学位論文要旨



No 215909
著者(漢字) 大木,秀一
著者(英字)
著者(カナ) オオキ,シュウイチ
標題(和) 双生児母親用質問紙および双生児本人用質問紙による小児期双生児の卵性診断
標題(洋) Zygosity Diagnosis in Young Twins by Questionnaire for Twins' Mothers and Twins' Self-reports
報告番号 215909
報告番号 乙15909
学位授与日 2004.02.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15909号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 講師 奥平,博一
 東京大学 講師 千葉,滋
内容要旨 要旨を表示する

目的

双生児を対象とした遺伝疫学的研究を実施する場合、あるいは双生児の育児支援にあたっては、双生児の一卵性と二卵性を判別する卵性診断が必須である。多数の遺伝マーカーによる卵性診断がもっとも確実であるが、わが国では日常的に実施されることはない。諸外国においても、大規模な遺伝疫学的研究の実施に際しては、簡便な質問紙による卵性診断法が広く利用されている。さらに、近年、不妊治療の影響もあり双生児を含めた多胎児出産は急増している。胎盤卵膜所見を基に出生時に告げられる卵性に誤診が多発することはこれまでにも指摘されている。したがって、簡便で正確度の高い卵性診断法の開発は多胎児の育児支援における実用面での需要も大きい。筆者はこれまでに、わが国唯一の卵性診断用質問紙票を開発し普及してきた (Ooki et al, 1990, 1993)。今回、対象を大幅に増加し、また新たな質問項目を追加することで卵性診断用質問紙票の再検討を行った。

対象

対象は、1985年度から2003年度までに東京大学教育学部附属中等教育学校に入学志願ないし入学した同性双生児224組である。児の年齢は11歳ないし12歳である。同校入学志願時に提出される双生児調査票の中に今回の分析に利用した卵性診断用質問紙票が含まれている。保護者(主として母親)はこれらの資料をもとに医学面接を受け、合わせてその記載の確認も行われる。筆者は、上記の年度全てにおいて面接者の一人として立ち会っている。志願者のうち母子手帳等により血液型不一致が確認されたものは二卵性と診断される。入学者に対してはDNA検査を含めた多数の遺伝マーカーにより卵性を決定している。その結果、分析対象の卵性の内訳は一卵性159組、二卵性65組となった。この卵性別頻度は人口動態統計に基づき推定された、わが国の卵性別頻度と大差はない。以上の検査は入試の一貫として実施され、書面による同意のもとに実施されている。

方法

卵性診断用質問紙票

母親用質問紙票は双生児がおよそ1歳のころの全体的な類似度に関する3つの質問項目 (Ooki et al, 1993) と、身体的類似に関する16の質問項目からなる。3つの質問項目は、「二人は瓜二つのように似ていたか」、「ふたりはしばしば間違えられたか」、「誰に間違えられたか」である。身体的な類似に関する質問項目は、「顔のかたち」、「耳のかたち」、「眉のかたち」、「指のかたち」、「寝がお」、「寝ぞう」、「声」などである。双生児用の質問紙票は現在年齢における全体的な類似度に関する3つの質問項目 (Ooki et al, 1990) だけからなり、双生児二人に別々に回答してもらう。質問項目は母親用の質問と同様に、「二人は瓜二つのように似ていたか」、「ふたりはしばしば間違えられたか」、「誰に間違えられたか」の3項目である。それぞれの質問に対する回答には類似の程度によって1点から3点(「誰に間違えられたか」のみ1点から4点)が与えられる(点数が低い程類似度が高い)。この回答結果を基に卵性を判定する。

統計解析

遺伝マーカーによる卵性と質問紙による卵性の診断結果を比較し質問紙票の有効性を検討した。診断の正確度判定に当たっては遺伝マーカーにより決定した卵性を従属変数、質問紙票の各項目を説明変数とする、変数選択法多重ロジスティック分析を実施した。その際、母親用の質問紙では、全体的な類似に関する質問項目のみ、身体的類似に関する質問項目のみ、両者をすべて合わせた質問項目による分析を実施した。双生児に関しては、二人の回答結果を利用した場合とどちらか一方の回答のみを利用した場合の分析を行った。

