学位論文要旨



No 215901
著者(漢字) 野田,多美夫
著者(英字)
著者(カナ) ノダ,タミオ
標題(和) アンモニア、メチルメルカプタンおよびアルデヒドの吸着・脱臭に関する研究
標題(洋)
報告番号 215901
報告番号 乙15901
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15901号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 教授 大島,義人
 東京大学 教授 水野,哲孝
 放送大学 教授 鈴木,基之
内容要旨 要旨を表示する

本論文はアンモニア、メチルメルカプタンおよびアルデヒドの吸着・脱臭に関する研究成果を報告するものである。

第1章『序論』においては、アンモニア、メチルメルカプタンおよびアセトアルデヒドを研究対象として選定した理由をまとめた。吸着・脱臭は快適な生活環境を得るためにニーズが増しているが、悪臭物質に含まれる成分や官能基により、物理吸着で除去しにくい物質が存在する。悪臭防止法で指定されている物質およびその類似物質から計44種類の物質について特性を解析した結果、低沸点でかつ低濃度で臭気が強いグループが存在することを明らかにした。アミン類、硫化物類、アルデヒド類の3グループがこれに該当し、それらの代表としてアンモニア、メチルメルカプタンおよびアセトアルデヒドを選定した。

第2章『鉄化合物によるアンモニアの吸着除去』では、鉄アスコルベートによるアンモニアの吸着除去について検討した。

アンモニアに対する吸着性能を改善する目的では、活性炭に酸性物質を添着し、中和反応で塩を生成させる方法が一般的である。本研究では、通気性の良い鉄多孔体を素材にして製造した鉄アスコルベート脱臭剤の脱アンモニア作用の特徴を明らかにし、鉄イオンの役割をESRによって検討した内容について述べた。鉄アスコルベートにはFe(II)およびFe(III)が存在し、常温においてアンモニアの吸着・脱着が可逆的におき、そのために吸着寿命が長いことが特徴である。アンモニアの吸着・脱着によってESRのスペクトルが可逆的に変化し、アンモニアの吸着・脱着に鉄アスコルベートのFe(II) およびFe(III)が関与していることを明らかにし、吸着・脱着機構についての仮設を提示した。

第3章『鉄化合物によるメチルメルカプタンの吸着除去』では、オキシ水酸化鉄と硫黄微粒子との複合的な作用によるメチルメルカプタンの吸着機構について明らかにした。

オキシ水酸化鉄および硫黄微粒子は、ともに単独ではメチルメルカプタンを吸着する機能を有さないが、両者が共存する条件下では、この機能が発現する。本研究では、オキシ水酸化鉄による酸化作用によってメチルメルカプタンが硫化メチル基とプロトンとに分離し、それに続いて硫化メチル基が周辺に存在する硫黄微粒子と結合することにより化学吸着する。この吸着機構を、エチルメルカプタンを用いてエチル基とメチル基との置換を行う実験によって検証した内容を述べた。

第4章『硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩を添着したセピオライトハニカムによるアセトアルデヒドの吸着除去』は5つの項に分かれる。

第4章の1(4.1項)では、第4章の研究課題、研究の必要性について概観した。

4.2項では、硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩を吸着剤用添着物質として選定した理由と担体として多孔質セラミックを選定した理由とを述べた。一般的には吸着剤の担体としては活性炭や活性アルミナなどが比表面積が大きくて有利と思われがちであるが、表面が触媒活性の無い珪酸質の多孔質セラミックが硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩の担体として適す。

4.3項では、ハニカム構造体の特性およびハニカムを押し出し成形するためのダイス設計技術に関して検討した。ハニカム構造体は、セル密度とセルを形成する壁の厚みで構造が決まり、その結果、担体としての重要な機能である圧力損失と壁の密度とが決まる。設計に当たって考慮すべき要因についての成果を述べた。

4.4項では、アセトアルデヒドを吸着する吸着剤を製造するための担体としてセピオライトを選定した理由と、その開発成果とを述べた。セピオライトを選定した主な理由は、ハニカム構造体を製造するに当たっての特性、すなわち押し出し成形性、成形後の機械的強度が優れる点にある。硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩水溶液をセピオライト粉末に添加して混練・成形して製造した吸着剤の機械的強度とアセトアルデヒドの吸着性能について評価し、適切な添着量を解明した。

4.5項では、ヒドラジン及びヒドラジンとアセトアルデヒドとの反応生成物の脱着現象を解析し、空気清浄機へ活用した場合の環境への安全性を評価した結果について述べた。ヒドラジンは反応性が高く、室温、大気雰囲気下でも分解し易い。また、発がん性の疑いがある物質に指定されており、使用環境中に放出されると人体への影響が懸念される。セピオライトに硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩として添着されたヒドラジンは室内に長期放置されても自然分解することなく安定である。また、ヒドラジンと反応して吸着したアセトアルデヒドも高温下で脱着するものの、分解してヒドラジンを放出することは無い。

