学位論文要旨



No 215940
著者(漢字) 孫,長春
著者(英字)
著者(カナ) スン,チャンチュン
標題(和) 中国における持続可能な森林経営に関する研究 : 寧夏における事例を中心に
標題(洋)
報告番号 215940
報告番号 乙15940
学位授与日 2004.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15940号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 箕輪,光博
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 白石,則彦
 北海道大学 教授 石井,寛
 総合地球環境学研究所 助教授 鄭,躍軍
内容要旨 要旨を表示する

21世紀における地球生態環境の安全を維持する上で、持続可能な森林経営は欠かせない重要課題であることは、全人類の共通認識となっている。中国は世界の最大の発展途上国であり、同時に林業の国政における重要度が常に上位にある国家でありながらも、国民の一人当りの森林資源所有が最も乏しい国の一つである。昨今の世界的な持続可能な森林経営の潮流において、また中国が推進している「小康社会 (comparatively good living standard) 建設」過程においても、中国の森林問題がますます国内各界及び世界の注目と関心の的なっている。中国における森林持続可能な経営に関する研究は重要かつ緊急を要する課題である。

本研究の主旨は、世界各国の持続可能な森林経営に関する歴史、動向の検討を踏まえ、中国の森林資源及び経営現状を分析し、特に筆者が30数年間従事してきた寧夏回族自治区森林経営の事例解析を通じて、中国森林経営における政策、法規、管理体制及び事業経験を実証し、問題提起と持続可能な森林経営への対策提案を行ない、林業関係者、特にこれから中国の林業を担う若者の実践に役立つこと、ひいては中国林業の発展に資することにある。

本論文は総論、各論と結論からなる。

総論では、まず世界における持続可能な森林経営の基本状況を把握する上で、森林持続経営理論の形成過程と先進主要国における持続可能な森林経営モデルを検証し、中国における持続可能な森林経営の必然性と実行可能性並びに参考すべき他国の経験を解析した。

続いて、中国における森林経営の歴史の変遷と森林資源の現状を分析し、目下の森林資源と経営上の主要問題は、(1)森林資源の大幅不足とその分布の極端の偏りによる広域的な経営への制限、(2)依然たる粗放的森林経営による森林の質的低下、(3)制度、体制改革の遅れによる経営活力の不足であることを分析した。

また、世界木材貿易情勢と中国国内木材及び木材製品の需要と供給状況を検証してみると、近年需要に追いつかない国内供給に対して安易に大量輸入に頼る現状は持続可能な森林経営に大きなかげを落としている。人工用材林造成への強力な促進と木材資源の高効率的利用と共に、輸入制限の政策指導が必要である。

各論では、寧夏における森林経営、とりわけ砂荒漠化防止森林造成の歴史と典型的な事例(ポプラ純林のカミキリムシ災害、封山育林、退耕還林、天然林保護等)の経験と教訓を検証することによって、中国の森林経営の正負両面を明らかにした。また、砂漠化の発生の原因とその対策の検討を加え、(1)政策的に中国西部地域へ国家補助を強化して、山村貧困の改善、解決(地域民衆本位)を前提とした生態環境の総合的、根本的整備が重要であること、(2)生態環境建設の最重要手段としての安定性の高い森林造成において、技術的に自然災害分散理論、適地適樹原理など科学的適正経営は不可欠であることを指摘してきた。

結論では、上記の総論と各論を踏まえて以下の提案と考察を行なった。

人類と森林との長い付き合いの中、森林の利用方式も多様な変化をなしてきた。近代の森林経営の歴史において、中国は世界の国々と同様に原始利用、工業利用、再生利用などの段階を経て、いま持続可能な利用への転換に努めている。これは世界共通の流れとして、持続可能な経営に対する各国が持つ「共性」といえる。しかし、各国の社会経済発展段階、自然環境と森林資源状況の違い及び文化の差異によって、その国の持続可能な森林経営は時間的・空間的にその経営理念や方法は異なることは避けられない。これはその国の「個性」として必ず存在し、また必要なものである。従って、筆者は自らの35年間中国林業第一線で体験してきた実践と基に、中国の国情にマッチした中国特色たる持続可能な森林経営方式(生態系優先、流域単位の整備、分類経営、公益主導の森林多様利用など)を樹立させるための提案と考察を下記のとおり箇条書きに求めた。

