学位論文要旨



No 215906
著者(漢字) 宮田,加久子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,カクコ
標題(和) インターネットの社会心理学 : 社会関係資本の視点から見たインターネットの機能
標題(洋)
報告番号 215906
報告番号 乙15906
学位授与日 2004.02.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(社会心理学)
学位記番号 第15906号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,弘子
 東京大学 教授 山口,勧
 東京大学 助教授 岡,隆
 慶應義塾大学 教授 萩原,滋
 京都ノートルダム女子大学 教授 藪内,稔
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネットの利用が社会関係資本の形成過程と活用過程にどのように関わっているのか、またそれらは利用者個人だけではなくコミュニティや社会にどのような効果をもたらすのかについて実証的に論じることをつうじて、インターネットの機能や今後の情報社会の方向性を検討しようとしたものである。全体は、第5部15章からなる。

第I部は、研究の発端や背景について述べた序章と、インターネットというメディアの特徴の検討と社会関係資本の概念整理をした上で本論の研究課題や研究の意義を明らかにした1章からなる。なお、本論では、社会関係資本を「ネットワーク、およびそこから発生する信頼と互酬性の規範意識」と定義した上で、人々が閉鎖的で同質のネットワークを形成し、その間で互恵性と信頼を強める「結束型社会関係資本」と、開放的で水平的に多様な人々がネットワーキングすることで一般化された互酬性規範と一般的信頼を高める「橋渡し型社会関係資本」を想定している。

第II部では、電子メールとオンライン・コミュニティによって対人ネットワークは補完されるのか(研究課題1)を中心に論じた。2章では、(1) インターネット利用によって対面コミュニケーションが減少し、既存のネットワークが阻害される、(2) 既存のネットワーク規模が多いほど、インターネット利用によってますますその規模が拡大する、(3) インターネット利用によって新たなネットワークが形成されネットワークは補完される、という3種類の調査結果があって一貫した結論が得られていない理由を指摘した上で、インターネットの利用内容や関与、さらには個人特性との相互作用を踏まえて検討する必要性を述べ、仮説を設定した。そして、3章では、2つの郵送によるサンプリング調査の結果から、既存のネットワークが大きいほど電子メールの送受信が促進される傾向が認められたが、オンライン・コミュニティ(電子掲示板やメーリングリスト)では、社会性が高い人がオンライン・コミュニティに参加することでますますその対人的ネットワークを拡大し、既存のネットワークに「追加」されるが、社会性が低い人であってもオンライン・コミュニティで自己開示をすることでネットワークを拡大することができ、インターネットはネットワークを「補完」する機能があることが明らかにした。

第III部(4〜8章)は、上記の結果を踏まえ消費者が自発的に参加して商品やサービスに関する情報やサポートを交換している消費者間オンライン・コミュニティに特化して、そこでの一般化された互酬性の規範(研究課題2)と信頼の形成過程(研究課題3)、加えてそこに形成されている社会関係資本の活用がもたらす効果過程(研究課題4)について検討するために、7つの調査研究を実施した結果を論述した。消費者間オンライン・コミュニティでは、(1) 資源を提供することでより良い資源が得られるという期待、(2) 自分が以前に助けてもらったから当該コミュニティにお返しをするという理由から資源を提供する人々が多く、かつ彼らが他の理由の人々よりも多くのサポートを提供しており、一般化された互酬性の規範意識が認められた。また、コミュニティ参加者は、(1) 内的基準(自分の持つ知識や他者からの評判に基づいて信頼する)、(2) 外的基準(日常生活空間で信頼できると確定された制度やシステムを援用して信頼する)、(3) 対人的基準(オンライン上で親しい知人や友人を作りその特定の人々を信頼する)という3つのルートで匿名の参加者同士の信頼を形成していること、特に、一般的信頼が高い人々は内的基準を、低い人々は対人的基準で信頼し、それらの人々の持つ資源を活用して消費者行動を行っていることがわかった。さらに、一消費者がオンライン・コミュニティで大企業を告発したケースでも、オンライン・コミュニティ内の議論、複数のコミュニティ間の連携という社会関係資本の活用が、マスメディアによる報道との相互作用の中で、集合行為を起した過程と、それによって消費者という社会集団がエンパワーメントする効果が得られたことを立証した。このように、ネットワークの規模が大きくかつ多様性が高い消費者間オンライン・コミュニティでは、一般的信頼の高い人々が他者からの評判や自分の知識を用いて不特定多数の参加者の信頼を判断して、そこに埋め込まれた資源を活用する傾向があり、これらの人々は、一般化された互酬性の期待から当該オンライン・コミュニティに資源を提供しており、いわゆる「橋渡し型社会関係資本」が形成され、それを活用することでマクロレベルの効果が得られることが明らかとなった。

