るための電圧波形を求めることができる。逆関数から求めた電圧波形ーノコギリ変位波形の対応を図6に示す。ノコギリ変位を得るためには,(1)駆動周波数fdが,圧電素子の共振周波数fs2より十分低い場合,ノコギリ波形の電圧が必要である。(2)駆動周波数fdが,圧電素子の共振周波数fs2の0.7倍前後では,左右対称な波形の電圧が必要である。(3)駆動周波数fdが,圧電素子の共振周波数fs2と等しい場合,高次項の振幅を大きくした波形の電圧が必要である。

このようにノコギリ変位を得るための電圧波形は,伝達関数の影響のため,駆動周波数によって変化する。

図からわかるように(2)が,小さな電圧振幅で他と同振幅のノコギリ変位を得られ,効率的である。

さらに(2)の周波数条件では,デュテイ比0.3の矩形波の電圧でもノコギリ変位が得られる。これを周波数領域への変換を通じて,図7で説明する。

矩形波中の1-次項は,伝達関数を乗じても振幅,位相ともにあまり変わらない。2次項は,振幅はあまり変わらないが,位相に遅れが生じる,3次項以降は,振幅低下が大きく変位波形にあまり影響しない。これらの結果,矩形波の電圧からノコギリ変位が得られる。

またデュティ比を0.7とすることで,逆方向へ動かすためのノコギリ変位が得られる。

図8に矩形波とノコギリ波の電圧で駆動したときの駆動周波数-速度特性の解析結果を示す。解析の手法としては,電圧波形から変位波形を求め,その変位波形に対し,移動体が Slip-Slip 駆動するものとして,その定常状態の速度を求めた。

電圧波形は,共振周波数fs2の0.5倍くらいまでは,ノコギリ波が望ましい。そして共振周波数fs2の0.7倍前後では矩形波が望ましいことがわかる。さらにこの条件では,ノコギリ波電圧で速度増加すると仮定した場合より,高速が得られることがわかる。

駆動回路

圧電素子の駆動回路としては,電圧波形と変位波形が相似である前提に立つものが多い。ノコギリ変位を用いて移動体を駆動するIDMでも,その応用製品では,ノコギリ電圧を発生させる駆動回路を使用してきた。

これに対し,先の解析で示したように矩形波で駆動できれば,回路としては非常に簡単なものとなる。また図8に示したように,周波数特注のピークがブロードであるため,超音波モータのような周波数を追尾する付加的な回路も必要ないと考えられる。

図9にSIDMを矩形波で駆動するための駆動回路を示す。(a)のようにスイッチ素子だけで構成できる。さらに(b)のように構成することで,負の電界印加も使うことができ,電源電圧の2倍の伸縮を取り出すことができる(ただし負の電圧印加は分極反転電圧以下での使用に限られる)。

この(b)の回路は直流モータの正逆転に用いられるHブリッチ回路であり,回路のスベース面,コスト面などからも非常に実用的なものである。

SIDMの試作

実験に用いたSIDMの試作ユニットをparagraph0に示す。圧電素子の両端に,駆動摩擦部材と固定部材を接着し,駆動摩擦部材に移動体を摩擦保持する構成である。

移動体には割りの入った貫通穴を設け,駆動摩擦部材の径は,この穴より少し太くしている。そして駆動摩擦部材を貫通穴に挿入することで,割り部を弾性変形させ,付加的な摩擦力を発生させている。

SIDMでは固定部は重い方が望ましい。そこで固定部材には,密度の大きなタングステンを用いている。

また駆動摩擦部材は軽く高剛性が望ましいため,カーボン繊維強化複合樹脂を用いている。そして移動体の回り止めのためDカットを施している。

ここで使用する圧電素子はd31変位を利用するタイプで,-3〜+3Vの電圧印加で70nmppの変位を示す。

このユニットの共振周波数fs2を,レーザードップラー振動計で測定したところ206kHzであった。

そしてこの試作ユニットを共振周波数fs2の約0.7倍の駆動周波数150kHz,波形は矩形波,デュティ比は0.7(d31変位を利用する圧電素子は負の変位係数を持っため)の条件で駆動した。駆動回路には図9に示したHブリッジ回路を用い,電源電圧3Vで6Vppの電圧を圧電素子両端間に印加している。

このときの移動体,駆動摩擦部材の変位をparagraph1に示す。この変位結果は,レーザードップラー振動計で測定した速度を積分したものである。

先の解析で示したように,矩形波形の電圧かちノコギリ変位が得られ,移動体は常に滑りを生じながら,Slip-Slip駆動で動くことがわかる。

図12に矩形波形駆動における駆動周波数-速度特性を示す。解析と同じく共振周波数fas2の約0.7倍の駆動周波数でピークとなる特性を示した。図13に負荷-速度特性を示す。負荷を大きくするに従い,直線的に速度が低下した,負荷の与え方は,移動体に重りを固定して動かす重量負荷である。

このグラフにおいて20mNの負荷動作での写真を図14に示す。このように片持ちの状態でも問題なく動作することができた。

レンズ駆動機構への応用

SIDMを携帯機器用小型ズームカメラのレンズ駆動機構へ応用した試作ユニットを図15に示す.このユニットの写真を図16に示す.

