学位論文要旨



No 215923
著者(漢字) 広嶋,卓也
著者(英字) Hiroshima,Takuya
著者(カナ) ヒロシマ,タクヤ
標題(和) 丸太価格に基づく民有人工林の収穫予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 215923
報告番号 乙15923
学位授与日 2004.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15923号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 永田,信
 早稲田大学 教授 天野,正博
 東京大学 助教授 白石,則彦
 東北大学 助教授 吉本,敦
内容要旨 要旨を表示する

減反率とは,新植された森林がガンマ分布などの寿命分布に基づき,特定の齢級で伐採される確率を表すもので,我が国の収穫予測に応用されてきた.減反率の密度関数は伐採統計を利用して伐採齢の平均と分散から推定されるため,伐採性向に応じて変化する.しかしこれまでの密度関数では,パラメータが物理的な意味を持たないため,その時間的推移を予測することは困難であった.さらに今日では実践的な収穫予測を行う上で,森林を取り巻く経済因子の影響を考慮することが重要であるが,これまで減反率の密度関数に経済因子を組み込むことはできなかった.これらの欠点を改善したのがYoshimotoの拡張減反率で,そこでは非定常ポアソン過程に基づく密度関数のパラメータに物理的な意味を持たせることにより,丸太価格,伐採費用,利率などの経済因子が伐採性向に与える影響を説明することに成功した.ところが拡張減反率の研究はこれまで実験の域を出ず,それを実践的な収穫予測に適用するための方法は十分に議論されてこなかった.そこで本論では,伐採性向に影響を与える経済因子として丸太価格を取り上げ,丸太価格の変動に応じた拡張減反率を全国民有人工林における収穫予測に適用する方法を考察した.

拡張減反率の密度関数は,非定常ポアソン過程に基づく待ち時間の確率として〓と表される.ただしg(t)はt≧0で連続かつ〓を満たす任意の関数,kは任意の正の実数で,g(t)とkはそれぞれ「判断基準関数」,「判断基準の閾値」と呼ばれる.すなわち拡張減反率では,森林経営者は伐採のタイミングを判断するための判断基準を持っており,それがg(t)に従い時間とともに増加してゆき,閾値kに達したときに伐採が行われるものと想定されている.拡張減反率を特定の林家の収穫予測に適用する際には,判断基準と閾値を恣意的に決定できるが,広域の収穫予測に適用する際には,それらを推定する方法は明らかにされていない.

そこではじめに拡張減反率のパラメータの推定方法を考察した.まず,拡張減反率の理論が成立する前提として,判断基準が閾値に達するまでの時間が伐採齢平均と一致する条件を調べたところ,g(τ)=kなるτに比してkが十分に大きければ,τは密度関数fw(t)の平均vとよく一致することがわかった.またkが大きくなるにつれfw(t)の分散σ2はゼロに近づくこともわかった.なお密度関数の平均・分散とは,拡張減反率から予測される伐採齢の平均・分散に他ならない.これらのことから,g(t)のパラメータ(a1, a2,…, an)を推定する際には,観測された伐採齢平均・分散(τ,S2)と,k=g(τ)なる閾値に基づくfw(t)の平均・分散{v(a1, a2,…, an), σ2(a1, a2,…, an)}との誤差を最小にする〓を求めればよいとした.さらに,判断基準や閾値の変化を予測することにより,実践的な収穫予測が可能であることを指摘した.

つぎに応用事例として,丸太価格に基づく拡張減反率(以下,丸太価格減反率)モデルを構築した.ここではまず,全国民有人工林における伐採齢平均が全国スギ中丸太価格と明確な負の相関を有することに着目し,拡張減反率の判断基準として丸太価格を利用することを考えた.そして判断基準関数として,林齢とともに変化する森林の価値を丸太価格で表現した〓なる丸太評価価格−林齢曲線を提案した.ただし,gi(t)は第i期の判断基準関数,Piは第i期の丸太価格である.またf(t)は,閾値と判断基準の単位をそろえるため,伐採齢平均τに対してf(τ)=1なる条件を満たすシグモイド曲線である.すなわち丸太評価価格−林齢曲線は,基本形状f(t)を一定に保ちつつも,丸太価格に比例して変化するものとした.この曲線のパラメータを求めるに際しては,あらかじめ実験により,伐採齢を齢級(1齢級=5年)単位で,丸太価格を1,000円単位で扱うことにより,密度関数の平均・分散と,観測された伐採齢平均・分散が概ね一致することを確かめた.その上で,f(t)を3次曲線〓で近似し,過去20年間の,全国民有人工林の伐採齢平均(齢級)・分散(齢級2)と全国スギ中丸太価格(千円)を観測値として,前述した手法により(a1, a2, a3)を求めた.その結果,a1*=0.12×10-4,a2*=1.87×10-3,a3*=9.01×10-2となった.

