学位論文要旨



No 215902
著者(漢字) 鈴木,健介
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ケンスケ
標題(和) アクチン結合蛋白質p57の生物学的機能の解析 : ファゴソーム形成及びファゴソーム-ライソゾーム融合時の挙動
標題(洋)
報告番号 215902
報告番号 乙15902
学位授与日 2004.02.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15902号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

緒言

貪食(食作用)は細胞が異物を認識した後に起こす行動であり、外部からの栄養の取り込みや異物からの防御反応の最初のステップとして非常に重要な現象である。また、これは下等生物から高等生物までに保存された極めて本質的な生物の行動である。特に高等生物の免疫機構においては免疫応答の最初のステップであり、細胞性免疫及び液性免疫を誘導するために重要なステップである。貪食は多段階を経て進む現象であり、最初は異物の認識に始まり、認識された異物は細胞への吸着反応を介し、ファゴソーム形成を経て細胞内へと取り込まれる。細胞内に取り込まれた異物はファゴソーム内に存在し、その後ファゴソームーライソゾーム融合を介して異物の消化へと導かれる。この多段階反応の最初の認識、吸着及び異物消化のステップに関しては、これまでの研究で分子機構が明らかになってきている。一方、この異物吸着後、消化に至るステップは明らかになっていない部分が多い。このステップを明らかにすることは貪食機構全体の解明に繋がる可能性があり、更に、この機構の解明により病態を改善する医薬品が開発できる可能性も開けると考えられる。

私は、低分子量Phosphatidylinositol-specific phospholipase Cを仔牛胸腺細胞質画分より精製する過程において、細胞の運動性や貪食能に関係する可能性を持つ蛋白質を発見した。この遺伝子は粘菌のアクチン結合蛋白質、粘菌の走化性、細胞分裂及び貪食能等の動的な制御に関与し、細胞のリーディングエッジや王冠様構造部分に発現されるcoroninと相同性を持つことが明らかになった。この相同性から、得られた新規蛋白質の機能を解析にすることにより、哺乳動物細胞において明らかになっていない貪食の分子機構を明らかに出来る可能性が考えられた。そこで、この新規蛋白質をその分子量よりp57と名付け、以下の解析を行った。

p57 の遺伝子クローニングによる構造決定

精製されたp57 を酵素消化により得たペプチド断片の部分アミノ酸配列を決定した。この結果を基にプローブをデザインし、ウシp57 cDNA を得た。以降の解析をヒト由来のサンプルを用いて行うためにウシp57 cDNA 配列をプローブとして用い、HL60 細胞より調製したcDNA ライブラリーをスクリーニングし、ヒトp57 cDNA を得た。ウシとヒトp57の1次構造には非常に高い相同性があり、また粘菌のcoronin と40%の高い相同性が認められた。これらの1次構造中のWD repeat 構造はウシ、ヒト及び粘菌coronin において完全に保存されており、leucine Zippermotif はウシ及びヒトのみに見られた。

p57 の発現部位の抗体検出による決定

p57 の発現を蛋白質レベルで確認することを目的とし、p57 1次構造C 末端ペプチドをウサギに免疫し、ペプチドに対するポリクローナル抗体を作製した。

抗p57 C 末端ペプチドポリクローナル抗体はウシ、マウス及びヒトでの交叉性が確認された。マウスの各臓器より調製した細胞質画分を用いてWestern blot を行ったところ、脳、胸腺、腸、脾臓及び骨髄にて強い発現が見られ、肺において弱い発現が見られた。これら以外の臓器において発現は見られなかった。

これらの結果からp57 は免疫担当組織で強い発現が見られ、免疫担当細胞を含むと思われる臓器(腸及び肺)においても発現が見られた。この発現パターンによりp57 は粘菌のcoronin と同様に免疫担当細胞の貪食能や運動制御に関わることが示唆された。

p57 のin vitro における蛋白質活性の決定

Coronin との相同性からアクチン結合活性の有無の判断を目的として、F-アクチンとの共沈実験を行った。その結果、F-アクチンの共存下においてp57 は沈澱し、アクチン結合活性を有することが明らかになった。

以上の結果から新規アクチン結合蛋白質p57 は粘菌のcoronin と同様にアクチン結合活性を有することが示された。

p57 の貪食機構における機能決定及び推定

ヒト多核白血球における貪食能とp57 の関係を調べることを目的とした。貪食能を持つ多核白血球において、オプソニン化されたターゲットは貪食され、ファゴソームを形成し、nicotinamide adenine dinucleotide phosphate oxidase(NADPH)等をその周囲に要求し、ファゴソーム−ライソゾーム融合を経て、最終的にライソゾームにて消化を受ける。この際に形成されたファゴソーム周囲のp57 及びF-アクチンの挙動を抗ヒトp57 モノクローナル抗体を用いて解析した。オプソニン化ザイモザンを用い、ヒト多核白血球による貪食を評価する方法を用いた。その結果、ヒト多核白血球が貪食する際に、そのファゴソーム周囲にp57 及びF-アクチンが集積することが示された。ファゴソームが形成された後は、速やかにp57 及びF-アクチンはファゴソームから解離した。また、オプソニン化されていないザイモザンの貪食において、少量のF-アクチンはファゴソーム周囲に集積したが、p57 は集積しなかった。

これらのことからp57 は貪食時のファゴソーム形成の初期段階でファゴソーム周囲にF-アクチンと共に集積し、形成後、すぐにファゴソームから解離することが示された。また、p57 はオプソニン化ザイモザンの貪食時にファゴソーム周囲に集積し、貪食細胞によるターゲットの貪食及びそのファゴソーム形成に関与している可能性が示唆された。