第5章『結論』では研究結果を総括した。まず、化学吸着剤開発の要点を整理して解説した。脱臭のニーズはより快適な生活環境を得るためにより低濃度の到達レベルが求められるようになっており、化学吸着剤の役割が重要になった。吸着剤の使用時における人の健康・安全確保は最も重要な評価要素であるが、地球環境問題に関連して吸着剤の再利用や廃棄処分の安全確保も重要な評価要素になる。そのためにも吸着機構の解明が重要であることを述べた。本論文で研究対象とした臭気物質は、アンモニア、メチルメルカプタン、アセトアルデヒドの3種類であるが、これらはわれわれの生活環境においては良く取り上げられる代表的な悪臭物質である。家電空気清浄機分野の需要を対象として研究に着手したものであるが、その成果は既に実用化され病院や工場の排ガス浄化にも適用され、生活環境の改善に貢献している。

なお、実用化された事例の代表的なものを付録として記載した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「アンモニア、メチルメルカプタンおよびアルデヒドの吸着・脱臭に関する研究」と題し、室内環境において悪臭の原因となる物質を吸着除去するための吸着剤および吸着機構について、3種類の典型的な悪臭原因物質を対象に研究を行ったもので、5章から成る。

第1章は序論であり、アンモニア、メチルメルカプタンおよびアセトアルデヒドを研究対象として選定した理由を整理している。悪臭原因物質の除去、すなわち脱臭は快適な室内環境を得るためにニーズが増しているが、悪臭原因物質には一般的に用いられている活性炭等を用いた物理吸着では除去しにくく、かつ極めて低濃度でも人が強い臭気を感じる物質群としてアミン類、硫化物類、アルデヒド類の3類が挙げられることを明らかにし、この結果を踏まえて各類の代表的な物質としてアンモニア、メチルメルカプタンおよびアセトアルデヒドを選定している。

第2章では、鉄アスコルベートによるアンモニアの吸着除去について述べている。鉄アスコルベートにはFe(II)およびFe(III)が存在し、アンモニアの可逆的な吸着はこれらが関与した化学吸着であることを明らかにした上で、吸着および脱着の反応機構について仮説を提示している。そして、この現象を利用して鉄多孔体を素材にした鉄アスコルベートアンモニア吸着剤の開発に成功している。

第3章では、オキシ水酸化鉄と硫黄によるメチルメルカプタンの吸着除去について述べている。オキシ水酸化鉄と硫黄が共存する場合に限って、メチルメルカプタンの化学吸着がおこる現象を見出し、この反応機構としてオキシ水酸化鉄による酸化作用によってメチルメルカプタンが硫化メチル基とプロトンとに分離し、これに続いて硫化メチル基が硫黄と結合することによるものであることを明らかにしている。

第4章では、硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩によるアセトアルデヒドの吸着除去について述べている。発がん性の疑いがある物質に指定されているヒドラジンを、そのアセトアルデヒドとの強い反応性に着目して硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩として担体に添着させることによってアセトアルデヒド吸着剤として実用化させている。

まず、この反応機構としてヒドラジンとアルデヒド基の反応によりアジンが生成するものであることを明らかにした上で、この現象を実用的な吸着剤として利用するために、担体である多孔質セラミックをハニカム構造体に成型するためのハニカム設計手法と押し出し成型技術について述べている。

次に、担体としてセピオライトを用いた実機の開発について述べている。セピオライトは、ハニカム構造体を製造するに当たって、押し出し成型の際にハンドリングが容易なこと、また成型後の機械的強度が優れているという理由を定量的に整理して実機に採用している。また、このように調製した硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩添着セピオライトのアセトアルデヒドの吸着特性を測定し、最適な添着量を明らかにしている。

さらに、ヒドラジンの脱離およびヒドラジンとアセトアルデヒドとの反応生成物の脱着について検討している。その結果、セピオライトに硫酸アルミニウム・ヒドラジン複塩として添着されたヒドラジンは、室内環境中では十分長期間にわたって安定であり、室内環境中に漏出することはないこと、またヒドラジンとの反応で化学吸着したアセトアルデヒドは、100℃程度に昇温した場合でも脱着することはなく、ヒドラジンおよびアセトアルデヒドとの反応生成物等が漏出することはないと言えることを示している。

第5章は、第2章から第4章に記載した内容を総括し、化学吸着剤の開発の要点を整理している。今日、より快適な室内環境を得るために、悪臭原因物質をより低濃度にまで除去することが求められるようになっており、化学吸着剤の役割がますます注目されているという現状、そして吸着剤を使用する際の安全性のみならず、その再生利用や廃棄処分の際の安全性も確保されなければならないこと、またそのためにも反応吸着機構の解明が重要であることを述べている。

本論文で対象とした悪臭原因物質は、アンモニア、メチルメルカプタン、アセトアルデヒドであるが、いずれも本研究の成果は既に病院や工場等の室内空気浄化装置、また一般事務所や家庭用の空気清浄機などとして実用化されており、種々の室内環境の保全・改善に貢献している。

以上を要するに本論文は、室内環境中の悪臭原因物質の化学吸着による吸着除去について、個別の技術開発にとどまらず反応吸着機構等を研究しており、室内空気の脱臭に貴重な情報を与えるもので工学的に高い価値を有し、化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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