学位論文要旨



No 215936
著者(漢字) 中村,均
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒトシ
標題(和) 適正な散剤調剤の確立のための医療薬学的研究 : 散剤の混合度に及ぼす混合条件の定量的解析
標題(洋)
報告番号 215936
報告番号 乙15936
学位授与日 2004.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15936号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 津谷,喜一郎
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 助教授 福田,敬
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

近年、医薬品が関係した医療事故が多発しており、この中で薬剤師が当事者となっている重大な調剤事故も少なくない。日本薬剤師会が平成10年1月から平成14年6月までに報告があった調剤事故を調査したところ、約50%を散剤の計量調剤が占めていた。これまで発生した散剤の計量調剤による調剤事故の中には、抗てんかん薬フェニトイン細粒、強心薬ジゴキシン散により、患者が死亡する重大な例もみられる。

散剤の計量調剤は従来から慣習的に行なわれてきた部分が多く、調剤方法などが体系的に確立されないまま、それぞれの病院薬局(薬剤部)において固有の方法で行なわれてきた。このため、治療域が狭いため血中薬物濃度をモニタリングしながら投与量を設定しているフェニトイン、ジゴキシンなどの散剤についても、調剤方法に関して詳細な検討がなされないまま調剤されているのが実状である。

特にこれらの薬剤は、主薬と賦形剤とを混合した後の主薬の均一性を確保することが有効性と安全性の観点から極めて重要となる。しかし、病院薬局や保険薬局の調剤時に繁用されている乳鉢・乳棒を用いた散剤の混合度に及ぼす定量的な解析は、ほとんど行なわれていない。

本研究では、乳鉢・乳棒による散剤の混合性について、主薬の均一性が最も重要とされるジゴキシン1000倍散(商品名 ジゴシン1000倍散)をモデル薬剤として用いて、混合度に及ぼす混合条件を定量的に解析し、どの薬剤師でも良好な混合状態が確保できる混合方法を確立することを目的とした。

混合回数と混合度

ジゴシン1000倍散と倍散用結晶乳糖(EFC乳糖)の混合において、乳鉢を調剤台に固定して混合した場合の混合度は、混合回数が増加するに従い変動係数が小さくなったが、混合回数80回でも変動係数(混合度)が5.7±2.5%(平均値±標準偏差)と良好な混合度は得られなかった。一方、乳鉢を手に持ち、円を描くように乳鉢を回して乳鉢中の散剤をよく動かしながら混合した場合には、混合回数60回で混合度が3.2±0.7%となり、良好な混合度の目安である変動係数6.08%以下となった。

混合度の評価:試料中の着目成分含量の変動係数を混合度とし、変動係数6.08%以下を混合良好とした(古座谷ら、薬剤学、29、53-56、1969. 金久保ら、薬剤学、35、159-163、1975.)。

乳鉢を動かして混合した場合には、乳鉢を固定した場合に比べて速やかで良好な混合状態が得られた。これは、乳鉢での混合過程は散剤の移動による対流混合及び拡散混合が支配していると考えられるが、乳鉢を動かすことにより、これらの対流及び拡散効果が高くなり混合効率が向上したと考えられる。

また、混合回数が60回までは変動係数の減少が認められたが、それ以上では変動係数に顕著な減少が認められなかった。このことは、混合回数が60回で混合と分離の両作用が動的平衡状態に達したものと考えられる。一般に混合過程が進行し、動的平衡状態に達すると粒子群の移動によって分離作用が生じ、混合と分離を繰り返す偏析現象が現れると言われており、60回以上の混合回数における混合度の変動に現れていると考えられる。

篩過と混合度

賦形剤にEFC乳糖を用いて、ジゴシン1000倍散の4倍希釈した散(4000倍散)を調製したときの混合度は、60回以上混合することにより篩過しないときが3.2±0.7%、篩過したときが3.1±0.7%であり、篩過の有無に関係なく変動係数が6.08%以下となった。一方、デンプンと粉末乳糖(3対7)の混合物を賦形剤に用いた場合には、篩過なしで混合すると混合回数が増加しても混合性の向上が認められず、混合回数が80回でもその変動係数は12.2±6.1%と大きな値を示した。しかし、篩過を行なった場合には、混合回数が増すに従い変動係数は著しく減少し、混合回数が60回で3.0±1.3%と6.08%を下回り、混合状態に顕著な改善が認められた。

ジゴシン1000倍散は結晶乳糖及び粉末乳糖を3対1の割合で混合した散剤を用いて、1000倍散に調製している。また、EFC乳糖は結晶乳糖と粉末乳糖を4対1の割合で混合した散剤であり、粒度分布及び散剤の物性がジゴシン1000倍散とほぼ一致する。EFC乳糖のようなジゴシン1000倍散と粒度分布がほぼ同様な賦形剤の場合には、篩過の効果が顕著に認められなかったものと考えられる。一方、デンプンと粉末乳糖の混合物のように、粒子径が小さく凝集性がある散剤の場合には、篩過により粒子間の弱い付着が切れて凝集体がほぐされるために分散性、混合性が向上したものと考えられる。

