学位論文要旨



No 215938
著者(漢字) 加藤,くみ子
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,クミコ
標題(和) 固定化した生体物質による反応及び分離・検出を集積化した分析システムの開発
標題(洋)
報告番号 215938
報告番号 乙15938
学位授与日 2004.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15938号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 三田,智文
 東京大学 助教授 菊地,和也
内容要旨 要旨を表示する

近年、コンビナトリアルケミストリーの進歩により、一度に多数の化合物群を合成することが可能となった。また、バイオインフォマティクスの進展により、創薬基盤研究に不可欠な情報を効率的に蓄積できるようになってきた。このような状況下、多検体の分離・定量を短時間で行うため、高速化、自動化、微量化した分析システムの開発が望まれている。キャピラリー電気泳動 (CE) 法、またはそれをクレジットカードサイズの基板上に集積化したマイクロチップ電気泳動 (ME) 法は、分析系の並列化が容易であることに加え、高分離化、高速化、試料の微量化が可能であることから、上記の目的に適した分析法として注目されている。このCEやME法に、生体物質の有する高選択、高効率な機能を付加することにより、CEまたはME法を薬物のスクリーニング系や代謝評価系などの医薬品開発や検査、診断など幅広い分野へ応用することが可能になると考えられる。

本研究では、高含水ゲルを用い、微小なフロースルー系内への生体物質固定化法を開発することで、CEやME法に様々な生化学反応の機能を付加し、幅広い分野へ応用可能な分析システムの構築を目指した。

ゲルの調製条件の最適化及びゲルの微細構造解析

生体物質を希望の部位に効率よく固定化するために、アルコキシシランモノマーの重合反応に伴い、共存させた生体物質が in situ にその架橋構造中に包含される方法(図1、2)を開発した。

ゾル-ゲル反応により作製したゲルを微小のフロースルー系に適用した際に必要とされる、ゲル化速度、ゲルの通液性という観点から、緩衝液、アルコキシシランなどゲルの調製条件について検討した。その結果、ゲルの調製条件を適宜変化させることで、カラム充填剤としてのゲルをキャピラリー内に一段階で作製できることが示された。

さらに、ゲルをCE用の充填剤として利用する際に送液の駆動力となる電気浸透流 (EOF) とゲル構造との関係について検討した結果、ゲルの調製条件に伴うEOF速度の変化が観察された。残存シラノール量の減少とともに、EOF速度の減少も見られたことから、残存シラノール量を変化させることによりEOF速度を調節できることが明らかとなった。

多重全反射型-FT-IR、入力補償示差走査熱量測定法及び動的光散乱法を用いて、ゲルの構造を解析した結果、調製したゲルは6〜10nmの細孔を有する約1μm のクラスターの集合体であることが明らかとなった。また、ウシ血清アルブミン (BSA) をゲルへ包含させてもその3次元構造は変化しないと推測された。

以上の結果から、今回開発したゲルは、その調製条件によりEOF速度を調節でき、かつタンパク質をその立体構造を保持したまま包含するという特徴を有していた。

光学認識能を有するタンパク質を包含したキャピラリー電気クロマトグラフィー (CEC) 用カラムの作製

前記の検討に基づいて、内径75μm のキャピラリー内にタンパク質を含むゾル溶液を導入し、CEC用カラムの作製を試みた。CEC法は固定相を充填したキャピラリーを用いた電気泳動法で、各試料と固定相との間に形成される相互作用の違いにより分離を行う方法である。固定化タンパク質には、光学認識能が知られているBSAを用い、Trpの光学分割を試みた。

作製したBSA包含カラムにより D,L-Trpは光学分割された(図3)。保持係数及び固定化BSA量から求めたD及びL-Trpの結合定数の比 (2.0) は、BSA の D,L-Trpに対する認識能を表し、この値は他の方法で求めた値と一致した。この結果は、キャピラリー内に固定後もBSAのリガンド認識能が変化していないことを示しており、本法が標的タンパク質とリガンドとの相互作用解析に利用可能であることを示すものである。

トリプシン包含カラムを用いたオンラインペプチド消化・分析システムの開発

次に酵素を包含したカラムを作製し、これを用いてnLレベルの試料で酵素反応を行い、生成物を分離・検出できる集積化分析システムを開発した。検討には、タンパク質消化酵素であるトリプシンを用いた。図4にトリプシン包含カラムを用いた酵素反応分析システムの概略図を示した。

トリプシンの代表的な基質である enzoyl-L-arginine ethylester、さらに [Tyr8]-ブラジキニンを本分析システムに導入したところ、両者とも加水分解され、生成物と未反応物との分離・検出も可能であった。キャピラリーという微小空間に高濃度のトリプシンを固定化し、また、フロースルー系内に組み込むことにより、高速で効率的な活性の測定が可能になった。さらに、遊離型と比較し安定性が向上したが、これはトリプシンをゲル内に包含することにより自己消化が抑えられたためと考えられる。一方で、1回の分析に必要な基質量は従来法に比べ数千分の一に、またトリプシン量は数百分の一に削減することができた。

本分析システムは、酵素をキャピラリー内に固定化し、1本のキャピラリー内で、反応、分離、検出の全てを行った始めての成功例である。これにより迅速かつ微量分析が可能となった。

固定化トリプシンを利用した on-chip 分析システムの開発

本研究で開発した生体物質固定化法をMEに応用し、固定化した生体物質による生化学反応から検出までをマイクロチップ上に集積化した分析システムの開発を目指した。上記の検討で利用したトリプシン包含ゲルをプラスチック製マイクロチップに作製した(図5)

本分析システムでは、基質を4-fluoro-7-nitro-2,1,3-benzoxadiazole (NBD-F) で誘導体化し、基質及び生成物を蛍光検出した。NBD-ArgOEtまたはNBD-ブラジキニンを基質とし加水分解反応を行ったところ、ともにNBD-Argが生成物として検出され、反応から検出までに要する時間は2分以内であった。このように、ME法を用いることにより、CE法よりもさらに大幅な高速化およびピーク形状の向上が実現でき、さらに分子量1万以上のタンパク質(カゼイン)の加水分解及び分離も可能であった(図6)。本マイクロチップは2日間の連続分析による活性の低下は認められず、繰り返しの使用も可能であった。

本研究は非特異的な手法で酵素を固定化し、反応から分離・検出までを一枚のマイクロチップ内で行った最初の成功例であり、今後、マイクロチップを用いたハイスループットスクリーニング系の開発に新たな道を開くものと考える。

ミクロソーム包含カラムによるオンライン薬物代謝分析システムの開発

前節までの知見を基に、医薬品開発において最も重要な過程の一つである薬物代謝研究に本分析システムを応用した。ラット肝より精製したミクロソームをキャピラリー内に固定化し、薬物の代謝反応、及び分離・検出を一体化したオンライン薬物代謝分析システムを構築した。本法を用い、代表的な薬物代謝酵素であるUDP-グルクロニルトランスフェラーゼ (UDPGT) の活性を測定した。今回、単一の酵素ではなく、様々な生体物質の集合体であるミクロソームを包含することにより、酵素の単離操作を省略でき、また、より生体内に近い環境が再現できる、と期待された。

UDPGTの代表的な基質である4-ニトロフェノール (4NP)、4-メチルウンベリフェロン及びテストステロンを基質として、補酵素であるUDP-グルクロン酸と共に、ミクロソーム包含カラム内に注入し代謝反応と分離・検出を行った。固定化されたミクロソームは、いずれの基質に対しても遊離型とほぼ同程度の活性を示し、アイソザイムによる活性の差異も保存されてい。一般に、薬物は難溶性化合物が多いため、代謝物の測定は煩雑な前処理操作を必要とするが、本システムを用いることにより、解析時間の大幅な短縮、試薬量の軽減による大幅なコスト削減を実現できた。

さらに、アセトアミノフェンと、その代謝反応を阻害すると考えられる化合物(プロベネシド、バルプロ酸、4NP)との混合液をカラム内に注入し、代謝物であるグルクロン酸抱合体の生成量変化を検討した。その結果、いずれの化合物においても、代謝物の生成量変化は遊離のミクロソームを用いた結果と同程度であった(図7)。これにより、本システムが阻害剤のスクリーニング系としても有用であることが示された。