第IV部(9〜12章)では、オンライン上で同じ問題や悩みを抱えている人々がソーシャル・サポートを交換しているオンライン・セルフヘルプグループ(今後オンラインSHGと略す)を取り上げ、(1) ネットワークの形成過程(研究課題1)、(2) 互酬性の期待に基づくサポートの提供(研究課題2)、(3) オンラインSHGでサポートを受領する人々の特性とサポート受領の効果(研究課題4)について論じた。具体的には、子育て中の親を支援するオンラインSHG(10章)、ステップファミリー(子連れ再婚家族)のオンラインSHG(11章)、さらにはシニアネット(12章)を対象としたアンケート調査やインタビュー調査を行った。まず、オンラインSHGでは、当事者自身の自己変革(問題解決や自尊心の回復)と社会変革(エンパワーメント)を同時並行的に満たすことをめざし、オンラインと対面のコミュニケーションの融合、一部専門家のアドバイスの導入を試みつつ、年齢や居住地域を越えて当事者間ネットワークを形成していた。そして、オンラインSHGでは、(1) オンライン・コミュニティへのアイデンティティや愛着が強いために高頻度で多量のサポートを提供している人々(当該オンライン・コミュニティの開設者や運営委員などに多い)と、(2) 互酬性の期待に基づいて継続的に資源を提供する人々(かれらはサポートの受領も多く行っている)が多く参加しており、消費者間オンライン・コミュニティと比較すると、コミュニティ内の紐帯が強い人々間で互酬性の規範を形成してサポートの授受を行っていた。また、育児中の母親は日常生活空間でも多くのサポートを受領しているほどオンライン・サポートを受領しており、日常生活空間とオンラインのサポート受領が「追加」の関係にあったが、社会的マイノリティであるステップファミリーの場合は、パートナーからのサポートの少なさが家族内ストレスを高め、そのストレスを低減するためにオンライン・サポートを求めており、日常生活空間とオンラインが「補完」していることがわかった。そして、オンラインSHGへの関与が高い人々の間では、オンラインのサポート受領は日常生活空間での強い紐帯からのサポートと相まって、精神的健康を向上される効果があった。特にオンラインSHGで交換されるサポートが個人の能力や存在意義の承認・支持、共感や励まし、慰めであるため、個人の自我や自尊心が支えられる効果があり、対処を促進し抑うつを改善するという効果は間接的に認められた。このように、オンラインSHGでは、高頻度でコミュニケーションをする参加者が当該コミュニティへのアイデンティティや所属感を高め、お互いの信頼を高め、互酬的期待が強化され、「結束型社会関係資本」が形成される傾向があったが、新規参加者に対しては排他的になっていく危険性も認められた。そして、このような社会関係資本の活用は参加者の精神的健康の向上にあるが、外部に対しても積極的に発言や働きかけをすることで当事者集団のエンパワーメントにもつながる可能性を見いだすことができた。