粒子径が小さい散剤の混合において主薬の均一性を得るためには、篩過が極めて重要であることが示された。しかし、ジゴシン1000倍散についても、粒子径の小さい粉末乳糖を25%含有していることから、混合時には篩過するのが望ましいと考える。

混合する散剤量と混合度

ジゴシン1000倍散とEFC乳糖を1対1及び1対4の散剤の場合には、散剤量が1g(乳鉢の容量の0.14%〜0.16%)から64g(乳鉢の容量の8.77%〜10.42%)においては、いずれも6.08%以下の良好な混合度が得られたが、散剤量が128g(乳鉢の容量の17.54〜20.84%)及び256g(乳鉢の容量の35.07%〜41.68%)では、良好な混合状態が得られなかった。この結果から、調剤に際して良好な混合度を得るためには、適切な大きさの乳鉢の選択、若しくは調剤方法を工夫する必要性が示された。

粒度分布と混合度

粒度分布の異なる着色乳糖及び乳糖を用い、粒度分布と混合度について検討した。着色乳糖及び賦形剤の乳糖の粒度分布が同じ組み合わせの混合では、いずれも混合回数60回において、最も良好な混合状態が得られた。粒度分布が同じ散剤同士の混合は、粒度分布が異なる場合よりも混合度が良好となることが証明された。

等量混合法と混合度

EFC乳糖を用いジゴシン1000倍散の8倍散、16倍散及び32倍散を調製した時の混合度は、それぞれ2.5±0.7%、2.6±0.6%及び2.0±0.3%であった。

粉末乳糖を用いたときの混合度は、8倍散では0.7±0.2%、16倍散では1.3±0.2%、32倍散では1.7±1.2%、結晶乳糖の場合には、8倍散が1.3±0.4%、16倍散では1.6±0.4%、32倍散では1.0±0.6%であり、いずれも変動係数が6.08%以下であった。

粒度分布の異なる3種類の乳糖においても、等量混合方法を用いることにより粒度分布に関係なく良好な混合度が得られることがわかった。

実際の調剤においては、等量混合法を用いることにより良好な混合度が得られることがわかった。

一度に混合する方法と混合度

粉末乳糖を一度に混合したときの混合度は、8倍散では4.7±0.5%、16倍散では5.5±0.8%、32倍散では5.1±0.7%であった。結晶乳糖の場合には、8倍散では3.4±1.1%、16倍散では3.3±1.8%、32倍散では4.3±0.9%であり、等量混合法で行った場合に比べ、混合度が悪くなる傾向が認められた。一方、EFC乳糖を用いた場合には、8倍散では2.7±1.1%、16倍散では2.8±0.1%、32倍散では2.7±1.7%であり、等量混合法とほぼ同等の混合度が得られた。

ジゴシン1000倍散は、EFC乳糖とほぼ同様の組成であることから、粒度分布及び散剤の物性がほとんど同じであり、このことが一度に混合した場合においてもジゴシン1000倍散とEFC乳糖の組み合わせでは、32倍散まで良好な混合度が得られたと考えられる。

【結論】

治療域が狭く血中薬物濃度をモニタリングして投与量を設定している薬剤の一つであるジゴシン1000倍散は、超未熟児(体重1000g以下)、極小未熟児(体重1500g以下)にも処方されることから、主薬の均一性が最も高く要求されている。本研究においては、ジゴシン1000倍散をモデル薬剤として用い、従来から各医療施設で慣習的に行なわれてきた散剤の混合方法について、定量的な解析に基づいて標準化ができた。

散剤の計量調剤で繁用されている乳鉢、乳棒による混合方法は、散剤、細粒剤をいずれの組み合わせで混合する場合にも、(1)篩過したのち、(2)乳鉢を手に持ち、円を描くように乳鉢を回して、乳鉢中の散剤をよく動かしながら、乳棒を乳鉢の底面に垂直に保持し、らせん状に乳鉢の中心から外側に10回、次に逆回りで乳鉢の外側から中心に戻るように10回混合し、(3)それを3回繰り返し、混合回数60回を目安にする。この方法で混合を行なえば、調剤経験のない者でも良好な混合度を得ることが証明され、乳鉢、乳棒を用いた混合方法を標準化することができた。

また、ジゴシン1000倍散のように主薬の均一性が最も高く要求される散剤は、粒度分布が類似する賦形剤の使用の必要性が明らかになった。

さらに、主薬と粒度分布が異なる賦形剤を用いて希釈倍率の高い倍散を調製する場合には、篩過したのち、等量混合法で行なうことの必要性が検証された。

審査要旨 要旨を表示する

近年、医薬品が関係した医療事故が多発しており、これまで発生した散剤の計量調剤による調剤事故の中には、抗てんかん薬フェニトイン細粒、強心薬ジゴキシン散により、患者が死亡する重大な例もみられる。