さらに,このような判断基準関数を考えた場合,その閾値は,全国森林経営者の平均予想価格と解釈できることから,閾値の将来的な推移を予測する際に,価格変動のランダム・ウォークモデルの概念を取り入れ,閾値の推移を〓と表した.ただしkiは第i期の閾値,viは第i期の密度関数の平均,αは正の実数である.この式によれば,当期の閾値を求めるために,前期の丸太価格,前期の密度関数の平均,前期の閾値,さらには当期の丸太価格の情報が必要なことから,基本的には当期の丸太価格の推移を予測すれば,当期の閾値も同時に予測されることとなる.そしてαの値を過去20年間の伐採齢平均と丸太価格から求めたところ,α=0.806で1未満の値となったことから,丸太価格減反率から予測される伐採齢の平均・分散の変動は,丸太価格の変動に反比例する関係となることが予想された.このことを過去20年間の観測値で確認してみると,20例中13例でたしかに反比例関係が認められたことから,丸太価格減反率モデルは,価格と伐採齢の挙動に関する平均的な挙動を説明しうるモデルと認められた.

以上のことから,第i分期における丸太価格減反率の密度関数yi(t)は,〓ただし, 〓と表され,初期値として伐採齢平均を与えれば以降は丸太価格のみに基づき確率分布が決定する.そして過去20年間の丸太価格から求めた密度関数と,過去20年間の伐採齢平均ti・分散S2iから求めた従来型減反率の密度関数〓ただし,〓を比較したところ両者はよく一致した.ただし,これら密度関数から導かれるi分期 j齢級の伐採率〓ただしqi,j:i分期 j齢級の減反率〓に関しては,丸太価格減反率のものは従来のものと比して高齢級で低減する傾向があった.

最後に,丸太価格減反率の理論を応用した実践的なシミュレーションモデルを開発し,丸太価格が伐採性向に与える影響を分析した.ここではまず,全国レベルの収穫予測モデルとして既に実績を上げている「木材需給均衡モデル」をベースとして,その中の民有人工林に対して上記の理論を適用するなどの改良を行った.従来の木材需給均衡モデルは,丸太価格などの経済因子に基づき経済林比率を計算し,つぎに経済林に対して減反率を適用するという構造であったのに対し,丸太価格減反率を組み込んだ新たな木材需給均衡モデルは,丸太価格の変化による,経済林率と減反率分布の両方の変化を再現できるようになった.そしてこのモデルを用いて2つのシミュレーションを行った.

ひとつは丸太価格がさまざまに変動する場合を想定したもので,結果の一例として価格上昇の場合には,今後4分期でスギ中丸太価格が16,000円から24,000円に8,000円上昇する間に,全国民有人工林の伐採齢平均は11.29から11.14へ0.15齢級減少し,伐採齢分散は14.08から11.41へ2.67齢級2減少した.価格下落のシナリオでも正負を逆にした同様の傾向が認められた.これらのことから価格が上昇(下落)した場合の影響として,伐採齢はわずかに減少(増加)するのみで,むしろ伐採の傾向が集約化(多様化)する傾向が強く出ることが示唆された.

もうひとつは「林産物需給の長期見通し」で実際に用いられた予測シナリオに基づくもので,それらは,モデルの外生因子に関して過去の傾向を延長した「すう勢」シナリオ,外生因子を調整して国産材振興の効果をもたせた「政策下位」および「政策上位」シナリオからなる.シミュレーションの結果,丸太価格は各シナリオとも第1〜第4分期にかけて上昇傾向となり,すう勢で17,600円から19,600円へ,政策下位で17,700円から18,900円へ,政策上位で18,000円から20,300円へそれぞれ変化した.伐採齢の平均と分散は,いずれのシナリオも価格が上昇傾向のため減少傾向となった.ただし,丸太価格の変化幅が小さいため,平均の減少はたかだか0.30齢級,分散の減少はたかだか0.80齢級2となった.経済林率は,すう勢シナリオでは10%程度のままほぼ変わらないが,政策下位シナリオでは17%から28%へ,政策上位シナリオでは18%から33%へとそれぞれ大きく上昇した.これらのもとで伐採量は,すう勢シナリオでは500万m3/年のままほぼ変わらないが,政策下位シナリオでは890万m3/年から2,230万m3/年へ,政策上位シナリオでは970万m3/年から2,870万m3/年へとそれぞれ大きく上昇した.結局,伐採量の推移の傾向は,経済林率の傾向とほぼ一致し,伐採齢の平均・分散の影響をほとんど受けなかった.

以上のシミュレーション結果より,丸太価格は経済林率,減反率の両者を通じて伐採性向に影響を与えるが,主として伐採の量に影響を与えるのは前者を通じてであり,伐採の質に影響を与えるのは後者を通じてであることが示唆された.丸太価格減反率は,長期的な収穫予測では,伐採性向にほとんど影響を与えなかったが,短期的な価格変動にも対応可能であることから,短期〜中期の緻密な森林管理計画にも適用しうることを最後に指摘した.

