学位論文要旨



No 215900
著者(漢字) 山舖,智也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシキ,トモヤ
標題(和) ベンジリデンアニリン系有機非線形光学結晶のヘテロエピタキシーとその導波路素子への応用
標題(洋)
報告番号 215900
報告番号 乙15900
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15900号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 近藤,高志
 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
内容要旨 要旨を表示する

薄膜結晶成長技術の中でもエピタキシャル成長技術の進歩は著しい。特に、化合物半導体のヘテロエピタキシャル成長技術は半導体レーザーや高移動度トランジスターなどに応用され、半導体デバイスの高性能化・高機能化に貢献している。近年、エピタキシャル成長技術を有機結晶成長技術に展開しようとする研究が活発化し、様々な材料系で有機材料特有の挙動が報告されている。筆者らは、分子性結晶材料の中で2次非線形光学活性を有するベンジリデンアニリン系有機非線形光学材料の同族体間で有機ヘテロエピタキシャル成長を試み、シングルドメインのヘテロエピタキシャル構造を実現することを目的に研究した。

有機分子、特に分子性結晶材料のヘテロエピタキシャル成長は、フタロシアニン等の色素材料をシリコン単結晶などの無機単結晶基板上に真空蒸着させるような検討から始まり、様々な物質間での結晶成長が試みられてきた。多くの検討の結果、有機材料、特に2次元的な相互作用が強い一方で層間結合の弱い結晶材料は、基板結晶との格子不整合が大きい条件においても、基板結晶の格子情報の一部に影響を受けて、配向制御された薄膜結晶成長することが報告されている。しかしながら、コヒーレント成長は厚み方向に数分子程度でありシングルドメインの単結晶薄膜を得るには至っていない。有機結晶材料のヘテロエピタキシーにおいて、シングルドメイン化したヘテロエピタキシャル構造は得られておらず、有機結晶材料のデバイス応用や新規物性研究に大きな障害となっている。

筆者らは、まず、van der Waals力を駆動力とするエピタキシーの特徴が、共有結合性ヘテロエピタキシャル成長と比べ、基板と成長物質間の結合力が成長物質の面内結合力に比べて相対的に小さい時、Stranski-Krastanov様式の核生成を伴いながらエピタキシャル成長する点にあることを示した。微弱とはいえ内在する歪みを緩和するためには、歪み成長により発生する内部応力を如何に緩和し良好な単結晶膜として得るかが重要であり、シングルドメインのヘテロエピタキシャル構造を得るための要件として、格子不整合の低減と構成分子の立体構造相似性、成長面内と層間の結合力差の制御、界面の平坦性・結晶性の向上が必要であるとの仮説を立てた。

こうした要件に適する構造を示す分子性結晶材料について検討を重ね、2次非線形光学活性を有する極性分子ベンジリデンアニリン系材料に注目した。シングルドメインのヘテロエピタキシャル結晶層を得るためには、構造的に相似性の高いことが期待される同族体を利用することがよいと考えた。特に4'−ニトロベンジリデン−3−アセトアミノ−4−メトキシアニリン(MNBA) とその同族体である、4'−ニトロベンジリデン−3−エチルカルボニルアミノ−4−メトキシアニリン(MNBA-Et)は、結晶構造解析の結果から、同じ単斜晶系に属し、格子定数も近いことがわかった。相互の格子不整合は(010)面で0.98%と最小となり、分子の立体的な構造整合性も(010)面で最も近くなることが明らかとなった。さらに、MNBA、MNBA-Etの(010)面には、分子の極性がそろった軸と分子間水素結合による格子間結合があるため、(010)面内での結合力が大きく、この面では、面状の核生成が期待されると考えた。

そこで、MNBA-Etバルク単結晶を溶融法及び溶媒蒸発法により作製し、ヘテロエピタキシー用基板結晶とし、基板結晶面を加工して、MNBAヘテロエピタキシャル成長を行う一連の過程を実施した。

MNBA-Etバルク単結晶作製においては、カラム精製と昇華精製を組み合わせることで、有機溶媒中での変性や加熱による劣化を達成した。純度の高いMNBA-Et原料を用いて、溶融引き上げ法及び溶液からの溶媒蒸発法を用いて結晶成長を試みた。溶融引き上げ法ではX線ロッキングカーブによる半値幅測定から(040)面が300s程度と不十分な結晶性にとどまったが、ジクロロメタンを溶媒とした溶媒蒸発法では(010)面が最大面積を取る板状結晶として成長し、結晶性は(040)面で100s以下にすることができた。