携帯機器では,小型化が第一に求められる.SIDMを駆動源とすることで,電磁モータなど既存のアクチュエータでは難しいレベルの小型化を達成している.またSIDMは,摩擦による自己保持性から,停止時に電力を必要としない点も大きなメリットである.

ユニットの構成は,2群レンズをSIMDで動かし,板カムを介して1群を動かすことで,光学ズームを行うものである.

現在,このユニットは携帯電話やPDAなどへの搭載に向け,実用化検討を進めている.

まとめ

圧電素子を用いた駆動機構であるSIDMに関し,解析,試作の両面から,紹介を行った.

まずSIDMを機械モデルで表し,性能に関係するパラメータを明らかにした.そして駆動電圧波形の最適化を行った。その中で共振周波数fs2の約0.7倍の駆動周波数,矩形波の電圧で,高い速度が得られることを導いた.さらに,実用化に際して,スペースやコストの面で有効なHブリッジ回路を提案した.

そしてSIDMを試作し,解析より導かれた矩形波の電圧で駆動し,解析と同様の結果を得た.また周波数−速度特性,負荷−速度特性などアクチュエータの基本的な特性を測定した.

SIDMは,電磁モータなどのアクチュエータを比較して構成が簡単であるため,小型化に有利である.この特徴を活かした応用として,小型ズームカメラのレンズ駆動機構を試作した

SIDMの課題としては,効率が低いこと,摩擦駆動のため耐久性が低いこと,温度変化に伴い性能が変化することなどがあげられる.これらをより向上させることで,様々な分野での実用化を目指したいと考える.

駆動原理

Noslip-Slip 駆動

Slip-Slip 駆動

SIDMの機械モデル

電圧-変位の伝達関数

ノコギリ変位を得るための電圧波形

矩形波電圧からノコギリ変位

駆動周波数-速度特性の解析結果

矩形波のための駆動回路

素子固定型SIDMの斜視図

移動体,駆動摩擦部材の変位

駆動周波数−速度特性

負荷−速度特性

素子固定型SIMDの写真

レンズ駆動機構の斜視図

レンズ駆動機構応用の写真

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「圧電素子を用いた小型駆動機構に関する研究」と題し,圧電素子の有する高速応答性を利用し,小型,高精度の駆動機構の開発に取り組んだ研究の成果を纏めたものである.本論文は,全12章から構成されている.

第1章は序論であり,現在まで研究されている様々な圧電素子を用いた駆動機構の特徴や課題を述べた後,本研究で開発した駆動機構の特徴について述べ.インパクト駆動機構(IDM)と比較して,滑らかな動きを得られることから,スムーズインパクト駆動機構(SIDM)と名付けている.

第2章では,圧電素子を固定する形式のSIDMについての試作,評価について述べている.駆動周波数を高くしていくと,これまで明らかにされていなかった動作形態を示すことを理論的に導き,実験により確認している.そして移動の高速化に必要な条件を明らかにしている.

第3章では,SIDMの運動方程式において,圧電素子に働く摩擦項を粘性項に近似して線形化し,圧電素子の電圧と変位の伝達関数を導き,その逆関数を考察することにより,駆動周波数が系の共振周波数の0.7〜0.8倍で,矩形波形の電圧を印加するという実用化に適した駆動条件を見出した.

第4章では,数値シミュレーションにより線形近似を行わない運動方程式の解析を進め,第3章で得られた指針の有効性の検証と,より詳細な最適駆動条件の探索を行っている.

第5章では,ストローク内での速度変化について検討している.駆動摩擦部材の弾性が移動体の運動に与える影響を定量化し,駆動摩擦部材に要求される条件を明らかにしている.

第6章では,素子も移動する形式のSIDMを試作し,第3章,第4章で明らかにした最適な駆動電圧波形をこの形式についても適用できることを,確認している.また,位置センサーを付加した閉ループ系を構成し,SIDMが高精度位置決め機構のアクチュエータとして優れた特性を有することを実証している.

第7章では,縦歪み型およびねじり歪み型の圧電素子を用いた回転型SIDMの試作を行い,SIDMが回転型の駆動機構としても利用できることを明らかにしている.

第8章では,SIDMの小型化の取り組みについて述べている.Φ2×5.5mmの大きさのものを試作し,駆動周波数300kHzで12mm/sを得ている.

第9章では,カメラ付き携帯電話への搭載を目的とした実用化への展開について述べている.SIDMをレンズの位置きめに用いた小型ズームカメラを試作し,温度変化に対する駆動周波数設定手法など,実用化における重要な指針を明らかにしている.

第10章では,実用化には必須となる電気回路の低消費電力化について述べている.SIDMの最適な駆動条件を満たす回路として,FETを用いたHブリッジ回路を新たに開発し,低消費電力化を実現している.

第11章では,SIDMのさらなる高速化についての検討を行っている. 2次の成分を重畳した正弦波形を基本とする電圧波形を用いることにより,矩形波駆動に比べ高速化と発熱の低減が可能であることを明らかにしている.

第12章は本論文の結言であり,本研究で得られた成果についての総括を行い,さらに今後の展望について述べている.

このように本論文の研究では,圧電素子を用いた小型駆動機構の新たな方式であるSIDMの提案を行い,その有効性を解析と多数の試作による実験により明らかにするとともに,実用化に役立つ多くの知見と設計指針を示しており,精密機械工学及び精密機械工業の発展に極めて大きく貢献するものといえる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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