これまでの解析においてp57 が一過性にファゴソームに集積することが示されたが、その挙動を制御する情報伝達機構は不明であった。ファゴソーム形成後のファゴソーム−ライソゾーム融合時に、マウスp57 ホモログがファゴソームから解離することが示されていた。このため、p57 がファゴソームから解離する際に必須とされる情報伝達機構の解析を目的とした。最初にp57 を特異的に検出するツールを得るために、リコンビナントヒトp57蛋白質をマウスに免疫し、抗ヒトp57 モノクローナル抗体の作製を行い、これに成功した。調製した抗ヒトp57 モノクローナル抗体を使用して、以下の解析を行った。

p57 の1次構造に着目し、潜在的なProtein kinase C(以下PKC と略す)によるリン酸化サイトが多数あることから、in vitro においてp57 のリン酸化がPKC による可能性が考えられた。そこで、HL60 細胞を1.25%DMSO で処理し、好中球様に分化させた後、オプソニン化ザイモザン貪食時のp57 のリン酸化及び挙動を調べた。貪食後、15 分をピークとしてp57 はリン酸化を受け、これはp57 のファゴソームからの解離の時間とほぼ一致する結果となった。また、PKC 特異的阻害剤によるp57 のリン酸化阻害によりファゴソームからp57 の解離が阻害された。更に、p57 のリン酸化阻害によりライソゾームマーカーであるLAMP-1 のライソゾームへの集積が阻害され、ファゴソーム−ライソゾーム融合阻害が示された。これらのことから、p57 のPKC によるリン酸化はこの分子がファゴソームから解離するためのシグナルであると考えられた。さらに、ファゴソーム−ライソゾーム融合が起こるためにはp57 のリン酸化が必要であることが示された。

総括

新規アクチン結合蛋白質p57 を同定し、その1次構造が5 回のWD-repeat 及びleucinezippermotif を有していることを示した。また、粘菌のアクチン結合蛋白質Coronin と40%の相同性があることを明らかにし、Coronin 様の蛋白質がほ乳類にも存在するこを示した。更にp57 の発現部位は免疫応答に関与する組織に特異的であることを示した。貪食能を持つ貪食細胞において、p57 はファゴソーム形成の初期にファゴソーム周囲にF-アクチンと共に一過性に集積し、ファゴソーム形成後はファゴソームから解離することが示された。ファゴソーム−ライソゾーム融合にはp57 のファゴソームからの解離が重要であり、この解離にはPKC が関与しており、PKC によるp57 のセリン残基のリン酸化によりp57 がファゴソームから解離することが示唆された。これらの知見から、新たに発見したp57 がファゴソーム形成からファゴソーム−ライソゾームに融合に到る過程を制御する分子である可能性が高いことが明らかにされた。

審査要旨 要旨を表示する

アクチン結合蛋白質p57の生物学的機能の解析〜ファゴソーム形成及びファゴソーム−ライソゾーム融合時の挙動〜と題する本論文は、新規アクチン結合蛋白質 p57 を同定し、その免疫細胞特にマクロファージにおける分布と機能を明らかにした研究成果を述べたものである。全体が4章から成り、それぞれ p57の遺伝子クローニングによる構造決定、p57の発現部位の抗体検出による決定、p57 のinvitroにおける蛋白質活性の決定、及びp57の貪食機構における機能決定及び推定と題されている。

第1章ではこの分子の遺伝子をクローニングした経緯と遺伝子配列から明らかにされた構造的な特徴が述べられている。すなわち、1次構造が 5回のWDリピート及びロイシンジッパーモチーフを有していた。また、粘菌のアクチン結合蛋白質コロニンと 40% の相同性があり、コロニン様の蛋白質がほ乳類にも存在するこを示す最初の例となった

第2章では、マウス組織における分布をポリクローナル抗体を用いて決定した結果が述べられている。P57の発現部位は免疫応答に関与する組織に特異的であった。

第3章では、p57とコロニンとの相同性からこの分子がアクチン結合活性を有すると予想し、F-アクチンとの共沈実験を行い、事実であることを証明した。

第4章では貪食能を持つマクロファージを用いて、p57 がファゴソーム形成の初期にファゴソーム周囲にF-アクチンと共に一過性に集積し、ファゴソーム形成後はファゴソームから解離することを示した。ファゴソーム−ライソゾーム融合には p57のファゴソームからの解離が重要であり、この解離にはプロテインキナーゼ Cが関与しており、プロテインキナーゼCによるp57のセリン残基のリン酸化により p57がファゴソームから解離することも示唆された。これらの知見から、新たに発見した p57がファゴソーム形成からファゴソーム−ライソゾームに融合に到る過程を制御する分子である可能性が高いことが明らかにされた。

貪食は細胞が異物を認識した後に起こり、外部からの栄養の取り込みや防御反応の最初のステップとして重要である。脊椎動物の免疫機構においては貪食は免疫応答の最初のステップであり、自然免疫の発動と細胞性及び液性の獲得免疫を誘導するために重要なステップである。貪食は多段階から成る細胞内における分子の離合集散を経て進む現象で、異物の認識、認識された異物の細胞表面への結合、ファゴソーム形成を経て、異物の細胞内への移動を引き起こす。細胞内に取り込まれた異物は一過的にファゴソーム内に存在し、その後ファゴソームーライソゾーム融合を介して消化へと導かれる。この多段階反応に関しては、分子機構が全体として明らかになっているわけではなかった。学位申請者の行なった本研究によって、細胞内への異物の取込みと細胞に移動に関わる重要な細胞質分子の一つであるp57が初めて明らかにされ、これがアクチンと共同して機能する際の分子機構の一端が示された。本研究の成果は、免疫学及び細胞生物学の領域に大きく貢献するものであり、これを行なった学位申請者は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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