研磨により平坦化を試みたMNBA-Et基板結晶の(010)面を用いてMNBAヘテロエピタキシャル成長を行ったところシングルドメイン化したMNBA単結晶ヘテロエピタキシャル成長ができた。超高真空状態での成長検討を行ったところ、10-8Torr台の超高真空雰囲気でMNBAの昇華性があらわれることを利用して、MNBAソース温度の低減による劣化防止と成長速度の制御が可能となることがわかった。加えて、MNBA-Etホモエピタキシャル成長を加える2段階法を取り入れることで界面での格子不整合を緩和することが可能となり、5μm以上のMNBAヘテロエピタキシャル成長が可能となった。

MNBA/MNBA-Etヘテロエピタキシャル構造をラマン分光法により分析した。その結果、MNBA-Etホモエピタキシャル成長層を介した構造では、明確な結合手を持たないvan der Waals力を生かして、転位を発生することなく連続的な格子変形が起こしていること、その際には、基板結晶であるMNBA-Et、成長層であるMNBAの双方ともに界面付近で格子変形を起こしており、その距離は厚み方向にヘテロエピタキシャル成長界面をはさんで前後1μm以上に及ぶことがわかった。この結果は、X線回折によって得られたMNBA、MNBA-Etのb軸格子長の分析結果と合致しており、格子不整合を長距離の歪み緩和をおこすことで、MNBAは最終的にバルク結晶と同じ状態で成長を続けることができると説明される。明確な成長臨界膜厚を持たず、最後にはヘテロエピタキシャル成長膜の格子定数がバルク時のそれにまで変化すると言う現象は、共有結合性ヘテロエピタキシーでは見られない現象であり注目される。

一方、AFMを用いたMNBAヘテロエピタキシャル成長膜の観察の結果、MNBAヘテロエピタキシャル成長膜の表面は結晶構造を反映して、最表層でも格子定数とほぼ同じ単位で分子が配列していることがわかった。また厚み方向には、MNBA-Etとの格子不整合の影響を受けずに、重なった2分子が成長単位となって気相成長していると推定された。

一連の検討により得られたMNBA/MNBA-Etヘテロエピタキシャル構造を利用してスラブ型導波路を作製し、2段階法の適用により導波損失が3dB/cm以下に低減されること、また見た目の電気光学定数が、160pm/V程度まで上昇し、分子性結晶のヘテロエピタキシャル成長の有効性を示すことができた。

これまで、van der Waals力を結合力とする有機薄膜成長の研究の多くは格子不整合の極めて大きいSiなどの無機結晶と有機材料との間で行われてきた。これに対して、本研究では、同族体分子性結晶間でのエピタキシーという、真の意味でvan der Waals力を格子間結合力に使用した結晶成長を取り扱った点に特徴がある。格子を形成する分子間力は、無機結晶で多くみられる共有結合力に比べれば極めて弱いが、ラマン分光結果から明らかとなったように、MNBA-Etホモエピタキシャル成長層を介することで、MNBAとMNBA-Et間の格子不整合が完全に緩和される上、MNBA層の結晶性も向上するという結果は、分子性結晶の結晶構造制御という観点でも非常に興味深い結果であるといえる。Van der Waals力があたかも化合物半導体ヘテロエピタキシャル成長の共有結合力のように振る舞うヘテロエピタキシャル成長は、優れた電気物性・光物性を有する有機材料の結晶制御に広く応用される可能性を持つ。

審査要旨 要旨を表示する

色素に代表される共役系有機材料は無機材料にはない特異な性質を示すものが多い。この特異な性質をエレクトロニクスやフォトニクス分野で応用する試みが活発である。こうした中、有機分子性結晶材料の薄膜結晶作製方法が盛んに研究されている。しかし、既存の研究は無機単結晶基板上へ有機薄膜を成長しようとするものであり、数μmの厚みと10 ×10 mm2程度の面積をもつ大型のシングルドメイン単結晶エピタキシャル薄膜をターゲットとした研究報告はなく、分子性結晶の大型エピタキシャル薄膜の実現が望まれていた。本論文は、2次非線形光学活性を示すベンジリデンアニリン系有機非線形光学結晶同族体群の結晶構造相似性を利用し、大型シングルドメイン単結晶エピタキシャル薄膜の成長に初めて成功した成果についてまとめたものであり、8章と2つの補遺からなる。

第1章は、序論であり、有機エピタキシャル成長に関するこれまでの研究を、シングルドメイン領域拡大の観点から概観し、応用分野のひとつである非線形光学素子への適用について説明している。その上で、本研究の目的と論文の構成について述べている。