審査要旨 要旨を表示する

減反率とは,新植された森林がガンマ分布などの寿命分布に基づき,特定の齢級で伐採される確率を表すもので,我が国の収穫予測に応用されてきた.一方,今日では実践的な収穫予測を行う上で,森林を取り巻く経済因子の影響を考慮することが重要であるが,従来の減反率の密度関数では,パラメータが物理的な意味を持たないため,そこに経済因子を組み込むことはできなかった.これらの欠点を改善したのがYoshimotoの拡張減反率で,そこでは密度関数のパラメータに物理的な意味を持たせることにより,丸太価格,伐採費用,利率などの経済因子が伐採性向に与える影響を説明することに成功した.ところが拡張減反率の研究はこれまで実験の域を出ず,それを実践的な収穫予測に適用するための方法は十分に議論されてこなかった.そこで本論では,伐採性向に影響を与える経済因子として丸太価格を取り上げ,丸太価格の変動に応じた拡張減反率を全国民有人工林における収穫予測に適用する方法を考察した.

拡張減反率の密度関数は,非定常ポアソン過程に基づく待ち時間の確率として〓と表される.g(t)とkはそれぞれ「判断基準関数」,「判断基準の閾値」と呼ばれる.すなわち拡張減反率では,森林経営者は伐採のタイミングを判断するための判断基準を持っており,それがg(t)に従い時間とともに増加してゆき,閾値kに達したときに伐採が行われるものと想定されている.拡張減反率を特定の林家の収穫予測に適用する際には,判断基準と閾値を恣意的に決定できるが,広域の収穫予測に適用する際には,それらを推定する方法は明らかにされていない.

そこではじめに拡張減反率のパラメータの推定方法を考察した.まず,拡張減反率の理論が成立する前提として,判断基準が閾値に達するまでの時間が伐採齢平均と一致する条件を調べたところ,g(τ)=kなるτに比してkが十分に大きければ,τは密度関数fw(t)の平均vとよく一致することがわかった.またkが大きくなるにつれfw(t)の分散σ2はゼロに近づくこともわかった.これらのことから,g(t)のパラメータを推定する際には,観測された伐採齢平均・分散と,k=g(τ)なる閾値に基づくfw(t)の平均・分散との誤差を最小にするものを求めればよいとした.さらに,判断基準や閾値の変化を予測することにより,実践的な収穫予測が可能であることを指摘した.

つぎに応用事例として,丸太価格に基づく拡張減反率(以下,丸太価格減反率)モデルを構築した.ここではまず,全国民有人工林における伐採齢平均が全国スギ中丸太価格と明確な負の相関を有することに着目し,拡張減反率の判断基準として丸太価格を利用することを考えた.そして判断基準関数として,林齢とともに変化する森林の価値を丸太価格で表現した,丸太評価価格−林齢曲線を提案した.さらに,このような判断基準関数を考えた場合,その閾値は,全国森林経営者の平均予想価格と解釈できることから,閾値の将来的な推移を予測する際に,価格変動のランダム・ウォークモデルの概念を取り入れた.以上より,第i分期における丸太価格減反率の密度関数yi(t)は,〓ただし,〓ki:第i期の閾値,Pi:第i期の丸太価格,vi:第i期の密度関数の平均と表され,初期値として伐採齢平均を与えれば以降は丸太価格のみに基づき確率分布が決定する.

最後に,丸太価格減反率の理論を応用した実践的なシミュレーションモデルを開発し,丸太価格が伐採性向に与える影響を分析した.ここではまず,全国レベルの収穫予測モデルとして既に実績を上げている「木材需給均衡モデル」をベースとして,その中の民有人工林に対して上記の理論を適用するなどの改良を行った.従来の木材需給均衡モデルは,丸太価格などの経済因子に基づき経済林比率を計算し,つぎに経済林に対して減反率を適用するという構造であったのに対し,丸太価格減反率を組み込んだ新たな木材需給均衡モデルは,丸太価格の変化による,経済林率と減反率分布の両方の変化を再現できるようになった.

シミュレーション結果より,丸太価格は経済林率,減反率の両者を通じて伐採性向に影響を与えるが,主として伐採の量に影響を与えるのは前者を通じてであり,伐採の質に影響を与えるのは後者を通じてであることが示唆された.丸太価格減反率は,長期的な収穫予測では,伐採性向にほとんど影響を与えなかったが,短期的な価格変動にも対応可能であることから,短期〜中期の緻密な森林管理計画にも適用しうることを最後に指摘した.

以上のように本論は,人工林における代表的な収穫予測手法である減反率理論を取り上げ,既往の理論を拡張し,丸太価格の変動に応じた伐採性向の応答を明らかにしたもので,今後の我が国における実践的な収穫予測に資することが期待される.よって審査委員一同は本論が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40223