学位論文要旨



No 215925
著者(漢字) 青木,仁史
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ヒトシ
標題(和) ホッコクアカエビ肝膵臓由来コラーゲン分解性セリンおよびシステインプロテアーゼに関する研究
標題(洋) Studies on Collagenolytic Serine and Cysteine Proteases from Northern Shrimp Hepatopancreas
報告番号 215925
報告番号 乙15925
学位授与日 2004.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15925号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 落合,芳博
内容要旨 要旨を表示する

プロテアーゼは、食品加工や洗剤など多岐にわたり産業用酵素剤として利用されている。近年、酵素の性質に関する理解が深まり、プロテアーゼを産業的に利用する際の選択は、基質特異性をはじめ諸種の性状に関する知見を基準として行われるようになってきた。一方、新規な性状をもつ酵素の発見は、産業用酵素剤として特殊な用途が見出され、新たな産業の創出にも繋がることが期待される。とくに酵素による低温下での反応は熱エネルギー要求量の低下や副反応の抑制など種々の利点をもたらす。最近になって、低温に適応した生物から得られるプロテアーゼは低温でも十分な活性をもつことが示されるようになったが、精製・単離したプロテアーゼを用いて性質や構造を詳細に検討した例は少ない。

本研究は、このような背景の下、4℃以下に生息するホッコクアカエビPandalus borealisの肝膵臓を対象に、各種のプロテアーゼについて検討を加えた。まず、コラーゲン分解活性をもつセリンプロテアーゼを単離して酵素活性を調べた。次に、カテプシンBのcDNAクローニングを行い、構造上の特徴を明らかにした。さらに、カテプシンL様酵素を単離して酵素化学的性状を検討するとともに、cDNAクローニングを試みた。最後に、活性をもつ新規システインプロテアーゼを人為的に発現する組換えDNA体を構築し、酵素化学的性状を検討したもので、得られた研究成果の概要は以下の通りである。

コラーゲン分解性セリンプロテアーゼの精製および性質

ホッコクアカエビ肝膵臓から硫安分画、hydroxyapatiteクロマトグラフィー、ゲルろ過、イオン交換クロマトグラフィーを骨子とする方法で、DNP-Pro-Gln-Gly-Ile-Ala-Gly-Gln-Arg (DNP-peptide)に対する酵素活性を指標に3種類の酵素を精製した。いずれの酵素もゼラチンザイモグラフィーで単一バンドを示し、DNP-peptideを分解したが、25℃、pH 7.5の条件下では2酵素のみがコラーゲンを分解した。これら2酵素についてDNP-peptideを基質として性状を調べたところ、至適pHはそれぞれ11および8.5にあり、pH 7.5における最適温度はいずれも40-45℃と既報の他生物種コラーゲン分解酵素に比べて低かった。さらに、pH 7.5、種々の温度でインキュベートして残存活性を25℃で測定したところ、40℃以上で失活することが明らかになった。また、両酵素の活性はいずれも市販のセリンプロテアーゼ阻害剤で完全に阻害された。

カテプシンB (NsCtB)のcDNAクローニング

ホッコクアカエビの肝膵臓からPCR法によりカテプシンBの全長をコードするcDNAクローン、NsCtBを単離した。NsCtBの全長は1159 bpで翻訳領域(ORF)は984 bpからなり、27 bpの5'非翻訳領域(UTR)と148 bpの3'-UTRを含んでいた。NsCtBの3'側の369 bp (697-1064 bp)をプローブとしたノーザンブロット解析では、肝膵臓でのみ強いシグナルが検出された。一方、肝膵臓から調製したゲノムDNAを制限酵素で消化し、ノーザンブロット解析に用いたプローブでサザンブロット解析したところ2つのバンドがみられ、NsCtBにアイソフォームが存在する可能性が示された。

NsCtBのORFは328残基のアミノ酸をコードし、15アミノ酸残基のシグナルペプチド、60アミノ酸残基のプロペプチドおよび253アミノ酸残基の成熟型酵素をコードしていた。成熟型酵素はヒト・カテプシンBと最も高い53%のアミノ酸同一率を示した。ホッコクアカエビでは基質結合ポケット近傍およびエキソペプチダーゼ活性に必須なoccluding loopに負電荷をもつアミノ酸が多く含まれていたことから、基質の正電荷をもつアミノ酸残基をより効果的に触媒クレフトに導くことが示唆された。さらに、成熟型酵素の分子全体の電荷は他生物種カテプシンBと比較して著しく低かった。

カテプシンL様酵素(NsCtL)の精製、性質およびcDNAクローニング

ホッコクアカエビ肝膵臓より粗酵素液を調製し、Q-Sepharose FFイオン交換、Superdex 75ゲルろ過およびhydroxyapatiteの各クロマトグラフィーに供し、Z-Phe-Arg-MCAに対する酵素活性を指標にNsCtLを精製した。精製酵素はSDS-PAGEおよびゼラチンザイモグラフィーで高純度であることが示された。本酵素は幅広い範囲のpHで活性を持ち、かつ安定であった。また、pH 6.0における最適温度は40℃と既報の他生物種カテプシンL様酵素に比べて低かった。さらに、P2部位にロイシンを含む合成基質Z-Leu-Leu-Arg-MCAに対して最も高い活性を示した。この基質に対する活性はカテプシンLの標準的な合成基質であるZ-Phe-Arg-MCAに対する活性よりも約4倍高かった。