また、この質問紙票の一般的な普及を考慮して、従来どおりに質問紙の回答結果の単純和による卵性の推定を合わせて行った。この場合、診断に有効と思われる数項目の回答の単純な合計得点の分布をもとに、適当なカットオフポイントを設定し卵性を判定する。例えば、従来の母親用質問紙票 (Ooki et al, 1993) では、3項目ともに1点の場合の3点から、それぞれの質問に3、3、4と回答した場合の10点までに分布する。この場合、6点以下を一卵性と、7点以上を二卵性とすると正確度がおよそ90%程度となる。

結果

多重ロジスティック分析の結果

母親用質問紙における身体的類似度に関する16項目を用いた場合の診断の正確度は91.5%、全体的類似度に関する3項目を用いた場合の診断の正確度は91.5%であった。全19項目を用いた場合の診断の正確度は95.1%であり、一卵性の96.2%、二卵性の92.3%が正しく判定された。この場合「二人が間違えられた頻度」、「指のかたち」、「眉のかたち」が有意な項目として採択された。双生児本人用質問紙票による正確度は93.3%であった。双生児一人の回答を利用した場合には正確度は92.0%であった。母親用質問紙票と双生児本人用質問紙票の回答を同時に分析しても正確度の大幅な改善は見られなかった。

質問紙の回答の単純和による分析の結果

卵性による単純和の分布の差は明瞭であった。一卵性では合計得点は小さい値(類似度が高い)に分布し、二卵性では合計得点は大きい値(類似度が低い)に分布した。ただし、分布にはかなりのオーバーラップが認められた。母親用質問紙票に対して Ooki et al (1993) の判定基準(全体的な類似に関する3項目の回答の単純和)を用いると正確度は89.7%であり、双生児本人用に対して Ooki et al (1990) の基準(全体的な類似度に対する双生児二人の回答の単純和)を用いると正確度は90.2%であった。母親用質問紙票の項目のうち全体的な類似に関する3項目と身体的な類似に関する2項目(「指のかたち」、「眉のかたち」)を用いて卵性を判定すると正確度は94.6%(一卵性に対して95.5%、二卵性に対して93.8%)であった。

考察

卵性診断用の質問紙は主として、大規模な遺伝疫学的双生児研究の目的で開発されており、これまでに世界におよそ25の報告がある。質問項目、判定基準は報告によりかなりの差が有るが、判定の正確度およそ95%前後に収束している。

小児を対象とした母親用質問紙の報告は数少ない。海外では、父親による回答も同程度に有効であるとする報告もあるが、わが国の場合には必ずしもこの限りではない。今回の対象は全て日本人双生児であるため諸外国では有用とされる質問項目(例えば「髪の色」、「眼の色」など)が必ずしも有用でない。分析の結果、小児期における「指のかたち」、「眉のかたち」の類似に関する情報も卵性診断に有用である事が明らかとなった。この知見は、さらなる二つの対象に対して追試を行った結果でも確認された。この場合、母親は子供の類似をいろいろな観点から判断していると考えられる。したがって、あまり細かい質問項目を設定しても有用とは言えない。

卵性診断用質問紙は二つの側面、即ち、「身体的な類似度」、「間違えられた頻度(全体的な類似)」から発展してきた。われわれが初期に開発してきた質問紙は、「間違えられた頻度」の項目のみを扱っていた。今回の分析の結果、この項目のみでは必ずしも満足のいく判定が出来ない事が確認された。「間違えられた頻度」のみを用いると、一般には二卵性を正しく二卵性と判定する正確度が低くなる。この理由は、二卵性は遺伝学的には同胞程度の類似度であるため類似するものから類似しないものまでの変異が大きいためと考えられる。即ち、「全体的な類似」のみでは「二卵性であること」を鋭敏に判定し得ないと言える。

今回、母親用質問紙票に「身体的な類似度」の項目を追加することで、正確度の上昇を試みた。多重ロジスティック分析の結果、最適モデルでは一卵性を正しく一卵性と判定した割合は96.2%であり、二卵性を正しく二卵性と判定し得た割合は92.3%であり、共に90%を超えた。全体として95%程度の正確度を実現した。

全体的な正確度は対象の卵性別頻度に依存する。今回の対象の卵性比(一卵性/同性二卵性)は2.45(159/65)であり、対象双生児の出生年次の人口動態統計による推定卵性比の範囲 (2.00-3.66) に含まれる。それゆえ大きな卵性の偏りはない。

5項目の単純和による卵性診断の正確度は多重ロジスティック分析の結果に比較して大きく劣るものではなかった。簡便性を考えた場合に、単純和による卵性診断は特に育児支援場面での実用的な意義が大きいと考えられる。

今回の研究の制限は以下の通りである。母親用質問紙票では双生児がおよそ1歳のころの類似を質問しているために、10年近く前の記憶になる。このため、双生児の類似以外の要因の影響を受けている可能性がある。

多数の双生児および両親に対するDNA検査が困難な現状では卵性診断用質問紙票の回答は、遺伝疫学的研究においても育児支援・母子保健等の公衆衛生学的な実践場面でも重要な情報を提供すると考えられる。小児期双生児に対しては、児が1歳ころの類似度に対する簡単な質問項目を母親にすることで実用上十分な正確度の卵性診断が可能であると結論できる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は簡便な質問紙による小児期双生児の卵性診断の精度を明らかにするため、遺伝子/DNAマーカーを用いて卵性を確定した224組の同性双生児(一卵性双生児159組、二卵性双生児65組)に対して卵性診断用質問紙票(母親用、双生児本人用)により卵性の判定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

多重ロジスティック分析の結果、母親用質問紙票における身体的類似度に関する16項目を用いた場合の診断の正確度は91.5%、全体的類似度に関する3項目を用いた場合の診断の正確度は91.5%であることが示された。全19項目を用いた場合の診断の正確度は95.1%であり、一卵性双生児の96.2%、二卵性双生児の92.3%が正しく卵性を判定された。この場合「二人が間違えられた頻度」、「指のかたち」、「眉のかたち」が有意な項目であることが示された。

多重ロジスティック分析の結果、双生児本人用質問紙票による正確度は93.3%であった。双生児一人の回答を利用した場合には正確度は92.0%であることが示され、二人の情報を用いた場合と比較して大幅な正確度の減少は認められなかった。母親用質問紙票と双生児本人用質問紙票の回答を同時に分析しても正確度の大幅な改善は見られないことが示された。

双生児二人の類似度を反映させた3段階ないし4段階の回答の得点の単純な合計得点による分析の結果では、卵性による合計得点の分布の違いが明瞭に認められた。一卵性では合計得点は小さい値(類似度が高い)に分布し、二卵性では合計得点は大きい値(類似度が低い)に分布した。ただし、分布にはかなりのオーバーラップが認められた。母親用質問紙票に対して Ooki et al (1993) の判定基準(全体的な類似に関する3項目の回答の合計得点)を用いると正確度は89.7%であり、双生児本人用に対して Ooki et al (1990) の基準(全体的な類似度に対する双生児二人の回答の合計得点)を用いると正確度は90.2%であり、検討の余地が残った。母親用質問紙票の項目のうち全体的な類似に関する3項目と身体的な類似に関する2項目(「指のかたち」、「眉のかたち」)を用いて卵性を判定すると正確度は94.6%(一卵性に対して95.5%、二卵性に対して93.8%)であり、多重ロジスティック分析の結果と比較しても遜色がない事が示された。

以上、本論文は小児期双生児の卵性診断に際して、全体的な類似の傾向と身体的な特徴の類似を養育者から得る事で、正確度が高い卵性診断が可能である事を明らかにした。本研究は、これまでわが国において存在しなかった精度が高く簡便で、客観的で、汎用性の高い卵性診断を開発したものであり、遺伝疫学、母子保健学の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50058