中国生態環境事情は局部の整備が全体の悪化に追いつかない現状にある。土地砂漠化の拡散、湿地減少、生物多様性の破壊、開墾、乱伐、野生動植物の略奪的な採取などが依然しばしば起きている。このような自然環境破壊現象を食い止めることは国家安泰にかかる重要課題であり、無論持続可能な森林経営の先決条件である。

早期に森林資源の増大を計り、安定した需要と供給のバランスをとることが中国の持続可能な森林経営の実施の前提である。そのために積極的に多様性を持つ人工林造成を全国により高度に展開させることは最重要な道筋である。また、森林資源の増大には現有の天然林保護も不可欠かつ有効である。しかし、現行の「天然林保護プロジェクト」について、“保護”と“禁伐”の関係を正しく理解し、林分状況と立地条件に合わせて、“伐採禁止”、“伐採制限”、“輪伐更新”など多様な施行をとり入れて育成保護と合理利用を両立させ、持続可能な経営にシフトすべきであることを指摘する。

人口に対する森林資源が非常に少ない現段階の中国において、森林資源の総合的利用能力を向上させること重要である。そのために森林資源が持つ多様な機能を多次元的利用することが有効な手段となる。また、森林生産物の高価値加工技術の開発も経済側面から持続可能な森林経営を強力にバックアップできる。

地域の社会経済状況、自然条件等を踏まえて、計画的、重点的に「退耕還林事業」を推進すべきである。「退耕還林」は植生復旧の促進において有効な措置であるが、行政的に全国一律で進めているのは問題である。また、事業終了後の造成した林地の保護や利用等に関する政策上連続性は不明瞭な問題もある。ここでは、今後この事業は主に西部地域で計画的に進め、中国主要河川の上流における水土流出の改善に資すべきことを提言する。

進歩する科学技術の成果を活用して、森林経営のレベルを高める。先端技術と伝統的な知恵を融合させ、地域住民が利用しやすい技術の開発が重要である。また、森林バイオテクノロジー、森林保護、資源管理、林産品加工・利用、持続可能な経営に関する技術基準の研究策定も必要である。並びに森林資源のモニターリング・システムの整備も持続可能な森林経営にとって必要である。

中国林業の安定なる持続可能な発展を遂げるためには、国際社会との調和と協力も不可欠である。また、世界の潮流を鑑み、林業先進国の経験を取り入れこと、自国の経験を国際社会に提供し、積極的に世界の「共性」貢献することも巨視的には持続可能な森林経営にかかる一環となる。

中国の林業は森林資源の産業的開発利用から森林資源再生復旧への初期段階である。森林資源の絶対的不足と急速な経済発展に伴う森林産物対する過度の過剰増加との矛盾が最大問題となっている。持続可能な森林経営の実現のためには、まずこれまでの林業生産を主体とした林業体制の改革と整備は急務である。とりわけ、現段階の中国社会経済や国際社会の潮流に適応した政策、体制を早急に整備しなければならない。具体的には、森林の分類経営体制の改革、森林生態公益的貢献に対する補償基金の設立、森林資源の法的保障措置の強化並びに林業総合管理法律体制と森林資源監察特派員制度の樹立、林業の資産権利に関する制度整備、国有林場(日本の過去の営林署に相当)の改革、私有林発展への奨励、林地使用権年限の50年以上の確保などを提案する。

審査要旨 要旨を表示する

昨今の世界的な持続可能な森林経営の潮流のなかで、中国の森林・環境問題はますます国内外の注目と関心の的となっており、中国における森林持続可能な経営に関する研究は重要かつ緊急を要する課題である。

本研究は、世界各国の持続可能な森林経営に関する歴史、動向の検討を踏まえ、中国の森林資源及び経営現状を分析し、寧夏回族自治区森林経営の事例解析を通じて、中国森林経営における政策、法規、管理体制及び事業経験を実証し、問題提起と持続可能な森林経営への対策提案を行うことを目的としている。

本論文は総論、各論と結論からなる。

総論では、まず世界における持続可能な森林経営の基本状況を把握する上で、森林持続経営理論の形成過程と先進主要国における持続可能な森林経営モデルを検証し、中国における持続可能な森林経営の必然性と実行可能性並びに参考すべき他国の経験を解析し、続いて、中国における森林経営の歴史の変遷と森林資源の現状を分析し、目下の森林資源と経営上の主要問題は、(1)森林資源の大幅不足とその分布の極端の偏り、(2)粗放な森林経営による森林の質的低下、(3)制度、体制改革の遅れによる経営活力の不足であることを分析している。また、世界木材貿易情勢と中国国内木材及び木材製品の需要と供給状況を検証し、近年需要に追いつかず安易に大量輸入に頼る現状が持続可能な森林経営に対する支障となっていること、したがって、人工用材林造成の強力な促進と木材資源の高効率的利用に加えて、輸入制限の政策指導が必要であることを明らかにしている。

各論では、まず、寧夏における森林経営実践、とりわけ砂荒漠化防止森林造成の歴史と典型的な事例(ポプラ純林のカミキリムシ災害、封山育林、退耕還林、天然林保護等)の分析を通じて森林経営の正負両面を明らかにしている。次に、砂漠化の発生の原因とその対策に検討を加え、(1)政策的に中国西部地域への国家補助を強化し、山村貧困の改善、解決(地域民衆本位)を前提とした生態環境の総合的、根本的整備が重要であること、(2)生態環境建設のための森林造成において、技術的に自然災害分散理論、適地適樹原理など科学的適正経営は不可欠であることを指摘している。

結論では、総論と各論の二つの分析を踏まえて、課題及び方法論の両面から総合的考察を行っている。最後に、持続可能な資源利用という各国に共通の「共性」面と社会経済発展段階、自然環境と森林資源状況及び文化の差異に起因する各国の「個性」面を考慮すると共に、申請者自らの寧夏自治区での35年間の実践体験とその分析を基に、中国の国情にマッチした特色のある持続可能な森林経営方式(生態系優先、流域単位の整備、分類経営、公益主導の森林の多様な利用など)を浮き彫りにさせ、それを実現するための提案と考察を行っている。その主なものを挙げれば次の通りである。

中国の生態環境建設への取り組みは、局部の整備が全体の悪化(土地砂漠化の拡散、生物多様性の破壊、乱伐、野生動植物の略奪的採取など)に追いつかない現状にある。これ食い止めるためには官と民、全国と地域を通じた総合的な生態環境施策の樹立とその計画的な実施が不可欠である。

多様な人工林の造成を全国的に展開すると共に、現有の天然林保護を重点的に行う必要がある。また、現行の「天然林保護プロジェクト」に、“伐採禁止”、“伐採制限”、“輪伐更新”など多様な施業をとり入れ、育成保護と合理的利用を両立させなければならない。

森林資源の総合的利用能力を向上させるために、森林の多元的利用と森林生産物の高価値加工技術の開発に努めねばならない。

「退耕還林事業」の問題点としては、行政的に全国一律で進めていること、事業終了後の造成した林地の保護や利用等に関する政策上の連続性が欠如している点などが挙げられる。今後、この事業を主に西部地域などで重点的、計画的に進め、中国主要河川の上流における水土流出の改善に向けるべきである。

中国では、森林資源の絶対的不足と急速な経済発展に伴う森林産物に対する需要増加との間の矛盾が最大問題となっている。まずこれまでの林業生産を主体とした林業体制の改革が急務である。具体的には、森林の分類経営体制の改革、森林生態公益的貢献に対する補償基金の設立、森林資源の法的保障措置の強化並びに林業総合管理法律体制と森林資源監察特派員制度の樹立、林業の資産権利に関する制度整備、国有林場の改革、私有林発展への奨励、林地使用権年限の50年以上の確保などに力を入れなければならない。

以上、本論文は、持続可能な森林経営をめぐる世界的情勢及び中国における問題の総括的・歴史的分析と寧夏自治区での事例分析を基に、持続可能な森林経営のための課題と方策を考究したもので、研究・応用の両面で資する点が大きい。

よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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