まとめ

本研究では、ゾル-ゲル反応を用い、フロースルー系に適応可能なゲルをキャピラリーやマイクロチップ流路内に作製することに成功した。ゲルの調製条件を変化させることにより、様々な生体物質をその活性と構造とを保持したまま特定の微小空間内に固定化することができた。当ゲルを用いることにより、ャピラリーやマイクロチップに生体物質を固定化し、複数の生化学反応の機能を付加した分析システムを開発した。本システムを用いることにより、生体物質の繰り返し利用、解析時間の大幅な短縮、さらに試薬の微量化が可能となり、多検体の測定が可能となった。

本研究の成果は、ハイスループット化に対応可能な性能を有するため、高速化、自動化、微量化した分析システムを必要とする医薬品開発や検査、診断など幅広い分野への応用が期待される。

ゾルーゲル反応

ゾルーゲル反応による生体物質の包含

BSA包含カラムによるD,L-Trpのエレクトロクロマトグラム 泳動条件:試料:13mM D,L-Trp. 泳動液:10mMリン酸緩衝液(pH7.0). 印加電圧:6kV.

酵素反応分析システムの概略図

プラスチック製マイクロチップのダイアグラム SR:試料溜め、SW:試料廃液溜め BR:移動相溜め、BW:廃液溜め

BODIPY-カゼインの加水分解により得られたエレクトロフェログラム 条件:試料:0.2mg/mL BODIPY-カゼイン. 泳動液:50mMトリス/塩酸緩衝液(pH7.5).

アセトアミノフェンのグルクロン酸抱合化に及ぼす各化合物の阻害活性条件:試料:2mMアセトアミノフェン, 2mM阻害化合物, 20mM UDP-グルクロン酸,10mM MgCl2. 泳動液:20mM リン酸緩衝液(pH7.5).

審査要旨 要旨を表示する

キャピラリー電気泳動 (CE) 法は、内径100μm以下のキャピラリー内で電気泳動を行う分離法である。CE法は高い分離効率を得られ、並列分析による自動化が容易なことから、多検体の高速分離に適した解析法として注目を集めている。実際にヒトゲノム解析においてその威力を発揮し、DNA塩基配列の解析時間を大幅に短縮した。しかしながらその利用範囲は、電気泳動により分離される荷電物質の分離分析に限定れていた。そこで加藤くみ子は、キャピラリーに生体物質を固定化し、その高選択、高効率な機能を利用することにより、CB法を医薬品開発や検査、診断など幅広い分野へ応用することが可能になると想定した。

これまで生体物質を固定化し利用したCE法は報告されていなかったため、高含水ゲルに着目し、キャピラリーという微小なフロースルー系内への生体物質固定化法を開発した。アルコキシシランの重合反応の過程で緩衝液に溶解した生体物質を添加すると in situ にその架橋構造中に包含され、任意な形状の微小領域に生体物質を固定化することが可能であった。さらに、生理的な条件下で反応が進行するため、生体物質の構造や機能を変化させずに固定化することができた。

開発した高含水ゲルにより、光学認識能を有するタンパク質をキャピラリ山内に固定化し、各種光学異性体の分離に成功した。本カラムは試料の溶出時間を測定することで、包含したタンパク質と試料との相互作用解析にも利用可能であることが示された。また、トリプシン、さらにミクロソームをキャピラリーに固定化し、酵素反応から分離検出までを一本のキャピラリーで行う新たな分析システムの開発を行い、迅速かつ微量分析が可能となった。

近年、微細加工技術の発達により、マイクロチップに代表される微小空間上に様々な機能を集積化することが可能となっており、解析に必要な試料、試薬、時間の削減や、試料採取場所での解析への応用に期待が高まっている。そこで、開発した固定化法を用いてトリプシン固定化マイクロチップを作製し、タンパク質の加水分解反応とペプチド断片の分離検出とをマイクロチップ上に集積化することに成功した。

以上、本研究では、高含水ゲルを用い、微小空間への新規な生体物質固定化法を開発し、固定化した生体物質の機能を利用した分析システムを構築した。本研究成果は、微量の多検体を迅速に解析するシステムを必要とする、医薬品開発や検査、診断など幅広い分野への応用が期待され、博士(薬学)の学位に十分値すると判定した。

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