次に本酵素のN末端アミノ酸配列を分析したところ、DTVDWRDKGA以下計25残基が決定された。この配列の一部を参考に縮合プライマーを作成し、PCR法により全コード領域を含むcDNAクローン、NsCtLを単離した。NsCtLの全長は1246 bpでORFは954 bpからなり、28 bpの5'-UTRと264 bpの3'-UTRを含んでいた。また、cDNAの3'側の311 bp (892-1202 bp) をプローブとしたノーザンブロット解析では、肝膵臓でのみ強いシグナルが検出された。NsCtLのORFは318残基のアミノ酸をコードし、15アミノ酸残基のシグナルペプチド、90アミノ酸残基のプロペプチドおよび213アミノ酸残基の成熟型酵素をコードしていた。成熟型酵素はロブスター由来カテプシンL様酵素と最も高い65%のアミノ酸同一率を示した。一方、哺乳類のカテプシンS、LおよびKに対する同一率も高く、52-55%の範囲内にあった。しかしながら、構造上重要なS2サブサイトを構成するアミノ酸残基が既報の他生物種カテプシン群とは異なっていた。

システインプロテアーゼ(NsCys)のcDNAクローニング、組換えDNA体による発現および組換え酵素の性質

前節ではホッコクアカエビ肝膵臓よりカテプシンL様酵素のcDNAクローン、NsCtLを単離した。興味深いことに、クローニングの際にNsCtLとは異なるシステインプロテアーゼをコードするクローン、NsCysも得られた。NsCysの全長は1242 bpでORFは969 bpからなり、12 bpの5'-UTRと261 bpの3'-UTRを含んでいた。cDNAの3'側の306 bp (891-1196 bp)をプローブとしたノーザンブロット解析では、NsCtBおよびNsCtLと同様に肝膵臓でのみ強いシグナルが検出された。NsCysのORFは323残基のアミノ酸をコードし、16アミノ酸残基のシグナルペプチド、90アミノ酸残基のプロペプチドおよび217アミノ酸残基の成熟型酵素をコードしていた。成熟型酵素では前節のNsCtLおよびロブスター由来カテプシンL様酵素と、それぞれ65および64%のアミノ酸同一率を示した。また、哺乳類のカテプシンS、LおよびKに対する同一率は、それぞれ58、54および53%であった。しかしながら、NsCysのS2サブサイトを構成するアミノ酸残基には比較したカテプシン群のいずれにも存在しないトリプトファンおよびシステイン残基が含まれ、ユニークな基質特異性をもつことが予見された。

そこで、酵母Pichia pastoris発現系を用いてNsCysを分泌生産し、酵素化学的性状を詳細に検討した。まず、NsCysをコードするcDNAを挿入したpUniD/V5-TOPOを供与体ベクター、pPICZα-Eを受容体ベクターに用いて酵母発現ベクターpPICZa-NsCysを構築した。次に、制限酵素PmeIを用いて発現ベクターを直鎖化し、エレクトロポレーション法により、宿主酵母Pichia pastoris KM71H株のゲノムに導入した。組換えタンパク質を発現誘導後、Superdex 75ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製したところ、活性を保持したNsCysが60 mg/Lの高収量で得られた。NsCysはNsCtLと同様に幅広い範囲のpHにおいて活性を示し、かつ安定であった。また、NsCysはカテプシンKのようにP2部位にプロリンを持つ合成基質に対して高い特異性を示し、コラーゲンを速やかに分解した。しかしながら、カテプシンKとは異なり、P2部位にフェニルアラニンまたはロイシンをもつ合成基質に対しては活性が低かった。

以上、本研究により、ホッコクアカエビ肝膵臓から3種類のプロテアーゼ、コラーゲン分解性セリンプロテアーゼ2種類とカテプシンL様酵素(NsCtL)を単離して酵素活性を調べたところ、既報の他生物種の相同酵素に比べて最適温度が40-45℃と低く、20℃でも高い活性を示すなどの特徴がみられた。また、カテプシンB(NsCtB)、NsCtLおよびシステインプロテアーゼ(NsCys)のcDNAを単離し、演繹アミノ酸配列を他動物種のものと比較したところ、基質結合部位が異なるなど、それぞれ構造上の特徴がみられた。さらに、NsCysを大量生産する組換えDNA体の構築にも成果が得られ、ユニークな基質特異性をもち、低温でも高活性の新規なホッコクアカエビ・プロテアーゼの産業的な利用に開発の道筋が示されたもので、比較生化学上および応用上に資するところが大きいと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