第2章は、これまで行われてきた有機エピタキシャル成長研究についてさらに詳細を検討し、有機エピタキシャル薄膜の大型シングルドメイン化の方針についてまとめている。Van der Waals力を格子間結合力とする分子性結晶では、結晶形の一致と格子不整合の減少、成長厚み方向と成長層内の結合力異方性の導入、van der Waals力が有効に働く界面状態の実現の3点が重要であることを示し、大面積ヘテロエピタキシャル薄膜を実現する指針を整理した。

第3章は、本研究で取り扱った有機非線形光学材料、4'−ニトロベンジリデン−3−アセトアミノ−4−メトキシアニリン(MNBA)と4'−ニトロベンジリデン−3−エチルカルボニルアミノ−4−メトキシアニリン(MNBA-Et)のヘテロエピタキシャル成長の可否を検討した結果である。MNBA、MNBA-Etの(010)面同士が格子不整合0.98 %となるよい組み合わせであり、分子立体構造の相似性も高いという条件を満たすこと、さらに各(010)面では分子間水素結合による格子間結合が働くことから、ヘテロエピタキシャル成長に適していると結論している。また、光導波路素子への応用を考慮して、基板結晶として屈折率の小さなMNBA-Etを用いるべきであるとしている。

第4章は、ヘテロエピタキシャル成長の実現にあたり基板結晶となるMNBA-Et単結晶の成長を行った結果をまとめている。カラム精製および昇華精製によりMNBA-Etは高純度化(純度99.999 %以上)され、加熱劣化を抑止できることを報告している。この原料を用いて、結晶成長の検討を行い、溶融引き上げ法ではX線ロッキングカーブ測定の結果から(040)線で300s程度の半値幅の結晶が、溶媒蒸発法では (040)回折線で100s以下の半値幅をもつ(010)面を最大面とする板状結晶が得られることを実験的に明らかにしている。

第5章は、MNBA-Et結晶上へのMNBA気相ヘテロエピタキシャル成長に関する結果をまとめている。溶媒蒸発法によって作製したMNBA-Et(010)基板上に、低真空(〜10-4 Pa台)および超高真空(10-6 Pa台)状態でMNBAを気相成長させたところ、いずれの真空度においてもMNBA-Et基板結晶の結晶軸にほぼ揃う、シングルドメインのMNBAヘテロエピタキシャル成長が達成されることを報告している。また、10-6 Pa台の超高真空では、10-4 Pa台の真空度に比べてソース温度を30℃以上低い160℃付近で気相成長ができることから蒸着源低温化と成長速度の制御性が上がり、結晶性が向上することを示している。さらに、二段階法(基板結晶へのMNBA-Etホモエピタキシャル成長とアニールの後MNBAヘテロエピタキシャル成長)を適用することにより基板結晶表面が平坦化し、MNBAヘテロエピタキシャル成長膜の結晶性が格段に向上して厚さ10μm、面積10×10 mm2以上の大型シングルドメイン単結晶ヘテロエピタキシャル薄膜が得られることを示している。

第6章では、ヘテロエピタキシャル成長膜の界面での緩和状態について顕微ラマン分光を中心に調べた結果について報告している。二段階法で作製したヘテロエピタキシャル膜では成長界面前後2μm程度の非常に長い距離にわたって、格子定数の緩和が起こっていること、これによって転位を導入することなくシングルドメイン単結晶状態を維持したまま厚膜の成長が可能となっていることを示している。これは従来の無機エピタキシャル成長とはまったく異なる機構であり、比較的やわらかい有機分子性結晶特有の成長様式であろうと結論している。

第7章では、MNBA/MNBA-Etヘテロエピタキシャル構造を用いてスラブ導波路構造を作製し、ヘテロエピタキシャル成長条件と光学性能の関連について検討した結果をまとめている。二段階法を用いて成長した結晶性の高いヘテロエピタキシャル膜では、導波損失の低減と電気光学性能の向上が見られることから本技術の応用の可能性を示している。

第8章は、本研究の総括である。

補遺は、本技術を実用的な光デバイスへ応用する際に不可欠なドライエッチングによる3次元導波路作製プロセスに関する検討と、MNBAの電気光学定数測定についてまとめたものである。

以上を要するに、本研究では、MNBA/MNBA-Etという有機分子性結晶同族体の組み合わせを用いることで,基板と成長層との格子不整合が比較的小さい条件を作りだし、超高真空下での二段階成長法の採用により、膜厚10μm以上、面積10×10 mm2以上のシングルドメインヘテロエピタキシャル膜の成長に初めて成功している。これは従来の有機ヘテロエピタキシャル成長の水準をはるかに凌駕するものである。今後の有機材料を用いた様々なデバイス開発にあたって大型単結晶薄膜の作製が可能であることを示したものであり、材料工学の発展への寄与が大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク