学位論文要旨



No 215937
著者(漢字) 高柳,理早
著者(英字)
著者(カナ) タカヤナギ,リサ
標題(和) 新GCPに基づく医療機関における治験実施体制の構築に関する研究 : 治験薬の管理及び安全性確保における薬剤師の役割
標題(洋)
報告番号 215937
報告番号 乙15937
学位授与日 2004.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15937号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 津谷,喜一郎
 東京大学 助教授 福田,敬
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

本邦で平成10年に完全実施となった新GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)は、治験を受託する医療機関の体制整備とともに、薬剤師が治験薬管理を行うこと、および治験協力者として治験実施に参画することが求められた。東京大学医学部附属病院(以下当院)では、新GCPに対応すべく全国に先駆けて医師、薬剤師、看護師、事務職員からなる「治験管理センター」(以下センター)を平成10年9月に発足させた。この中で薬剤師は、治験実施前の治験審査充実化のための事前審査システム、および治験実施中の治験薬管理、安全性情報管理、治験コーディネーター (CRC) 業務、治験依頼者によるモニタリング・監査対応、症例報告書の薬剤情報の管理を統合して行うことが不可欠と考え、適正な治験実施のための実施体制の検討を行った。

本研究では、新GCPに基づく当院における治験実施体制を構築し、その中で治験薬の管理及び安全性確保における薬剤師の役割を確立することを目的とした。

薬剤師による治験管理体制の構築と評価

治験実施前の治験管理体制の構築

事前審査システムの構築

IRB審議の充実化等を目的とした事前審査システムを構築し、その導入効果と薬剤師の役割について評価した。導入前の平成10年度と導入後の11年度において、プロトコール毎の本申請からIRB承認までの平均期間は、2.3ヶ月から1.7ヶ月に有意に短縮した。また申請者(治験依頼者および治験責任医師)に対して文書回答を求める「指示事項」の件数は、導入前のIRBのみの値と比較して、導入後は約2.8倍に増加し、総体的な審議の充実化がはかられた。事前審査において、薬剤師からの指摘は検討項目484件のうち41%を占めた。次に事前審査の検討内容を解析し、審査の留意点と薬学的評価の重要性について検討した。治験薬関連では既存データをもとに臨床の安全性と有効性に関して申請者に見解を求める割合が多く、プロトコール関連では選択・除外基準および検査関連事項の8割以上がプロトコール修正の要請であり、これらの多くが薬剤師による指摘に基づくものであった。以上より、事前審査における薬学的評価の重要性が示され、薬剤師が関与する体制整備が不可欠であることが示された。

治験実施中の治験管理体制の構築

治験薬管理体制の構築 -適正な治験実施のための治験薬管理システム-

治験薬は、適正な投与と、記録を正確に残すことが不可欠である。そこで薬剤師は治験薬の管理のみならず、調剤、服薬指導、及び関連情報等の処理などの包括的な管理が必要と考え、体制を構築した。薬剤師による治験担当医師への問合せは、対象処方せん1754枚の10.8%に発生し、プロトコール逸脱を防止した事例も認められた。一方、治験薬の適正管理には治験依頼者との連携が必須であるが、平成11および12年度におけるセンターの治験依頼者対応2822件の約4割を薬剤師対応分が占め、薬剤師による治験薬管理の重要性が示された。

治験実施中における治験依頼者からの治験薬安全性情報の解析

治験実施中は治験依頼者から治験薬安全性情報が随時提供されるため、その処理手順を構築した。平成12年度審査分の安全性情報は202件であり、殆どが有害事象症例報告(3021例)で海外の情報が94%を占めた。治験責任医師は、多くは治験継続に問題なしとしていたが、202件のうち約20%は被験者に情報提供を行うとの見解を示した。情報提供の有無に関する判断は、主に因果関係や情報の予測性(未知・既知)に関係する傾向が見られた。さらに202件のうち約4%については、治験責任医師の判断に対しIRBから指示が出され、その内容は被験者への情報提供に関する提言等であり、安全性情報に対する管理体制が整備できた。

薬剤師による治験コーディネーター (CRC) 業務の構築

当院では、平成11年度より専任CRCとして薬剤師、看護師各1名が配置され、治験実施支援を開始した。薬剤師CRCは看護師CRCとの共通業務とともに、専門的立場からの活動も行った。平成11年度における薬剤師CRCの業務は、従来の服薬指導のみの対応からCRCとしての対応へと移行した。治験を実施した医師に対して行ったアンケート調査では、薬剤師CRCに関して、80%以上の医師が「処方せん内容の確認」、「併用薬剤の確認」および「治験薬の交付・服薬指導」を行うべきと回答し、薬剤師が専門性を活かして関わる必要性が示された。

直接閲覧を伴うモニタリング・監査への対応方法の構築と問題点−治験依頼者からの指摘事項の解析と対応−

新GCPでは医療機関が治験依頼者によるモニタリング・監査を受け入れ、原資料等の直接閲覧 (SDV) に対応する必要があるため、実施管理システムを構築した。そして、平成11年度および12年度に実施されたSDVの結果について調査し、当院のデータの取扱いについて検討した。

対象496症例のうち約70%に治験依頼者からの指摘があった。指摘事項は693件で、記載不足が50%、原資料と症例報告書 (CRF) との不整合が41%などであり、指摘件数は「併用薬・併用療法」が最も多かった。「患者背景」などの項目では、CRFに必要な情報が原資料に記載されていない可能性が示された。一方、「既往歴・合併症」、「有害事象」、「併用薬・併用療法」などは原資料に情報があるがCRFへの記載が不足していた。不整合は誤記が主であり、「観察・所見」、「検査」などが多かった。以上より、原資料とCRFとの整合性確保を始めとするデータ管理の必要性が示され、特に薬剤情報管理の重要性が示された。

症例報告書 (CRF) における併用薬関連事項の記載に関する問題点

SDVでの指摘と、CRC業務のCRF作成支援において併用薬の記載欄の内容が煩雑であったことから、CRFの併用薬関連の記載に関する調査を行い、問題点を検討した。

対象67プロトコールのCRFでは、被験者使用薬剤について、治験実施前の使用薬剤前治療薬)および治験実施中の使用薬剤(併用薬)の項目で薬名、分量等が求められていたが、その表現は統一されていなかった。前治療薬の記載欄は対象の83.6%に存在したが、求める内容は異なっていた。また、併用薬の記載内容においては必要とされる情報に差があることが示された。CRFの被験者使用薬剤については記載内容が同一ではなく、作成時に個別の対応を要していることが明らかとなり、今後は用語の統一をはじめ、情報収集の根拠を明確にするよう改善する必要性が認められた。

適正な治験実施のための教育に関する検討

治験管理のための教育-新卒薬剤師の治験に対する意識調査を基にした薬剤師研修内容の検討-

新GCPでは薬剤師の治験実施への参画が求められるため、今後医療現場での研修等について検討する必要があると考えられた。そこで、新GCP導入期の新卒薬剤師に対して、治験に関する意識調査を行い、研修のあり方について考察した。平成10年度および11年度の薬剤師研修生に対し、初回アンケート実施後に治験に関する講義を行い、その2ヶ月後に2回目の調査を実施した。

治験情報の入手先に関しては、11年度研修生の方が情報に接する機会が増大していた。治験の印象に関しては、各年度の講義前後でポジティブな印象は増加しネガティブな印象は減少したが、自分との関わりについて変化は見られなかった。薬剤師業務に関しては、治験薬管理や服薬指導の回答が多かったが、製薬企業との協議、被験者からの質問への対応などは、11年度研修生の方が幅広く捉えていた。以上より、講義により認識は向上するが、実感として捉えにくい傾向が認められ、実習を含むカリキュラムが必要と考えられた。

治験コーディネーター (CRC) 教育における薬剤師の関わり

新GCP施行後、CRC養成の必要性が指摘され種々の研修が開始された。このうち平成11年度CRC養成研修(厚労省主催、文科省等後援)では、当院が国立大学病院で初の実習施設として研修生11名(薬剤師7名、看護師4名)を受け入れた。実習カリキュラムを作成し、実施状況を調査した。

対象期間でのCRC業務実習は、コースにより内容にバラツキを生じたが、実習全体の評価は、全員が「非常に有意義」あるいは「有意義」と回答した。治験実施機関が実習を受け入れることは、CRC養成を推進する上で重要であると考えられる。また薬剤師が関わることは、治験における役割や、他職種CRCとの連携に関する認識を得る上で重要であり、充実化すべきと考えられた。

総括

新GCPには、薬剤師の役割として「治験薬管理者」や「治験協力者」が明記されており、専門性を活かした治験実施への関与が求められている。本研究では、新GCPに基づく治験実施体制として設置された「治験管理センター」の業務展開に伴い、薬剤師による治験管理体制および治験教育に関して薬学の専門性を生かした業務体系を構築した。ついで薬学的見地から実施体制の検討を行い、治験薬および治験実施管理を通じた安全性確保において、薬剤師の治験への役割を明確にすることができた。本研究の結果、治験業務を新たな薬剤師業務分野の一つとして確立でき、適正な治験薬の管理および安全性確保に貢献できたと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本邦で平成10年に完全実施となった新GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準)は、治験を受託する医療機関の体制整備とともに、薬剤師が治験薬管理を行うこと、および治験協力者として治験実施に参画することが求められた。東京大学医学部附属病院(以下当院)では、新GCPに対応すべく全国に先駆けて医師、薬剤師、看護師、事務職員からなる「治験管理センター」(以下センター)を平成10年9月に発足させた。高柳は、この中で薬剤師が、治験実施前の治験審査充実化のための事前審査システム、および治験実施中の治験薬管理、安全性情報管理、治験コーディネーター (CRC) 業務、治験依頼者によるモニタリング・監査対応、症例報告書の薬剤情報の管理を統合して行うことが不可欠と考え、適正な治験実施のための実施体制の検討を行った。さらに、適正な治験実施のための教育に関する検討を行った。本研究は、新GCPに基づく当院における治験実施体制を構築し、その中で治験薬の管理及び安全性確保における薬剤師の役割を確立することを目的とした。

【薬剤師による治験管理体制の構築と評価】

治験実施前の治験管理体制

高柳は治験審査委員会 (IRB) 審議の充実化等を目的とした事前審査システムを構築し、その導入効果と薬剤師の役割について評価した。導入前の平成10年度と導入後の11年度において、プロトコール毎の本申請からIRB承認までの平均期間は有意に短縮した。また申請者(治験依頼者および治験責任医師)に対して文書回答を求める「指示事項」の件数は、導入前のIRBのみの値と比較して、導入後は約2.8倍に増加し、総体的な審議の充実化がはかられた。事前審査において、薬剤師からの指摘は検討項目484件のうち41%を占めた。

次に、事前審査の検討内容を解析し、審査の留意点と薬学的評価の重要性について検討した。治験薬関連では既存データをもとに臨床の安全性と有効性に関して申請者に見解を求める割合が多く、プロトコール関連では選択・除外基準および検査関連事項の8割以上がプロトコール修正の要請であり、これらの多くが薬剤師の指摘に基づくものであった。以上より、事前審査における薬学的評価の重要性が示され、薬剤師が関与する体制整備が不可欠であることが示された。

治験実施中の治験管理体制の構築

まず高柳は、薬剤師は治験薬の管理のみならず、調剤、服薬指導、及び関連情報等の処理などの包括的な管理が必要と考え、治験薬管理体制を構築した。薬剤師による治験担当医師への問合せは、対象処方せん1754枚の10.8%に発生し、プロトコール逸脱を防止した事例も認められた。一方、平成11および12年度におけるセンターの治験依頼者対応2822件の約4割を治験薬関連の薬剤師対応分が占め、薬剤師による治験薬管理の重要性が示された。

次に、治験実施中における治験依頼者からの治験薬安全性情報の処理手順を構築し情報の解析を行った。平成12年度IRB審査分の安全性情報は202件であり、殆どが有害事象症例報告(3021例)で海外の情報が94%を占めた。治験責任医師は、多くは治験継続に問題なしとしていたが、202件のうち約20%は被験者に情報提供を行うとの見解を示した。さらに202件のうち約4%については、治験責任医師の判断に対しIRBから指示が出され、安全性情報に対する管理体制が整備できた。

更に、薬剤師によるCRC業務の構築を行った。当院は平成11年度より専任CRCとして薬剤師、看護師各1名が配置され治験実施支援を開始した。薬剤師CRCは看護師CRCとの共通業務とともに専門的立場からの活動も行い、その業務は従来の服薬指導のみの対応からCRCとしての対応へと移行した。治験を実施した医師に対して行ったアンケート調査では、薬剤師が専門性を活かして関わる必要性が示された。

次に高柳は、直接閲覧を伴うモニタリング・監査への対応方法の構築と問題点について治験依頼者からの指摘事項の解析をもとに検討した。治験依頼者による原資料等の直接閲覧 (SDV) の実施管理システムを構築し、平成11年度および12年度に実施したSDVの結果を調査した。対象496症例のうち約70%に治験依頼者からの指摘があった。指摘事項は693件で、記載不足が50%、原資料と症例報告書 (CRF) との不整合が41%などであり、指摘件数は「併用薬・併用療法」が最も多かった。以上より、原資料とCRFとの整合性確保を始めとするデータ管理の必要性が示され、特に薬剤情報管理の重要性が示された。

SDVでの指摘等より、CRFの併用薬の記載欄の内容が煩雑であったことから、その記載に関する調査を行い、問題点を検討した。対象67プロトコールのCRFでは、被験者使用薬剤について、治験実施前の使用薬剤(前治療薬)および治験実施中の使用薬剤(併用薬)の項目で薬名、分量等が求められていたが、その表現は統一されていなかった。前治療薬の記載欄は対象の83.6%に存在したが求める内容は異なっていた。また併用薬の記載内容では必要とされる情報に差があることが示された。CRFの被験者使用薬剤については記載内容が同一ではなく、作成時に個別の対応を要していることが明らかとなり、今後は用語の統一をはじめ、情報収集の根拠を明確にするよう改善する必要性が認められた。

【適正な治験実施のための教育に関する検討】

治験管理のための教育として、高柳は、新卒薬剤師の治験に対する意識調査を基にした薬剤師研修内容の検討を行った。新GCP導入期の平成10年度および11年度の薬剤師研修生に対し、初回アンケート実施後に治験に関する講義を行い、その2ヶ月後に2回目の調査を実施した。治験情報の入手先に関しては、11年度研修生の方が情報に接する機会が増大していた。治験の印象に関しては、各年度の講義前後でポジティブな印象は増加しネガティブな印象は減少したが、自分との関わりについて変化は見られなかった。薬剤師業務に関しては、治験薬管理や服薬指導の回答が多かったが、製薬企業との協議、被験者からの質問への対応などは、11年度研修生の方が幅広く捉えていた。以上より、講義により認識は向上するが、実感として捉えにくい傾向が認められ、実習を含むカリキュラムが必要と考えられた。

次に、CRC教育における薬剤師の関わりを検討した。平成11年度CRC養成研修(厚労省主催、文科省等後援)において研修生11名を受け入れた。その実習カリキュラムを作成し実施状況を調査した。実習は、コースにより内容にバラツキを生じたが、実習全体の評価は、全員が「非常に有意義」あるいは「有意義」と回答した。治験実施機関が実習を受け入れることは、CRC養成を推進する上で重要であり、また薬剤師が関わることは、治験における役割や、他職種CRCとの連携に関する認識を得る上で重要であり、充実化すべきと考えられた。

以上、本研究では、新GCPに基づく治験実施体制として設置された「治験管理センター」の業務展開に伴い、薬剤師による治験管理体制および治験教育に関して薬学の専門性を生かした業務体系を構築した。ついで薬学的見地から実施体制の検討を行い、治験薬および治験実施管理を通じた安全性確保において、薬剤師の治験への役割を明確にした。その結果、治験業務を新たな薬剤師業務分野の一つとして確立でき、適正な治験薬の管理および安全性確保に貢献できた。これらは、今後の適正な治験実施に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51217