第V部(13章と終章)は総括であり、(1) インターネットのうちでもオンライン・コミュニティは社会関係資本を涵養し日常生活空間での社会関係資本を補完すること、(2) 社会関係資本の活用が個人レベルだけではなくエンパワーメントというマクロレベルでも効果があること、(3) ただし、目的やシステム構造によって涵養される社会関係資本のタイプが異なり、それぞれが活用される程度やその効果にも違いがあることを論じた。したがって、個々人がどのようにインターネットを利用するかによって活用できる社会関係資本が異なり、その効果にも格差が生じることが予想される。従来はインターネットにアクセスできるかどうかで得られる情報に格差が生じることを「デジタル・ディバイド」と呼んで問題とされたが、今後は蓄積される社会関係資本やその活用の効果における格差、さらにはインターネットで反社会的な社会関係資本が形成される危険性を検討することが肝要である。そして、そのような格差を解消し、かつ負の社会関係資本の形成や活用を阻止するためには、利用者のメディア・リテラシーを高めることが重要である。メディア・リテラシーとは、インターネット利用スキルだけではなく、メディアを通じた情報収集・選択や内容の解釈という評価能力と、メディアを通じた自己表現と他者とのネットワーク形成能力からなるメディア表現能力を含む能力を意味しており、メディア・リテラシーを高めることで、インターネットを通じた社会関係資本の適切な涵養や活用が促進されると期待される。また、インターネットによって社会関係資本を補完できる社会とそうでない社会では、政治・経済面でのパフォーマンスに差が生じることも考えられる。そこで、公共性を高めるための社会関係資本をどのようにインターネットが支援していくことができるのかが重要である。そのためには、NPOやNGOといった非営利セクター、それも利益団体というより公的サービスを提供したりあるいは公的機能を果たす自発的参加の水平的ネットワーク構造をもつ集団がインターネットを活用して社会関係資本を促進したり、逆にインターネットによってこのような集団がうまれていくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネットの利用が社会関係資本 (social capital) の形成過程と活用過程にどのように関わっているか、また、それらが利用者個人だけではなく、コミュニティや社会にいかなる効果をもたらすかを実証的に論じる中で、インターネットの機能や今後の情報社会の方向性を検討した力作である。

従来、社会関係資本の主要な構成要素として、ネットワーク、一般的信頼、一般化された互酬性があげられているが、3要素間の関連は十分に実証されていない。本論ではオンライン・コミュニティというインターネットを介した中間集団において、これらの3要素の関連性を様々な研究方法を駆使して重層的に解明している。具体的には、消費者が自発的に参加して商品やサービスに関する情報を交換している消費者間オンライン・コミュニティとオンラインで同じ問題や悩みを抱えている人々がソーシャル・サポートを交換しているオンライン・セルフサポート・グループにおいて形成されるネットワークとそこでの一般化された互酬性の規範、信頼の形成過程とその条件を12の研究によって体系的に解き明している。郵送調査・Web 調査・電子メール調査・政府データの2次分析などの定量的研究と、電子会議室ログの内容分析・インタビュー・ケーススタディ・参与観察という定性的研究を効果的に組み合わせた研究デザインは、研究方法論の視点からも高く評価される。

研究の結果として、(1) インターネット、とりわけオンライン・コミュニティは社会資本を涵養しオフライン(日常生活空間)での社会関係資本を補完すること、(2) 社会関係資本の活用が個人レベルだけではなく、集団のエンパワーメントというマクロレベルでも効果があること、(3) ただし、自的やシステム構造によって涵養される社会関係資本のタイプが異なり、それぞれが活用される程度やその効果にも違いが生じることを論じた。したがって、これまではインターネットにアクセスできるかどうかで、得られる情報に格差が生じる「デジタル・ディバイド」が問題とされてきたが、今後の主要な問題は個々人がどのようにインターネットを利用するかによって活用できる社会関係資本が異なり、その効果に格差が生じることであり、利用者のメディア・リテラシーを高めることが重要であると指摘している。

インターネットの急速な普及に伴い、インターネットが我々の日常生活空間の中に統合されつつある今日、従来の主として対面による人間関係に加えて、インターネットを媒体とする社会関係が我々の社会生活全体の中で重要な意味をもつようになっている。対面とインターネットを融合して利用する人間の社会的行動の研究は21世紀における社会心理学の重要な課題であると共に、それは既存の社会心理学理論を一部塗り替える可能性をもっている。

本論文はインターネットによって形成された社会関係資本の個人レベルにおける効果と比較して、マクロレベルの実証研究の比重が軽いこと、横断的調査データから推測した因果関係を縦断的研究で確証し論拠の強化をはかる必要があることなど、今後の課題をいくつか残している。しかし、本論は社会心理学の新開拓領域に統合的な概念的枠組みを提示し、精緻な実証研究を積み重ねた集大成であり、情報社会における社会心理学の先駆的業績として高く評価される。よって審査委員会は本論文が博士(社会心理学)の学位に値するとの結論に達した。

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