新規な性状をもつ酵素の発見は、産業用酵素剤として特殊な用途が見出され、新たな産業の創出にも繋がることが期待される。とくに酵素による低温下での反応は熱エネルギー要求量の低下や副反応の抑制など種々の利点をもたらす。最近になって、低温に適応した生物から得られるプロテアーゼは低温でも十分な活性をもつことが示されるようになったが、精製・単離したプロテアーゼを用いて性質や構造を詳細に検討した例は少ない。そこで、本論文は、4℃以下に生息するホッコクアカエビPandalus borealisの肝膵臓を対象に、各種のプロテアーゼについて検討を加えた。

まず、ホッコクアカエビ肝膵臓から各種クロマトグラフィーにより3種類の酵素を精製した。いずれの酵素もゼラチンザイモグラフィーで単一バンドを示し、コラゲナーゼに対する合成基質であるDNP-Pro-Gln-Gly-Ile-Ala-Gly-Gln-Argを分解したが、25℃、pH 7.5の条件下では2酵素のみがコラーゲンを分解した。これら2酵素についてDNP-peptideを基質として性状を調べたところ、pH 7.5における最適温度はいずれも40-45℃と既報の他生物種コラーゲン分解酵素に比べて低かった。また、両酵素の活性はいずれも市販のセリンプロテアーゼ阻害剤で完全に阻害された。

次に、ホッコクアカエビの肝膵臓からPCR法によりカテプシンBの全長をコードするcDNAクローン、NsCtBを単離した。NsCtBの翻訳領域(ORF)は328残基のアミノ酸をコードし、15アミノ酸残基のシグナルペプチド、60アミノ酸残基のプロペプチドおよび253アミノ酸残基の成熟型酵素をコードしていた。成熟型酵素はヒト・カテプシンBと最も高い53%のアミノ酸同一率を示した。ホッコクアカエビでは基質結合ポケット近傍およびエキソペプチダーゼ活性に必須なoccluding loopに負電荷をもつアミノ酸が多く含まれていたことから、基質の正電荷をもつアミノ酸残基をより効果的に触媒クレフトに導くことが示唆された。

さらに、ホッコクアカエビ肝膵臓より粗酵素液を調製し、各種クロマトグラフィーに供し、Z-Phe-Arg-MCAに対する酵素活性を指標にカテプシンL様酵素(NsCtL)を精製した。本酵素は幅広い範囲のpHで活性を持ち、かつ安定であった。また、pH 6.0における最適温度は40℃と既報の他生物種カテプシンL様酵素に比べて低かった。さらに、P2部位にロイシンを含む合成基質Z-Leu-Leu-Arg-MCAに対して最も高い活性を示した。次に本酵素のN末端アミノ酸配列を分析した後、決定された配列の一部を参考に縮合プライマーを作成し、PCR法により全コード領域を含むcDNAクローン、NsCtLを単離した。NsCtLのORFは318残基のアミノ酸をコードし、15アミノ酸残基のシグナルペプチド、90アミノ酸残基のプロペプチドおよび213アミノ酸残基の成熟型酵素をコードしていた。成熟型酵素はロブスター由来カテプシンL様酵素と最も高い65%のアミノ酸同一率を示した。

前節のクローニングの際にNsCtLとは異なるシステインプロテアーゼをコードするクローン、NsCysも得られた。NsCysのORFは323残基のアミノ酸をコードし、16アミノ酸残基のシグナルペプチド、90アミノ酸残基のプロペプチドおよび217アミノ酸残基の成熟型酵素をコードしていた。成熟型酵素では前節のNsCtLおよびロブスター由来カテプシンL様酵素と、それぞれ65および64%のアミノ酸同一率を示した。また、哺乳類のカテプシンS、LおよびKに対する同一率は、それぞれ58、54および53%であった。しかしながら、NsCysのS2サブサイトを構成するアミノ酸残基には比較したカテプシン群のいずれにも存在しないトリプトファンおよびシステイン残基が含まれ、ユニークな基質特異性をもつことが予見された。そこで、酵母Pichia pastoris発現系を用いて新規システインプロテアーゼ(NsCys)を分泌生産し、酵素化学的性状を詳細に検討した。NsCysはNsCtLと同様に幅広い範囲のpHにおいて活性を示し、かつ安定であった。また、NsCysはカテプシンKのようにP2部位にプロリンを持つ合成基質に対して高い特異性を示し、コラーゲンを速やかに分解した。

以上、本論文は、ホッコクアカエビ肝膵臓からコラーゲン分解性セリンプロテアーゼ2種類とカテプシンL様酵素(NsCtL)を単離して、酵素化学的性状の特徴を明らかにした。また、カテプシンB(NsCtB)、NsCtLおよびシステインプロテアーゼ(NsCys)のcDNAを単離し、それぞれの構造上の特徴を明らかにした。さらに、NsCysを大量生産する組換えDNA体の構築にも成果が得られ、ユニークな基質特異性をもち、低温でも高活性の新規なホッコクアカエビ・プロテアーゼの産業的な利用に開発の道筋が示されたもので、その成果は学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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