散剤の計量調剤は従来から慣習的に行なわれてきた部分が多く、調剤方法などが体系的に確立されないまま、それぞれの病院薬局などにおいて固有の方法で行われてきた。このため、治療域が狭いために血中薬物濃度をモニタリングしながら投与量を設定しているフェニトイン、ジゴキシンなどの散剤についても、調剤方法に関して詳細な検討がなされないまま調剤されているのが実状である。特にこれらの薬剤は、主薬と賦形剤とを混合した後の主薬の均一性を確保することが有効性と安全性の観点から極めて重要となる。しかし、病院薬局や保険薬局の調剤時に繁用されている乳鉢・乳棒を用いた散剤の混合度に及ぼす定量的な解析は、ほとんど行なわれていない。中村は、乳鉢・乳棒による散剤の混合性について、主薬の均一性が最も重要とされるジゴキシン1000倍散(商品名 ジゴシン1000倍散)をモデル薬剤として用いて、混合度に及ぼす混合条件を定量的に解析し、どの薬剤師でも良好な混合状態が確保できる混合方法の確立を検討した。

主薬の混合度に及ぼす混合回数の影響についての検討では、ジゴシン1000倍散と倍散用結晶乳糖(EFC乳糖)の混合において、乳鉢を動かして混合した場合には、乳鉢を固定した場合に比べて速やかで良好な混合状態が得られた。また、混合回数が60回までは変動係数の減少が認められたが、それ以上では変動係数に顕著な減少が認められなかった。

次に、賦形剤にEFC乳糖およびデンプンと粉末乳糖(3対7)の混合物を用いて、篩過の効果を検証した。EFC乳糖でジゴシン1000倍散の4倍希釈した散(4000倍散)を調製したときの混合度は、篩過の有無に関係なく良好な混合状態となった。一方、デンプンと粉末乳糖(3対7)の混合物を賦形剤に用いた場合には、篩過なしで混合すると混合回数が増加しても混合性の向上が認められなかった。しかし、篩過を行なった場合には、混合回数が増すに従い変動係数は著しく減少し、混合回数が60回で混合状態に顕著な改善が認められた。粒子径が小さい散剤の混合において主薬の均一性を得るためには、篩過が極めて重要であることが示された。

次に、混合する散剤量と混合度について検討した。ジゴシン1000倍散とEFC乳糖を1対1及び1対4の散剤の場合には、散剤量が1g(乳鉢の容量の0.14%〜0.16%)から64g(乳鉢の容量の8.8%〜10%)においては、いずれも6.08%以下の良好な混合度が得られたが、散剤量が128g(乳鉢の容量の18〜21%)及び256g(乳鉢の容量の35%〜42%)では、良好な混合状態が得られなかった。この結果から、調剤に際して良好な混合度を得るためには、適切な大きさの乳鉢を選択する必要性が示された。

次に粒度分布の異なる着色乳糖及び乳糖を用い、粒度分布と混合度について検討した。着色乳糖及び賦形剤の乳糖の粒度分布が同じ組み合わせの混合では、いずれも混合回数60回において、最も良好な混合状態が得られた。粒度分布が同じ散剤同士の混合は、粒度分布が異なる場合よりも混合度が良好となることを証明した。

また、粒度分布の異なる3種類の乳糖において等量混合方法を用いることにより粒度分布に関係なく良好な混合度が得られることを証明した。この結果、実際の調剤においては、等量混合法を用いることにより良好な混合度が得られることが示された。

さらに、主薬と同じ粒度分布及び物性をもつ賦形薬を用いれば32倍希釈までは、等量混合法と同等の混合度が得られることを検証した。

以上の結果から、従来から各医療施設で慣習的に行なわれてきた乳鉢、乳棒による散剤の混合方法は、散剤、細粒剤をいずれの組み合わせで混合する場合にも、(1)篩過したのち、(2)乳鉢を手に持ち、円を描くように乳鉢を回して、乳鉢中の散剤をよく動かしながら、乳棒を乳鉢の底面に垂直に保持し、らせん状に乳鉢の中心から外側に10回、次に逆回りで乳鉢の外側から中心に戻るように10回混合し、(3)それを3回繰り返し、混合回数60回を目安にする。この方法で混合を行なえば、調剤経験のない者でも良好な混合度を得ることが証明され、乳鉢、乳棒を用いた混合方法を標準化することができた。

また、ジゴシン1000倍散のように主薬の均一性が最も高く要求される散剤は、粒度分布が類似する賦形剤の使用の必要性が明らかになった。

さらに、主薬と粒度分布が異なる賦形剤を用いて希釈倍率の高い倍散を調製する場合には、篩過したのち、等量混合法で行なうことの必要性が検証された。

これらの知見は、散剤調剤の混合工程を標準化し、医療の安全に大きく貢献するものと認められ、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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